《A quided haert /導かれる心-後編-》





いつもの場所で、いつものように、旨い飯を食う。

たったそんだけなのに、いつもと違う。
お互い、二言、三言喋っただけで、後は、ただ飯を食うだけ。

悟飯が箸を置いた。

「ごちそうさまでした。」

礼儀正しく、手を合わせてから、食器を流しへ持って行く。

「もう食わねぇんか?」

「はい。もう、お腹いっぱい。」

部屋に籠もるようになってから、本当に、食わねぇんだ。

さっきも、耳まで紅くなってたし、熱でもあるんじゃないかと 心配になった。

「大丈夫か?どっか、具合 悪ぃんじゃねぇのか。」

そう訊いたオラに、口許だけ笑みを作った。


「いえ。僕はお父さんみたいにエネルギー使わないんで、今は、このぐらいで大丈夫なんです。」

「にしちゃ、食わなさすぎだぞ。躯は使わなくても、頭は使ってっだろ?
おめぇ、それ以上細くなっちまったら、オラと組み手もできねぇぞ。
そんなのオラ、嫌だかんな。」

思わず、本音が出ちまった。
しかも、子供みてぇな物言いになっちまった事に、少し恥ずかしくなった。
これじゃ、どっちが親で、どっちが子なんだか…。

悟飯は、何か考えてる風だったけど

「…食べたら、お皿、流しに置いといて下さいね。」

と言うと、リビングへ行っちまった。

悟飯の背中を見送って、また、食い始めた。
けど、何か、味がしねぇように感じた。

ひとりで食う飯を、マズイなんて 思ったことねぇのに…。



飯が終わって、リビングへ行くと、入れ替わりに、悟飯が台所に行って、皿を洗い始めた。

チチがいねぇ時は、いつだって 悟飯が家事をしてくれる。
オラだって やればできんだけど、必ず何かやらかしちまって、かえって仕事 増えちまうから 触んなくていいって、チチに怒られる。
でも、受験で忙しいのに悟飯にやらせんのは、やっぱ気が引ける。

台所に行って、悟飯の背中に言った。

「…悟飯。オラも手伝うぞ。何かあっか?」


本の一瞬だけ 手が止まったけど、悟飯は振り向くことなく、皿をすすぎながら言った。

「大丈夫です。もう 終わりますから。お父さんは リビングで ゆっくりしてて下さい。」


やんわり断られちまった。
それ以上 何も言えなくなって、リビングへ戻った。

オラは立ったまま、降り続く雨を窓から見ていた。



それから悟飯は、後片付けが済むと、リビングに顔を出して、勉強の続きをするから…と言って、自分の部屋へ行った。



はぁ……。

溜め息が洩れた。


せっかく、話が出来るチャンスだったのに、不意にしちまった…。
何やっても 噛み合わねぇ…。

何だろう…オラ、自分で自分の首、絞めてる気がする。
考えれば考える程、何も出来なくなっちまってる…。


話、すんだろ?
あんな、一回断られたからって、へこんでる場合じゃねぇだろ?

だったら今しかねぇじゃねぇか!

時間、経っちまったら、また、尻込みしちまう。
悟天が渡してくれって、オラに託したじゃねぇか!


オラは前を見据えて、目的の場所へ向かった。



悟飯の部屋の前まで来ると、歌が聞こえてきた。

…?…悟飯?…歌ってんのか?…。

スローテンポの優しい歌だ…。



” あなたが行ってしまってから 私はずっと考え込んでる
あなたと出会う前は 孤独の意味なんて理解していなかった
いつもの風景が 知らない国の風景みたいに感じる
友達に電話して 現実逃避
夢物語を語っても ただ虚しいだけ

あなたはどこに行ってしまったの?
どうして行ってしまったの?
知りたいよ
あなたがどうすれば帰ってきてくれるかも

帰ってきて 帰ってきてよ
あなたが居てくれないと
私は愛なんて感じる事ができない
帰ってきてよ ねぇ、私達ずっと一緒だったよね
お願い 帰ってきて

またキスをして そして私の心を…

あなたは帰ってくる
あなたはきっと私の元に 帰ってきてくれる

私にはあなたが必要なの
今だって あなたとキスがしたい

私はあなたの為に生きている
あなたの為に息をしている
あなたの為にこのおとぎ話を唄っているんだよ

戻ってきて
あなたが居ないと
私の中にある愛を感じるなんて できない

戻ってきて
ねぇ 私達はずっと一緒だったよね

お願い 戻ってきて 戻ってきて… ”



思わず、オラはドアを開けそうになった。
開けそうになって、思いとどまった。


違う…これは歌だ。歌の歌詞だ!
悟飯が言ってんじゃねぇ!

掌を握り締め、飛び込みたい衝動を抑えた。

扉に背を向け、上を仰ぎ見た。



…オラ…どうしたら…。

界王神様…助けてくれよ…。


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どうしても渡せないまま、時だけが過ぎていった。
時計を見ると、6時を過ぎていた。

早くしねぇと、悟天達が帰ってきちまう。
渡さねぇと、悟天がガッカリしちまう。



…もう、リミットだ。

渡すだけでいい。それだけだ。


今日3度目だ。


ドアの前で、意を決して、ノックした。

………。

もう一度ノックする。

………………。


返事がねぇ。
何かあったんかと、慌ててドアを開けた。

悟飯は?
見ると、机に頭を預けて眠っていた。
オラはホッと息をついた。

傍に行って、寝顔を見た。

…でっかくなっても、寝顔だけは変わんねぇな…。

昔を思い出し、笑みが零れた。


そして、悟天の紙包みを、そっと机に置いた。

これで、悟天との約束は果たせた。

『渡した』、と言うには語弊があるが、取り敢えずは、これでいいだろう。
悟飯のことだから、気付いてくれる。

一仕事終えた安心感で、少し気が抜けた。
その拍子に鉛筆立てに手が当たった。
小さな音が鳴った。


悟飯が頭を起こした。


「あ、悪ぃ、起こしちまったか?」

「…おとう…さん?」

オラに気付いて、イヤホンを外しながら、机の上に置かれた小さな紙包みを見つけた。
不思議そうに手に取る悟飯に、オラは言った。

「今朝、出掛ける前に 悟天から、兄ちゃんに渡しといてくれって頼まれたんだ。ノックしたんだけど、返事がねぇから、勝手に入っちまった。」

「いえ…。」

部屋に入った事自体は、意に介さないようだった。
それよりも、その不思議な 小さな紙包みが気になるようで、暫く見詰めてから、その紙包みをそっと開いた。

そこには、帽子の付いた森のどんぐりがひとつ、それと、金木犀の黄色い小さな花が、どんぐりを囲むように入っていた。

そうか、この匂い、金木犀だ。


「良い匂いだと思ったら、その花の匂いだったんか。今の時期んなると、山のあちこちで、その匂いするもんなぁ。悟天が開けるなって言うから、何だろうと思ったら、その小せぇ花、落とされたくなかったんだな。」

オラの話を聞いて、悟飯が不思議そうに訊ねた。

「悟天が、そんな事を?どうして直接渡してくれなかったんだろう…。」

そう訊かれて、オラも考えた。
勉強で忙しいから、邪魔すんなよって言われて、遊びたくても遊べねぇし、話したくても話せねぇから、採ってきて、見せたかったんじゃないかと思った。
悟天ですら、最近の悟飯の様子に違和感、感じてたからな…。

「おめぇの邪魔、したくねぇからだろ?悟天、おめぇの事、大好きだもんな。おめぇと遊びてぇの、我慢してんだ。おめぇが勉強で忙しくて、外の様子見れねぇから、そうやって、もう花が咲いてんのとか、どんぐりが落ちてんのとか教えたかったんじゃねぇか?」

それを聴いて、どんぐりを見詰めながら、何か考えてるようだった。
暫くそのままだったけど、悟飯の顔が、段々と、慈しみの籠もった笑みに包まれていった。
そして、どんぐりを元通り、大事に包むと、鉛筆立ての横へ置いた。

良かった。これで本当に渡す事ができた。
悟天に堂々と言える。

それに…こうやって話してみると、今日1日緊張して 何も出来なかった事が嘘みてぇだった。

悟飯はやっぱり、悟飯だなぁ…なんて、当たり前の事を思っていた時、悟飯が言った。

「…お父さん、僕と少し、話しをしませんか?」
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