《A quided haert /導かれる心-前編―》
「…悟空さはいつもそうだ…もう、決めたんだべ?修行となったら、テコでも、考え、動かねえべ。その代わり、約束してけれ、心配すっから、たまに顔見せに帰ってきてけれ。そんなら、行ってもいいだ。」
「!チチ~!」
何だかんだ言っても、最後には分かってくれんだ。
だから、チチには頭が上がんねぇ。
すっげぇ怖ぇけど、世界一の嫁だ。
思わず、抱き締めた腕に力を込めた。
「痛えだ、悟空さ!骨が折れちまう!」
「わっわりぃ!チチ!」
言われて、慌てて手を離す。
…怒られちまった…。
悟天が寝返りを打った。幸い、起きてはいねぇみてぇだ。
昼間、遊び疲れて、深い眠りに入ってんだろう。
オラとそっくりの悟天の頭を撫でた。
「なぁ…チチ、オラが行く事、誰にも言わねぇで欲しいんだ。」
チチは二の腕をさすりながら、不思議そうな顔をした。
「誰にも、って…悟飯や悟天にもか?」
「ああ、頼む。」
「…分かっただ。悟空さがそう言うんなら。」
「すまねぇな、チチ。ありがとな。」
感謝の気持ちを込めて、チチにキスすると、はにかんで笑った。
こんな時、やっぱ、可愛いと思う。
お返しに、オラも笑って、チチの頭を軽くポンポンっと叩いてからベッドに横になった。
悟天を挟んだ向こう側に、チチも横になる。
「おやすみ、悟空さ。」
「あぁ、おやすみ。」
暗くなった部屋の中で、2人の寝息が聞こえる。
チチはいつも忙しくしてっから、ベッドに入ると大抵直ぐ寝ちまう。
いつも、オラの我が儘聞いてくれて、苦労ばっかさせちまって…
なるべく、早く帰れるようにすっから。
心の中でそう約束した。
このまま眠れたらいいのに…オラは中々寝つけずにいた。
どうしても、悟飯の事を想っちまう。
無意識に悟飯の気を探っちまう。
はにかんだチチを見て思った。
悟飯は、やっぱ、チチにも似てんなぁ…。
…悟飯にキスしたら、あんな風にはにかむんかな…。
ダメだ!オラ、また、こんな事考えちまって!
…こんなんで、修行できるんか?修行になるんか?
なんの為に修行に出るんだ!
弱い心を叩いて、何も考えないようにした。
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オラは、まだ暗い内に家を出た。
いつもの道着だけを着て、何も持たずに。
パオズ山の山頂で、仰向けに寝転がり、消えてゆく星を見ながら、これからどうするか考えていた。
出て行くと言ったはいいが、その後の事を、何も考えてなかった。
ただ、地球に居ては駄目だと漠然と思っていた。
界王様ん所も駄目だ…好き勝手出来るような所じゃ、きっと甘えが出ちまう…。
段々と空が明るくなり始めて、殆どの星は空の向こうに消えていった。大きく明るい星以外は…。
…星…
そうか、星。
オラは立ち上がって、パオズ山に降り注ぎ始めた朝日を待った。
山々の間から太陽が顔を出した。
眩しい光が、辺りを照らしてゆく。
そして、その光を浴びながら、額に指を当て、そこへ向かった。
心地良い風が頬を撫でる。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
― 懐かしい匂い。
悟飯と、2日間、一緒に過ごした、この場所 ―
頑丈だと言われたこの星も、ブウとの死闘で 酷い状態になっちまったが、すっかり 元通りになっているようだった。
辺りを見回すと、少し離れた場所で、目的の人物が、草原のテーブルで本を広げていた。
久しぶり…と、挨拶しようと片手を上げた時、後ろから声をかけられた。
「ここに何しに来たんじゃ。」
「わあ!!ビックリしたぁ~。
じいちゃんの界王神様、久しぶり!
近づいてきたの、全然気付かなかったぞ。」
後ろ手で頭を掻いた。
「ビックリしたのはこっちの方じゃ!いきなり現れおって…しかも、ワシの大事な本、踏んどるんじゃ!!」
「わっ悪ぃ!じいちゃんの界王神様!」
老界王神様の剣幕に驚いて、どんだけ大切な本を踏んじまったのかと足元を見ると、開かれたページの水着姿の姉ちゃんが、胸元を強調させるポーズをとって、こっちを向いて笑っていた。
相変わらずだなぁ~と苦笑した時、一連の騒動に気付いた界王神様が、驚いた様子でこっちに向かいながら、オラの名を呼んだ。
「悟空さん?」
「おう!久しぶり、界王神様!」
さっき言いそびれた挨拶をした。
「どうしたんです?どうしてここへ?」
「…実は…」
理由を言おうとした時、老界王神様が口を挟んだ。
「分かっておる…お前さんは、悩んだ末、ここに来る事を選んだんじゃろう。」
前に来た時も、なんで 老界王神様には分かるんだろう…って、思った事がいっぺぇあった。
「じいちゃんの界王神様、何で分かんだ!?本当すげぇな!」
そう言うと、老界王神様は得意気な顔をした。
「これだけの年になれば、大抵の事は分かるようになる。…お前さんは義理堅い男じゃのう。約束を果たしに来たんじゃろう?で、どこじゃ?」
「?」
老界王神様の言葉に、疑問符が浮かんだ。
「年増じゃが、飛び切りの美人でプリプリのオナゴと言っておったじゃろう。今か今かと待っておったが、やっとじゃのう。」
目尻を下げて、さも嬉しそうに言う。
「!ご、ご先祖様!まだ、そんな事を!」
「ふ~ん。約束は約束じゃも~ん。」
何の事かと思ったが、やっと思い出した!
あれだ、悟飯のパワーアップと引き換えに、女のシリやオッパイ触らせてやるって…確かにオラ言った…。
参ったなぁ…。今回来たのはそれじゃねぇんだよなぁ…。
忘れてくれそうもねぇし…約束守れねぇなら帰れって言われそうだしなぁ…
仕方ねぇ、今度プーアルに頼んでみっか。
「悪ぃ、じいちゃんの界王神様。今回来たのはそれじゃねぇんだ。その約束、つ、次の機会でいっか?」
そう言った途端、老界王神様の顔が、何もかもお見通しといった涼しげな様子に変わった。
「ちょっと言うてみただけじゃ。でも、ま、そのプーアルとかいうオナゴに会うてやってもええぞ。」
「!」
思ってる事が筒抜けな事に驚いた。
だだのエロ界王神様じゃない事は重々承知していたが、やっぱり、界王神だけあって、計り知れない物を感じた。
亀仙人のじっちゃんもそうだが、年を重ねるって、こういう事なんか…と思った。
「ご先祖様、もう、その辺りでいいではないですか。悟空さんがここへ来た訳を、言えないではないですか。」
「そうじゃのう、からかうのはこの辺りにして。悟空、一体何があったんじゃ?心が散漫じゃぞ。」
「そうですね…悟空さんらしくない。…酷い顔、されて…。」
思わず顔に手をやった。
そんなに、すげぇ顔、してるんか…?
すると、界王神様が手を上げて言った。
「そうではないんです。見た目は至って普通ですよ。躯ではなくて、心が…。」
普通にしてるつもりでも、分かる人には分かっちまうんだ…
「…界王神様…暫く、ここに居て いいかな…?」