《A quided haert /導かれる心-後編-》















「…お父さん、僕と少し、話しをしませんか?」



悟飯がそう言った。
一瞬、頭ん中が真っ白になった。


何で悟飯が?


思いがけない言葉に、戸惑った。

「あ、あぁ…なんだ?」

「そこへ座って下さい。」

机の傍のベッドへ促された。
何かを決心した表情に、悟飯も、悩んでたんだと、今、分かった。

「…聞きてぇ事が、…あんだな?」

「はい。」

そう言うと、一呼吸置いて、切り出した。

「…どうして、家を出たんですか?」

家を出た理由…。
黙って居なくなったんだ。いつ帰って来るかも分かんねえぇオラに、疑問を持つのも当たり前だよな…。
しかも、あんな所、見せちまった後に…。

…オラが 今から話すのは、本当の事だ。
おめぇが、話すチャンスをくれたんだ…。
だから、正直に話す。
本当のオラを知って…おめぇは どう思うだろう…。


「…おめぇも、気付いてるかもしんねぇけど…
オラが生き返ってから…おめぇに、…普通、しねぇような事、いっぺぇ やってきた。

…おめぇと 一緒に居たくて…おめぇに、…触りたくて…。
おめぇが、嫌がんねぇ事を、いいことに…。

…3ヶ月前の あん時…おめぇに、…あんなとこ 見せちまって…最低だって、自分で思った。

気持ち…悪ぃよな…本当に、すまねぇ…。

おめぇに、イヤな思いばっか させちまって…。
今年は、おめぇが受験で大変な年だって 知ってんのにさ…。

だから、自分のこの気持ちにも、ケジメつけなきゃなんねぇと思ったんだ…。

このままじゃ、おめぇの為になんねぇ…だから、精神を鍛える為に、家を出た。」

「精神を?…そう言えば、お父さんがどこに居るか分からなくて、心配してた時、界王神様から連絡が来たんですよ。…もしかして、お父さん、界王神界に?」

界王神様が、そんな事を?

「…ああ。」

「精神を鍛えるんなら、神殿でも良かったんじゃ?お父さんは何も言わないで行っちゃうし、いつ帰ってくるかも分からないから、悟天が凄く寂しそうだったんですよ。」
悟飯は、その時の様子を思い出してるようで、少し、怒っているようにも見えた。

「それは、すまなかったと思ってる。でも、神殿じゃダメなんだ。ピッコロや、デンデ、Mr.ポポは気が知れてっから、どっかに甘えが出ちまうかもしんねぇ。それに…おめぇと近すぎる。自分を戒める為には、もっと遠くじゃなきゃなんねぇ。だから、界王神界に行ったんだ。」


おめぇの近くには、いらんねぇから、ずっと遠くに行ったんだ。


「そう…だったんですね…」

そう言ったきり、足元を見詰めて黙っていた。

オラの言った事を、悟飯はどう思ったんだろう。
独りよがりで、自分勝手だと、責められるのも覚悟した。
すると、悟飯が顔を上げて、オラを見て 言った。

「…だから…ですか?帰ってきてから、僕に対してだけ、態度が違うのは。」

ドキリとした。

オラは…おめぇの嫌がる事は、しないどこうと思ったんだ。
オラが戻ったあの日、おめぇは、オラを警戒した。
だから…。


だから、おめぇだって、オラと顔、合わせたくねぇんだろ?


「…おめぇも、じゃ、ねぇんか?部屋に籠もってんのは、受験勉強なんかじゃなく、オラが居るから…。」

「………。」


悟飯は目を伏せたまま、何も言わなくなった。

雨が降ってるはずなのに、雨の音が、しねぇ…。
まるで この部屋だけ、別の空間に放り出されたみてぇだ。
異様な静けさに、押し潰されそうな感覚に陥った。


…やっぱり、オラが居たら、おめぇの為になんねぇんだな…。

オラは、おめぇと離れたくねぇ。一緒に居てぇのに。


「………オラは…おめぇの傍に、いねぇ方が…いいのかも…な…。」


言いたくない言葉を、無理やり声に出して言った。
そして、悟飯が、こう 言った。


「…そ…う、かも…しれませんね…。」



分かってた。けど…
けど………。



…心臓を、生きたまま、握り潰されたみてぇだ…


苦しい…息が、でき、ねぇ…オラの血は…どこ、行っちまったんだ…。

…なんも…見えねぇ…全部…真っ黒だ…。




座っていたベッドから立ち、部屋を出ようとした。

「…また…黙って出て行くんですか?」


その言葉に、立ち止まった。


「…どうしてです?どうして、お父さんは、いつも、勝手に行っちゃうんですか?まだ、何も終わってないのに…。」


…そうか?…もう、終わっちまったよ…
さっき おめぇが、そう 言ったじゃねぇか…。

オラは、振り向く事も出来ず、去る事も出来ず、その場から動けなくなった。

悟飯が、椅子から立ち上がった音がする。
震えている息遣いが聞こえてきた。


「どうして…お父さんは…家を出る前、どうして、あんなに、僕に…過剰な程、触れてたんですか?
…居なくなる、前の日、どうして、ベッドの上で、僕の名を、呼んでたんですか?
…なのに、帰ってきてから…どうして、僕…を…触ってくれないんです?
…前みたいに、どうして、して、くれないんですか?

…お父さんは…もう、僕が、嫌い、なの?」


悟飯が 何を言ってんのか、最初、分からなかった。


「…悟、飯…?」


頭の中が混乱したまま、振り向いて悟飯を見た。

震える手を握り締め、哀しげな表情で、オラを真っ直ぐ見ていた。


「僕は、一度だって、気持ち悪い…なんて、思った事ないのに…
…こんなに…こんなにお父さんを、想ってるのに、こんなに好きなのに、どうして―」


悟飯は そこまで言って、口を噤んだ。

言ってはいけない事を言ってしまったかのように、片手で口を塞いで、下を向いた。
オラは、そんな悟飯を黙って見ていた。


悟飯の言った事が頭ん中でこだまして、整理できずにいた。


なんだ…って…?…今……?


何かを思っているのか、悟飯は、床を見詰めたままだ。
だけど、その瞳が、揺れていた。
すると、床を見詰めたまま、何かに問いかけるように 呟いた。


「そ…う…僕、は、お父さんが、好き、だったんだ…もう、ずっと、前…から」


そう言って、顔を上げてオラを見た時、目から一粒の涙が零れ、床へと落ちていった。


「僕は、…あなたが、好き、なん…だ。だか、ら…っ…こんなっ…に、苦し…かっ……」


オラを…好き?

…それは…分かってる。
おめぇの言う『好き』は、『父親』だからで…。
オラの言う『好き』とは違う訳で…。


だから、おめぇは、警戒したんだろ?オラの、スキンシップの意味を知って。
だから、顔、合わせなく、なった…ん…だろ?

泣いている悟飯を見て、そう思った。


「……っ…おっ……っ…お、ね……が…っ……ふっ…っ…」


小せぇ頃みてぇに、しゃくりあげて泣く悟飯を、この苦しみから、解放してやりてぇと思った。
辛そうな悟飯を見るのは…オラも…辛ぇ…。
見るんなら、笑ってるおめぇが…いい…。


「…悟飯、もう、いい。おめぇが辛ぇんなら、もう、何も言うな。おめぇが、オラを、父親として、好きだって言ってくれただけで…オラ…」


そう言った途端、悟飯は 息巻いて、握り締めた掌を自分の胸に打ち付けた。


「!違っ!…僕…もっ…今、分かったっ……ん…です!
僕の、『想い』…は、お父さんの『想い』…と、同じ、なんだっ…て。
…父親…と、して、じゃ、…な…く、…僕、は、あなた…を、愛して、いる…んです!」


「!………。」


「っ…だ、からっ…僕の、為…と、言うのな…ら…
お願い、です……僕と、あなたは、同…じ、気持ち…だって、言って……。」


う…そ…だろ…?


…おめぇ…



「僕に、触れて、…抱き…締め、て…」


言い終わらないうちに、悟飯を抱き締めた。



嘘だろ…悟飯…おめぇ…おめぇ!

「…悟飯、…もう一度、言ってくれ。っ…オラを、愛してる…って。」



悟飯が、オラの背中に腕を回し、服を両手で握り締めた。
悟飯を抱き締めるオラの躯が震えている。
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