【父と男と溺愛と】



「おーい、悟飯―」

パオズ山の森の中、悟空は愛息子の姿を求めて探し回っていた。

「悟飯―。ご飯だぞー」

木々の深い緑に覆われる中を先刻から歩き回っているのだが、幼い息子はなかなか見つからない。
何処へ行ったのか。
珍しい動物達を探しているうちに迷子にでもなったのだろうか。
ひょっとしたら、またあそこに居るのかも知れない。
以前にも度々悟飯を見かけた場所。
緑溢れるパオズ山の中に、そこだけ緑がすっぽり切り取られたかのように光が降り注ぐ空間がある。
息子のお気に入りの場所を思い出し、悟空は歩を進めた。


思い立ってから小半時も走って、ようやく悟空は悟飯を見つけた。
思ったとおりの場所に、やはり悟飯は居たのだ。
木の切り株に上半身を乗せて頬杖をつき、瞳を輝かせて目の前の珍しい小鳥に見入っている。
その愛くるしい姿の後ろでは、これまた可愛らしい尻尾がひょこひょこと揺れていた。

「こんな所にいたんか」

ほっとしつつ声をかけると、父の訪れに今まで気付かなかったのか、よもやこんな所に人が居ようとは、といった風体できょとんとした顔を父親に向ける。

「あは!お父さん」

父親の存在に気付きとびきりの笑顔を見せると、覚束ない足取りで一目散に悟空へと駆け寄る。

「母ちゃんが呼んでたぞ。父ちゃんと一緒に帰ろうな」

悟空は悟飯の小さな体を抱き上げると、いつものように片方の肩へと乗せた。

「お父さん大好き!」

余程に嬉しいことでもあったのか悟飯は上機嫌で、言葉と同時に珍しく頬をすり寄せてきた。

「ははっ、父ちゃんも大好きだぞ!」

喜びに湧きすぐに言葉を返せば、悟飯は嬉しさのあまり頬を赤らめた。
そしていつも親子がやるように悟空の頬へと軽くキスをする。
そんな様子も悟空へと伸ばした小さな手も、悟空には可愛くて仕方がない。

「可愛いな、悟飯。食っちまいたいくれーだ」

実際に”食べてしまいたいくらい可愛い“なんて表現が当て嵌る事象があるなどと、我が子を抱くまで知らなかった。
若い悟空の優しい顔立ちは、愛息子の成長と共にいつしか父親の顔へと変わっていった。





それから10年後。



「お父さーん、何処ですかー」

幼い頃の可愛らしさを残したままグンと背が伸びた悟飯が、最愛の父を探していた。
ハイスクールから帰宅した悟飯は、修行に出掛けた父を探すように母親のチチから頼まれたのだ。
父の気を辿って来たのだからすぐに見つけられる筈、と思うと間もなく緑が切り取られたような空間の下、木の切り株のすぐ側で拳法の型を繰り返す悟空を発見した。
逞しい腕はしなやかに翻り、空を切り裂く蹴りは力強い。
真剣な眼差しの顔から飛び散った汗が陽光に反射してキラキラと輝いている。
あまりの美しさに息をするのも忘れて見とれる悟飯に、悟空が気が付いた。

「なんだ、もうメシの時間か?」

悟空独特の間延びした口調に、はっ、と悟飯は我に返る。

「はい、お母さんが呼んでいます」

努めて平静に返しながら、ゆっくりと父親に近寄る。

「懐かしいですね、ここ・・・」

脳裏に浮かぶここでの過去の数々の出来事。
この場所に、父も来ていたなんて。

「おめぇはよくここに来てたっけな」

切り株の上に用意してあったタオルで汗を拭きながら、遠い目をして記憶を辿る息子に悟空は目を細めて微笑んだ。

「こっからの帰り道、機嫌が良い時はおめぇよく『お父さん大好き』って言ってたんだぜ。憶えてっか?」

「はい」

急激に赤みを増す山の夕映えに頬を染めながら悟飯が返事をすると、その細い腰に手を廻し、悟空は自分の体へと引き寄せる。

「んでもってオラの頬っぺたに“チュッ”とかしてくれてよ」

言いながら、さりげなく腰に廻した手を下げる。
その手が小振りな尻に触れた途端、ペチン!と今はもう父親とさほど大きさの変わらない手で叩かれた。
と同時に、最近ではお馴染みの言葉が悟飯の可愛い口から発せられる。

「お父さんのスケベ!!」

顔を真っ赤にして悟空から離れ、そのまま先に立って歩こうとする。
その姿が可愛くて、つい悟空の顔はニヤけてしまう。

「はは、可愛いな、悟飯」

思わず本音がポロリと零れ落ちる。
と、悟飯はからかわれたと思ったのか、肩を怒らせ、“もう帰りますよ”と言い捨て夕暮れの空へと舞い上がった。
その為、その背を追うように続く悟空の台詞は悟飯の耳には届かない。

「喰っちまいたいくれーだ」

そう告げる悟空の顔は、息子を溺愛する父親から獲物を狙う眼をした男の顔へと変わっていった。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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