【School festival Ⅱ】






駆け付けた教師の一人が3人の前に進み出てすでに警察に通報した旨を悟空に伝えると血相を変えた男は逃走を謀ってもがいたが、悟空の強い力に敵わないと知ると観念してその場にうな垂れた。

「あなた、確か以前にも会ったことがありますよね?こういうことは、もう止めて貰えませんか」

「僕の前でストリップを披露したのは君じゃないか、悟飯君。どうやら君には10万ゼニーまでというのは安過ぎたようだ、あの時は失礼した。どうかな、倍の額なら君も納得してくれるかな?」

男の前で膝を折った悟飯の懇願というよりは一方的な承諾を求める声に、男は開き直るでもなくましてや反省するでもなく、自分が置かれた状況を理解していないのかのように尚も不成立の確実な交渉を続け、ことの成り行きを見守る者達を呆れさせる。
男の馬鹿馬鹿しい発言に誰もが声を失う中でただ一人、悟空だけは周囲を圧するほどの怒りを迸せた。

「くだらねぇこと言ってんな‼悟飯の価値は、そんな数字なんかじゃ決めらんねぇ‼それに、こいつは売り物なんかじゃねぇぞ‼」

悟空の『売り物』の言葉に、この男の望みをようやく理解した悟飯は咄嗟に立ち上がって男から遠ざかると、我が身を守るように無意識に自分の二の腕を抱く。
男が『10万ゼニーまで』とか『倍の額』とか宣っていた数字は自身の値段だった驚愕の真実と、己が迫られていた交渉内容の衝撃の事実に、悟飯は呆然と立ち尽くした。

「いたたたた!痛いよ、君!・・・悟飯君、君と違ってお父さんは随分と乱暴者のようだね」

怒りに任せて手首を掴む悟空の強い力に悲鳴を上げた男が悟飯の同情を買おうと放った非難がましい台詞に、悟空と悟飯は互いに顔を見合わせた。

「悟飯!」

悟空がたった一言名前を呼んだだけで、悟飯は悟空の意を正確に受け取った。
ハイスクールの夏休みが終わってからというもの悟飯が痴漢の被害に遭う回数がめっきり減った理由は、悟飯が僅かながらも力の片鱗を不貞な輩にみせつけたからに他ならない。
実際に悟飯の行き付けの書店から顔面蒼白の男が逃げ帰る有様を、悟空は何度か目撃している。
ところがこの男に限っては悟空が追い払った為、悟飯の力を知らないままでいたのだった。
父親は恐いが息子の方は大人しそうだから意のままに出来る、とでも当て込んだのだろう。
ならば、当の息子の恐ろしさも、とくと味わって貰えば良い。
大人しそうな男子高校生の顔から戦士のそれへと眼付きを鋭く変えた悟飯は男の胸倉を掴むと、自分の身長よりも高く持ち上げて下から男を睨み付けた。

「いい加減に止めて貰えませんか、迷惑なんですよ」

地面に足が着かない不安と目の前の悟飯の豹変への恐怖に、男は顔を引き攣らせ手足をバタつかせて喘ぐが、そこへようやく怒りが沈静化を始めた悟空が低く追い打ちをかけた。

「こいつを怒らせない方が良いぞ、オッサン。こいつが本気で怒ったら、オラでも勝てねぇかも知れねぇからな」

途端にビーデルのファンの男共の『そんなに強いのか』とざわつく声が聞こえ、今後のハイスクールでの生活を考えたらやり過ぎはよくないだろうと悟飯が男を降ろしたところで、警察が到着した。
男の身柄を確保しようとする警察官に向かって悟空がやや乱暴に男を放ると、隙を見計らった悟天がすかさず男を正面から蹴り上げた。
子供の身長からして仕方がないとは云え、男にしかわからない痛みに断末魔のような悲鳴を上げて男は悶え苦しんだが、もはや同情する者はその場にひとりも存在しなかった。

「あちゃ―。・・・やっちまっちゃったな・・・。あれじゃあ、一生使いモンにならねぇだろ」

予測不可能な悟天の行動に面食らった悟空が額を押さえながら呻くと周囲からはどっと笑いが起こり、それまでの緊張感が一気に緩和される。
だが、道を開けた人々の間を両脇を警察官に支えられながら頼りない足取りで警察車両へと向かう涙目の男に、悟空は痛烈なトドメの一撃を加えるのを忘れなかった。

「二度とオラの悟飯にちょっかい出すんじゃねぇぞ!!」

悟空のキツい口調に男はびくりと肩を震わせ、悟天は同意の表情を見せ、教師に追い払われてもその場に足を留めた者達からは拍手が涌き起こる。
だが、誰もが無言のうちに勇者と讃える悟空に対して、怒りを示す者が一名だけ現れた。

「な~にが『オラの悟飯』だ、偉そうに‼悟空さが悟飯の学費を稼いだことが、今まで一度でもあっただか!?」

「うっ・・・!チ、チチィ・・・」

先ほどまでの勢いはどこへやら、チチの迫力に気圧されて後退る悟空を、バラつき始めた人々が可笑しそうに見守った。

「だ、だけどよ、オ、オラだって最近じゃあ畑仕事を頑張ってんだろ?」

「時々、抜け出してるけどね」

「うっ・・・‼」

チチへのしどろもどろの言い訳を打ち消すようにしれっと己の所業を悟天に暴露され、悟空は完全に声を詰まらせた。
尚も凄みを増したチチにどう説明しようかと、悟空はわたわたと途切れ途切れに言葉を繋ぐ。

「それは・・・その・・・畑仕事をサボってたわけじゃなくって、何てぇか、その・・・」

『悟飯が気になってハイスクールの帰りにちょくちょくと様子を伺っていました』なんて説明したら自分もあの男と同類に見られてしまうのではないかと思うと、悟空はチチの疑いを晴らす為に事情を正直に打ち明けられない。
それがチチの怒りに油を注ぐのを想像すると、悟空の背筋をひんやりと冷や汗が伝った。
だが―

「んだども、今日の悟空さは良くやっただ。ちゃーんと悟飯を守ったべなぁ」

不意に怒りの緊張を解くと、チチはいつも通りの妻の顔で悟空を労った。
安堵する悟空を尻目にチチは、代わりに近くの教師の一人を捕まえると相手に返事をする隙も与えないほどの勢いで一気にまくし立て始める。

「それに比べて、この学校の先生達の危機管理はどうなってるだ!!子供達が大勢いるっちゅうのに、あんなのが堂々と入って来られるだなんて、オカシイでねぇだか!!おらの悟飯が危ねぇ目に遭ったのは、先生達にも責任があるだよ!!あんな変なのが二度と入って来られないように、来年からはおめぇ達が校門の前で見張ってけろ!!」

怒りの矛先を向けられて逃げ出した教師を追い掛けて尚も説教を続けるチチに、通りすがりの見知らぬ人々がクスクスと笑う。
その様子に悟飯は、やれやれと重いため息を吐いた。
たまに一緒に街中を歩けば悟飯と兄弟に間違われるほど若々しい悟空が学校に現れるのを恥ずかしいと思っていたが、これではチチが来る方がよほど恥ずかしい。
来年は学園祭の日程も家族には伏せておこう、と決意も新たに空を仰ぎ見れば、少しだけセンチメンタルな秋の青空が悟飯を見つめ返す。
そこへ横から悟空が、悟飯にこれからの行動を尋ねた。

「なぁ、まだ学校に残んだろ?」

「はい。学園祭は5時までなんですけど、5時になったら一斉に片付けを始めて、片付けが終わってからキャンプファイヤーがあるそうなんです」

「そっかぁ。帰りは遅くなりそうなんか?」

「多分」

「じゃあ、オラ達は先に帰ってるからな」

「はい。・・・そう言えば、ここのキャンプファイヤーにはジンクスがあるそうなんですよ」

「ジンクス?何だ、そりゃあ」

「キャンプファイヤーの最中に学校の敷地内で誰にも見られずにキス出来たカップルは、別れないんですって」

「げっ・・・!イレーザさん!」

ビーデルの横からいつの間に傍まで近付いていたのか、親子の会話に割って入ったビーデルの女友達に、悟飯は悲鳴に近い声を上げた。
イレーザの存在に、ではなく、イレーザが悟飯の父に授けた要らぬ知識に。
それも、もとはと云えば会話の流れでうっかり自分が漏らしてしまったのが原因だと、悟飯は心中で己の迂闊さを呪った。
生き返ってからというものすっかりスケベになった悟空の反応など、予測するまでもなかったから。

「だから、悟飯君が無事にビーデルとキス出来るように、応援してあげて下さい」

「イレーザさんっ!!」

初対面の友人の父親に対してまるきり臆することなく女子高生の可愛らしさを武器にウィンクまでするイレーザを、悟飯は慌て遮った。
肩を掴んでビーデルが待つ方角にイレーザの体の向きを変えさせると、その場から追い払うように背中を押しやる。

「ねぇねぇ、悟飯君のお父さんって、若くて格好いいのね!」

悟空に聞こえないようにこっそり耳打ちするイレーザの言葉に、悟飯の心臓がどきりと竦んだ。
子供時代には尊敬する父の強さを何度か格好良く思ったものだが、悟空が生き返ってから後は、悟空の表情や面差しなどを同じ男として格好良いと感じる瞬間があった。
それが子供の欲目からくる感覚ばかりが理由ではなく、自分が一般的な水準の美的感覚を有していたからなのだと判明すると、悟飯の中から悟空への戸惑いの一部が昇華されてゆく。

「・・・おめぇ、ビーデルとチュウするんか・・・?」

そらきた!

「しませんよ!!」

イレーザが離れた途端にスケベ心を丸出しにした悟空の疑問を、悟飯は真っ赤になって全力で否定した。

「そっか・・・。それなら良かった。あ、いや・・・その・・・」

珍しく口篭る悟空が何を期待しているのか理解したくもない悟飯だったが、危ないところを二度も助けて貰ったのだから後でお礼を言わなければならないのは弁えていた。
全世界のヒーローがミスターサタンであっても、悟飯にとってのヒーローは父親の悟空だった。
学識の深い教師陣を相手に掴みかからんばかりの勢いで噛み付くチチとの同伴を諦めた悟天が悟空の手を引き、校内巡りの続きを催促してくる。
手を振ってふたりと別れ、教室でブースを開く級友達を手伝うべくビーデル達との合流を図る悟飯は、今年の秋の景色がいつもよりセピア色に見えるのを不思議に思った。
波乱に満ちた初めての学園祭。
すでに濃い疲労を感じていたが、今だに校内に熱気が渦巻いている学園祭はまだまだこれから、最後には最高のイベントが残されている。
今日は長い一日になりそうだった。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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