【雪】

躰中をまさぐる、と表現した方が相応しいこの行為を続けている最中に悟空の舌が耳裏を這い、最大のウィークポイントを攻め立てられる予感に悟飯は小さく頭を振った。
武道でもそうだが、こちらの方面でも弱点を探り当てれば悟空は容赦なくそこを攻めてくる。
悟飯のささやかな抵抗は行為終了の懇願ではなく快感への躊躇だと承知している悟空に耳を甘くて屠られてぞわりとしたものが腰を襲い、声を上げそうになる己を堪えるために悟飯は咄嗟に人差し指の付け根を噛んだ。
予想通り耳穴に侵入してきた悟空の舌に悟飯が躰を震わせている隙にパジャマのボタンがゆっくりとひとつずつ外され、白い肌が露わになるたびに悟飯は心に羞恥と緊張と恐怖を纏う。
頑なになってゆく悟飯の心身をゆるやかに解きほぐすため、悟空はパジャマの隙間から見え隠れする春の花色の小粒な実には性急に食指を伸ばさず、白い首筋を唇で辿ると静かに吸い上げた。
悟飯の滑らかな肌を探求する手は背後へと回されてベッドとパジャマの間を上から下へと這い、背骨にそってなぞる悟空の指が通過したあとのぞわぞわとした感覚に、悟飯は腰を浮かせて自身の指に歯を立てた唇を戦慄かせた。
悟空が作り出す電気が悟飯の脳を掠めるたびに悟飯の心を覆う理性が一枚ずつはがされ、そこから快感を追う本能が顔を覗かせるのに合わせて、悟空は裸で抱き合うふたりを邪魔する衣類を徐々に取り除いてゆく。
その間にも悟飯の鍛えられた胸に到達した悟空の唇は、紫陽花の葉を這うかたつむりのように痕跡を残しながら、白い胸板の上を縦横無尽に移動する。
悟空の唇が去ったあとには悟空が生きてこの世に存在する証が刻み込まれ、くっきりと鮮やかなその色は、雪の中でも艶やかに咲く紅い椿の花を思い起こさせた。
楕円に椿が花咲く雪景色を堪能する時間を惜しむように室内の照明が落とされ、悟空の唇が、成熟にはまだ早い悟飯の若い実をついばんだ。
だがそれは、小鳥がくちばしに木の実を挟んで運ぶような愛らしいものではなく、考え得る限りのありとあらゆる専門的な妙技を駆使したものだった。
想像も及ばない悟空のテクニックに翻弄され、震えながら自身の指を噛んで堪える歯の隙間から、悟飯は呻き声ともつかない小さな嬌声を洩らす。
その声の甘さに若くて固い実を愛でる悟空のスタンドプレイは留るところを知らず、耐えかねた悟飯は悟空の肩を静かに押しやる仕草を見せ、悟飯の意を汲むとの誓約は間もなく実行されることとなった。
だがそれは、悟空が所持する切り札のひとつが仕舞われたに過ぎない。
両の肋骨を親指の腹でなぞられた直後に臍周りを舌で愛撫され、くすぐったい感触に悟飯は身を捩らせてクスクスと小さく笑う。
悟飯を快感に追い立て、追い詰めるだけがこの交渉の真の目的ではないのか、悟飯の立てる笑い声に『どうだ、くすぐったいだろう』と悟空も満足気な笑みを零した。
やがて悟空が仕掛けた悪戯に躰の強張りが解けた頃、腰を甘噛みされた甘い衝撃に歯の根がガチガチと鳴り、初めての交渉であるにも関わらず悟飯の躰を余すことなく知り尽くしているような悟空に、悟飯は驚き戸惑った。
心を通わせあってから悟空には何度か触れられたが、その時に弱点をすべて把握されたのだろうか。
それとも子供の頃から幾度となく触れているうちに、自然と覚えられてしまったのか・・・。
悟飯が導き出した答えは、どれも否だった。
悟空に触れられると悟飯の躰はどこもかしこも悦びに震える、それが正解であり、真実でもあった。
腰のラインを撫でるようにパジャマの下を脱がせる悟空の手の平に背中がゾクゾクと震えるのも、きっとそのせいなのだろう。
こんな、悟空には愛撫の自覚などない、なんてことない所作にまで悟飯が感応してしまうなんてことを、当の悟空には知られたくない。
そう思って逸らした顔をさらに腕で隠した耳に悟空が鋭く息を呑む音が聞こえ、悟飯は腕の下の頬を赤らめた。
生まれたままの姿を悟空の前に晒すのは7年振りであり、さらには7年前とは違う躰の変化に対する悟空の反応が、殊更に悟飯の羞恥心を掻き立てた。
しかも、7年の歳月が変えたものは悟飯の身体的特徴ばかりではなく、悟飯の心までもが移ろい、その過程の延長上でふたりの関係はこれまでとはまったく違うものへと変貌を遂げようとしている。
その事実に先の見えない未来への不安を抱くよりも早く、この程度の刺激に示した身体的機能を悟空がどう思うのかが、悟飯には心配だった。
可笑しな奴だと呆れられやしないだろうかとの危惧をよそに、悟空の咽喉がごくりと鳴るや否や躰の一部分が悟空の口内に包まれるのを感じて、悟飯は驚愕と衝撃と羞恥と嫌悪に次々と襲われた。
これ以上の行為を何とか止めさせようと悟飯は力のない手で乾き切っていない悟空の黒髪を必死で掴んだが、今度ばかりは悟空は悟飯に譲らなかった。
制止の言葉をどうにか振り絞って訴えてもみたが依然として悟空の行動は止まらず、生まれて初めての経験に悟飯の全身に震えが走る。
一体どこでこんなことを覚えてきたのかと疑念を抱くほどの巧妙さにいくつもの快感の引き出しが次々と強引にこじ開けられ、たちまち悟飯は昇らされた。
そこからの脱出を謀って悟飯は肘を使って上へとずり上がったが、悟空は悟飯の逃亡を許さなかった。
悟空の逞しい腕に引き戻され、さらに下半身にねっとりと纏わりつくような濃厚な愛撫を施されて、悟飯はダンスを踊るかのように何度も細い腰をくねらせる。
やがて快感の頂点を知らせる言葉が悟飯の口から飛び出し、悟飯は泣きながら悟空の開放を求めて訴えたが、それにも悟空は『構わない』とまるで取り合わず、とうとう白い閃光が悟飯の瞼を灼いた。
その瞬間―
ふたりの胸に去就したのはどんな想いだったのか。
雪に似た白い色はどこへ消えて行ったのか。
悟飯にも預かり知らぬその答えを、悟空だけが知っていた。
ただ、辛うじて機能していた悟飯の耳は、悟空の咽喉が何かを飲み込む音を確かに聞いた。
躰の中で荒れ狂った波に胸板を上下させて喘ぐ悟飯の瞳に、二本の指を己の口に含む悟空の姿が朧げに映し出され、悟飯は声を発することもできずに呆然とことの成り行きを見守った。
薄暗い照明の僅かな光りに反射した悟空の指に絡んだそれは、唾液だけにしては厭に量が多く感じられ、さきほどの行為の結果と照らし合わせて導き出された解答から瞳を背けようとして悟空と視線が合い、悟飯は思わず息を詰めた。
脱力して、筋肉が弛緩した悟飯の躰の後方へと手を伸ばす悟空は、悟飯が以前から恐いと感じていたあの眼をしていた。
『獲物を狙う肉食獣のような眼』に例えていた眼差しと改めて遭遇した悟飯は、悟空にとっての己がまさしく獲物であったのを、この時初めて知覚した。
7年前には精神と時の部屋で、何度もこの眼を目撃した。
秋にトラクターの上で手の甲にキスをされた時も、悟空はこの眼をしていた。
あの時だけではない。
あの時の悟空の行動も、あの時の悟空の台詞も、ちゃんと意味があったのだ。
そう、あの時も、あの時も・・・。

『いつも、おめぇのことばっか考えてっから・・・』

『他の男に変なことされんなよ!』

『おめぇはオラのことだけ考えてればイイんだ。よそ見をするんじゃねぇ・・・』

『だったらさ・・・、オラ、自惚れてもイイか・・・?』

穿った先入観で捉えたりせず、諸々の台詞をすべて言葉通り素直に受け止めていたならば、もっと早くに気付けた筈なのだ。
それなのに悟空の気も知らず、悟空は己が別の意味にも捉えられる意味深な台詞を吐いているなんて思いも寄らないだろう、なんて勝手に決めつけていた。
それどころか、悟空に対してだけ過剰防衛する悟飯のリアクションに耐える悟空を、遂には激昂させてしまったこともあった。
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