【ファーストキス】


お母さんお手製の手料理がテーブルに所狭しと並ぶ我が家の食卓。
大量に用意されたそれらを巨大な胃袋を持つ僕らが猛スピードでかき込み堪能するいつもの食事の風景に、突然弟の悟天が爆弾を投下した。


「へんてこりんな形をした岩の向こうに、黄色い実がなる木があるでしょう。その木の下で、お兄ちゃんがビーデルのお姉ちゃんとキスしてたんだよ」


途端に僕は口の中にあるものを、向かいに座る悟天めがけて思いっ切り吹き出してしまった。
前にもこんなことがあったような。
あの時爆弾発言をしたのはお母さんだった。
そのお母さんは持っていた箸を取り落とそうとしたのも忘れたかのように両手を組み、目をキラキラと輝かせている。


「悟飯ちゃん、遂にビーデルさんと結婚するだか?」


まるで夢見る乙女のようなお母さんに、僕は慌てて否定した。


「ま、まだ結婚なんて早いですよ!それに・・・あれはビーデルさんの方から・・・」


最初の勢いはどこへやら、言葉を紡ぐうちに僕は言い訳がましく口篭った。


「何だ、悟飯、やけに照れてるじゃねぇか。もしかして女とチューするんは初めてだったんか?」


目尻を下げて、お父さんはイヤらしくニヤニヤ笑ってる。
本当、スケベなんだから!


「僕もいつか、お兄ちゃんみたいに女の人とファーストキスするのかな」


と悟天は、可愛い口でいずれ来る未来を予見した。
しめた!
話がうまく逸れてくれた。


「残念だったな、悟天」


ここで告白してやろう。
可哀想だけど、お前のファーストキスはもうないのだよ。


「お前のお兄ちゃんが貰っちゃった」


えっ、と驚くお父さんと悟天。


「お前が赤ちゃんの時に、あんまり可愛くてつい、ね」


「そうだべ、お兄ちゃんはオラと一緒になって悟天にチュッチュッしてただべ。あん時の悟天ちゃんはそりゃもう可愛くてな」


そうなのだ、悟天が生まれたばかりの頃、天使のような悟天のあまりの可愛さに、僕は思わず口付けてしまったのだ。
そこから始まったお母さんとのキス合戦。
一体、何度キスの嵐をお前に浴びせたことだろう。


「おめぇ、兄弟でんなことしてたんか?」


さっきとは打って変わって目を真ん丸にするお父さん。


「下の子が上の子にキスされるんは宿命だべ。悟飯のハイスクールの友達も、みーんな小せぇ頃、下の子にキスした経験があるって言ってたべ。なぁ、悟飯」


「そうなんですよ、お父さん。この間休み時間にみんなで兄弟の話で盛り上がったんですけど、下に妹や弟がいる人の殆どが、小さい時に下の子にキスした覚えがあるって言ってましたよ」


「へぇ、そんなもんなんか」


お母さんの助け舟と僕の説明に、お父さんは納得したように頷いた。


「お兄ちゃん、じゃあ、上の子には誰がキスするの?」


「そうだな、下の子が生まれるまでは大体がお父さんやお母さんに・・・」


僕はここで、ある考えに至った。
僕の周りでは兄弟の有無に関わらず、幼い頃に父母や祖父母にキスされてたって人も多かったのだ。
先程のお父さんの言葉を思い出す。


『おめぇ、女とは初めてだったんか?』


―“女とは”―
お父さんは確かにあの時そう言った。
よもや。
いや、まさか。


「あのう・・・お母さん、僕のファーストキスの相手って・・・」


恐る恐る尋ねてみる。
確率は1/2。
頼むから僕の予感よ、外れてくれ。


「ああ、オラだ」


明るく言い切ったお父さん。


「い゛い゛っ!?」


思わず握り締めた手の中で、箸が音を立てて真っ二つに折れた。
幼い僕をお父さんが可愛がってくれてたのは嬉しいけど、この歳になると素直に喜べない事柄もある。
ごめんよ、悟天。
浅はかな兄ちゃんが悪かった。
お前もあと数年もすれば、僕と同じこの複雑な気分を味わうことになるんだろうな。
将来僕が結婚して、生まれてきたのが男の子だったら、唇だけには絶対にキスしないぞ。
僕は心に固く誓った。




END


 


~おまけ~

数年後。

「えっ、俺のファーストキスの相手って、兄ちゃんなの!?」

「そうなんだ。あの時は僕もまだ子供だったから、後先考えてなくって。ごめんな、悟天。気色悪い思いさせちゃって」

「ううん、そんなことない!むしろ嬉しいよ!!」

「は?何言ってるんだ、お前?」

「良かったら兄ちゃん、これからセカンドキスでもする?」

「悟天~」

「何?お父さん」

「どうやらおめぇとは男同士、ゆっくりと話し合う時間が必要みてぇだな!」

「へっ!?」



今度こそホントにEND

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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