【幸せな片想い】
もう少しだけ、お父さんが僕にくれた『初めての気持ち』を大事にしていたいから。
まだ、僕を幸せにしてくれるこの想いを、捨てたくないから。
「美味しい」
新しく殻を剥いた幸せを一粒口の中に放り込むと、僕はまた同じ言葉を呟いた。
と、遠くから農業用のトラクターの独特なエンジン音が聞こえてきた。
その音はゆっくりと、だけど真っ直ぐこちらに向かって来る。
そういえば、ここってお父さんの畑の帰り道だったんだっけ。
立ち上がって目を凝らすと、トラクターの上にふたつの人影。
顔が識別できるくらいに近付いたトラクターには、お父さんと悟天が乗っていた。
「おーい!お父さ~ん!悟天~!」
僕が手を振ってふたりを呼ぶと、ふたりとも笑顔で手を振り返してくる。
「お~、悟飯~!」
「お兄ちゃ~ん!」
悟天は僕を見つけると、嬉しそうに一直線に僕のところまで飛んで来た。
家に帰れば嫌でも顔を合わせるのに、偶然外で出くわしただけでまるで宝物でも発見したみたいに喜んでくれる。
僕は胸の中に飛び込んで来た悟天をキャッチすると、悟天の両脇に手を差し込んで小さな体を空に高々と掲げた。
そのままくるりと一周する間に、悟天の瞳の中には冬空の星座のような星の瞬きが幾つも煌めいて見えていた。
「悟天、お父さんを迎えに行ってたのか」
「うん!あのね、お父さんが育てた大根がね、すっごく大きくなったんだよ!もう少しで〝しゅうかく〝出来るんだって!」
「大根だけじゃねぇぞ~。カブっていうのもでっかくなってて、そろそろ収穫出来そうなんだ」
トラクターの上から、お父さんがはしゃぐ悟天の後に続く。
お父さんが運転するトラクターは、もうそこまで来ていた。
「お父さん、お疲れ様です。収穫が楽しみですね」
「おう!おめぇはこんなとこで何やってんだ?」
僕たちより数メートル手前でトラクターを停止させるとエンジンを切り、お父さんは身軽な動作でひょいと地面に降り立ちながら僕に訊いてきた。
「あ、あの・・・」
「あっ!お兄ちゃん、ここで木の実を食べていたんでしょう?」
僕が返事をするより早く、僕の上着の中に集められた木の実の山を発見した悟天が、お父さんからの質問への答えを導き出した。
「お兄ちゃん、毎年秋になるといっぱい木の実を食べるんだよね」
と、秋の僕の楽しみを知っている悟天が続ける。
「そういや、おめぇはガキの頃にもひとりでムシャムシャと食ってたことがあったっけなぁ」
お父さんは懐かしい過去を思い出したようで、腰に手を当ててくすりと笑った。
お父さんが笑ったのには理由がある。
人造人間との戦闘に備えてお父さんとピッコロさんと僕の三人でこのパオズ山で修行をしていた頃、休憩の合間に木の実を食べ始めた僕はどうにも止まらなくなり、ピッコロさんからお叱りを受けたことがあった。
『いつまで食ってる気だ!!お前はリスにでもなったつもりか!!』
口調は厳しかったものの、あの時のピッコロさんは本気で怒っていたのではなかった。
この季節になると決まって一度はしこたま木の実をお腹に溜め込む僕を、餌の取れない冬を越す為に頬袋に木の実を詰め込むリスに例えたピッコロさんなりのジョークだったみたいで、傍で聞いていたお父さんはいきなり吹き出したのだった。
お父さんにつられてピッコロさんと僕も笑い出し、極度の緊張が続いた日々に久方ぶりに声を出して笑った僕たちは、それから暫くの間ゲラゲラと大笑いしていた。
お父さんとピッコロさんと僕だけが知っている、昔の話。
それにしても、と、お父さんはあの時より三倍近くに積まれた木の実の殻の山をちらりと見遣って言った。
「随分いっぱい食ったみてぇだな」
その言葉に、僕は照れて頬を掻いた。
・・・恥ずかしいところを見られちゃったかな・・・。
「なぁ、ちょっくらオラたちにも分けてくれよ」
「どうぞ」
「サンキュー!」
僕が応えるとお父さんはいたずらっぽくウィンクをして、僕の隣りに腰を降ろした。
僕も、と悟天は僕とは反対側のお父さんの横に座り、まだ手の甲に幼児の名残りの窪みの残る小さな手で、木の実の殻を剥き始める。
お父さんが最初の一個目の殻を剥いて口の中に放り込むのを見届けてから、僕もふたりに倣った。
「うめぇ!結構イケるじゃねぇか」
「うん、美味しいね!」
喜ぶふたりの声が秋の色のように暖かくて、それだけで僕はお腹がいっぱいになった気がしてくる。
それでも新しい一粒を口に入れると、何だか木の実が美味しさを増したように感じられた。
「ほら」
声と同時に綺麗に殻が剥かれた木の実を目の前に差し出され、僕は驚いてお父さんを振り返った。
「まだ食いてぇんだろ?オラに遠慮すんなって」
そう言って父親の顔で笑うお父さんに、切なさを伴って胸が甘く疼く。
僕の為に、剥いてくれたんだ。
僕はお父さんの好意に素直に甘えて、お父さんの指先に摘まれた木の実を口で受け取った。
僕の『初めて』がこの人で、本当に良かった。
『どうして』とか『いつから』とか、そんなことはどうでもいい。
だって、この気持ちが他の人に抱いたものだったとしたら、こんな穏やかな優しい幸せは、きっとなかっただろうから。
この想いが未来永劫叶わなくても、きっと、辛くなったりなんかしないだろうから。
チュッ。
えっ!?
横から聞こえた音に何事かとお父さんを見ると、お父さんは食べ物を摘んで汚れた指を舐めるように僕の唇が触れた指を自分の唇で拭っていた。
ボンッ!
途端に僕の顔は火を噴いた。
まったく、何てことをしてくれるんだ、この人はっっ!!
無自覚とは恐ろしいもので、お父さんは僕の気持ちを知らないからこそ、こんなことができるんだ。
お父さんの行動に、僕の頭に間接キスって単語が浮かぶなんて、知らないからこそ。
「ほら」
「あ~ん」
今度は悟天に、お父さんは殻を剥いた木の実を食べさせる。
我が子に交互に食べ物を与えるなんて、何だか餌付けみたいだ。
あれっ!?
お父さんの行動を見守ると、お父さんは悟天に木の実を食べさせた後に指を拭うことはしなかった。
それどころか、自分が食べる番の時には剥いた木の実をぽい、と口の中に放り込むだけ。
お父さんは口をもぐもぐさせながら別の木の実の殻を剥き、今度は無言で僕の口もとに運ぶ。
お父さんをちらりと見てから、僕も無言で木の実を貰った。
僕の唇が、お父さんの指に触れる。
こんなことで胸がドキドキしてしまうのは、僕だけ。
わかってる、そんなこと。
お父さんは表情ひとつ変えていない。
僕のドキドキも指に触れた唇も何も気にしないお父さんは、さっきと同じにまた音を立てて自分の指を舐めた。
火を噴いた頬が、さらに熱くなる。
なのにお父さんは、悟天に木の実を食べさせた後は何事もなかったように別の木の実に手を伸ばすだけで、僕の時のように自分の指を舐めたりなんかしなかった。
何でっっ!?
何で、僕の時だけ・・・!?
疑問と動揺と混乱に呆然と固まっていると、お父さん越しに悟天と目が合った。
「あっ!!お兄ちゃん、どうしたの!?顔が真っ赤だよ!」
悟天は僕の顔を見るなり慌てて立ち上がり、切羽詰まった表情で僕へと駆け寄って来た。
「どうした、悟飯。何かあったのか?」
と、お父さんも心配そうに声をかけてくれたけど、そのお父さんに対して僕は心の中で突っ込まずにはいられない。
誰のせいだと思ってるんですかっっ!!
まったく、お父さんの天然ぶりは手に負えない・・・!
「熱があるんじゃない?僕がみてあげる」
言うが早いか、難しい顔をして悟天は僕の額に自分の額を押し当てた。
目の前に現れた丸い頬の輪郭もつぶらな瞳も、僕の前髪をかきあげた小さな手も可愛くて、僕は愛しい体に腕を回すとそっと悟天を抱き締めた。
そうか、お父さんの肩の手当てをしている時にお父さんが僕を抱き締めたのは、今の僕と同じ気持ちからだったんだ。
あれは、感謝の抱擁だったんだな。
まだ、僕を幸せにしてくれるこの想いを、捨てたくないから。
「美味しい」
新しく殻を剥いた幸せを一粒口の中に放り込むと、僕はまた同じ言葉を呟いた。
と、遠くから農業用のトラクターの独特なエンジン音が聞こえてきた。
その音はゆっくりと、だけど真っ直ぐこちらに向かって来る。
そういえば、ここってお父さんの畑の帰り道だったんだっけ。
立ち上がって目を凝らすと、トラクターの上にふたつの人影。
顔が識別できるくらいに近付いたトラクターには、お父さんと悟天が乗っていた。
「おーい!お父さ~ん!悟天~!」
僕が手を振ってふたりを呼ぶと、ふたりとも笑顔で手を振り返してくる。
「お~、悟飯~!」
「お兄ちゃ~ん!」
悟天は僕を見つけると、嬉しそうに一直線に僕のところまで飛んで来た。
家に帰れば嫌でも顔を合わせるのに、偶然外で出くわしただけでまるで宝物でも発見したみたいに喜んでくれる。
僕は胸の中に飛び込んで来た悟天をキャッチすると、悟天の両脇に手を差し込んで小さな体を空に高々と掲げた。
そのままくるりと一周する間に、悟天の瞳の中には冬空の星座のような星の瞬きが幾つも煌めいて見えていた。
「悟天、お父さんを迎えに行ってたのか」
「うん!あのね、お父さんが育てた大根がね、すっごく大きくなったんだよ!もう少しで〝しゅうかく〝出来るんだって!」
「大根だけじゃねぇぞ~。カブっていうのもでっかくなってて、そろそろ収穫出来そうなんだ」
トラクターの上から、お父さんがはしゃぐ悟天の後に続く。
お父さんが運転するトラクターは、もうそこまで来ていた。
「お父さん、お疲れ様です。収穫が楽しみですね」
「おう!おめぇはこんなとこで何やってんだ?」
僕たちより数メートル手前でトラクターを停止させるとエンジンを切り、お父さんは身軽な動作でひょいと地面に降り立ちながら僕に訊いてきた。
「あ、あの・・・」
「あっ!お兄ちゃん、ここで木の実を食べていたんでしょう?」
僕が返事をするより早く、僕の上着の中に集められた木の実の山を発見した悟天が、お父さんからの質問への答えを導き出した。
「お兄ちゃん、毎年秋になるといっぱい木の実を食べるんだよね」
と、秋の僕の楽しみを知っている悟天が続ける。
「そういや、おめぇはガキの頃にもひとりでムシャムシャと食ってたことがあったっけなぁ」
お父さんは懐かしい過去を思い出したようで、腰に手を当ててくすりと笑った。
お父さんが笑ったのには理由がある。
人造人間との戦闘に備えてお父さんとピッコロさんと僕の三人でこのパオズ山で修行をしていた頃、休憩の合間に木の実を食べ始めた僕はどうにも止まらなくなり、ピッコロさんからお叱りを受けたことがあった。
『いつまで食ってる気だ!!お前はリスにでもなったつもりか!!』
口調は厳しかったものの、あの時のピッコロさんは本気で怒っていたのではなかった。
この季節になると決まって一度はしこたま木の実をお腹に溜め込む僕を、餌の取れない冬を越す為に頬袋に木の実を詰め込むリスに例えたピッコロさんなりのジョークだったみたいで、傍で聞いていたお父さんはいきなり吹き出したのだった。
お父さんにつられてピッコロさんと僕も笑い出し、極度の緊張が続いた日々に久方ぶりに声を出して笑った僕たちは、それから暫くの間ゲラゲラと大笑いしていた。
お父さんとピッコロさんと僕だけが知っている、昔の話。
それにしても、と、お父さんはあの時より三倍近くに積まれた木の実の殻の山をちらりと見遣って言った。
「随分いっぱい食ったみてぇだな」
その言葉に、僕は照れて頬を掻いた。
・・・恥ずかしいところを見られちゃったかな・・・。
「なぁ、ちょっくらオラたちにも分けてくれよ」
「どうぞ」
「サンキュー!」
僕が応えるとお父さんはいたずらっぽくウィンクをして、僕の隣りに腰を降ろした。
僕も、と悟天は僕とは反対側のお父さんの横に座り、まだ手の甲に幼児の名残りの窪みの残る小さな手で、木の実の殻を剥き始める。
お父さんが最初の一個目の殻を剥いて口の中に放り込むのを見届けてから、僕もふたりに倣った。
「うめぇ!結構イケるじゃねぇか」
「うん、美味しいね!」
喜ぶふたりの声が秋の色のように暖かくて、それだけで僕はお腹がいっぱいになった気がしてくる。
それでも新しい一粒を口に入れると、何だか木の実が美味しさを増したように感じられた。
「ほら」
声と同時に綺麗に殻が剥かれた木の実を目の前に差し出され、僕は驚いてお父さんを振り返った。
「まだ食いてぇんだろ?オラに遠慮すんなって」
そう言って父親の顔で笑うお父さんに、切なさを伴って胸が甘く疼く。
僕の為に、剥いてくれたんだ。
僕はお父さんの好意に素直に甘えて、お父さんの指先に摘まれた木の実を口で受け取った。
僕の『初めて』がこの人で、本当に良かった。
『どうして』とか『いつから』とか、そんなことはどうでもいい。
だって、この気持ちが他の人に抱いたものだったとしたら、こんな穏やかな優しい幸せは、きっとなかっただろうから。
この想いが未来永劫叶わなくても、きっと、辛くなったりなんかしないだろうから。
チュッ。
えっ!?
横から聞こえた音に何事かとお父さんを見ると、お父さんは食べ物を摘んで汚れた指を舐めるように僕の唇が触れた指を自分の唇で拭っていた。
ボンッ!
途端に僕の顔は火を噴いた。
まったく、何てことをしてくれるんだ、この人はっっ!!
無自覚とは恐ろしいもので、お父さんは僕の気持ちを知らないからこそ、こんなことができるんだ。
お父さんの行動に、僕の頭に間接キスって単語が浮かぶなんて、知らないからこそ。
「ほら」
「あ~ん」
今度は悟天に、お父さんは殻を剥いた木の実を食べさせる。
我が子に交互に食べ物を与えるなんて、何だか餌付けみたいだ。
あれっ!?
お父さんの行動を見守ると、お父さんは悟天に木の実を食べさせた後に指を拭うことはしなかった。
それどころか、自分が食べる番の時には剥いた木の実をぽい、と口の中に放り込むだけ。
お父さんは口をもぐもぐさせながら別の木の実の殻を剥き、今度は無言で僕の口もとに運ぶ。
お父さんをちらりと見てから、僕も無言で木の実を貰った。
僕の唇が、お父さんの指に触れる。
こんなことで胸がドキドキしてしまうのは、僕だけ。
わかってる、そんなこと。
お父さんは表情ひとつ変えていない。
僕のドキドキも指に触れた唇も何も気にしないお父さんは、さっきと同じにまた音を立てて自分の指を舐めた。
火を噴いた頬が、さらに熱くなる。
なのにお父さんは、悟天に木の実を食べさせた後は何事もなかったように別の木の実に手を伸ばすだけで、僕の時のように自分の指を舐めたりなんかしなかった。
何でっっ!?
何で、僕の時だけ・・・!?
疑問と動揺と混乱に呆然と固まっていると、お父さん越しに悟天と目が合った。
「あっ!!お兄ちゃん、どうしたの!?顔が真っ赤だよ!」
悟天は僕の顔を見るなり慌てて立ち上がり、切羽詰まった表情で僕へと駆け寄って来た。
「どうした、悟飯。何かあったのか?」
と、お父さんも心配そうに声をかけてくれたけど、そのお父さんに対して僕は心の中で突っ込まずにはいられない。
誰のせいだと思ってるんですかっっ!!
まったく、お父さんの天然ぶりは手に負えない・・・!
「熱があるんじゃない?僕がみてあげる」
言うが早いか、難しい顔をして悟天は僕の額に自分の額を押し当てた。
目の前に現れた丸い頬の輪郭もつぶらな瞳も、僕の前髪をかきあげた小さな手も可愛くて、僕は愛しい体に腕を回すとそっと悟天を抱き締めた。
そうか、お父さんの肩の手当てをしている時にお父さんが僕を抱き締めたのは、今の僕と同じ気持ちからだったんだ。
あれは、感謝の抱擁だったんだな。