【この世の絶景ポイント】


空を覆う濃紺の静寂の輪郭がほんのりとぼやけ始めた頃、意識が覚醒に向かう悟空の瞼を室内灯の灯りがくすぐった。
ゆっくりと眼を開いた悟空は、まず明るいままの室内に軽く驚き、どうして、の疑問が消え去らぬうちに、消灯もせずにコトに及んだ昨夜を思い出した。
そうだ、昨夜は恥ずかしがる悟飯の抵抗を快感で捻じ伏せて、オイシイ経験をしたばかりだったのだ。
おかげで、良いものが見られた。
ところどころ血管の透ける白い肌、胸筋に咲いた花の色、秘められた奥地の窪み、快感にさまよう眼の動き、そして、ガラス玉のように透き通った黒い瞳に映り込んだ己の顔・・・。
思い出すだけで、戦慄に似たものが背筋を走る。
いつもとは違うシュチュエーションが悟空に興奮作用をもたらしたのか、昨夜は多少なりとも激しかったのかも知れない。
ふたり共すっかり疲れ果て、珍しく一糸もまとわない姿で即座に眠りについた。
・・・要するに、室内灯を消し忘れたのだ。
いま何時だろう、と枕もとの時計を見ると、そろそろ寝室の自分のベッドに戻らなければならない時刻が迫っていた。
悟飯と過ごす夜は短い。
すでに数時間を共に過ごした筈なのに、まだ1・2時間ていどしか一緒にいた気がしない。
ここを訪れるまではゆっくりと進んでいた時計の針は、悟空がここにいる間は急ぎ足で時を刻む。
なんて不公平な。
と、時の無情さを嘆きつつベッドから降りると、悟空が起き上がった拍子にめくれた布団から悟飯の白い脚が覗いていた。
日中は暖かくなったとはいえ、季節柄、標高の高いパオズ山の夜は冷える。
寒いだろうとからと布団を掛け直してやろうとして、悟空の手が止まった。
無防備に伸びた白い脚、衰えつつあるとはいえ筋肉隆々で、蹴られたらじゅうぶん痛そうだ。
なんてことより、情事の余韻の残る今の悟空には、気怠げに曲げられた脚や、肝心な部分が布団に隠されて見えないありさまが艶めかしくて仕方がない。

「こりゃあ、そそるなぁ」

どうせなら、寝室に戻る前に見納めしておこう。
なにせ毎回毎回、後ろ髪ひかれる思いでここを後にするのだから。
と、少しだけ布団をめくると白くて丸いふたつの丘陵が垣間見え、悟空は心の中でガッツポーズを取った。
筋肉で硬くなった小振りな尻。
だが、力を抜いた状態の尻は、やはり丸い。
その丸いラインをそっと広げると、悟空が愛してやまない悟飯の身体の一部が顔を覗かせた。
悟飯が行為に慣れてきたため傷にはなっていないが、それでも赤く腫れていて、見ていると痛々しい。
だが、悟飯のこの状態こそが、昨夜の出来事とふたりの関係が事実であることの何よりの証。
昨夜は閉じられた悟飯の扉をこじ開け、奥まで侵入して存分に暴れた。
中の質感を思い出すと、下半身がたまらなく切なくなってくる。
その余韻にゆっくりと浸れる良い眺め。

「絶景、絶景♪」

「・・・なにしてるんですか、お父さん?」

と、そこへ、タイミングの悪いことに睡眠を妨げられた悟飯が目を覚ましてしまった。
好条件が揃った今でないと堪能できない眺めなのに、こんな時に限って・・・。

「悪ぃ、起こしちまったか?」

「ん・・・。脚が寒くて目が覚めました。・・・って、なに見てるんですかっ!!」

悲しきかな、悟空が堪能していた風光明媚な眺めは、悟飯の叫び声とともに綿と布きれで遮断されてしまった。
せっかくの機会だったから、もう少し楽しみたかったのに。

「なにって・・・ナニを見てるんだろ。・・・おめぇ、顔が真っ赤だぞ」

「!!」

悟空が揶揄うと、恋愛に不慣れな悟空の恋人は、今度は頭まですっぽりと布団を被ってしまう。
その上にのしかかって布団をめくろうとしたが、なかなかどうして、悟飯の抵抗は堅かった。 

「なあ、また電気を点けたままでヤろうぜ」

「・・・嫌です・・・」

「じゃあ、今からもう一回・・・」

「無茶言わないで下さいよ!・・・っていうか、お父さんそろそろ寝室に戻らないといけない時間でしょう?ぐずぐずしてたら、お母さんが起きちゃいますよ」

「・・・しょうがねぇな・・・。じゃあさ、寝室に戻る前に指で掻き出してやろうか?」

「い“い”っ!?デリカシーなさ過ぎ!!」

ああ言えばこう言う、そのすべてが拒否反応。
しかも即答ときたものだ。
少しくらい、譲歩の余地はないものなのか。

「ちぇ、なんだよー。少しくらいオラの言うこと聞いてくれたって良いだろ?せめて顔くらい見せろよ」

わざと拗ねてみせると、悟飯はほんの少しの間だけ躊躇った後、布団の端からおずおずと顔を出した。
その眼の縁が、ほんのりと赤く染まっている。

「・・・キスしていいか・・・?」

「・・・その前にパジャマを着て下さい。お父さん、風邪ひいちゃいますよ」

「よっしゃー!!」

ようやく得られた承諾に歓声を上げると、悟空はベッドから降り立ち、床に散らばった自分の衣類を拾い上げて手早く身に着け始めた。
その後ろ姿を見守る悟飯の胸が、パジャマの上衣を翻す悟空の仕草にどきりと竦んだ。
肥満とは無縁な、引き締まった悟空の体躯。
なんど見ても惚れ惚れする。
特に、情事の後にパジャマの上衣を翻す仕草には大人の男の色香が漂っていて、たまらなくカッコイイ。
悟飯の大好きな一瞬。
悟飯の大好きな眺め。

「悟飯」

さきとは違う理由で頬を染める悟飯を振り返り、悟空は己が愛しい者に与えた名を呼んだ。
悟飯が悟空に見惚れていることなど、悟空にはとっくに承知だった。

「まだ早ぇから、これから寝直すんだろ?その前におめぇもパジャマ着ておけ。裸のままだとけっこう寒いぞ」

「・・・はい、わかりました」

珍しく父親らしい悟空の物言いに、悟飯は素直に頷いてその言に従った。
だが、ベッドから半身を起こした胸もとは、グラビアの写真のように布団で覆われている。
隠されると却って収まりかけた炎が燃えるのを、きっと悟飯は知らないのだろう。
悟飯が両腕でかき抱いた布団を、無理矢理引き剥がしてしまいたい衝動に悟空が駆られるのを、きっと。
悟空は己の中から込み上げてくるものに逆らうように布団ごと悟飯をそっと腕で包むと、唇に触れるだけのキスを残した。
わかっているのだ、言葉に出した欲を叶えるのは、悟飯を本気で困らせてしまうだけなのだと。

「じゃ、また後でな」

悟空が笑ってウィンクすると、悟飯は安心したようにこくりと頷いて微笑んだ。
その優しげな目もとに、悟空の心に穏やかさが戻ってくる。
悟飯のどんな表情も、悟空には愛おしさの対象なのだ。
ここを訪れる時は心躍る思いで開いた扉を、悟空は切なさに躊躇いがちに手前へと引いた。
悟空の心理を表してか、入室と退室とでは毎回扉の開閉音が違う。
悟飯の部屋から廊下へと出やる時に背後より布団が擦れる音が聞こえ、悟空は扉を閉める動作に紛れてちらりと室内を盗み見た。
狭まる扉の細い隙間から、ベッドから抜け出る悟飯の白い肢体が垣間見える。
こうして悟飯に気づかれないようにこっそりと悟飯の裸を窺うのも、また一興。

「絶景だな」

扉が閉まるのと同時に、悟空は静かに呟いた。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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