【アンコール-君は演奏者-】


暗がりに白い肌が浮かぶ。
ベッドに横たわる裸の兄ちゃんは、宝石のようだと思う。


黒い絹糸の髪、水晶のように透き通った白い肌、綺麗な黒曜石の瞳は変身すると翡翠になる。
瞳から流れる涙は真珠で、珊瑚の色の脣から奏でられるメロディーは、甘く、切なく、心地良い。


このメロディーが俺を煽り、俺を追い立て、俺を狂わす。


俺がタクトを振る度に、メロディーは時にテンポを早め、時に短い音を繋げ、時により高くクライマックスを表現する。


俺だけの楽器。
俺だけの為の演奏会。
演奏者は兄ちゃんで、指揮者は俺。


俺の指揮に、兄ちゃんは素直に反応する。
より高く、より強く、より大きくと望めばそれに応える演奏者。


もっと、もっとこの音を聞いていたい。
この、心を蕩かすほどの甘いメロディーを。


でも、演奏者は息継ぎも忘れて曲が最終楽章に入ったことを知らせてくる。
ここまで想いのありったけを篭めて表現してきたけれど、長いようでいて、そのくせまだ自分の内にあるものを表現しきれていないような気がする。
全部、俺の中の全部を出し切ってきた。
それでも表現しきれないのか。


最後に演奏者の音程の外れた音で演奏会は幕を閉じた。


そうして得られる達成感と満足感に、俺は幸福すらも感じていた。
激しい演奏を成し遂げて今だに荒く胸を上下させる演奏者の隣りに体を横たえる。


「良かったよ、兄ちゃん」


微笑めば、“少しは加減しろ”とキツイ眼差しを送られた。
加減しろって言ったって、俺若いんだから無理だよ、兄ちゃん。


兄ちゃんの荒い息が整って、体力が回復するのを待つ。
気が正常に戻ってきた頃合いを見計らって、俺はタクトを振るべくもう一度兄ちゃんの躯に手を伸ばした。


「アンコールだよ、兄ちゃん」


耳元で低く囁けば、俺の期待どおりにメロディーを奏で始める演奏者。


さぁ、アンコールの幕開けだ―。




END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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