【school festival】

年に一度のハイスクールのイベントであっても、きっと、悟空は来ない。
この結論に至った時、悟飯の心臓が軋み、思わず悟飯はまばたきを繰り返した。

(何を・・・馬鹿な・・・)

わかっているのだ、生粋のサイヤ人である悟空はその性質上、純粋に教育そのものに興味がないのであって、悟飯に関心がないわけではない。
悟飯に対して愛情を抱いていても、悟飯への愛情と学校とは別物なだけなのだ。
学園祭に悟空が来るかどうかなんてことは、悟空の父性愛を測るバロメーターなどになりはしない。
その証拠に、悟空は父親として出来る限りのものを悟飯に伝えてくれた。
セルゲームでの過剰と思われる悟飯への期待も、父親なればこそ、なのだ。
それに・・・。
と、悟飯は、悟空の来校により起こりうるひとつの可能性に思い至った。
青年期が長いサイヤ人の特徴からだけでなく、悟空の時間が止まっていた分だけ悟空の肉体的年齢は実年齢より遥かに若い。
故に、パートナーたるチチとの外見的年齢差は同級生の面々に恰好のからかいのネタを提供し、周囲にいらぬ憶測を生む確率が高い。
それを考えると、悟空が悟飯の学校生活に興味がないのは却って好都合だと言えた。
学園祭に現れるのがチチだけなら、何も問題は起こらないだろう。

「ね!ここの学園祭って、最後にキャンプファイアやるでしょ。キャンプファイアの最中にハイスクールの敷地内で、誰にも見られずにキス出来たカップルは別れない、ってジンクスがあるの。知ってる?」

悟飯の両親の動向に関心のないイレーザが効果は未知数な学園祭ネタを振ると、残りのメンバーは三者三様の反応を示した。

「そうなの?知らなかったわ」

「本当か、イレーザ‼」

「ま、キャンプファイアの時にカップルでこっそり抜け出そうとしても、周りが気付いちゃうから実現は難しいそうだけどね」

「成功率が低いからこそ生まれたジンクスなんじゃないの?」

「噂が本当なら、成功率が低くても挑戦する価値がありそうじゃないか!」

ハイスクールの学園祭での噂の信憑性に対して懐疑的なビーデルと、途端に身を乗り出して食い付くシャプナーと、『キス』の単語にドキリと体を竦ませた悟飯と。

「この際だから、ビーデルも挑戦してみたら?」

とビーデルに体を摺り寄せ、口元に右手を立ててけしかけるイレーザがちらりと悟飯に意味深な視線を送る。

「はん!そいつにそんな度胸なんて、あるものか!」

ライバルの悟飯の肩を持つイレーザに、何度フラれても懲りずにビーデルへのアプローチを止めないシャプナーが即座に反応した。

「そもそもお前、キスした経験なんてあるのか?」

小馬鹿にしたようなシャプナーの発言に悟飯はすかさず『あるよ』と答えそうになったが、詮索されると面倒だと思い、咄嗟に反論の言葉を呑み込んだ。

「シャプナー!プライバシーの侵害だわ。そろそろチャイムが鳴る時間だから、みんな、教室に戻るわよ」


ぐっ、と押し黙った悟飯を窮地から救出すべく会話を打ち切ったビーデルが、他のメンバーに次の行動を促した。
リーダー格の気の強いビーデルに素直に従う彼らが廊下を移動する間にも、男女を問わず様々な生徒から羨望の視線を浴びるが、その中に混在する自分に向けられるひっそりとした眼差しに気付くことなく、悟飯はシャプナーと肩を並べて歩く。
と、不意に悟飯の二の腕を掴んでぐいっ、と間を詰めるたシャプナーが、ビーデルに気付かれないようにこっそりと耳打ちをしてきた。

「なんなら、俺が教えてやろうか?」

そう告げるシャプナーの歪んだ口元に、揶揄われたと思い、悟飯は『大きなお世話だ』と返す。
そんなこと、他人に教わるまでもない。
むくれてシャプナーから視線を逸らすと前方からちらりと振り返ったビーデルと目が合い、そう云えばと悟飯は、孫家の近くの樹の下でビーデルとキスを交わしたのを思い出した。
あれから二人の間に特別な進展があったわけではないが、書店めぐりや映画鑑賞など、デートと呼べる休日を何度か共に過ごしている。
なのに『キス』の単語が耳に入った時、脳裏に浮かんだのはビーデルの顔ではなく、何故か悟空の姿だった。
あの日、近所の人からおすそ分けして貰った酒に酔った悟空に寝室まで肩を貸した際に、ひょんな拍子に唇がぶつかったアクシデント。
あの事故を思い出し、悟飯の心臓は乱れに乱れたのだった。
当たり前のようだがあれは悟空から故意にキスをされたわけではなく、単なる事故に過ぎない出来事だった。
だが、あの時の悟飯はどうしてか、悟空にキスされたと思い動揺してしまった。
そう思った理由は何だったのか―?

(そうだ、あの時のお父さんの瞳・・・)

悟空へと首を捻った悟飯と唇が触れた直後の悟空の瞳が、やるせなさに揺れたように感じたのだ。
咄嗟に、キスされたと悟飯が勘違いしてしまうほどに。
その後、嘔吐感を訴える悟空を何とか寝室まで運んで事なきを得たが、翌朝の悟飯の心臓の動悸は酷いものだった。
普段は着替えを済ませてからリビングに現れるのに、珍しくパジャマ姿のまま発した悟空の掠れた低声に心臓の動悸が煽られた悟飯は、朝食もそこそこに家を飛び出した。
あの日は、一日中食欲がなかった。
だが、帰宅すると悟空はいつも通りの悟空で、前日のアクシデントがやはり悟飯の早とちりだったと判明してからは特に気にもならなくなったが、今日のように学校にいる間に度々悟空を思い出す機会が、最近では増えてきたと思う。
昨日のあれは何だったのか、と。
悟飯が幼少の頃、母親のチチよりも父親の悟空との方がスキンシップは濃厚だった。
悟空はどこへ赴くにも悟飯を抱いて歩き、筋斗雲に乗る際には悟飯を膝に入れてくれた。
悟空の兄の襲来から一年の空白を経て再会した折には悟飯はすでに闘い方を覚えて一人前の戦士に成長しており、悟空とのスキンシップはそれまでの濃厚さを失った。
それは悟空が、悟飯を甘えん坊の幼児ではなく一人の戦士と認めた証だった。
それが何故か、再び離れ離れになった7年後に新たな寿命を得た悟空との間に、悟飯が幼少の頃のスキンシップが蘇ってきた。
当の悟飯は4歳の子供ではなく思春期の真っ最中で、着実に正常な親離れに向かって精神的な成長を遂げている。
濃厚なスキンシップなどなくとも、親の愛情がわかるくらいには大人になった。
ところが、悟飯の精神的成長を理解していないのかそれとも懐かしさ故なのか、悟空は悟飯が闘いを覚える以前のスキンシップを求めてくるようになった。
それらをあからさまに拒絶するほど嫌ではないが、軽く肩を抱くくらいならともかく、高校生にもなった息子を抱き締めようとするのは如何なものか。
界王神界の時のような特別な抱擁ならわかるが、あんなことは日常的に行われるものではないと思う。
そんな、悟空が求めるスキンシップが恋人同士の間で行われているのを街中で目撃した時は、親子間と同じスキンシップが恋人同士でも存在するのかと、しこたま衝撃を受けたものだ。
逆の理論を用いれば、悟空が仕掛けるスキンシップは恋人同士のそれと違わないことになる。
そうして翌日になると、『昨日のあれは何だったのか』と悟飯が悩む羽目になるのだった。
勿論、逆の理論など悟空には思いもよらないことなのだとわかってはいるのだが。
こんな風に悟空とのやり取りを思い出すと複雑な心境に陥るものだから、やり切れない。
しかも、さきほどのように悟空の来校の可能性の有無なんてつまらないことが気になってしまうなどとは。
初恋も知らない悟飯には無論失恋の痛みなど判ろう筈もないが、好きな人に愛されない悲しみとはこんな気持ちなのだろうかと、何かを失うのに似た胸の痛みを感じてしまった。
悟空が悟飯を誇りに思ってくれているのを、十二分に理解していると云うのに。
あの時の胸の痛みは、自分で思っているほど悟飯の親離れが進んでいない証明なのだろうか。

(ちゃんと親離れできていると思ってたのに、やだなぁ・・・)

ビーデルらと並んで教室の長椅子に着席した悟飯は、始業開始のチャイムに混じってこっそりため息を吐いた。




END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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