【ヤキモチ】



「そうなんだ、こいつ女にもモテるんだよなー」


まるで面白いことを皆に発表するかのように笑いながら、悟空が言った。
途端に固まる面々。
言われた当人は驚いてその場に足を止めた。
魔人ブウ戦から数ヶ月後、互いの安否を確認しあう為にZ戦士達はこぞってここ、神の神殿に集結していた。
初めはブルマがカプセルコーポレーションを使うようにと提案したのだが、滅多に宮殿を離れられないデンデの為にブルマの有り難い申し出を断り、集合場所は天界に落ち着いたのだった。
そのブルマが、グレートサイヤマンの服装のまま遅れて駆け付けた悟飯を見て何気にこう言った。


「あのおチビちゃんだった悟飯君も、今や立派な好青年に成長したわね。結構モテるんじゃない、悟飯君」


それを聞いた父親の悟空が冒頭の台詞を吐き、その意味を悟った面々がその場で硬直してしまった。


「女にもって、どういうことだよ、悟空」


我に返った悟空の親友のクリリンが、何とか問い質す。


「いやー、この間悟飯のスクールバッグが雨で濡れちまってさ、慌ててチチが中から教科書を取り出そうとしたら女からのラブレターがどっさり出てきたんだ」


質問の主旨を理解していないのか、悟空からはどうでもいい回答が返ってきた。


「そうじゃなくって、女にもってことは、裏を返せば男にもモテるってことだろ!」


「まぁ、そういうことになるんかな。なんでもこいつ、たまに痴漢に遭ってるらしいぞ」


「い゛い゛っっ!!マジかよ!!」


「悟飯、今の話は本当か」


クリリンは言葉を失って立ち竦み、ピッコロは険しい顔で悟飯に詰め寄った。


「は、はい。よく本屋さんで参考書を選んでいる時に、隣りに居た人が本を替えるフリをしてお尻に触ってきます」


「な!なんて下品な!勿論そんなくだらない連中、すぐにぶっ飛ばしてやったんだろうな、悟飯!」


この手の下世話な話が大嫌いなベジータが、目くじらを立ててとんでもない発言をする。


「いえ、殴りはしないですけど、その後の話し合いで皆さん“もうしない”と約束してくれます」


「どうやって話し合うんだ?」


そんな奴らがそんな簡単に納得してくれるのかと疑問に思ったヤムチャが問う。
悟飯の言うその後の話し合いとは、こういうことだった。
まず触ってきた相手を店から連れ出し、路地裏へと引っ張り込む。
連れ出された相手は何かを期待しているのか、皆おとなしくついてくるという。
路地裏へと引っ張り込んだ後は「やめて下さい」「イヤだね」「もう二度としないと約束して下さい」「イヤだ」のやり取りを二、三度繰り返し、最終手段でその辺に落ちていた大人の拳大くらいの石を拾い上げ、相手の目の前で砕いて見せたり、近くにあった物を気合で吹き飛ばして見せたりと、力の片鱗を少しばかりご覧に入れるのだそうだ。


「でも、何でわざわざ路地裏に?」


「いくら何でも本屋さんで力を出すわけにはいきませんから」


頬をかく悟飯の答えは至ってマトモで、ああ成る程と、その場に居る全員が納得する。
本好きの悟飯のことだ、恐らく尻に触れてきた痴漢より、罪のない大事な本たちを傷付けない為の処置なのだろう。
そこへ悟空が口を挟んだ。


「でもよ、おめぇその路地裏でこの前大変なことになってたじゃねぇか」


「悟空、大変なこととは何だ」


ピッコロが、これでもか!というくらい眉間に深いシワを寄せて悟空に先を促す。


「変なオッサンがこいつを連れ込んでさ、“幾ら出せば話に乗る?”とかって迫ってたんだぜ。オラ丁度その時ブウに会いにミスター・サタンの家に行ってた帰りでよ、現場を目撃したオラが変なオッサンを追っ払った」

-
悟空の説明に皆、一斉に悟飯へと振り返る。
その痛い視線を感じて悟飯は身を固くした。
そうなのだ、あの時は父の登場のお陰で助かったのだ。
10万ゼニーまでだったら幾らでも出すよ、と息も荒く詰め寄る男にわけがわからず戸惑っていると、いつもより声音の低い聞き慣れた声が男の背後から降ってきた。
「オッサン、オラの息子に何の用だ!?」
父親と名乗る声に恐る恐る中年男が振り向くと、そこにはとても高校生の息子がいるとは思えないほど若い顔した筋骨隆々の男が、指の骨をポキポキ鳴らしながら立っていた。
「オラの息子に何の用だ!!」
悟空が語気を荒げて凄むと、中年男は判別不能な叫び声を上げて一目散に逃げて行った。


「な、何てことですか!僕の知らない間に、悟飯さんがそんな危険な目に遭っていたなんて!」


話を聞き終わると、悟飯と仲良しのデンデがショックのあまり悲鳴のような声を上げた。


「フン!ピッコロ、てめぇいつも下界を覗き見してやがるクセに、悟飯の危機もわからなかったのか!?一体何をしてやがった!」


「な、何っ!?」


「落ち着けって、ベジータ。何もピッコロが悪いわけじゃねぇだろ」


こういう場面で常識論を唱えるクリリンが、平静さを取り戻しつつ二人を宥める。
悟空を挟んでライバル同士の関係にある二人は何かと力の優劣で火花を散らす傾向があるが、何も戦闘場面でもないこの場くらいは静かにやり過ごしてくれても良いではないか。
睨み合いを続けるベジータとピッコロを中心に、辺りに険悪なムードが漂い始める。
それを打ち破るかのように明るくおどけて見せたのはヤムチャだった。

「でもよ、尻触るぐらいは男同士でも知り合いだったら冗談で済むんだけどな」


と言いながら悟飯の尻に手を当てる。
悟飯は驚いて身を竦ませたが、ヤムチャの言うとおり痴漢でなければ問題ないと、抵抗するでもなくされるがままになっていた。


「まぁな、友達同士とかだったらアリだよな」


とヤムチャを援護するクリリン。


「まぁ、別に珍しい光景じゃないわよね」


とブルマまで乗っかれば、ピッコロが顎に手を当てて俯いた。


「そ、そうか。人間とは理解の難しい生物だな」


と考え込むピッコロに、ベジータの鋭い声が飛ぶ。


「納得するな、ピッコロ!ヤムチャ、貴様悟飯から手を離せ!」


「まぁまぁ、いいじゃねぇかベジータ。尻ぐれぇどうってことねぇだろ」


すかさず悟空がベジータを宥めにいくのに、ブルマがからかうような声を掛けた。

「ベジータったら、すぐにヤムチャに突っ掛るんだから。そんなにヤムチャが私の元恋人だったのが気に喰わないのかしら」

「そんなことは言ってない!」

「ベジータったら、ヤキモチ妬いてんのよ」

「うるさいブルマ!!」


ブルマの機転と、顔を真っ赤にして照れるベジータに場が明るくなったところでお開きとなった。



別れる間際、そう云えばば、とブルマが孫親子に尋ねてきた。

「孫君はチチさんにヤキモチ妬いたりするの?」

「うん?どうだったかな・・・」

「お父さんはヤキモチ妬いたりする人じゃありませんよ」

言い淀む父親の代わりに悟飯が勢い良く言い切った。
事実、悟飯が物心ついた時からヤキモチを妬く父の姿など一度も目にしたことがない。
無論、そこには家族一筋に尽くす母の功績もあるのだろうが、そもそも何事にもおおらかな性格の父はそんな感情すら持ち合わせていないのかも知れない。

「それもそうね。孫君はヤキモチとは縁がなさそうだものね」

じゃあね、と明るく手を振る彼女の“やっぱりベジータで良かったわ”という独り言を二人の耳は聞き逃さなかった。





「なぁ、悟飯、手を繋いで帰らねぇか」

神の宮殿からの帰り道、並んで空を飛ぶ悟空の申し出を悟飯は快く承諾した。
すでに陽は傾き、自然というキャンパスを見事な茜色が染め上げる。

「久し振りですね、お父さんと手を繋ぐのって」

明るく笑う悟飯の顔に、ベジータの顔が重なる。

「ああ。あのよ・・・悟飯。・・・その、おめぇ、ベジータと何かあったんか?」

「何もないですよ。どうかしたんですか?」

「いや・・・何もねぇんならいいんだけどよ・・・」

曖昧に返事をしながら悟空は、先程のベジータを思い出していた。

「悟飯、貴様は何かと苦労が多いようだな。何かあったら遠慮なくオレを頼るといい。・・・貴様には借りがあるからな」

そっぽを向きながらそう言ったベジータの顔には、一瞬だが悟空がこれまで見たこともないような慈しみに溢れた優しい表情が浮かんでいた。
何かと悟空に対して挑戦的なベジータを“面白い”と思いつつも、そのプライドの高さが悟空は好きだった。
純血のサイヤ人同士、二人にしか理解し合えない何かが悟空とベジータの間にはある。
それでも、ベジータが慈しむような優しい表情を悟空に向けたことはない。
自分より強い相手が気に入らないのなら、息子の悟飯こそベジータの癪に障る筈、なのに。

そう云えば、と思い出したように悟飯が口を開いた。

「ベジータさんはセルゲームが終わってから僕には優しいですね」

(僕には・・・か)

いくら何でも周りの人間が皆、自分の息子に気があるなんて馬鹿なことを考えているわけではない。
が、それでも心中は穏やかではなかった。
ブルマと別れ際の悟飯の台詞が脳裏をよぎる。

『お父さんはヤキモチを妬いたりする人じゃありませんよ』

「わかってねぇよ、おめぇは」

「何か言いましたか、お父さん?」

「いいや、何にも」

おどけて笑う悟空の胸の呟きは、茜色の空へと消えていった。






END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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