《A quided haert /導く心-前編-》
想いを告げるだけ…私がそう思うのには訳があるのです。
悟空さんがここへ来て、その理由を聞いた数日後に、私は悟飯さんのことが気になって、様子を見る事にしました。
悟空さんの話をよくよく聴くと、奥様以外、誰にも何も言わずに出てきたようなのです。
黙って居なくなったのであれば、どんな方でも心配になるはず。
本当は、こんな事は、界王神としてあるまじき事なのですが、お2人は別です。
宇宙をお救い下さったのですから。
界王神がやらなければならない事を、私の力量の無さの為、彼等に助けを求めなければならなくなったのですから。
お2人には恩があります。
助けを求められるのであれば、例え、どんな事でも、報いるつもりです。
悟飯さんは…やはり悩んでおいでのようでした。
お2人の間に、何があったのかまでは分かりませんが、悟飯さんもこれだけ思い悩んでいるとすると、悟飯さん自身にも、何か思い当たる事があるのかも知れません。
私が地球に気を向けているせいでもあるのですが、ある日 突然、悟飯さんの思いが心に伝わってきました。
良い感情ではありません。不安で堪らず、悪い方へと考えてしまっている。
【死】という言葉。
この世に居ないのではないか…という恐怖。
私は思わず、語りかけていました。
” 大丈夫ですよ、悟飯さん。何も心配いりません。”
” !? ”
“ 悟空さんなら 大丈夫です。“
” …界王神…様? ”
” 大丈夫。”
私の言葉で、安心されたようで、それからは、悟飯さんの中の恐怖は消え去りました。
ですが、疑念だけは残っているようでした。
悟飯さんを見ていると、少しずつ、何があったのか、見えてきました。
やはり…悟空さんは、それとなく 伝えていたのです。
それを、悟飯さんは、どういう意味なのか、本当に分かっていなかったのです。
親子としての感情か…
ひとりの【人】としての感情なのか…
悟飯さん自身も、ご自分の心の中にある、悟空さんに対する感情に悩んでおいででした。
悟飯さんはお気づきになっていなかったのです。
その感情が、どういう意味を為すのかを。
良くも悪くも、悟飯さんの人間性の現れでもあります。
本当に…
なんということなのでしょう!
お2人は、お互い好意を持ちながらも、自ら離れていかれているんです!
それが分かった時、私は 早く悟空さんに、悟飯さんの元に戻って頂きたかった。
今のお2人には、悲壮感しかありません。
このままでは、これからの人生に喜びを見いだす事などできません。
お2人には、あの時のように…この界王神界で過ごされた時のように、笑顔でいて欲しいのです。
悟空さんは悟空さんらしく。
悟飯さんは悟飯さんらしく…。
そんな思いを込めて、悟空さんを見詰めていました。
すると、悟空さんがこう仰ったのです。
「…らしくねぇなぁ…。」
今しかない!と思いました。
「やっと、気づきましたか?これ以上ここに居ても、あなたにはなれませんよ?」
そう言うと、悟空さんは起き上がり、私を凝視しました。
真意を、計り兼ねているようでした。
それもその筈、さっき私は、『もっと真面目になさい』と叱責したのですから。
ですが、このままここに居ても、悟空さん自身には良い鍛練にはなりますが、お2人の為には、何の進展にも繋がらないと、そう見切りました。
潮時です。今しかありません。
「もう、いいでしょう。悟空さん、お戻りなさい。」
「え…だって、さっきは…。」
「私達には、そう感じるということです。普通の人間には、感じられないでしょう。」
悟空さんは納得いかないようでした。
この機会を逃すと、また次、いつ来るか分かりません。
私は、何とか分かってもらえるよう諭しました。
「大事なのは、" 悟空さんらしさ "です。自分自身を否定し、押し殺して、これから先、上手くいくとお思いですか?なんの張り合いもない一生に、喜びを見いだせますか?そうなっても、いいのですか?」
「でも、オラは、あいつの為にそれを願って…」
悟空さんの想いが、痛いほど伝わって来ます。
” 悟飯さんの為ならば、ずっと傍に居てあげなさい。”
そう言いたいのを、グッと堪えました。
「いいえ。そう言いながら、悟空さんはただ逃げているだけです。偽っていては駄目です。」
悟空さんの気持ちが揺れているのが分かりました。
「…界王神様は…オラの気持ちに嘘つくなって?でも、それじゃあ、ここで修行した3ヶ月間って何だったんだ?」
「大丈夫です。修行の成果はちゃんと出るでしょう。ここで過ごした時間は、無駄ではないですよ。」
「だといいけど…。界王神様…オラ…あいつの傍で、あいつと、どう向き合えばいいんだ?」
” 悟飯さんも、悟空さんを想っておいでですよ ”
言ってしまうのは簡単です。
ですが、そこは、私の出る幕ではありません。
あなた方お2人の、繋がった【糸】を、紡ぐのも、解くのも、あなた方お2人次第なのですから。
お2人で、やらなければいけないのです。
「…私には…そこまで介入できません。これは、あなた方お2人の問題です。あなた方お2人で解決なさい。」
目の前の悟空さんを見据えて、遠くの悟飯さんを思いながら、そう言いました。
その言葉に、心が決まったようです。
「…だよな。ありがとうございます、界王神様。話せてよかったよ。」
そうお礼を言うと、何か、吹っ切れたお顔をして、立ち上がり、瞬間移動の体制に入りました。
そして、額に指を当てたまま、私を見ました。
悟空さんの決意の籠もった目を見て、私は嬉しくなりました。
悟空さんらしさが、戻りつつある…。
そうして、空間を裂く音と共に界王神界から去っていかれました。
一部始終を見守っていた ご先祖様がポツリと言いました。
「あの親子ときたら、いつもワシに礼を言うのを忘れて行きおる…。」
「ま、まあまあ、ご先祖様、次は、お2人で、おいでになるかもしれませんよ。」
「そう、簡単にいくかの…地球人とは、ほんに、複雑な人種やからのう。」
ご先祖様の言葉は、杞憂に終わるだろうと思いました。
今の悟空さんを見て、必ず良い方向へ向かうだろうと信じていたからです。
ですが…
ご先祖様の言葉は、当たっていました…。
それから…。
お2人の関係は、進展する所か、悪化しているようでした。
思いがけず、悟飯さんが心を閉ざしてしまわれたのです。
悟空さんが戻ったその日、確かに嬉しかったと思います。
ですが、『どうして?』という思いが勝っていたのでしょう。
素直になれず、悟空さんの差し伸ばした手を拒否したのです。
それにショックを受けた悟空さんも、それから、悟飯さんに対する態度を変えてしまったのです。
本当に、地球人の心理とは複雑窮まりない。
どうして素直になれないのでしょう。
どうして素直になるのが難しいのでしょうか…?
これでは、ここで過ごした時間は、本当に無駄になってしまいます。
歯痒い…ですが、手出しはできません。
お2人の行く末を見守るしか…。
今は…まだ。
「おまえ、また見ておったんか。」
ご先祖様がこちらへ来て言いました。
「申し訳ありません。どうしても、気になってしまいまして…ですが、毎日の勤めはきちんとやっておりますので。」
「そんなこたぁ分かっとる。でなければ、こんな事許すはずもなかろう。」
「…ご先祖様…私は、悟空さんが戻られてから、お2人は心を通わせる物と思っていました。なのになぜ…こんな事になってしまったのでしょう…。」
「…そうじゃのう…己の気持ちだけで、事を進めようとせんのが地球人じゃ。いや、地球人にも色んな人物がおるから、一概にも、そうとは限らんが、特にこやつら…悟飯はそれが強い。こやつは、自己犠牲も厭わんやつじゃ。
悟空もそうじゃが、自分が我慢すれば、丸く収まると思うとる節がある。
今の悟飯は、無意識でそれをやっとるようじゃがの。
無意識でやっとるもんじゃから、更にタチが悪い。
自分で気付かんと、ずっとこのままの可能性もあるぞ。」