《A quided haert /導く心-前編-》



私は今日も、いつものように、草原のテーブルで『万物の書』を広げ、あらゆる星々を見ていた。

死んでゆく星、生まれゆく星、渦巻くガス以外何もない星、凍りついた星、何もかも吸い込んでゆく星…。

過酷な環境で、懸命に生きる微生物。
豊なのに何もない星。

知能の高い生物がいるにも関わらず、破滅と創造を繰り返す星…。



宇宙は広い。



私達、界王神でさえ、そう思う。


地球のような星は、類い希だと、この広い宇宙を見る度に思う。

過ちを犯しても、そこから学び、同じ事を繰り返さないよう努力するのが地球人なのだ。

彼等と出逢えた事は、私にとって、幸いだったと思う。
彼等から学ぶ事も多いからだ。

界王神だから、なんでも知っている…という訳でもない。
界王神だからこそ、勤勉でなければならないのだ。


私は今日も、『万物の書』を通して、宇宙の悦びと憂いを見る。


星々と、そこに住み、生きる者達の生涯を。


ーーー


歴代の界王神様達が書き記した書物を出し、それと照らし合わせて、南の辺境の星々を見ようとした時、15代前のご先祖様のお気に入りの場所…いつもの、木の木陰で、ご先祖様が声を荒げているのに気付いた。

何をしているのだろう…と、そちらに目をやると、見覚えのある、後ろ姿が目に入ってきた。

なんという偶然でしょう!
地球の事を考えていたら、地球の方が、こちらに赴いて下さるなんて!

界王神界は、言わば聖域。
誰でも入れる訳ではない。
存在自体、知っている者は、限られた者達だけ。

そんな場所に自ら来られる方など、あの方しかいません!
…しかし、ここへ来るなど…何かあったのでしょうか。
私には恩があります。宇宙を救ってくれた方なのですから。

私は、懐かしさと、嬉しさと、懸念の入り交じった面持ちで、そちらへ向かった。


「悟空さん?」

「おう!久しぶり、界王神様!」

彼が、振り向きながら、最後に会った時と同じ声で挨拶をしました。
?  同じ…と思ったのですが、そうではないようだ。
内面から、まとまりのないオーラを発している。
エナジーも、あの時のような『張り』が感じられない…。

「どうしたんです?どうしてここへ?」

「…実は…」

悟空さんが言おうとした時、ご先祖様が、来るのを待ち望んでいたかのように話し始めました。

「分かっておる…お前さんは、悩んだ末、ここに来る事を選んだんじゃろう。」

驚いた。ご先祖様は悟空さんが来るのをご存知だったのですか。
悟空さんも驚きを隠せないようでした。

「じいちゃんの界王神様、何で分かんだ!?本当すげぇな!」

そう言われて、ご先祖様は得意気な顔をしました。

「これだけの年になれば、大抵の事は分かるようになる。…お前さんは、義理堅い男じゃのう。約束を果たしに来たんじゃろう?で、どこじゃ?」

「?」

悟空さんが不思議がっている。
何の事を言われているのか分からないようだ。
私も、分からないのですが…。

「年増じゃが、飛び切りの美人でプリプリのオナゴと言っておったじゃろう。今か今かと待っておったが、やっとじゃのう。」

目尻を下げて、さも嬉しそうに言うご先祖様を見て、思い出しました。
あの時の約束。
悟飯さんの潜在能力を引き出す交換条件で、言っていたアレ…。
ご先祖様は待っていたんですか、それを…。
悟空さんも、何だって
あんな約束を…。

「!ご、ご先祖様!まだ、そんな事を!」

私の言葉など、聞く耳を持たないとでも言いたげにしている。

「ふ~ん。約束は約束じゃも~ん。」

その物言いに、呆れてしまって何も言えなくなってしまった。
悟空さんも、やっと思い出したようで、申し訳無さそうにしている。

「悪ぃ、じいちゃんの界王神様。今回来たのはそれじゃねぇんだ。その約束、つ、次の機会でいっか?」

悟空さん、良いんですよ、もう。
時効です。
わざわざ、その方をお連れしなくても。
ご先祖様も、本気で言っている訳ではないはず。

「ちょっと言うてみただけじゃ。でも、ま、そのプーアルとかいうオナゴに会うてやってもええぞ。」

「!」

悟空さんが、また驚いている。
私にも聞こえてきましたよ。そのお名前。

「ご先祖様、もう、その辺りでいいではないですか。悟空さんがここへ来た訳を、言えないではないですか。」

「そうじゃのう、からかうのはこの辺りにして。悟空、一体何があったんじゃ?心が散漫じゃぞ。」

やはり、からかわれていたのですね。
そんな中で、悟空さんの様子を探っておられたとは…。
私も、悟空さんの様子がおかしいので、何があったのか、気になって仕方がなかった。

「そうですね…悟空さんらしくない。…酷い顔、されて…。」

そう言うと、悟空さんは自分の顔に手をあて、触りはじめました。
見えている【顔】の事と思っている。

「そうではないんです。見た目は至って普通ですよ。躯ではなくて、心が…。」

すると、納得したらしく、手を下ろして、真剣な目で訴えかけてきたのです。

「…界王神様…暫く、ここに居て、いいかな?心を、鍛えてぇんだ。」

「心を?」

「ああ。それまでは、帰れねぇ…。」

このような悟空さんを見たことはありません。
そんなに長い付き合いではないのですが、悟空さんや悟飯さんがどのようなお人柄なのかは、共に過ごしたあの時間だけで、よく分かりましたから。

「なるほどの。その暴れ回っておる心を、制御したいのじゃな。」

「…ああ。」

なにか、深い訳があるようですね…。

「しかし…なぜ、このような事に?何があったのです?悟飯さん達は無事なのですか?」

あの悟空さんが、こんなに気に病んでいるとは…何か、計り知れない大きな力が働いているのか…。地球に居る悟飯さん達が心配になって訊ねました。

「あ、地球で何かおこってるとか、そんなんじゃねぇから。…これは、オラ自身の問題なんだ…。個人的な事で、界王神様達を煩わせちまって、申し訳ねぇと思うんだけど…」

「んー、その、お前さん自身の問題とやらは?」

ご先祖様が、その場に座りながら、『お前達も座れ』と地面を叩き促しています。
私達もその場に座り、悟空さんの次の言葉を待ちました。
そして、少し躊躇した後、言い辛そうに、口火を切りました。

「…実は…オラ、好きなヤツが…いてさ。そいつの事、考えると、胸が苦しくなっちまうんだ…。
最初は…この気持ちに気付いた頃は、一緒に居るだけで、すげぇ嬉しくて、そんだけで良かったんだ…。
けど…時間が経てば経つ程、オラ、欲張りになっちまって…あいつを欲しいと思うようになったんだ…。」

「ほっほっ、お前さんから、こんな話が聞けるとはのう。」

「意外だろ?オラもビックリしてんだ。」

確かに意外でした…。失礼ですが 悟空さんは、そのような事には無関心なのだと思っていましたから。
でも 確か、悟空さんには伴侶がいたはず…。

「えっ…でも、悟空さんには、確か 奥様がいらっしゃったのでは…?」

「チチか?ああ、オラ、チチは大好きだぞ。大事にしてぇと思う。けど、それとは、何か違うんだ…。
『恋』って、何なのか知らなかったし、何の事かも分かんなかった。
あいつを好きんなって、『恋』が何なのか、初めて知ったんだ。
好きんなって、何を求めるのかも、初めて知った。
でも、求めた結果が……あいつを苦しめる事になってんのかもしんねぇ…。
だから、あいつの傍に居てぇんだったら、暴走しそうな この気持ちを抑える術を 身に付けねぇと…」

「だから、心を鍛えたい…と、仰ったのですね。」

「ああ。」

なんと…。告白する悟空さんから、切ないまでの想いが、こちらに伝わってきます。
遠くを見る悟空さんの目が、そのお方を追っているように感じます。
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