【school festival】
数々の輝かしい業績を残した英雄の居住地である栄光に預かる、サタンシティ。
無敵を誇る男の名を掲げた、知らぬ者のいない有名な街の賑やかなビル群を抜けた一角に、悟飯が通うオレンジハイスクールがあった。
何かから身を守るように高い塀に囲まれた厳かな校舎は威風堂々とした佇まいを見せ、そこに通う子息・子女は皆、一般家庭よりも生活水準の高そうなセレブ特有の匂いを全身に纏っている。
だが、そろそろ色合いの控え目な秋の草花が見頃となるこの時期、豊富な経済力によって躾と教育を施された生徒ばかりの筈のオレンジハイスクールの内部は、興奮を含んだ期待にさざ波が立ったようにざわついていた。
「学園祭?」
悟飯が聞き慣れない単語をオウム返しで繰り返すと、情報の発信源であるイレーザはにこやかな笑顔で悟飯の声を受け止めた。
「そ!学園祭はオレンジハイスクールで唯一のイベントなのよ。だから、毎年すっごく気合いが入るんですって。学園祭まであと一ヶ月ちょっとだから、そろそろクラスで出し物を決めなくちゃならない頃の筈よね」
近くに学校がないほどの山奥で育った世間知らずの悟飯へ説明するイレーザに、そういえばチチが取り寄せた学校案内のパンフレットに『生徒の団結力と行動力推進の為に、生徒の自主性を重んじ…』などと学園祭に関する記述があったような気がするのを悟飯は思い出した。
ただいま昼休みの真っ最中。
学食で思い思いの昼食を済ませた悟飯達は、学食から教室に帰るまでの廊下の途中で足を止め、ビーデルを囲んで会話を楽しんでいる。
世界最強の名も誉れ高い男を父に持ち、自身も強烈な個性のビーデルが一員とあって、とかく校内でこのグループは他の生徒達から注目を浴びていた。
今も、いつものメンバーで立ち話をしているだけなのに、傍を通り過ぎる生徒達が興味と羨望の入り交じった視線を投げかけている。
それらの視線に慣れっこのビーデルは気にも止めず、イレーザは面白そうに一瞥を返し、シャプナーは自慢気な顔で素知らぬ風を装い、悟飯は恥ずかし気に俯いた。
「ね、学園祭にビーデルのお父さんは来るの?」
本日の最終授業のHRの議題は学園祭でのクラスの催し物についてであろうと前置きをしてから、期待している風にイレーザが尋ねた。
「ミスターサタンが来てくれたら、さぞ盛り上げるだろうな」
と、ビーデルの父親の来校がすでに決定事項のようにシャプナーが便乗したが、ビーデルは即答せずに顎に手を当てて視線を斜めに落とした。
「・・・どうかしら・・・。パパ、忙しいって言ってたから・・・」
『可愛い一人娘のお前の頼みとあっては行ってやりたいのはやまやまだが、何せ私は忙しいからな。ま、期待しないでおくことだ、わっはっは・・・』
などと言いそうだ、訊かずとも返事は容易に想像できる、とビーデルの表情が語る。
だが、そう返答しておきながらも『忙しい間隙を縫って可愛い娘の為に駆け付ける良い父親』のアピールの為に、最終的には来るのだろうということもわかっていた。
素直に『行けるかどうかわからないが、時間を作れるように努力する』と言えば良い所を、わざわざ一度失望させておいてから期待に応えるのがミスターサタンのいつもの手だったから。
これは、確実に守れる保証のない口約束を交わしたくないからではなく、ただ単にお調子者のサタンが格好をつけたいからだった。
「忙しいと言っておきながら、結局は来るんじゃないか、ミスターサタンは」
世に拳法ブームを巻き起こし、武道家を目指す少年達の憧れの的であるミスターサタンのお調子者の性格を知らなくとも、彼が武道家である以前に一人娘に激甘な父親である事実を知る者なら誰しもがそう思う。
その予想はビーデルも同じだったが、ふとビーデルは、他のメンバーの親がどうなのかが気になった。
「みんなの所は、どうなの?やっぱり、パパかママが来るの?」
高校生にもなれば学園祭くらい友達と楽しみたいものだが、親が来ればせっかくの楽しいイベントを邪魔された気分になってしまう。
それを、友人達は許容できるのだろうか、と。
「うちは、ふたりとも来るわよ。ハイスクールに入って初めての学園祭だからどうしても外せないって、聞かないのよ」
「うちも来るぜ。来ても話しかけるな、って言ってあるけど」
どうやら皆、有名人の友人の親の来校は歓迎だが自身の親には来て欲しくない、という高校生らしい心理を親に理解して貰えず、不承不承許容せざるを得ない状況のようだとビーデルは思った。
「悟飯君は?」
ビーデルが最後のメンバーに問い掛けると、悟飯はさきほどのビーデルと同じく顎に手を当てて小首を傾げた。
「お母さんは来たがるだろうけど、どうかなぁ・・・。うちは遠いから」
悟飯の自宅からこのオレンジハイスクールまでは、世界最速と言われるジェットフライヤーでも片道5時間はかかる。
それを知る他のメンバーは納得して頷いたが、悟飯の父と面識のあるビーデルだけは疑わし気に曖昧な返事をしただけだった。
ビーデルの疑問はもっともで、チチは悟空の瞬間移動を頼れば一瞬でサタンシティに到着できる。
おそらく悟空は、混乱を避けるため人目の多い街中ではなく、ミスターサタン宅に住むブウの気を辿り瞬間移動するだろう。
仲違いをしていない一般的な夫婦であればそこからふたり揃って息子の通う学校へと向かう所だが、学校なんてものの存在に興味のない悟空なら、自分はそのままミスターサタン宅に留まりチチだけオレンジハイスクールに向かわせそうだ、と悟飯は思った。
悟空の性格なら、学校なんて退屈極まりない所で無為に時間を費やすより、ブウと共に過ごす方が刺激があって面白い筈だ。