【煙草一本分の重さ】

【煙草一本分の重さ】


部屋に足を踏み入れた途端、埃っぽい空気と充満する煙草の臭いに、一刻も早い換気を求めて悟飯は窓辺へと急いだ。
通りすがりにちらりとテーブルに視線を投げれば、灰皿の上には今にも崩れそうな煙草の山。
どうやら一週間前に掃除してあげてから、一度も自分では片付けていないらしい。
まあ、男なのだから掃除が嫌いなのは仕方がないとしても、この吸い殻の量はちょっと多過ぎじゃないのか?

「ターレス、一日に何本くらい吸ってるの?」

「さぁな。んなもん、いちいち数えてねーよ」

横柄にソファに脚を組んでどこか面倒臭さ気に答えながら、ターレスはまたもや新しい煙草に火を点ける。

「今度数えたら?幾ら何でも体に悪いよ」

会う度に顔をしかめるこの生意気な少年は、だが、ターレスが無理矢理自分のマンションに引っ張り込めば、その都度、やれ『ちゃんと食べてるのか』だの、『煙草は控えろ』だの、何かにつけてターレスの世話を焼く。
そのクセ、ターレスの誘いには一度も乗ったことがない。

「やけに俺の体を心配するじゃねぇか。さては俺に惚れたか?」

くっ、と咽喉の奥で笑って揶揄うと、悟飯はあからさまに嫌そうな顔をする。
直後にはターレスに背を向けて、ターレスの前から姿を消すように灰皿を片手にキッチンに向かうのも、いつものことだ。

(素直じゃねーの)

いやらしく口元を歪めて、ターレスは天井に向けて紫煙を吐く。
数秒間だけ空を漂っては消えてゆく芸術品と、口の中に広がる苦味と、肺への負担を楽しみながら。
周囲が反対しても、警戒されても毛嫌いされても、好きなものはどうしようもない。
この想いも、煙草も。
やがてキッチンから戻って来た悟飯が、ターレスの目の前にピカピカに磨かれた灰皿を無言で差し出した。
そこへ煙草の灰を落とし、尚も悟飯を口撃する。

「俺が嫌いなら、どうしてここへ来るんだ?」

悟飯はうっ、と言葉を詰まらせ、ターレスから顔を背ける。
まるでターレスを見たくない、とでも言うように。

「俺は他に行く所がない。今更宇宙の支配がどうの、なんて言わねーよ。それでも俺を認めたくないか?」

意外そうに目を見開く悟飯に煙草の煙を吹きかけないよう横を向き、ターレスはため息の如く祈りにも似た想いを吐き出した。

「別に男としてじゃなくてもいい。悟飯、少しでも俺を好きでいてくれるのか?」

強引なこの男にしては珍しく謙虚な物言いに驚き、悟飯はターレスを見詰め返す。
その唇が戸惑うように小さく開いた。

「まあ・・・。煙草一本分の重さくらいは」

二人の間に暫く沈黙が続いた後ターレスは、やっと素直になった少年に口付けるべく、悟飯の手の中の灰皿に煙草を捩じ込んだ。



END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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