【散歩】
「なんだ、おめぇ・・・。性懲りもなくまた来たんか」
来訪者を出迎えに現れた同郷の知人は、ターレスを見るなり、『招かざる客』との思いを眉間にくっきりと浮かべた。
その鋭い眼光には敵意が満ち、体全体を覆う急激に膨らんだオーラは、知人が瞬時に戦闘態勢に入ったのを知らせている。
この反応の早さは、さすがは戦闘民族サイヤ人といったところか。
だが、ターレスには、そんなどうでもいいことには構っていられなかった。
「カカロット、俺はお前に会いに来たのではない。用があるのは悟飯に、だ。いい加減に、物覚えの悪いその頭で記憶したらどうだ」
「・・・物覚えの悪いオラの記憶だと、おめぇが悟飯を誘拐しようとしたのは一回、レイプ未遂が二回、キス未遂が五回、無理矢理服を脱がせようとしたのが三回、不意打ちに後ろから抱きついたのが七回、セクハラに至っては数え切れねぇよなぁ」
と、ターレスの過去の悪行を数えあげているうちに、尚も怒りが込み上げてくるのか、知人の体を包む『気』は、オーラなどと呼ばれる生易しいものからブラックホールへと変化しつつある。
だから、お前に用があるのではないと言っているだろうに。
「貴様にしては良く覚えているな、誉めてやる。もっとも、そのことごとくを邪魔してくれたのが他ならぬ貴様なら、覚えていても不思議はないか」
自分の悪行の数々を眼前に突き付けられても、物怖じしないどころかさらりと嫌味を返すあたり、ターレスの神経は並みの図太さではない。
「オラの悟飯に何の用だ・・・」
まさか『レイプ目的で』とは言えまい、さあ、どういう言い訳で凌ぐつもりだと、明らかにこちらの反応を窺っているのが見て取れる。
「いつから悟飯がお前のものになった。いくら父親だからといっても、貴様の悟飯への固執振りは、ちょっと異常じゃないのか?親の過干渉は子供の教育に悪影響を及ぼすと、専門家も説明しているぞ」
「偉そうにもっともらしいことぬかしやがるじゃねぇか、ターレス。まさか、おめぇに育児について語られるとは、夢にも思わなかったけどなぁ」
こんな嫌味の応酬が、孫家を訪問する度にあるのだから溜まったものではない。
いいから、早く悟飯を出せ。
と焦る心が木製の分厚い扉に軋み音を立てさせた直後、ようやくターレスが待ち望んだ人物が、階段を降りてこちらへと向かって来た。
「お父さん、誰か来たんですか?」
「来るな、悟飯っっ!!」
「よう、悟飯」
「・・・ターレス・・・!」
二人のいがみ合いの原因となる人物が姿を現した時、片方は常に不遜な表情を浮かべている顔を綻ばせ、いつもは柔和な笑顔のもう片方は、青ざめた頬を強張らせた。
当の本人はと云うと、人好きのする笑顔の子供から、一瞬にして地球を守る戦士へと変貌を遂げる。
何も、そこまで警戒しなくてもいいだろうに。
いや、これまでの経緯からして、無理もなにことか。
それに、普段は人当たりの良い大人しい悟飯が、犬と遭遇した猫よろしく全身で威嚇して見せるなど、滅多にあることではない。
その他大勢と同じく『さん』付けであしらわれるより、この方が余程面白い。
それが完全な拒絶であろうと、確かな手応えに変わりはないのだから。
例え悪い手応えであろうとも、確実に悟飯はターレスを意識している。
「散歩に行かないか?」
「・・・!悟飯を何処に連れて行くつもりだッ!」
「散歩だと言っているだろう。ついに耳まで悪くなったのか?何、その辺をブラブラするだけだ、すぐ戻る」
「・・・本当に、すぐなの・・・?」
「騙されるな、悟飯っ!!こいつは約束を守るようなタマじゃねぇぞ!」
おいおい、親が子供に不信感を植え付けてどうする。
カカロットの奴は、親としての心構えをもう少し学んでおく必要があるな。
「本当だ。15分で戻る。それに、今日はお前に何もしない。もし俺が約束を違えたら、その場で俺を殺せ」
「デタラメだっ!!行くなっ!!行ったらどんな目に遭うか分かんねぇぞ!!」
「本当に、15分だけ?」
「ああ。約束する」
「悟飯ッ!おめぇはまだ勉強の途中だろうが!」
「勉強は終わりました。ちょうど息抜きをしようと思って、下に降りて来たところなんです。外の空気も吸いたいし・・・どうしようかなぁ・・・」
と小首を傾げて考え込む仕草も可愛らしい。
きっと、優秀な頭の中では、今までのターレスの行動パターンと今回の申し出を比較・検討する為に、高速で回転しているに違いない。
「お父さん、僕、行ってみます。・・・その代わり、本当に15分だけだからね、ターレス。15分経ったら、僕は家に帰る」
「いいだろう、来い」
「まっ、待てっ!!行くな、悟飯ッ!!悟飯~っっ!!」
「ごめんなさい、お父さん。すぐ戻りますから」
「というわけだ、カカロット。暫くの間、悟飯は借りるぞ」
「ターレス、貴様っっ!!」
悟空の心配をよそに、悟飯の申し訳なさそうな表情とターレスの不敵な笑みを残して、二人の姿はまだ寒さの厳しい冬空の中へ消えてゆく。
後には悟空の魂の底から絞り出すような叫びだけが、パオズ山にこだましていた。