《あるバイトSS》
この場の責任者だと思っていた人は、責任者、兼、カメラマンだったようだ。
撮影が始まり、最初は固かった悟飯も、カメラマンの巧みな話術と誘導、そして悟空が居る事の安心感によって、徐々に固さがなくなり、カメラの前で動けるようになっていた。
このカメラマンの言葉が 中々上手い。彼の言う事を聞いていると、自分が本当にモデルになったような気がしてくるから不思議だ。
カメラマンのアドバイス通りにやっていれば、慣れない悟飯でも、それなりに『振り』が出来る。知らず知らず、モデルとしての表情も出来るようになっていた。
そのカメラマンの後ろで様子を見ていた悟空。何故か、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
カメラマンの言葉に気を良くした悟飯が、自分に見せたことがない顔を、初対面の輩に 次々にして見せているのが気に食わないのだ。
それは、カメラマンとしての腕が良い証拠。それを悟空も分かってはいるのだが、いかんせん 面白くない。
何事も包み隠さない正直者の悟空、それが顔に出ているのだから仕方がない。
「うん…随分良くなったよ、ココロットさん。良い顔するじゃない。眼鏡外すと本当にカカロットさんとソックリだね。背格好も同じで、こんなに似てるのに、言葉や性格は正反対だし…君達本当に面白いよ。じゃあ、次はカカロットさんも入って。自然な感じで。普通に会話してもらっても良いから、普段通りの2人で。」
「ああ。」
悟空が悟飯の傍へ行く。
悟空の機嫌がちょっとだけ悪い事に気付かない悟飯は、屈託無く笑顔で悟空に言った。
「どうです?僕、おかしくないですか?」
「んー……おめぇ、そろそろコレ脱げ。」
悟空は唐突にそう言うと、悟飯の着ているTシャツの裾をいきなり掴み、託し上げた。
その悟空の冷たい様子に、悟飯も慌てて裾を掴んだ。
「ちょっ…お、…カ…カロット…」
気を抜くと、直ぐ『お父さん』と言ってしまいそうになり、慌てて慣れない父の もう一つの名を呼んでみるのだが、こちらの名前でも 気恥ずかしくて、余程近付かないと聞こえないぐらい声が小さくなってしまった。
冗談で父の名を呼ぶ分にはどうってことないのだが、日常的な会話の中で言うとなると、すんなり とはいかなかった。
恥ずかしさで 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
そんな悟飯を見て、かなり近くに居たのだから聞こえていた筈なのに、悟空は『聞こえない』と言わんばかりに悟飯を覗き込んで、意地悪く聞き返した。
「ん?」
『もう一度言ってみろ』と言っているのが悟飯には分かっていたが、悟空の期待には添えなかった。言い直すなど、とても無理だった。
「……が着てろって言ったんじゃないですか。今更脱ぐなんてイヤですよ。着ててもパンツが見えてたら良いんですよね?これ以上晒したら、大学の生徒に絶対弄られる…。」
悟空は更に悟飯に近づき、耳元で囁いた。
「大丈夫だって。忘れたのか?おめぇも、今 変装してんだろ?誰も悟飯だって気づかねぇよ。」
「あ、そうか。……って…ちょっと待って。」
納得したのも束の間、悟飯は何かに気付き、悟空から少し体を引いて、彼の顔をまじまじと見て言った。Tシャツの裾は、まだ引っ張られたままだ。
「…最初からそのつもりで『なれ』って言ったんですか?」
「おめぇが最初に言ったんだぞ。知り合いにバレたくなかったら変装しろって。だから、おめぇもそうだろうなって思って。」
「いえ、それ以前に、僕に何も言わず『なれ』とだけ言いましたよね?その後いきなりここに連れてこられて…。」
「当たり前ぇだろ。正直に言ったら、絶対ぇイヤだって、おめぇ来てくんねぇだろ?」
「当たり前です!じゃあ…僕に有無を言わせず、代役をやらせる為に…騙したんですね。」
「今頃気付いたんか。頭の良いおめぇにしちゃ、気付くのが遅かったな。」
なぜか、酷く冷たく、言葉を投げかけられた。
騙されて、訳も分からず連れてこられ、兄弟ならまだしも 双子にされ、無理やり恥ずかしいモデルをやらされているにも関わらず、騙した本人からは詫びの言葉一つもない…逆に馬鹿にされているような物言い…しかも、悟空はこの状況を楽しんでるようにも見える。
悟空にしてみたら、ちょっとした意地悪のつもりで言っているだけなのだった。
Tシャツだって、自分が着てろって言ったのに、脱げ、なんて、矛盾しているのも分かってる。でも、許せなかったのだ。
だって、自分が最初に見たかった悟飯の知らない部分を、いともあっさり他人に見せたのだから、意地悪もしたくなると言うもの。
悟飯は自分の気持ちに捕らわれていたために、悟空のこの微妙な心の変化を見逃していた。
悟空の悪びれない態度に…いや、実際悪いと思ってないのかもしれない…悟飯は静かな怒りがフツフツと湧き上がってくるのを感じた。
普段は温厚で、目に見える怒りを表す事が殆どない悟飯の瞳と背中に、静かな怒りの炎が揺らめいた。
その変化に、悟空はすぐさま気が付いた。
怒気を露わに、今度は躊躇無しに悟飯は言いはなった。
「カ、カ、ロットォ~!!」
その様子に、半分笑いを含んだ声で悟空は返す。
「なんだよ?ほら、もっと言ってみろよ。オラを名前で呼んでみろ。」
悟飯はその挑発に乗り、冷たく射るような視線で悟空を見た。
「そんなに名前で呼んで欲しいんですか?良いですよ、カカロット!」
「ははっ良いぞ…ココロット!」
悟空は鋭い、でも どこか魅惑的な視線を悟飯に投げ、持ったままの悟飯のTシャツの裾を思い切り自分の方へ引っ張り、悟飯を引き寄せた。
「ほら、いつまで着てんだ。見せた事ねぇおめぇを、皆に見せんだろ?」
尚も引っ張る。このままではTシャツを破いてしまいそうな勢いだ。
「脱げ。」
静かだが、凄みの含んだ声で、一言、そう言った。
しかし、悟飯は物怖じせず、更に悟空を睨み付け、負けじとTシャツの裾を引っ張り返した。
「イヤです。離してください。」
2人の手の間で、ピンと張り詰めていたTシャツが悲鳴を上げ始めた。
どこからか、固唾をのむ音が聞こえた。
そこへ、カメラマンの声が響いた。
「いいよ、2人共。良い絵が撮れた。ちょっと休憩しようか。」
その声に2人は我に返り、スタジオを見回した。
さっきまでのTシャツのように空気が張り詰め、スタッフ達が固まったまま、こちらを見ていた。
「…あ……、良かったってさ。ごは…!ココロット。」
さっきまでの雰囲気はどこへやら。いつも通りの悟空に戻り、ニカッと笑って悟飯の肩を抱いた。
「は、はい。」
悟飯もばつが悪そうにしていた。こんな所で、周りを省みず、悟空の挑発に乗って張り合っていた事に恥ずかしくなった。
「2人共おいでよ。さっきの写真見てみなよ。」
モニターの傍へ行くと、悟飯が謝った。
「すみません…僕達…。」
「いいのいいの。普通通りにって言ったのは私だから。双子って言っても兄弟だから、ケンカもするよね。それよりも、ほら、自分達から見てどう思う?」
モニターを覗き込むと、さっきの静かにケンカ中の2人の写真が沢山映し出されていた。
「わあ~オラ達、こんな顔してたんか!」
悟飯も見てみると絶句し、思わず一言
「怖っ。」
とだけ言った。
「はははっ 確かに。でも、凄く良いと思うよ。不思議なんだけど…君達ケンカしてるのに凄く綺麗なんだよね。美術作品みたいだと思わない?ほら、こうしてモノクロにしてみると…彫像とか…連想しない?」
カメラマンはそう言いながら、キーボードを触ると、今までカラーだった写真がモノクロに変わった。
「言い過ぎですよ。僕には、良い大人がつまんない事で言い争ってる恥ずかしい写真にしか見えません…。」
「そっか?オラ、芸術とか良く分かんねぇけど、パッと見て、綺麗だっていうのは分かるぞ。」
「やっぱり そう思うよね?カカロットさん。こういう写真や絵の最初に見た印象って、結構大事なんだよね。見た人の心に残るものがあれば、また見たくなる。何度も見てくれたら、宣伝としても、うまく行ってるって事だしね。」
「なるほどな。」
「ココロットさんにとっては恥ずかしい写真かもしれないけど、見た人を惹きつける写真だと思うよ。君達、素人なのに、急に違った雰囲気を出したりするからビックリするよ。」
「オラ達はなんもしてねぇよ?普通に、言われた通りしてただけだよな、ココロット。」
「は、はい…でないと、僕達にモデルなんて、到底出来ません。」
「そうだよね。プロのモデルじゃないんだもんね。でも、撮影中にケンカ始めるなんて…凄い緊迫感だったよ。こんなモデルそう居ないよ。君達、本当に面白いね。」
カメラマンは笑ってそう言って、言葉を続けた。
「そう言えば、カカロットさんは武道やってるの?募集の時の画像がそんな感じだったよね、確か…。」
「う~ん…まぁ、そうなっかな?」
「ココロットさんも?」
「僕は…少しだけ。」
「やっぱり…だからかな、さっきみたいな雰囲気が出せるのは。」
「そんなもんなんか?」
「そんなもんだよ。何かを志してやってる人って、輝きが違うからね。その人にしか出せない『もの』を持ってるんだ。長年カメラマンやって、色んな人をファインダー越しに見てたら、その辺り、結構分かってくるんだよね。」
「へぇー、カメラマンって凄ぇな!」
「ははは、じゃあ、そろそろ撮影に戻ろうか。時間も押してるし。今度も2人で入ってもらって。子供の頃を思い出して、楽しげに遊んでる感じで。」
「 OK!」
「はい!」
それからは、終始和やかに撮影は行われ、今日の分の撮影は無事終わった。
家に帰り着くなり、悟飯はソファーにドサリと身を沈めた。
「はあ~疲れたぁ~。」
「ははっ楽な仕事はねぇって、悟飯が言ったんだぞ。」
「お父さん、あんな大変なバイト、してたんですね。」
「そうでもねぇぞ。おめぇは変に気ぃ遣いすぎなんだよ。」
それでも、大変な仕事だと思った。悟空の苦労を思い、父を労った。
「お父さん、お疲れ様です。」
そう言われて、悟空も悟飯を労い、そして謝った。
「あぁ、悟飯もな。それに…すまなかったな…いきなり、連れてっちまって。」
「…もう、良いですよ。貴重な経験が出来たと思いますし、お父さんの大変さも分かりましたから。カメラマンさんも、良い人でしたしね。こんなド素人に、嫌な顔ひとつしませんでしたよ。でも、もう ぜぇーーーーーったい、モデルなんてやらないですよ~。」
笑って、でも、疲れきった顔でそう言うと、悟飯はソファーに転がり、目を閉じた。
その言葉を聞いて、寝転がった悟飯を見詰めながら、悟空も思った。悟飯を代役にしたのは失敗だったかな…と。
スーパーサイヤンになって、名前も変えたとは言え、悟飯自身に変わりはなく、あんな姿を他人に見られる訳なのだから。
それから何週間か経った後、悟空と、代役を務めた悟飯の写真も、色んなメディアに掲載された。
その広告を見た各々の妻達は、かなりご機嫌だったそうだ。
パンツ姿とは言え、有名なファッションブランドの宣伝で、カッコイイ夫の姿を見れるのだから、ちょっとした優越感もあるだろう。
悟飯の最初の提案通り、変装したのが大いに功を奏したのだが、妻達も、もう夫の下着姿に恥ずかしさを覚える歳ではないのだ。
出来上がった写真を見て、悟空は、やっぱり悟飯をモデルにするんじゃなかったと後悔した。
こんな姿、誰にも見せたくなかった。
自分の悟飯が、他のヤツ等に見られてると思うと、イライラしてくる。こんな事を思っても、しょうがないのは分かっているのだが…仕事なんだからと、割り切るしかないのだが…。
そんな悟空の心情をよそに、悟飯は自分が思っていたよりも、羞恥心は無い事に驚いた。むしろ、違う自分になれるモデルと言う仕事は、面白いとさえ思えるようになっていた。それでも、1回で充分だったが。
今なら、カメラマンが言っていた『美術作品』の意味も分かる。
本当にそう見えるのだ。だから羞恥心は無いのかもしれない。
こんな悟空の表情も、滅多に見ることが出来ない、貴重な写真だ。
良い経験をしたと、心の中で、改めて悟空に感謝した。
この、『DIEZEL』のアンダーウェアの広告は、小規模なものだったのだが、この、良く似た2人の金髪碧眼のモデルは誰なのか、との問い合わせがかなりあったのだとか。
しかも兄弟で双子と言う情報が流れると、ある一部の女子達の間で更に人気が高まり、こう呼ばれたとか呼ばれなかったとか…
『距離が近すぎて色々心配なイケメン双子王子』
その後、悟空と悟飯が『カカロット&ココロット』としてモデルをしたのかは定かではないが、このネット社会で、それ以上の詳しい情報が出てこない2人は、どういう人物なのか…気になる存在として、暫く世間を賑わせたのだとか…。
変装しといて本当に良かった…と、心からそう思う悟空&悟飯だったのでした。
―おしまい ―
美麗イラストと言い、説得力のある文章と言い、C様っていったい何者!?と水樹が唸ったSSです。
孫親子らしいやりとりに頬が緩んだり、独占欲の強い悟空さんにドキドキされられたり、最後の小咄に思わずニヤリとしてしまったりと、読み手側の感情が忙しいSSです。
いえ、それだけ心がかき乱されてしまうんですね。
それもひとえに、容易に場面が想像できてしまうからなのでしょうね。
ああ、でも、下着姿の悟飯ちゃんなんて、想像するだけで頭が大変なことに・・・!
しかも悟空さんとの絡みありとか、もう私、いつでも天国に旅立てます!
もう、ジェラシー全開の悟空さんにニヤニヤが止まりません。
C様、空飯至上主義の水樹に素敵な萌えSSを提供して頂き、ありがとうございました!
撮影が始まり、最初は固かった悟飯も、カメラマンの巧みな話術と誘導、そして悟空が居る事の安心感によって、徐々に固さがなくなり、カメラの前で動けるようになっていた。
このカメラマンの言葉が 中々上手い。彼の言う事を聞いていると、自分が本当にモデルになったような気がしてくるから不思議だ。
カメラマンのアドバイス通りにやっていれば、慣れない悟飯でも、それなりに『振り』が出来る。知らず知らず、モデルとしての表情も出来るようになっていた。
そのカメラマンの後ろで様子を見ていた悟空。何故か、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
カメラマンの言葉に気を良くした悟飯が、自分に見せたことがない顔を、初対面の輩に 次々にして見せているのが気に食わないのだ。
それは、カメラマンとしての腕が良い証拠。それを悟空も分かってはいるのだが、いかんせん 面白くない。
何事も包み隠さない正直者の悟空、それが顔に出ているのだから仕方がない。
「うん…随分良くなったよ、ココロットさん。良い顔するじゃない。眼鏡外すと本当にカカロットさんとソックリだね。背格好も同じで、こんなに似てるのに、言葉や性格は正反対だし…君達本当に面白いよ。じゃあ、次はカカロットさんも入って。自然な感じで。普通に会話してもらっても良いから、普段通りの2人で。」
「ああ。」
悟空が悟飯の傍へ行く。
悟空の機嫌がちょっとだけ悪い事に気付かない悟飯は、屈託無く笑顔で悟空に言った。
「どうです?僕、おかしくないですか?」
「んー……おめぇ、そろそろコレ脱げ。」
悟空は唐突にそう言うと、悟飯の着ているTシャツの裾をいきなり掴み、託し上げた。
その悟空の冷たい様子に、悟飯も慌てて裾を掴んだ。
「ちょっ…お、…カ…カロット…」
気を抜くと、直ぐ『お父さん』と言ってしまいそうになり、慌てて慣れない父の もう一つの名を呼んでみるのだが、こちらの名前でも 気恥ずかしくて、余程近付かないと聞こえないぐらい声が小さくなってしまった。
冗談で父の名を呼ぶ分にはどうってことないのだが、日常的な会話の中で言うとなると、すんなり とはいかなかった。
恥ずかしさで 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
そんな悟飯を見て、かなり近くに居たのだから聞こえていた筈なのに、悟空は『聞こえない』と言わんばかりに悟飯を覗き込んで、意地悪く聞き返した。
「ん?」
『もう一度言ってみろ』と言っているのが悟飯には分かっていたが、悟空の期待には添えなかった。言い直すなど、とても無理だった。
「……が着てろって言ったんじゃないですか。今更脱ぐなんてイヤですよ。着ててもパンツが見えてたら良いんですよね?これ以上晒したら、大学の生徒に絶対弄られる…。」
悟空は更に悟飯に近づき、耳元で囁いた。
「大丈夫だって。忘れたのか?おめぇも、今 変装してんだろ?誰も悟飯だって気づかねぇよ。」
「あ、そうか。……って…ちょっと待って。」
納得したのも束の間、悟飯は何かに気付き、悟空から少し体を引いて、彼の顔をまじまじと見て言った。Tシャツの裾は、まだ引っ張られたままだ。
「…最初からそのつもりで『なれ』って言ったんですか?」
「おめぇが最初に言ったんだぞ。知り合いにバレたくなかったら変装しろって。だから、おめぇもそうだろうなって思って。」
「いえ、それ以前に、僕に何も言わず『なれ』とだけ言いましたよね?その後いきなりここに連れてこられて…。」
「当たり前ぇだろ。正直に言ったら、絶対ぇイヤだって、おめぇ来てくんねぇだろ?」
「当たり前です!じゃあ…僕に有無を言わせず、代役をやらせる為に…騙したんですね。」
「今頃気付いたんか。頭の良いおめぇにしちゃ、気付くのが遅かったな。」
なぜか、酷く冷たく、言葉を投げかけられた。
騙されて、訳も分からず連れてこられ、兄弟ならまだしも 双子にされ、無理やり恥ずかしいモデルをやらされているにも関わらず、騙した本人からは詫びの言葉一つもない…逆に馬鹿にされているような物言い…しかも、悟空はこの状況を楽しんでるようにも見える。
悟空にしてみたら、ちょっとした意地悪のつもりで言っているだけなのだった。
Tシャツだって、自分が着てろって言ったのに、脱げ、なんて、矛盾しているのも分かってる。でも、許せなかったのだ。
だって、自分が最初に見たかった悟飯の知らない部分を、いともあっさり他人に見せたのだから、意地悪もしたくなると言うもの。
悟飯は自分の気持ちに捕らわれていたために、悟空のこの微妙な心の変化を見逃していた。
悟空の悪びれない態度に…いや、実際悪いと思ってないのかもしれない…悟飯は静かな怒りがフツフツと湧き上がってくるのを感じた。
普段は温厚で、目に見える怒りを表す事が殆どない悟飯の瞳と背中に、静かな怒りの炎が揺らめいた。
その変化に、悟空はすぐさま気が付いた。
怒気を露わに、今度は躊躇無しに悟飯は言いはなった。
「カ、カ、ロットォ~!!」
その様子に、半分笑いを含んだ声で悟空は返す。
「なんだよ?ほら、もっと言ってみろよ。オラを名前で呼んでみろ。」
悟飯はその挑発に乗り、冷たく射るような視線で悟空を見た。
「そんなに名前で呼んで欲しいんですか?良いですよ、カカロット!」
「ははっ良いぞ…ココロット!」
悟空は鋭い、でも どこか魅惑的な視線を悟飯に投げ、持ったままの悟飯のTシャツの裾を思い切り自分の方へ引っ張り、悟飯を引き寄せた。
「ほら、いつまで着てんだ。見せた事ねぇおめぇを、皆に見せんだろ?」
尚も引っ張る。このままではTシャツを破いてしまいそうな勢いだ。
「脱げ。」
静かだが、凄みの含んだ声で、一言、そう言った。
しかし、悟飯は物怖じせず、更に悟空を睨み付け、負けじとTシャツの裾を引っ張り返した。
「イヤです。離してください。」
2人の手の間で、ピンと張り詰めていたTシャツが悲鳴を上げ始めた。
どこからか、固唾をのむ音が聞こえた。
そこへ、カメラマンの声が響いた。
「いいよ、2人共。良い絵が撮れた。ちょっと休憩しようか。」
その声に2人は我に返り、スタジオを見回した。
さっきまでのTシャツのように空気が張り詰め、スタッフ達が固まったまま、こちらを見ていた。
「…あ……、良かったってさ。ごは…!ココロット。」
さっきまでの雰囲気はどこへやら。いつも通りの悟空に戻り、ニカッと笑って悟飯の肩を抱いた。
「は、はい。」
悟飯もばつが悪そうにしていた。こんな所で、周りを省みず、悟空の挑発に乗って張り合っていた事に恥ずかしくなった。
「2人共おいでよ。さっきの写真見てみなよ。」
モニターの傍へ行くと、悟飯が謝った。
「すみません…僕達…。」
「いいのいいの。普通通りにって言ったのは私だから。双子って言っても兄弟だから、ケンカもするよね。それよりも、ほら、自分達から見てどう思う?」
モニターを覗き込むと、さっきの静かにケンカ中の2人の写真が沢山映し出されていた。
「わあ~オラ達、こんな顔してたんか!」
悟飯も見てみると絶句し、思わず一言
「怖っ。」
とだけ言った。
「はははっ 確かに。でも、凄く良いと思うよ。不思議なんだけど…君達ケンカしてるのに凄く綺麗なんだよね。美術作品みたいだと思わない?ほら、こうしてモノクロにしてみると…彫像とか…連想しない?」
カメラマンはそう言いながら、キーボードを触ると、今までカラーだった写真がモノクロに変わった。
「言い過ぎですよ。僕には、良い大人がつまんない事で言い争ってる恥ずかしい写真にしか見えません…。」
「そっか?オラ、芸術とか良く分かんねぇけど、パッと見て、綺麗だっていうのは分かるぞ。」
「やっぱり そう思うよね?カカロットさん。こういう写真や絵の最初に見た印象って、結構大事なんだよね。見た人の心に残るものがあれば、また見たくなる。何度も見てくれたら、宣伝としても、うまく行ってるって事だしね。」
「なるほどな。」
「ココロットさんにとっては恥ずかしい写真かもしれないけど、見た人を惹きつける写真だと思うよ。君達、素人なのに、急に違った雰囲気を出したりするからビックリするよ。」
「オラ達はなんもしてねぇよ?普通に、言われた通りしてただけだよな、ココロット。」
「は、はい…でないと、僕達にモデルなんて、到底出来ません。」
「そうだよね。プロのモデルじゃないんだもんね。でも、撮影中にケンカ始めるなんて…凄い緊迫感だったよ。こんなモデルそう居ないよ。君達、本当に面白いね。」
カメラマンは笑ってそう言って、言葉を続けた。
「そう言えば、カカロットさんは武道やってるの?募集の時の画像がそんな感じだったよね、確か…。」
「う~ん…まぁ、そうなっかな?」
「ココロットさんも?」
「僕は…少しだけ。」
「やっぱり…だからかな、さっきみたいな雰囲気が出せるのは。」
「そんなもんなんか?」
「そんなもんだよ。何かを志してやってる人って、輝きが違うからね。その人にしか出せない『もの』を持ってるんだ。長年カメラマンやって、色んな人をファインダー越しに見てたら、その辺り、結構分かってくるんだよね。」
「へぇー、カメラマンって凄ぇな!」
「ははは、じゃあ、そろそろ撮影に戻ろうか。時間も押してるし。今度も2人で入ってもらって。子供の頃を思い出して、楽しげに遊んでる感じで。」
「 OK!」
「はい!」
それからは、終始和やかに撮影は行われ、今日の分の撮影は無事終わった。
家に帰り着くなり、悟飯はソファーにドサリと身を沈めた。
「はあ~疲れたぁ~。」
「ははっ楽な仕事はねぇって、悟飯が言ったんだぞ。」
「お父さん、あんな大変なバイト、してたんですね。」
「そうでもねぇぞ。おめぇは変に気ぃ遣いすぎなんだよ。」
それでも、大変な仕事だと思った。悟空の苦労を思い、父を労った。
「お父さん、お疲れ様です。」
そう言われて、悟空も悟飯を労い、そして謝った。
「あぁ、悟飯もな。それに…すまなかったな…いきなり、連れてっちまって。」
「…もう、良いですよ。貴重な経験が出来たと思いますし、お父さんの大変さも分かりましたから。カメラマンさんも、良い人でしたしね。こんなド素人に、嫌な顔ひとつしませんでしたよ。でも、もう ぜぇーーーーーったい、モデルなんてやらないですよ~。」
笑って、でも、疲れきった顔でそう言うと、悟飯はソファーに転がり、目を閉じた。
その言葉を聞いて、寝転がった悟飯を見詰めながら、悟空も思った。悟飯を代役にしたのは失敗だったかな…と。
スーパーサイヤンになって、名前も変えたとは言え、悟飯自身に変わりはなく、あんな姿を他人に見られる訳なのだから。
それから何週間か経った後、悟空と、代役を務めた悟飯の写真も、色んなメディアに掲載された。
その広告を見た各々の妻達は、かなりご機嫌だったそうだ。
パンツ姿とは言え、有名なファッションブランドの宣伝で、カッコイイ夫の姿を見れるのだから、ちょっとした優越感もあるだろう。
悟飯の最初の提案通り、変装したのが大いに功を奏したのだが、妻達も、もう夫の下着姿に恥ずかしさを覚える歳ではないのだ。
出来上がった写真を見て、悟空は、やっぱり悟飯をモデルにするんじゃなかったと後悔した。
こんな姿、誰にも見せたくなかった。
自分の悟飯が、他のヤツ等に見られてると思うと、イライラしてくる。こんな事を思っても、しょうがないのは分かっているのだが…仕事なんだからと、割り切るしかないのだが…。
そんな悟空の心情をよそに、悟飯は自分が思っていたよりも、羞恥心は無い事に驚いた。むしろ、違う自分になれるモデルと言う仕事は、面白いとさえ思えるようになっていた。それでも、1回で充分だったが。
今なら、カメラマンが言っていた『美術作品』の意味も分かる。
本当にそう見えるのだ。だから羞恥心は無いのかもしれない。
こんな悟空の表情も、滅多に見ることが出来ない、貴重な写真だ。
良い経験をしたと、心の中で、改めて悟空に感謝した。
この、『DIEZEL』のアンダーウェアの広告は、小規模なものだったのだが、この、良く似た2人の金髪碧眼のモデルは誰なのか、との問い合わせがかなりあったのだとか。
しかも兄弟で双子と言う情報が流れると、ある一部の女子達の間で更に人気が高まり、こう呼ばれたとか呼ばれなかったとか…
『距離が近すぎて色々心配なイケメン双子王子』
その後、悟空と悟飯が『カカロット&ココロット』としてモデルをしたのかは定かではないが、このネット社会で、それ以上の詳しい情報が出てこない2人は、どういう人物なのか…気になる存在として、暫く世間を賑わせたのだとか…。
変装しといて本当に良かった…と、心からそう思う悟空&悟飯だったのでした。
―おしまい ―
美麗イラストと言い、説得力のある文章と言い、C様っていったい何者!?と水樹が唸ったSSです。
孫親子らしいやりとりに頬が緩んだり、独占欲の強い悟空さんにドキドキされられたり、最後の小咄に思わずニヤリとしてしまったりと、読み手側の感情が忙しいSSです。
いえ、それだけ心がかき乱されてしまうんですね。
それもひとえに、容易に場面が想像できてしまうからなのでしょうね。
ああ、でも、下着姿の悟飯ちゃんなんて、想像するだけで頭が大変なことに・・・!
しかも悟空さんとの絡みありとか、もう私、いつでも天国に旅立てます!
もう、ジェラシー全開の悟空さんにニヤニヤが止まりません。
C様、空飯至上主義の水樹に素敵な萌えSSを提供して頂き、ありがとうございました!