《A quided haert /導く心-後編-》


そしてそれから、何も無い日々が続きました。

悟飯さんの変化に、弟である悟天さんまでもが心を痛め始めていました。
まだ 小さいのに、兄の悟飯さんのことが心配でならないのです。
その姿に、私も心が痛くなりました。

このままでは、溝は深まるばかりです。

悟飯さん、早く気付いて下さい。

みんな、あなたを待っているのですよ。
もう、考えなくていいから…あなたの心を、受け入れるのです…。



そんなある日、チャンスが訪れました。

悟空さんと悟飯さんが、家で2人きりになったのです。
外は雨で、必要な用がない限り、缶詰め状態です。

私は期待しました。
今の状態を変えるのなら、今しかないと。

なのに、悟飯さんは相変わらず、ずっと部屋に籠もりきりです。
悟空さんが戻られてから、ずっとです。


悟空さんの腕が、自分以外の躯を引き寄せるのを見るのが耐えられなくて…見なくてもいいように、部屋へ籠もっているのです。
その感情が【嫉妬】である事も気付かないまま…。

悟空さんも、動けないままのようです。
悟飯さんに拒否されたのが、こたえているのでしょう…。
色んな事を思って、臆病になって動けないのです。
そんなの悟空さんらしくないです。

言ったでしょう!悟空さんらしくあれ。偽るな、と!

私は 見ながら掌を握り締めました。
すると、悟空さんは手に 悟天さんから渡された物を持って、悟飯さんの部屋の前まで行きました。

そう、そうです!ノックして入るのです!

しかし、ノック出来ずに、悟空さんは戻って行かれました。

何度も、ノックしようと試みては、手を下ろす姿を見て、胸が痛くなりました。

悟空さんは不安でならないのです。

何とか勇気を奮い起こして欲しい。
そうすれば、道は開けるのですから。

ですが、そのまま、正午になりました。
悟飯さんが部屋から出て、昼食の準備をしています。
その姿を、悟空さんは後ろで、不安と慈しみと敬愛の念が入り混じった目で見守っていました。

悟飯さんは、この瞳の色に気付かないのでしょうか…。
私には、有り有りと見えます。
悟飯さんを護りたい…と。

そして、食事となりました。こうして見ると、そんなに違和感はないように見えます。
会話は少ないですが、全く喋らない訳ではないですし、同じ食卓で同じ食事をとっているのですから。

すると、悟飯さんがお箸を置きました。
” もう食べないのか ” と悟空さんが訊いています。
悟飯さんは ” お腹いっぱい ” と。
それ以上細くなったら組み手ができない。そんなのイヤだ。と悟空さんが本音を洩らしました。
確かに、悟飯さんは界王神界に来た時よりも、随分痩せているように見えます。
この一件で、気に病んでいるのもあるのでしょう。

悟空さんの本音を聞いて、悟飯さんも胸を痛めているようでした。
本当は、一緒に居たいのでしょう?


食事が終わり、悟飯さんが後片付けをしています。
そこへ、悟空さんが ” 手伝うぞ ” と言っています。
悟飯さんを気遣ってのことです。
悟空さんにとっては、思い切って、声をかけたのでしょう。
しかし、悟飯さんは 悟空さんの厚意を 断ったのです。

なぜです?
なぜ、悟飯さんは そこまで………。





悟飯さんは後片付けが終わると、また、部屋へ戻って行かれました。

食事の時間は、事を動かす良いチャンスだったはずなのに……。
どうして こう 上手くいかないのでしょう…。

さっき 断られた事で、悟空さんは少なからず、落ち込んでいるように見えました。

掌に持った、悟天さんから預けられた物を、見詰めています。

そして、悟空さんは 悟飯さんの後を追って行きました。
そうです、落ち込んでいる暇などありません!
頑張るんです 悟空さん…。



部屋の前まで来ると、歌声が聞こえてきました。
悟飯さんが歌っています。
なんとも切ない…優しい歌声です。

歌詞が…悟飯さんその物を唄っています。

歌を聴いて、悟空さんがノブに手をかけようとしました。

「そのままお入りなさい!その歌は、悟飯さんその物ですよ!」


私は 思わず声に出していました。声が届くはずもないのに。
下手に介入しない為に、こちらからの交信は切っているのですから。

しかし、今度も、悟空さんは思い留まりました。
かなり辛そうです。
その時、悟空さんの思いが聞こえてきました。


” …オラ…どうしたら…。

界王神様…助けてくれよ…。 "


…悟空さんが、泣いている…心で、涙を流している…。


今直ぐ行って差し上げたい。

ですが、ですが………。


今はまだ、…まだ余地があります。
諦めたらそこで終わりですよ。
まだ、時間はあります。
勇気を 出すのです…。



私は、祈りにも似た思いを、悟空さんに投げかけました。







ずっと…雨が降っています。
そのせいで、もう夕方を通り越して、夜になってしまったかのようです。

雨が、更に気を滅入らせているのか…。

悟空さんも悟飯さんも、お互い気になっているのに、動く事が出来ません…。

いっそ、この雨が、何もかも洗い流してくれたらいいのに…。

お2人に、同調してしまったように、私自身も、暗い深淵の底に引きずり込まれるようでした。


その時です。

悟空さんが意を決して腰を上げたのです!
凛々しいお顔でした。

悟飯さんの部屋のドアを、今度は躊躇無しにノックしました。
ですが、返事がありません。
もう一度、ノックします…やはり、返事はありません。
慌てた様子で、ドアを開け、悟飯さんを探します。

…悟飯さんは、机で、眠っていました。

その 悟飯さんを見詰める悟空さんの目が、慈愛に満ちています。

悟空さんが掌に持っていた、悟天さんからの贈り物を、机に置いた時、悟飯さんが目を覚ましました。


” あ、悪ぃ、起こしちまったか? ”

” …おとう…さん? ”


悟飯さんが、机に置かれた紙包みを見つけ、手に取りました。


” 今朝 出掛ける前に、悟天から、兄ちゃんに渡しといてくれって頼まれたんだ。ノックしたんだけど、返事がねぇから、勝手に入っちまった。 ”

” いえ…。 ”


悟飯さんが、その小さな紙包みを開けると、そこには、地球の植物で、『どんぐり』と呼ばれる木の実と、『キンモクセイ』という名の、黄色い小さな花が、入っていました。


” 良い匂いだと思ったら、その花の匂いだったんか。今の時期んなると、山のあちこちで、その匂いするもんなぁ。悟天が開けるなって言うから、何だろうと思ったら、その小せぇ花、落とされたくなかったんだな。 ”


良い匂いがするんですね…どんな匂いなのでしょうか、とても興味をそそられました。


” 悟天が、そんな事を?どうして直接渡してくれなかったんだろう…。 ”


悟空さんも考えておいででした。


” おめぇの邪魔、したくねぇからだろ?悟天、おめぇの事、大好きだもんな。おめぇと遊びてぇの、我慢してんだ。おめぇが受験勉強で忙しくて、外の様子見れねぇから、そうやって、もう花が咲いてんのとか、どんぐりが落ちてんのとか教えたかったんじゃねぇか? ”


なんとも、愛おしい弟君なのでしょう。いじらしいではありませんか。
悟飯さんに、見せたかったのですね…。

悟空さんの言葉を聴いて、悟飯さんの頑な心が、溶けていくようでした。

目に見えていたとしたら、本当に『溶けていく』という表現がピッタリでした。
悟飯さんを包んでいた、エナジーの色さえも、違って見えます。
先程までは、暗い重たい色でしたが、今は、明るい…その、キンモクセイという花の色のようです。
それだけ、この贈り物は、心の琴線に触れた という事です。
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