【鏡の中の君】

【鏡の中の君】
       



「やっぱ、オラの方が男前だな」

通りすがりに妻の姿見に映った自分の顔。
悟空は思わず立ち止まり、まじまじと鏡を覗き込んだ。
そういえば、自分の顔を鏡で見るなんて、何年振りだろう。
鏡に映った顔は、数年前と少しも変わらない。
決して美男子ではないが、そこそこイイ線はいっていると思う。
少なくとも、『アイツ』よりは男らしい顔立ちだ。
美形の条件の小顔に、尖った顎、きりりとした太い眉に、すうっと通った鼻筋、薄い唇に、内面が表れた澄んで穏やかな瞳。
加えて、鍛えぬかれた逞しい体躯。

「見よ、この筋肉。オラの方がずっと逞しいだろ」

周囲には誰も居ないのに、自慢気に鏡の前でポーズを取ってみたりなんかして。

「・・・『アイツ』は鍛え方が足りねぇんだ」

ここには居ない『アイツ』を思い出し、ボソリと呟いた。
悟空と同じ背格好の『アイツ』は、身長も体重もほぼ変わりはない筈なのに、悟空よりも一回り細い。
同じ背格好に同じ声、同じ顔。
だけど、悟空の想う『アイツ』は悟空より少し高めのトーンで話し、その面立ちもー

「オラは男前だけど、『アイツ』は可愛いんだ」

自分とそっくりなのに、自分とはどこか違う息子の屈託のない笑顔。
『お父さん』と呼ぶ声には、親しみと尊敬が読み取れる。
悟空が鏡を見つめれば、鏡の向こうで同じ顔の息子が悟空を見つめ返す。
一番近くにいながら、一番近いからこそ手出しの叶わない、恋人。
同じ顔、同じ瞳、同じ鼻、そして、同じ唇ー

「悟飯・・・」

鏡に額を押し当てて切な気に呟けば、その声は鏡の中へと吸い込まれてゆく。
鏡の中の『アイツ』も、切ない瞳でそれを聴いていた。

「悟飯・・・」

愛しい名前をもう一度呟くと、悟空は、鏡の中の悟飯にそっと口付けたー





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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