《A quided haert /導く心-前編-》


「しかし、悟空さんはそれでよろしいのですか?そんなに想っているのなら、そのお方に、お伝えした方がいいのでは…?」

「…いいんだ…言った所で…通じ合う訳ねぇ…。」

寂しそうに、そう仰る悟空さんを見て、伝えたけれど、伝わらなかったのかも…と思い、それ以上言うのは止めにしました。

「………。しかし、悟空さんがこれだけ心を乱されるぐらいですから、さぞかし 素敵なお方なのでしょうね。」

私がそう言うと、悟空さんの心に、暖かい灯がともったような、柔らかな光が広がって行くのが分かりました。

「ああ、界王神様達も良く知ってっぞ。」

「えっ?私がですか?」

私が知ってる?…検討もつきません。
しかし、ご先祖様は検討がついたのか、納得されてるご様子…。

「なるほどの。」

「ご先祖様は お分かりになるのですか?」

「…お前は本当に鈍いのう…お前が、この界王神界に連れてきたんじゃろうが。」

「私が?界王神界に?…???」

そう言われても、全く分かりませんでした。
私が連れてきた?
…私がどなたかをお連れした…なんて事は…

「!あの!魔神ブウが地球を消滅させてしまった時、死に物狂いで悟空さん達を連れてきた…」

「そっちかい!…わざと知らん振りしとるんじゃなかろうなぁ…。」

「え?違うんですか?」


…私が、連れてきた?



その時、私の脳裏に記憶が蘇ってきました。




地球で、必死に魔神ブウと闘う、金色に光輝く後ろ姿 ー

自らボロボロになりながらも、私を気遣い、私を呼ぶ声 ーー

そして…この界王神界で、あの、伝説の剣を引き抜いた ーーー


「……!……まっ!、まさかっ!?…ごっ…ごごごごご悟……」

「ああ、悟飯だ。」

悟空さんが、すんなりその名を言いました。

「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ええ、本当に、大袈裟にひっくり返りそうなぐらい、驚きました。

「お前、絶対ワザとじゃろう…。悟空、ここで 悟飯の修行を見ておった時も、そうじゃったのじゃろう?」

「はは…じいちゃんにはバレてたんか…。あん時は、まだ、それが『恋』だって分かんなくて…ただ 一緒に居るだけで…それだけで良かったんだ…。」

悪戯っぽい顔でそう言うと、その時を思い出しているような目で、地面の草を見詰めていました。

私はと言うと、陸に上げられた魚のように、口をパクパクする意外、何も言えませんでした。

「まだ、狼狽えとったんか。お前も一応、界王神の端くれじゃろう。こんな事で狼狽えておっては、界王神は勤まらんぞ。
お前は、毎日、あの本を開いて何を見ておったのじゃ。
全く…青いのう…。」



あの本を開いて…私は、宇宙の在りようを見る。

星々を…そこに生きる、生き物達を…。


宇宙は広い…


生き物の住む星は沢山あれど、ひとつとして、同じ星はない。そして、それぞれ異なる文化を持っている。

様々な生き物の、様々な生き方を見てきた。

どの生き物も、子孫を残す為、一生懸命生きている。

色んな生殖の仕方、繁殖の仕方がある。

ただ本能のままに、繁殖している生き物もいれば、地球人のように、『恋』をして子孫を残す生き物もいる。

その『恋』の在り方も様々で………。



そうです。私は見てきました。

…そう、色々な ものを…。


…本当に、界王神ともあろう者が、このような事で狼狽えるなど、言語道断。


悟空さんのような『恋』も、何ら不思議はないのです。




「…界王神様、大丈夫か?そりゃ…ビックリするよな。オラ、自分でもビックリしてんのに。」

物思いに耽る私を見て、悟空さんがあっけらかんと笑いました。

「いえ、驚いてはいません。この広い宇宙では、そういう『恋』も、有り得るのです。様々な『恋』の形があるのです。」

「いや、明らかに驚いとったじゃろ。素直に認めんか。
悟空よ。お前さんの気持ちは良う分かった。
お前さんがそれでええんなら、好きなだけ、おるとよかろう。存分に修行せえ。
その代わり、わしゃ、なんの手出しもせんぞ。
こう見えて、毎日忙しいからのう。」


「本当か!ありがとう!じいちゃんの界王神様!」

それだけ言うと、ご先祖様は飄々たる体で、どこかへ行ってしまいました。
すると私を見て、悟空さんが言いました。

「界王神様も…いっか?」

「ええ。どうぞ、悟空さんの気の済むまで。」

「ありがとう!界王神様達の仕事の邪魔は、ぜってーしねぇから。」




そうして、心の修行の日々が始まったのです。















「だだ洩れですよ。悟空さん。」

座禅を組む悟空さんから、微かな気の流れの乱れが、洩れているのを感じ、そう注意すると、悟空さんは不満の声を洩らしながら、瞑っていた目を開けました。

「え、ぇ~…。」

こちらを向きながら私を見た途端、悟空さんのお腹から、空腹である事を告げる音が鳴り、片手でお腹を押さえて言いました。

「界王神様、オラ腹減っちまった。コレじゃ、集中できねぇよ。」

さっき食べたばかりだと言うのに、サイヤ人の躯は一体どうなっているのでしょう?
宇宙の神秘や営みを紐解くのも大切ですが、サイヤ人の不思議を紐解いた方が、今後、何かあった時に役に立つのでは…?
などと、界王神でありながら、そんな皮肉を少しだけ、思ってしまいました。

「悟空さん、あなたはここに遊びに来たんですか?もっと真面目にしないと、いつまで経っても変わりませんよ?」

「オラ、至って真面目だぞ。ちゃんと、雑念払って、精神統一して…。…変わんねぇと、なんねぇんだ。」

その真摯な気持ちが、痛いほど伝わってきます。

最初に比べると、かなり落ち着いてきて、コントロール出来るようになってきました。
ひとつは、悟飯さんと離れた事が 良い方向に作用したのかもしれません。

ですが…本当に、それで良いのか…と、疑念が拭いきれないのです。

どれだけ頑張って押し隠そうとも、心の奥底から求める想いは 消えてはいないのですから。

ご先祖様も、同じように感じておられたようで、いつもの場所で、様子を窺っておいででしたが、悟空さんの傍に来て、こう仰いました。

「お前さんが真面目にやっとると言うんなら、そうなんじゃろう。それでも洩れるっちゅう事は、それだけ『想い』が強いっちゅうことじゃ。厄介じゃのう。」

それだけ言うと、また、元の場所に戻っていかれました。
その言葉に、悟空さんは何を思ったのでしょう?
少し、何か考えていましたが、私に、こう訊ねてきました。

「…界王神様、オラ、ここに来て、もう随分経つよな?」

「そうですね…地球時間で…80と8日…ですね。」

「88…。3ヶ月か…なのにオラ、全然ダメだな。」

激しい動きを伴う【動】の修行も辛い物ですが、それ以上に、無我の境地に入る【静】の修行は、悟空さんだけに限らず、人間にとっては辛い物だと思います。

サイヤ人にとっては、地球人よりも かなり努力が必要なのでは…。
そんな中、悟空さんはとても頑張っておられます。


それもこれも、『悟飯さんの為』という思いが根底にあるから、頑張れるのでしょう。

毎日、この【静】の修行が終わると、今度は【動】の修行をなさいます。
まるで、想いを断ち切るかのように。何もかも、忘れてしまえるようにと。

毎日、毎日…。

その ひたむきな想いが、切なさを助長しているとも知らず…。

こちらまで、胸が苦しくなってしまいます。

…こんなに、想っておられるのに…なぜ、黙っていなければいけないのでしょうか…。
想いを告げるだけ…それだけでも良いではありませんか。

悟空さんを見ていると、ついつい、そう思ってしまうのですが、それだけでは推し量れない、人間の心理とは、複雑な物なのですね…。

修行に対して 妥協をしない悟空さんが、全然ダメだ…と仰います。
私は そうは思いません。
悟空さんの、その ひたむきな姿は、胸を打たれます。
悟空さんに、修行の成果を見せてあげられたら…目に見える物で、見せてあげる事ができれば…と願って止まない程…。

「そんな事はないですよ。来た頃に比べたら、随分落ち着いてきました。最初は凄かったですからね。」

それは悟空さん自身も分かっておられるようでしたが、その反面、疑念を抱いているようでした。
それから、草の上に寝転がると、空の彼方を見詰め、そのまま黙り込んでしまいました。
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