【背中】



『お月様、こんばんは。
のんちゃんは はしごを使って、お月様にあいに行きました』

「のんちゃんは舞空術は使えないの?」

「普通の人には使えないんだよ。お前だって、兄ちゃんが教えてあげるまで、使えなかっただろ?」

「そっかぁ・・・。ねぇ、続き、読んで」


僕は今、リビングのソファで、膝の上に抱っこした悟天に絵本を読んであげている。

こうして膝の上に抱っこする度に悟天の体重は変化していて、日に日に悟天が成長しているのが良くわかる。

いま僕が悟天に読んであげている絵本は相当昔の物で、僕の記憶だと、僕の叔父さんにあたる人が地球に来る以前に一人で読んでいた物だ。

ということは、少なくても4歳前か・・・。

あの頃の僕は文字にすっごく興味を持っていて、たいていの本は一人で読んでたっけ。

この絵本も、お父さんとお母さんに一回ずつ読んで貰った後は、何回か自分で読んでいた。

でも、辞典の方が面白くなって、すぐに読まなくなったんだよね。

ところが悟天はこの絵本が大のお気に入りで、絵本を読んで貰う歳じゃなくなった今でも、時々、こうして僕に読んでくれとねだる。

今では悟天も簡単な漢字や平仮名程度ならスラスラ読める。

それなのに、こうして僕に絵本を読んでくれるようにねだるってことは、悟天もまだまだ甘えたい歳なんだろうね。

ということは、悟天と一歳しか違わないトランクスも同じなのかな、フム。

と、そこへお父さんが現れた。

「おお!?なっつかしい本読んでるじゃねぇか」

絵本を見るなり、何とも言えない笑顔で足取りも軽く僕達に近付いて来る。

一回しか読んで貰っていないのに、お父さん、この絵本を覚えてたんだ・・・。

「これって、牛魔王のおっちゃんが悟飯の一歳の誕生日に買ってくれたんだよなぁ。悟飯が初めて貰った誕生日プレゼントだから、オラ覚えてっぞ」

そうだったんだ・・・。

そこまでは覚えていなかった。

お父さんは喋りながらソファに腰を降ろすと、両腕を大きく広げた。

途端に僕の心臓がドキン!と鳴る。

腕を広げたお父さんは、車をバックさせる時に助手席に腕をかける運転手みたいに、僕の後ろのソファの背もたれに腕をかけてきた。

まるでお父さんの腕の中に包み込まれているかのような錯覚と、近くに感じたお父さんの体温に、僕の心臓は何故かドキドキとせわしない。

そんな僕の様子にはお構いなしに、お父さんは悟天と楽しそうに談笑している。

僕もいっぱいお父さんに可愛がって貰ったけど、お父さんは悟天もいっぱい可愛がっていて、だから、これは、お父さんのこの行動は、親としての普通の行動なんだ。

目の前のお父さんの逞しい胸に心臓が跳ね上がったり、このままお父さんに抱き締められちゃうかも、なんて変な想像をしちゃう僕の方がおかしいんだ。

と、本当にお父さんが僕の肩を抱き、腕に力を入れてぐっと僕を引き寄せた。

僕は咄嗟に、お父さんに見られないように、自分の顔を悟天の顔で隠す。

わけもわからず、体が震えてしまう。

どうか、この震えが、悟天に伝わりませんように・・・。

「なんだよ、そんなに睨むことぁねぇじゃねぇかよ」

-え・・・。

お父さんの声に何事かと思っていると、可愛い頬をぷん!と膨らませて、悟天がお父さんを睨んでいた。

「お父さん、お兄ちゃんから手、どけてよ。お兄ちゃんは僕のお兄ちゃんなんだからね!」

おいおい、お父さんにそんな態度はないだろう、と言いたいところだけど、僕は声が出ない。

そっかぁ、悟天のヤツ、お父さんより僕と一緒に居る時間の方が長かったから、僕をお父さんに取られると思って子供らしいヤキモチを妬いたんだな。

「わかった、わかった、離せばいいんだろ?」

そう言うとお父さんは、僕の肩からパッと手を離し、ソファから立ち上がった。

丁度キッチンから、お母さんがお父さんを呼ぶ声が聞こえてくる。

お母さんに返事をしてお父さんは振り返り、悟天の頭をくしゃっ、と撫でる。

「おめぇは兄ちゃんっ子だもんなぁ」

そう言って目を細めたお父さんに、僕の心臓が軽く痛んだ。

離して欲しい、とか思ったりして、お父さんに悪かったかな・・・。

少しずつ遠ざかっていくお父さんの背中が、何だか少し寂しそうに見える。

いつ見ても、広い背中。

この背中を見る度に、思ってしまう。

いつか僕も、お父さんのように大きな男になれるんだろうか、と・・・。

「お父さん」

声をかけると、キッチンに入る寸前で、お父さんの背中がぴたりと止まった。

「後で・・・お母さんの用事が終わったら、後で絵本を読んでくれませんか?」

思わず言ってしまってから気が付いた。

高校生がお父さんに絵本を読んで貰うって、そっちの方がよっぽど変じゃないか!?

悟天も不思議そうに僕を見上げてる。

い、一体何を言ってるんだ、ぼ僕はっっ。

と真っ赤になったものの、後悔の気持ちはすぐに消し飛んだ。

何故なら、満面の笑みを浮かべて振り返る前のお父さんの背中が、すごく嬉しそうに見えたから。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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