【そして僕は悲鳴をあげた】



「キスしていいか?」


お母さんと悟天が買い物に出掛けた後、リビングに降りた僕に近寄って来たお父さんが聞いてきた。


「いいです・・・けど・・・」


僕は心なしかもじもじしながら、何とか答える。
キスぐらいなら、覚悟していたから。
もう“好き”って言っちゃったし。
お父さんは僕の正面に立つと、僕の両肩を掴んだ。
ゆっくりと顔を近付けてくる。
僕は目を瞑ってお父さんの唇を待った。
僕の唇にお父さんの息がかかる。
と、途端に背中がぞわっとして、僕は咄嗟にお父さんから顔を背けてしまった。
そんな僕の反応にお父さんはちょっと戸惑って、でも、また顔を近付けてくる。


「んー」

フイ!

「!」

フイ!

「!!」

フイ!

「!!!」

「悟~~飯~~~~っっ」

「あの・・・いえ・・・その・・・すみません」


さすがに怒ったお父さんから胸倉を掴まれた。
お父さんが顔を近付ける度に、まるで同極の磁石のように反射的にお父さんから顔を背けてしまう僕。
お父さんが怒るのも当然だろう。



「・・・嫌なんか?」



お父さんが真剣な表情で聞いてくる。
いつもおちゃらけてるクセに、こんな時は真剣な顔をするんだ、お父さん。
そんなお父さんを『格好良い』と思ってしまうだなんて、僕もどうかしてる。



「嫌じゃ・・・ない、です」



そう、嫌じゃない。
嫌じゃないけど、恥ずかしい。



―なんて、恥ずかしくて、とても言えない!



「んっ!」


と、両手で顔を挟み込まれて口付けられる。
それは軽く触れるだけのものじゃなくて、しっかりと唇を合わせたもので。
逃げられなくなった僕の両手を握って、一度離した唇を、今度は角度を変えてまた口付けてくる。
唇を、軽く吸われる。


「んっ、ふ・・・っ」


知らず、洩れてしまう溜息。
何度目かのキスの時、ぬるっとした感触がして僕は思わず目を開いてしまった。
僕の頭がパニックを起こす。
僕の口の中に何かが入ってる!


「んんっ!!」


それがお父さんの舌だと理解したのと同時に、僕の背筋をゾクッと電流が走った。
いや、ちょっと待て、この電流、口の中から発生してないか?


「くぅ・・・っ!」


絡められた舌を軽く引っ張られて、吸われて、今度は頭の中にまで電流が走る。


「くぅ、んっ、う、んっ!・・・ん!」


なんか・・・頭がシビれてきた・・・。
このままでは僕はおかしくなってしまう。
僕はお父さんの体を引き剥がそうと、お父さんに掴まれた手に力を篭めた。
何とかお父さんの腕を振り払わなきや!
力を・・・あれっ!?


力が入らない!


お父さんを振り解こうとした僕の手には力が入らなくて、当然お父さんの強い力には敵わない。
僕は試しに手の平を握ってみたけど、それは握るのがやっとと云うほどの弱々しいものでしかなかった。


「・・・っと、さ・・・っ・・・ふっ!」


キスの合間に何とか離してもらおうと訴えるけど、どこからかぴちゃって音が聞こえてきて、この音を聞いた途端にまた電流が走ってきた。


「悟飯・・・」

「・・・は、あっ・・・」


やっと、離してもらえた。
頭がボーッとして立っているのも辛くて、僕は後ろのソファに倒れ込んだ。
お父さんは僕の肩を掴んでソファに押し倒すと、頬に首筋に鎖骨に、いろんなところにキスをしてくる。
気がついたら着ているTシャツをめくられて、そこにもキスされた。


「・・・あっ・・・!」


突起の部分を吸われた時に思わず変な声が洩れて、僕は慌てて自分の口を両手で塞いだ。


なに、いまの。


何であんな声が僕の口から!?

再び混乱に陥った僕は、お父さんにされるがままなす術もない。
僕の胸にキスをしていたお父さんが体を起こしてまた僕の口にキスをしようと顔を近付けてきた時、玄関の扉が勢いよく開いて悟天とお母さんが帰ってきた。


「ただいまーっ!!」


元気な悟天の声に、お父さんはガバッと飛び上がるように顔を上げて、玄関を振り返る。
玄関からは僕たちの姿はソファの背もたれで死角になっていて、悟天とお母さんに目撃されずに済んだ。


助かったぁ・・・!


「ちっ・・・!」


ホッとした僕とは裏腹に、お父さんは酷く残念そう・・・というより悔しそう。
っていうか、さっき舌打ちしてませんでしたか、お父さん!?


「邪魔が入っちまったな・・・。悟飯、次はもっとイイトコロにキスしてやっかんな」


口元を隠すように右手を立て、お父さんは僕に耳打ちをする。


もっとイイトコロ・・・?

イイトコロ・・・って?

・・・・・・・・・。

ボンッッ。

お父さんの言葉の意味を理解した途端、僕の顔が火を噴いた。


「お父さんのスケベっっ!!!」


僕がお父さんに向かって小声で怒鳴った時にはもう、お父さんは悟天を抱っこしていた。
まるきり無反応のお父さんの態度からして、どうやら僕の声は聞こえていないらしい。


ずるいっっ。


いつも、帰ってきた悟天を真っ先に抱っこするのは、僕の役目なのにっ。


「悟飯ちゃん、顔が真っ赤だべ。熱でもあるだか?」


お母さんが驚いたように僕に近寄ってくる。


「あ・・・あの・・・。ね、熱はないんですけど、何だか疲れちゃって・・・はは・・・・」


疲れた。


ほんっとうに疲れたっ。


「疲れたんなら、風呂を沸かしてやるから、風呂入ってメシ食って寝ろ。それまで自分の部屋行って寝てろ。悟飯ちゃんはデリケートにできてるだべ」


「そうします、お母さん、ありがとう」


お母さんの好意に素直に従って、悟天を抱っこすることもなく、僕は自分の部屋へと向かった。
きっと、廊下を歩く僕の頭上を、どんよりと黒い雲が覆っていたに違いない。





お風呂を用意してもらって、僕は脱衣場で服を脱いでいる。
あれから僕は、何度もお父さんとのキスを思い出していた。
お陰で、僕の頭はずっとボーッとしたまま。
それでも、Tシャツを脱いだ時、胸にある赤い跡に気がついた。


あれ?


こんなところ、蚊に刺されたっけ?
そういえば、ここって確か、さっきお父さんにキスされたとこ・・・。


――ってことは、これってもしかして、巷で噂の、俗にいわゆる、キッ・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・。


「キャアアアアアアアッッ!!」


その日僕は、パオズ山中に轟くほどの悲鳴をあげた。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
1/1ページ
スキ