【Jearousy】


「これって、パーティーの招待状じゃねぇか。なんだ悟飯のやつ、こんなにいっぺぇパーティーの招待状貰って、随分といっぺぇ友達が出来たんだなぁ」

礼儀正しくて真面目で優しい性格の悟飯なら、誰にでも好かれる筈だ。
これまで同年代の人間の友達がいない環境で育った悟飯だったが、そんなことは意にも介さず、ハイスクールに入学してすぐに大勢の友人に囲まれただろう。
両親自慢の可愛い長男が皆から好かれているらしいことを悟空は嬉しく思ったが、その思いを打ち消すように悟空の言葉にチチの冷ややかな声が重なった。

「な~にがパーティーの招待状だ!よく見てみろ、それはパーティーの招待状なんかじゃねぇ!」

チチの刺のある口調に悟空は違和感を覚え、すでに開封された封書から淡い色彩の一枚の紙片を取り出すと、丁寧に付けられた折り筋を損なわないように注意深く広げてみせた。
そこには悟空の予想に反してパーティーの日時や場所を指定する事柄の記載は一切なく、代わりに心を篭めた丁寧な文字が、紙片いっぱいに行儀よく並んでいた。
その、等間隔に置かれた見るからに繊細な文字列をふたつの眼でなぞっていくうちに、悟空は無限の宇宙の深淵にたったひとりで放り出されたかのような錯覚に陥った。
下部に動物をデフォルメしたキャラクターとスイーツの絵をあしらった可愛らしい便箋には、彼女がいるらしいとの噂の存在を知っていながら悟飯を諦められずに苦しい胸の内を打ち明けるに至った切なさが、綿々と綴られている。
読み進めるうちに同じ相手を想うやるせなさにシンクロを始めた悟空の心は、だが、下腹からせり上がってくる怒りにも似た不快な感情に見る見る侵食されていった。


―何も知らないくせに・・・!


これまで悟飯がどんな闘いを繰り広げてきたのか、広大な宇宙に敵う者などないほどに怒りを爆発させた悟飯がどんなに強いのか、数々の激戦で悟飯がどんなに傷ついてきたのか、悟飯のことを何も知らないくせに、よく知りもしない相手に向かって『こんなに好き』などと、いけしゃあしゃあとよくも言えたものだ。
ぐにゃりと視界が歪み、その視線の先で悟空にとって意味を成さない文字達が霞んでゆく。
顔を上げると、浮かれた悟空を地獄の底へと叩き込んでくれた元凶達が、まるで色とりどりの花を集めたような豊富な色合いを見せていた。
それらを見遣る悟空の目尻が、知らず険を含んで釣り上がる。
孫家の人間がチチの手料理を囲んで談笑するテーブルに散らばった、悟飯宛ての手紙の数々。
想いを寄せても決して振り向いてはくれない男の態度と同等の冷たい床に不運にも滑り落ちた、少女たちの恋心の数々。
一体、これだけの人数のうちの何人が、悟飯が純粋な地球人ではなくサイヤ人とのハーフだと知っても悟飯を慕い続けられるだろうか。
悟飯のすべてを知っても悟飯への気持ちは微塵も変わらないと、一体何人の少女が誓えるのだろうか。
腹の虫が悟空の心臓に喰らい付いた拍子に思わず握り締めた拳の中で、少女の悟飯への切ない恋心がぐしゃりと悲鳴を上げた。

「ラブレターなんてもん初めて見たから、びっくりしたべ、悟空さ。構わねぇから、そんなもんゴミ箱に捨ててけろ」

「えっ・・・!?・・・いいんか、そんなことして・・・?」

確かに不愉快極まりないが、さすがにそれは行き過ぎだろうと、悟空はチチへの問い掛けの声にあからさまな非難の色を混ぜた。

「これは悟飯が貰って来たやつだろ?悟飯に聞かねぇで勝手に捨てちまって、本当にいいんか?」

過保護なだけならともかく、これでは過干渉とプライバシーの侵害ではないか。
しかも、息子が学校から持ち帰った物を本人の許可なく無断で処分するなどとは。

「悟飯には、ビーデルちゃん以外の女から貰ったラブレターを読んでる暇なんかねぇ!勉強の邪魔になるだけだ、いいからさっさと捨ててけろ!」

チチの理不尽さに、でもよぉ、と抗議したそうにまだ口の中でもごもごと言っていた悟空だったが、頭の上がらないチチに睨まれて無言の圧力をかけられたとあっては、不承不承従う以外に道はなかった。
それでもせめて最後の一声を上げようと、渡したタオルでスクールバッグの水気を拭うチチの顔色を伺うようにちらりと見遣ると、悟空はある疑問を口にした。

「ビーデルからのラブレターだったら、捨てねぇんか・・・?」

「ああ、捨てねぇ。・・・ったく、どいつもこいつも、悟飯ちゃんにはビーデルちゃんがいるだに、おらの悟飯ちゃんにちょっかい出しやがってよ!」

悟空の質問に鎮火の効果はなく、却って活火山の爆発を誘発する結果となったことに悟空は肩を竦めると、手近な封書を集め始めた。
チチの意見には激しく同意するが、悟飯のガールフレンドの名に悟空の心臓がとくん、と音を立てる。
父親も本人も有名人で気の強いビーデルは、悟飯に言い寄る女の子達への牽制役を大いに果たしてくれる筈だったが、現実にはそうもいかないらしい。
効果はあれども、抜群の効力を発揮するまでには至らなかったのだ。
となると、俄然ハイスクールでの悟飯の様子が気になって来た。
悟飯が通うオレンジハイスクールの側にはサタンの屋敷があり、そこにはブウもいる。
ブウに会うという名目でサタンの屋敷を訪ね、通りすがりにハイスクールを覗いて見よう。



意を決すると悟空は、何の躊躇いもなく悟飯に告白出来る権利を持つ少女達への苦々しさを、少女達の淡い想いと共にゴミ箱へと放り込んだ。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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