《A lost heart/迷子の心-前編-》
お父さんが居なくなった。
次の日も、その次の日も…帰ってこなかった。
もう、10日以上になる。
お母さんに聞いたら、
「悟空さのことだ、おらの飯が恋しくなったら、すーぐ帰ってくるだよ。なんも、心配いらねえだ、悟飯ちゃん。」
と、どこ吹く風だ。
どうやら、お母さんには一言断って出て行ったらしい。
僕と悟天には何も言わずに…。
お父さんと遊べなくて、随分落ち込んでる悟天が可哀想だ。
気を探ってみても、お父さんの気は感じられない。
僕の中で、ネガティブな気持ちが膨らんでくる。
その時、聞き覚えのある 穏やかな優しい声が、僕の心に響いてきた。
”大丈夫ですよ、悟飯さん。何も心配いりません。”
「!?」
“悟空さんなら 大丈夫です。“
「…界王神…様?」
”大丈夫。”
と、お母さんと同じことを言って教えてくれた。
久しぶりに聞いた 界王神様の声。
その後は、もう、語りかけてくれる事はなかったけど、確信を持った界王神様の声に、僕の心が軽くなった。
なぜ、界王神様は 僕の不安を知っているのだろう?
界王神様も、ピッコロさんが下界を見るように 宇宙の星々を見ているのだろうか…。
たまたま地球を見て、僕の心が見えてしまった…とか?
分からないけど、こんな私事で、界王神様の気を煩わせてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
こんなんじゃ、界王神様より傍に居る ピッコロさんやデンデにも知られているかもしれない。
余計な心配はかけたくない。
しっかりしないと…。
それでも、時々、不安がよぎる。
…本当に、心配いらないんだろうか…。
僕の良くない所だ。
何でも深く 考え過ぎてしまう。
でも、それも仕方のないことかもしれない…と、自分自身を肯定した。
…だって、お父さんの、あんな所を見てしまったのだから…。
―――――
お父さんが居なくなる前日、お母さんと悟天は買い物に出て、家には、お父さんと僕だけが残った。
”夕方には戻るから、お父さんをよろしく”と、午前中のうちに、お母さんは悟天を連れて行ってしまった。
昼時に、お父さんが修行から一旦帰ってきて、一緒に昼食をとって、後片付けを済ませた後、お父さんから、一緒に組み手をやらないか、と誘われた。
でも、授業の復習をしておきたかったので 断ると、僕は自室へ行って勉強を始めた。
暫くは集中して勉強していたが、復習が一段落すると、さっきのお父さんの顔が浮かんできた。
組み手を断った時、「そうだよな、じゃ、頑張れよ!」と笑顔で言ってくれたが、その声色に、どこか残念な色が含まれていた。
…そういえば、もう随分、お父さんと組み手をしていない気がする…そうだ、お父さんが生き返ってから、まともに組み手をした記憶が ない。
僕自身も、3年生になって、進学に向けて忙しくなったから、なかなか時間を取れずにいた。
でも、僕だって、体を動かすことは好きだし、少しでも お父さんに付いて行けるように、組み手をする時間を作ってもいいかもしれない、と そう 思った。
効率良く勉強する為にも、組み手で体を動かす事は 脳と心のリフレッシュに もってこいだ。
今度誘われたら、一緒にやろう。
そう思って、台所に水を飲みに行った時、主寝室の方から、何か音がした気がした。
珍しい、お父さん、修行に行かなかったんだ…と水を飲みながら思っていると、突然、名を呼ばれた。
「…っ…ご、はん……悟飯!」
その声が、切羽詰まったように聞こえたので、何事だろうと、急いで部屋の前に行き、ノックもせずドアを開けた。
「お父さん!どうしたの!?」
ベッドに胡座をかいて座っているお父さんと目が合った。
修行などで体を動かした時と同じように、汗ばんで上気した顔に、少し乱れた呼吸。
同じようで、でも、全く違うその場の雰囲気に、僕は身動きが取れなくなった。
僕も、もう18だ。お父さんが何をしていたのか、直ぐに分かった。
しかも、最後の瞬間に、僕はドアを開けてしまったのだ。
「ごっごめんなさい!!」
僕は慌ててドアを閉めると、走ってそのまま家を出た。
そして、走ったまま地を蹴って空へと上昇した。
今、出せる力の限りを出して。
心臓が、おかしなぐらい跳ねている。
そのまま暫く上昇し、上昇し続け…限界まで来ると、目の前が真っ暗になった。
気がつくと、神殿に居た。
見知った部屋と見知ったベッド。そこへ寝かされていた。
傍らにはピッコロさんが居た。
「…気がついたか、悟飯。」
「…ピッコロ…さん?…僕…?」
状況が飲み込めず、疑問の声を漏らした。
「上昇し過ぎて、気を失っただけだ。暫く寝てろ。大丈夫だから。」
「…ありがとう、ございます…ピッコロさん。…すみません…。」
ピッコロさんに迷惑をかけてしまった。
何も考えず、無理をしてしまった子供みたいな自分が恥ずかしくなった。
「礼なら悟空に言うんだな。悟空がここに連れてきた。」
その言葉に、顔を上げた。
「お父さんが…?」
「ああ。」
「…お父さん、…何か、言ってました?」
「いや、何も。」
「そう、ですか…。」
一点を見つめたまま、動かない僕を、ピッコロさんは暫く見ていたが、厳しい口調を幾分か和らげてこう言った。
「何があったか知らんが、顔を合わせて、ちゃんと話し合うんだな。お前は今、進学の準備で忙しいのかもしれんが、このままでは、何もならんぞ。」
「ピッコロさん…。」
「ただ、今は、ゆっくり休め。」
そう言って、僕の頭に手を置いた。
ピッコロさんの優しさが、全身に広がっていく気がした。
「…すみません…ピッコロさん…。」
そう言う僕に、心外だ、と言いたげなピッコロさんの声がした。
「なぜ謝る?今は何も気にする必要はない。お前の気の済むまでここに居るといい。」
そう言って、僕の髪をクシャッと撫でた。
「はい。」
僕は目を閉じて、ピッコロさんの温もりを感じていた。
このままずっと、ピッコロさんの優しさに甘えていたいと思ったが、僕が寝てしまったと思ったのか、ピッコロさんはそのまま黙って部屋を出て行った。
何があったのか、何も訊いてこないピッコロさんを ありがたく思った。
今、聞かれても、なんて言っていいのか分からない。
…もしかしたら、知っているのかもしれない…ピッコロさんは、下界を見通す目を持ってるんだから…。
目を閉じたまま、僕は思った。
お父さん…どうしてるだろう?
…にしても、僕も動揺し過ぎだ。お父さんも驚いただろう。
人間なんだから、何ら不思議はない。
いつもは修行に明け暮れているお父さんだって、そんな気分になる時だってあるはず。
だから、僕や悟天が居る訳で…
そう考えていると、なぜかまた動悸がしてきた。
静かな神殿で、目を閉じていると、感覚が研ぎ澄まされていく。
胸の鼓動も、いやに大きく聞こえてくる。
…これは一体なんなんだろう?
親のこういう行為に対して、嫌悪感を抱くのが普通なのだろうが、僕にはそれがまるでない。
嫌悪を抱く所か、ノックをせずにドアを開けた僕が悪いんだとさえ思えてくる。
なぜ、あの時、お父さんは僕の名を呼んだのだろう…?
僕は、こういう事について知らなすぎるのかもしれない…肉体的にも精神的にも…。
分からないことだらけだ。
こういうことは、同世代に聞いた方がいいだろうか?
今度、シャプナー君に聞いてみようか…
そう思いながら、眠りに堕ちていった。