【割れ物につき取り扱い注意】



「悟飯、おめぇ体重は何kgあるんだ?」

悟天を連れて買い物に出かけたチチに代わって、キッチンで午後のお茶の後片付けに取りかかった悟飯に、悟空が唐突に尋ねてきた。

「はあ?・・・何ですか、藪から棒に?」

「藪でも森でも林でも何でもいいから、体重だよ、体重!何kgあるんだよ?」

「・・・春にハイスクールで計測した時は、61kgでしたよ」

「61!?・・・オラより1kg少ねぇんか・・・」

悟飯からの回答に悟空は嘆息し、脈絡もない突然の質問に目をぱちくりさせた悟飯は、消沈した様子の悟空に更に脳内の疑問符を増大させた。

「体重なんか気にして、どうしたんですか、一体?」

「・・・悟天がさ、オラのことデブだって言うんだよ・・・」

「悟天が・・・?急にどうしたんです?」

「それが、さ・・・」

と、らしくなく体重にこだわる悟空へ抱いた悟飯の疑問に応えるべく、悟空は何の前触れもない質問に至った経緯をかいつまんで話し始めた。
ことの発端は、正月から一週間ほど経ったある日のトランクスと悟天の会話だった。
幼児体型に加え、正月に餅を食べ過ぎてぽっこり突き出た悟天の腹を見たトランクスが、悟天をデブだと揶揄ったのだそうだ。
一見して手足の細い悟天だが、正月の餅のせいで、筋肉質のわりにはスレンダーな一歳年上のトランクスと同じ体重になってしまい、それが悪戯っ子のトランクスに格好の揶揄いのネタを提供する羽目になったのだ。
誰に対しても物怖じせずにずばずばと物を言う幼馴染のトランクスの揶揄いに幼心を痛めた負けず嫌いの悟天は、トランクスを言い負かす為に、孫家でいちばん体格が良いであろう悟空を引き合いに出して、我が家でいちばん体重が重い筈の悟空こそがデブだとの無茶なこじつけで、トランクスの揶揄の矛先をむりやり悟空に変えたのだった。

「・・・それって、子供の理論ですよね・・・?太っているかどうかの基準は重さだけじゃなくって、身長との比率にあるんですよ」

「・・・!そっかぁ!!そうだよなぁ!な~んか、オラもおっかしいと思ったんだ」

「悟天のむちゃくちゃな理論に騙されちゃうトランクス君も、まだまだ子供だってことですね。そもそもお父さんは、ぜんぜん太ってないじゃないですか」

「そうだよなぁ!!ブウみたいに腹が出てるわけじゃねぇし、オラはデブなんかじゃねぇよなぁ!!」

「そうですよ。それに、日々あれだけ鍛えてたら、太る暇もないでしょう?」

「畑仕事ばっかで、前みたいに修行できてねぇけどな。そんでも腹なんて、出てるどころか今だに腹筋バリバリだぜ。・・・触ってみるか?」

デザート用の白い丸皿を洗う悟飯の真横にシンクに片手をついた姿勢で立ち、悟飯の横顔を覗き込んで悟空はにやりと笑った。
後夜祭の時と同じく半ぶん逃げ場を失った悟飯は、悟空の台詞と行動とふたりの距離に鋭く息を飲むと、即座に拒否の言葉を口にした。

「・・・手が濡れてますから・・・」

タイミングが良かったとはいえ、よくぞ咄嗟に上手い言い訳ができたものだ、と悟飯は思った。
昔の悟飯なら躊躇うことはなかっただろう。
普通の親子でも、気にならない筈だ。
だが、悟空を意識している自分をはっきりと自覚してしまってからには、悟空の腹に触れるなんて高いハードルは、とても越えられそうになかった。

「・・・そっか・・・」

悟空と目線を合わせないように皿洗いに集中するフリをする悟飯に、悟空は不審感を微塵も抱くでもなく、不平のひとことを鳴らすでもなく、曰く有りげな視線だけを投げた。
その視線の中に、些少の確信とわずかな疑問の色が浮かんでいるのは、悟空の顔をまともに見られない悟飯には預かり知れぬことだった。

「そういやさ、身長はどうなんだ?体格は同じなんだからさ、オラよりおめぇの方が体重が少ねぇんなら、身長だっておめぇの方が低い筈だよなぁ?」

「さ、さあ・・・?それは、どうなんでしょうか?」

「よ~し、比べてみるか!ほら、背筋を伸ばしてピンと立て!洗い物してても、そのくらいならできるだろ」

悟空の理論も悟天とさほど変わらないが、確かにそれくらいならできる。
それに、つい先ほど悟空の言葉を拒否したばかりなのに、またもやここで悟飯が従わなかったならば『反抗的』と捉えられてしまうかも知れない。
仕方なしに悟飯が皿洗いの手を止めて背筋を伸ばすと、悟空はシンクに片手をついたまま、悟飯の後背へと回り込んだ。
背比べくらいなら、すぐ終わる。
呼吸が苦しいほどの距離ならば、背比べの間だけ息をひそめていれば良い。
熱くなった頬も、後方からなら見られなくて済む。
何とか理性を保とうと、悟飯は自身にそう言い聞かせて、悟空の行動に乱れる心をなだめすかすことに苦心した。
ところが、そんな悟飯の心情を露ほども知らない悟空に隙間も感じられないほどぴったりと体を重ね合わされ、悟飯の苦労はあえなく徒労に終わることとなった。
たかだか背比べ如きで、何もここまで体をくっつけてこなくても良さそうなものなのに。
悟飯が悟空に特別な想いを寄せている特殊な事情を排除して考えても、大人になりつつある息子に対して、あまりにも無神経なのではないだろうか。
こんな時、おおらかな故に息子との距離感に無頓着な悟空の性格が、恨めしくなってしまう。
時として悟空の能天気さは、悟飯の純粋な想いに禍をなすのだった。
まるで背後から悟空に抱擁されているような状態に、悟飯の耳元では心臓がうるさいほど強く、大きく鳴っていた。

「どれどれ、ん~?・・・あれっ!?」

「・・・どうしたんですか?」

「・・・オラよりおめぇのほうが、ちょっとだけデカいみてぇだ。小指の厚さ分くらい・・・かな?」

「あはっ!それじゃあ、太ってなくても僕よりお父さんの方が肥満度が高いってことなんですね!」

「なっ!悟飯、てめっ・・・!」

やかましい心臓の音をかき消すように、上昇した体温を悟空に気取られぬように、悟飯はわざとふざけて軽口を叩いた。
冗談を言っていれば、悟空から気を逸らせられる。
おどけて冷やかしていたならば、背中の悟空を意識しないでいられる。

「さっきのは、なし!!よっく見てみたら、髪の毛の分だけオラの方が背が高い!」

「ぷっ・・・!何ですか、それ!?」

それこそ子供じみた悟空の言い分に、今度こそ悟飯は本気で吹き出した。
意地っ張りの悟空への可笑しさからだけでなく、悟飯は自身の背を悟空から引き剥がし、身体を折ってさも愉快そうに笑った。
そんな悟飯の隙をついて悟空が空いたもう片方の手もシンクに置き、悟空の腕の中に完全に閉じ込められたのを知った悟飯は、恐怖と驚愕に息を止めた。
これでは籠の中の鳥だ。
いや、動き回るスペースがある分だけ、籠の中の鳥の方がまだ自由が利く。
まるきり身動きが取れない今の状況は、籠の中の鳥よりももっと始末が悪い。

「悟飯、笑うなっ!こら、こいつ・・・!」

悟飯の笑い声に感化されてか、自身も笑いをこらえた声で悟空は悟飯に命令を下したが、そこには父親としての威厳はまるきり存在していなかった。
時として緊迫した空気が間に漂うふたりだが、この時は日常的な穏やかさに包まれつつあった。
こまま事態が終息したならば、この日の悟飯は心安らかに過ごせたかも知れない。
だが、残念なことにこの件は、その後スムーズに落着とはいかなかった。
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