【雪】
あれは確か、意中の女性に様々なアプローチを試みるも、その度にドジを踏む間抜けな三枚目の男が主人公の映画をTVで観ていた時だ。
主人公が引き起こす数々のエピソードに爆笑しながらも、アプローチの悉くが失敗してもメゲずに何度も再チャレンジする主人公に、悟空はきっと、己の姿を重ね合わせていたに違いない。
あの時の悟空は、どんな想いであの映画を観賞していたのだろうか。
その悟空に、あろうことか悟飯は、悟空がアプローチを試みた相手は誰かとしつこく問い質したのだ。
『いい加減にしねぇかッ!!』
皆目見当違いの人物の名を次々にあげつらう悟飯を悟空は一喝し、それきり話題は途絶えてしまった。
ヤキモチから出た興味だったとは云え、何故あんな残酷な仕打ちができたのだろうか。
何故、悟空に知られたら手放さなければならない想いと、懸命にひた隠したのだろうか。
体内の異物への違和感よりも悟飯には胸の痛みが大きく、いたたまれない己を堪えて悟飯は桜色の唇を噛み締めた。
そんな悟飯の様子を心配そうに一瞥した悟空に、悟飯は思い切って口を開くと悟空を呼んだ。
「何だ、悟飯・・・?」
それまでの動きをぴたりと止めて応える悟空の神妙な表情から、悟空が交渉の終了を告げられる覚悟を決めているのが、悟飯にもわかった。
だが、悟飯にはそんなつもりは毛頭ない。
決意を宿した瞳で真っ直ぐ悟空を射抜くと悟飯は、未だ先に進むのに逡巡するように時間を稼ぐ悟空に、さほど大きくもない声で静かに願い出た。
「僕を、お父さんのものにして下さい」
悟飯の言葉に驚いた悟空の動揺が、雪に墨を落とすように瞳の中でゆっくりと広がってゆくのが見て取れた。
わずかに唇が開いたその面からは、若干だが血の気が引いたようにすらも見える。
「ダメだ、まだ固ぇ・・・。このままじゃ、おめぇが痛ぇだけだ。オラもそんなに焦ってねぇから、さ・・・」
幼子を優しく宥めるように諭す悟空に従順な筈の悟飯は常らしくなく首を横に振ると、半身を起こして取り縋るように悟空の首に腕を回した。
「いいえ・・・お父さん。僕は、早くお父さんのものになりたいんです。痛くても構いません」
「・・・悟飯・・・」
悟飯の強固な意志に反して『まだ早い』と、さらに時期の尚早を耳元で説く悟空の声はらしくなく震えていた。
だが、その震えは臆病風に吹かれてのものでないのを、悟飯は感じていた。
悟飯が感じ取ったことの正しさを証明して、パジャマ越しに伝わる悟空の鼓動が後夜祭の際に抱き合った時と同じくらいの早さで打ち付けている。
悟飯の身体的な負担を軽減するために悟空が労力を費やしてくれているのを悟飯は理解し、有り難くも思ったが、それよりも何よりも、これ以上悟空を待たせたくなかった。
悟飯のその心情を読み取った悟空の体温が、悟飯の腕の中で一気に上がってゆく。
これまでの悟空の優しさが嘘のように乱暴に唇を合わせられ、体重をかけられた悟飯の躰がベッドへと沈む。
水音を立てて舌を絡ませ合いながら悟飯の上にのしかかり、悟空は急ピッチで己の衣類を剥ぎ取っていった。
悟空の裸の胸の心地良さにうっとりと瞳を伏せて悟空の接吻に応えた悟飯の心は、誰かに抱かれることの意味を初めて知った。
悟空は、悟飯の躰だけでなく、心までも抱こうとしている。
だからこそ悟空は、精神を伴わないうちに肉体のみを奪うような愚は犯さなかったのだと、悟飯は悟った。
その悟空に応えて己のすべてを捧げてもなお余りある想いに包み込まれ、悟飯が自身の人生が変わる瞬間を待つ寸前、いつの間にそこまで脱がされたのか足首まで下ろされたパジャマのズボンが下着ごと足から抜けて、悟飯の意識が悟空から逸らされた。
刹那―
躰の中心を真っ直ぐ脳天まで鋭い痛みが走り抜け、悟飯は上げるべき声を失った。
悲鳴すらも凍りつくほどのあまりの激痛に顔面からは血の気が失せ、指先からも血が引いてゆく。
呼吸も忘れてみるみるうちに顔面蒼白になった悟飯から悟空が僅かに身を引く気配を感じ、悟飯は力の抜けた手で己から離れゆく悟空を引き止めた。
「・・・悟飯、やっぱダメだ・・・。こんなんじゃ、おめぇが辛ぇだけだ」
悟飯を傷付ける罪悪感に申し訳なさそうに話す悟空の慈愛に満ちた黒い瞳を、悟飯は薄目を開けて不思議そうに見つめ返した。
悟空は、悟飯が悟空のために己が身を犠牲にしている、とでも思っているのだろうか、と。
「オラは十分、満足した。だから、続きはまた今度・・・な?」
優しく甘く言葉を紡ぎながら、悟空の大きな手の平が悟飯の頬と黒髪を撫ぜ、その暖かさに悟飯は躰の奥深くまで静かに息を吸った。
ついさきほどまであれほどの快感を悟飯にもたらしていた悟空の手が、今度は限りない安心感と癒しを与えてくれる。
優しく甘く言葉を紡ぎながら、悟空の大きな手の平が悟飯の頬と黒髪を撫ぜ、その暖かさに悟飯は躰の奥深くまで静かに息を吸った。
ついさきほどまであれほどの快感を悟飯にもたらしていた悟空の手が、今度は限りない安心感と癒しを与えてくれる。
激痛に耐える悟飯の躰の強張りが悟空の魔法の手によって少しだけ緩和されると、悟空は満足気にふっと微笑んだ。
その優しさに安堵する一方で、この上なく悟飯を労わる悟空が滾る情熱をこの後どうするつもりなのかという疑問よりも、悟空に応え切れなかった悔いが己の中でどのようなしこりを残すのかが、悟飯には気にかかった。
このまま、悟空は本気で終えてしまうつもりなのだろうか。
悟空が生きて傍にいてくれる証なのだと思えば、この痛みすら愛おしく感じると云うのに。
悟空が与えてくれる痛みなら、喜んで耐えてみせる、そう思っていると云うのに。
「嫌です・・・。最後、まで・・・」
これまで一度も悟空に逆らったことのない悟飯の掠れた弱々しい訴えに、悟空は驚きに眼を見張った。
だが、言葉の後に続く『僕から離れないで欲しい』との悟飯の意を汲み取悟空の中で、燻りかけた炎は瞬く間に燃え盛った。
「・・・今の言葉を忘れんな・・・。おめぇにそこまで言われたら、オラはもう止められんねぇ・・・。どうなっても、知らねぇからな・・・」
と悟空が言い終わるや否や悟飯は荒々しく躰を揺さぶられ、悲鳴を上げられない悟飯に代わってふたりを乗せたベッドがギシギシと鳴き続けた。
躰に穴が開くほどの痛みを奥歯を噛み締めて堪える悟飯の手の平にさりげなく悟空の手の平が重なり、握り返す悟飯が無意識に立てた爪が、悟空の手の皮膚を破らんばかりに強く食い込んだ。
だが悟空は苦痛を一言も口にすることなく、代わりに狂おしく何度も悟飯の名を呼び、悟空の声で己が名を呼ばれるたびに悟飯の心は甘く疼く。
悟飯の白い躰に密着した悟空の体は発熱を疑うほどに熱く、この熱が次第にふたりの体をドロドロに溶かしてゆくように悟飯は錯覚した。
悟飯の耳元で悟空が熱い吐息を洩らし、悟飯の背筋をぞくりと震わせる。
室内の温度を保つエアコンの暖かい風が、ふたりの咽喉から容赦なく水分を奪っていった。
どれほどの時が過ぎて行ったのか、やがて、ぐったりと瞼を閉じた悟飯を胸にかき抱いた悟空が眠りに就く頃、世界を白く覆い尽くした雪は主役の座を夜の静寂に譲り、最後のひとひらがそっと仲間の列に加わった。
悟飯の誕生日を2ヶ月後に控えた早春の夜に、人を愛する痛みと愛される喜びを知ったふたりに最後まで沈黙を守った雪が、新たな関係をスタートさせたふたりを祝福するように朝陽を浴びて銀色の輝きを放つ。
雪のように降り積もったふたりの想いが、暖かい光に照らされて、とけて流れ出す。
END
ここまでお読み戴きありがとうございました。
主人公が引き起こす数々のエピソードに爆笑しながらも、アプローチの悉くが失敗してもメゲずに何度も再チャレンジする主人公に、悟空はきっと、己の姿を重ね合わせていたに違いない。
あの時の悟空は、どんな想いであの映画を観賞していたのだろうか。
その悟空に、あろうことか悟飯は、悟空がアプローチを試みた相手は誰かとしつこく問い質したのだ。
『いい加減にしねぇかッ!!』
皆目見当違いの人物の名を次々にあげつらう悟飯を悟空は一喝し、それきり話題は途絶えてしまった。
ヤキモチから出た興味だったとは云え、何故あんな残酷な仕打ちができたのだろうか。
何故、悟空に知られたら手放さなければならない想いと、懸命にひた隠したのだろうか。
体内の異物への違和感よりも悟飯には胸の痛みが大きく、いたたまれない己を堪えて悟飯は桜色の唇を噛み締めた。
そんな悟飯の様子を心配そうに一瞥した悟空に、悟飯は思い切って口を開くと悟空を呼んだ。
「何だ、悟飯・・・?」
それまでの動きをぴたりと止めて応える悟空の神妙な表情から、悟空が交渉の終了を告げられる覚悟を決めているのが、悟飯にもわかった。
だが、悟飯にはそんなつもりは毛頭ない。
決意を宿した瞳で真っ直ぐ悟空を射抜くと悟飯は、未だ先に進むのに逡巡するように時間を稼ぐ悟空に、さほど大きくもない声で静かに願い出た。
「僕を、お父さんのものにして下さい」
悟飯の言葉に驚いた悟空の動揺が、雪に墨を落とすように瞳の中でゆっくりと広がってゆくのが見て取れた。
わずかに唇が開いたその面からは、若干だが血の気が引いたようにすらも見える。
「ダメだ、まだ固ぇ・・・。このままじゃ、おめぇが痛ぇだけだ。オラもそんなに焦ってねぇから、さ・・・」
幼子を優しく宥めるように諭す悟空に従順な筈の悟飯は常らしくなく首を横に振ると、半身を起こして取り縋るように悟空の首に腕を回した。
「いいえ・・・お父さん。僕は、早くお父さんのものになりたいんです。痛くても構いません」
「・・・悟飯・・・」
悟飯の強固な意志に反して『まだ早い』と、さらに時期の尚早を耳元で説く悟空の声はらしくなく震えていた。
だが、その震えは臆病風に吹かれてのものでないのを、悟飯は感じていた。
悟飯が感じ取ったことの正しさを証明して、パジャマ越しに伝わる悟空の鼓動が後夜祭の際に抱き合った時と同じくらいの早さで打ち付けている。
悟飯の身体的な負担を軽減するために悟空が労力を費やしてくれているのを悟飯は理解し、有り難くも思ったが、それよりも何よりも、これ以上悟空を待たせたくなかった。
悟飯のその心情を読み取った悟空の体温が、悟飯の腕の中で一気に上がってゆく。
これまでの悟空の優しさが嘘のように乱暴に唇を合わせられ、体重をかけられた悟飯の躰がベッドへと沈む。
水音を立てて舌を絡ませ合いながら悟飯の上にのしかかり、悟空は急ピッチで己の衣類を剥ぎ取っていった。
悟空の裸の胸の心地良さにうっとりと瞳を伏せて悟空の接吻に応えた悟飯の心は、誰かに抱かれることの意味を初めて知った。
悟空は、悟飯の躰だけでなく、心までも抱こうとしている。
だからこそ悟空は、精神を伴わないうちに肉体のみを奪うような愚は犯さなかったのだと、悟飯は悟った。
その悟空に応えて己のすべてを捧げてもなお余りある想いに包み込まれ、悟飯が自身の人生が変わる瞬間を待つ寸前、いつの間にそこまで脱がされたのか足首まで下ろされたパジャマのズボンが下着ごと足から抜けて、悟飯の意識が悟空から逸らされた。
刹那―
躰の中心を真っ直ぐ脳天まで鋭い痛みが走り抜け、悟飯は上げるべき声を失った。
悲鳴すらも凍りつくほどのあまりの激痛に顔面からは血の気が失せ、指先からも血が引いてゆく。
呼吸も忘れてみるみるうちに顔面蒼白になった悟飯から悟空が僅かに身を引く気配を感じ、悟飯は力の抜けた手で己から離れゆく悟空を引き止めた。
「・・・悟飯、やっぱダメだ・・・。こんなんじゃ、おめぇが辛ぇだけだ」
悟飯を傷付ける罪悪感に申し訳なさそうに話す悟空の慈愛に満ちた黒い瞳を、悟飯は薄目を開けて不思議そうに見つめ返した。
悟空は、悟飯が悟空のために己が身を犠牲にしている、とでも思っているのだろうか、と。
「オラは十分、満足した。だから、続きはまた今度・・・な?」
優しく甘く言葉を紡ぎながら、悟空の大きな手の平が悟飯の頬と黒髪を撫ぜ、その暖かさに悟飯は躰の奥深くまで静かに息を吸った。
ついさきほどまであれほどの快感を悟飯にもたらしていた悟空の手が、今度は限りない安心感と癒しを与えてくれる。
優しく甘く言葉を紡ぎながら、悟空の大きな手の平が悟飯の頬と黒髪を撫ぜ、その暖かさに悟飯は躰の奥深くまで静かに息を吸った。
ついさきほどまであれほどの快感を悟飯にもたらしていた悟空の手が、今度は限りない安心感と癒しを与えてくれる。
激痛に耐える悟飯の躰の強張りが悟空の魔法の手によって少しだけ緩和されると、悟空は満足気にふっと微笑んだ。
その優しさに安堵する一方で、この上なく悟飯を労わる悟空が滾る情熱をこの後どうするつもりなのかという疑問よりも、悟空に応え切れなかった悔いが己の中でどのようなしこりを残すのかが、悟飯には気にかかった。
このまま、悟空は本気で終えてしまうつもりなのだろうか。
悟空が生きて傍にいてくれる証なのだと思えば、この痛みすら愛おしく感じると云うのに。
悟空が与えてくれる痛みなら、喜んで耐えてみせる、そう思っていると云うのに。
「嫌です・・・。最後、まで・・・」
これまで一度も悟空に逆らったことのない悟飯の掠れた弱々しい訴えに、悟空は驚きに眼を見張った。
だが、言葉の後に続く『僕から離れないで欲しい』との悟飯の意を汲み取悟空の中で、燻りかけた炎は瞬く間に燃え盛った。
「・・・今の言葉を忘れんな・・・。おめぇにそこまで言われたら、オラはもう止められんねぇ・・・。どうなっても、知らねぇからな・・・」
と悟空が言い終わるや否や悟飯は荒々しく躰を揺さぶられ、悲鳴を上げられない悟飯に代わってふたりを乗せたベッドがギシギシと鳴き続けた。
躰に穴が開くほどの痛みを奥歯を噛み締めて堪える悟飯の手の平にさりげなく悟空の手の平が重なり、握り返す悟飯が無意識に立てた爪が、悟空の手の皮膚を破らんばかりに強く食い込んだ。
だが悟空は苦痛を一言も口にすることなく、代わりに狂おしく何度も悟飯の名を呼び、悟空の声で己が名を呼ばれるたびに悟飯の心は甘く疼く。
悟飯の白い躰に密着した悟空の体は発熱を疑うほどに熱く、この熱が次第にふたりの体をドロドロに溶かしてゆくように悟飯は錯覚した。
悟飯の耳元で悟空が熱い吐息を洩らし、悟飯の背筋をぞくりと震わせる。
室内の温度を保つエアコンの暖かい風が、ふたりの咽喉から容赦なく水分を奪っていった。
どれほどの時が過ぎて行ったのか、やがて、ぐったりと瞼を閉じた悟飯を胸にかき抱いた悟空が眠りに就く頃、世界を白く覆い尽くした雪は主役の座を夜の静寂に譲り、最後のひとひらがそっと仲間の列に加わった。
悟飯の誕生日を2ヶ月後に控えた早春の夜に、人を愛する痛みと愛される喜びを知ったふたりに最後まで沈黙を守った雪が、新たな関係をスタートさせたふたりを祝福するように朝陽を浴びて銀色の輝きを放つ。
雪のように降り積もったふたりの想いが、暖かい光に照らされて、とけて流れ出す。
END
ここまでお読み戴きありがとうございました。