《A lost heart /迷子の心-後編-》
「それは、すまなかったと思ってる。でも、神殿じゃダメなんだ。ピッコロや、デンデ、Mr.ポポは気が知れてっから、どっかに甘えが出ちまうかもしんねぇ。それに、おめぇと近すぎる。自分を戒める為には、もっと遠くじゃなきゃなんねぇ。だから、界王神界に行ったんだ。」
「そう…だったんですね…。」
『けじめ』や『戒め』の為に、誰も行くことのできない、遠くへ行く…なんて…。
そんなに…思い詰めてたんですか…?
…そこまでしなきゃ いけない程に…。
お父さんにとって、僕の存在…って……?
「…だから…ですか?帰ってきてから、僕に対してだけ、態度が違うのは。」
お父さんの表情が動いた。
「…おめぇも、じゃ、ねぇんか?部屋に籠もってんのは、受験勉強なんかじゃなく、オラが居るから…。」
「………。」
自分が何故、こんな行動を取っているのか、自分でも良く分からない…。
ただ、何か、分からないけど、一緒に居るのが辛くて…。
お父さんが帰って来た時は、また、いつもの生活に戻れる…そう思って嬉しかった…。
確かに 嬉しかったのに…日が経つに連れ 嬉しさは薄れ、代わりに、胸に 言いようのない気持ちが渦巻いて、どんどん大きくなっていった。
お父さんに対する疑問とは、また別の何かが…。
お父さんを見ていると、その 嫌な気持ちが、どんどんどんどん膨らんで…辛くて…だから、せめて試験が終わるまで、顔を合わさないように…
「………オラは…おめぇの傍に、いねぇ方が…いいのかも…な…。」
黙ったままの僕を見て、搾り出したような声でお父さんはそう言った。
「…そ…う、かも…しれませんね…。」
刹那、お父さんの瞳が、哀しみに揺れたように見えた。
!
違う!
僕はこんな事が言いたかったんじゃない!
お父さんが 何よりも、僕達の事を大切に想ってくれてるのは、僕が一番良く知ってる。
確かに お父さんは、自分勝手な所はある。
大事な事も言ってくれなかったりもする。
でも、誰かを不幸にさせたくてしてる訳じゃない。
お父さんには お父さんの考えがあっての事なんだ。
代わりに お父さんは、沢山の愛と喜びを、僕達にくれる。
今だって、” 僕の為 ” だって言ってたじゃないか!
なのに、お父さんにこんな事言わせるなんて!
お父さんに、こんな事言ってしまうなんて!
お父さんが、座っていたベッドから立ち、部屋から立ち去ろうとした。
「…また…黙って出て行くんですか?」
その言葉に、立ち止まった。
お父さんの考えがあるのは分かります。
でも、黙ってちゃ 分からない事もいっぱいあるんです。
分かり合う為に、話す事も必要なんです。
お父さんも分かってるんでしょう?
だから、お母さんには 話して行ったんでしょう?
僕も話します。
だから、お父さんも ちゃんと話して…。
ちゃんと 言って…。
「…どうしてです?どうして、お父さんは、いつも、勝手に行っちゃうんですか?まだ、何も終わってないのに…。」
一言でいい…たった一言…
僕の目を見て、言ってくれたら…それだけで、全て解決する…。
僕は…きっと、それを聞きたいんだ…
ごまかしじゃなく、向き合って、あの、真剣な目で…その言葉を…。
じゃぁ…僕は?
…僕の気持ち…って……?
僕は椅子から立ち上がると、今まで思い悩んでいた事を、お父さんの背中に問いかけた。
…声が震える…。
「どうして、…お父さんは…、家を出る前、どうして、あんなに、僕に…過剰な程、触れてたんですか?
…居なくなる、前の日、どうして、ベッドの上で 僕の名を、呼んでたんですか?
なのに、帰ってきてから…どうして、僕…を…触ってくれないんです?
前みたいに、どうして、してくれないんですか?
…お父さんは…もう、僕が、嫌い、なの?」
お願い…お父さん…ちゃんと 言って……。
「…悟、飯…?」
お父さんが戸惑ったように振り向いた。
僕は、震える手を握り締めながら続けた。
「僕は、一度だって、気持ち悪い…なんて、思った事ないのに…
…こんなに…こんなにお父さんを、想ってるのに、こんなに好きなのに どうしてー」
そこまで言って、口を噤んだ。
?
『好き』?
?…僕が
お父さん、を…?
言ってはいけない事を言ってしまったように、片手で口を塞いだ。
困惑した目で、床を見詰めた。
今までの事が頭の中をよぎっていく。
そう…だったのか?だから、こんなに胸が苦しいのか?
……そうか………
そう…だったんだ………
僕は、お父さんの事が、『好き』だったんだ……
その想いを受け入れた途端、胸の中のあらゆる感情と共に、涙がこみ上げてきた。
僕は、まるで、自分に言い聞かせるように言葉を続けた。
「そ…う…僕、は、お父さんが、好き、だったんだ…もう、ずっと、前…から…。」
その言葉の真意を、自分の中で確かめると、僕はお父さんを見て言った。
涙が…頬を伝って落ちていく…。
「僕は、…あなたが、好き、なん…だ。だか、ら…っ…こんなっ…に、苦し…かっ……。」
こみ上げてくる涙を、何とか我慢しようと頑張った。
でも、溜め込んでた想いが、涙となって伝ってくる。
「……っ…おっ……っ…お、ね……が…っ……ふっ…っ…。」
戸惑った様子で見ていたお父さんが、苦しげな僕を見兼ねて言った。
「…悟飯、もう、いい。おめぇが辛ぇんなら、もう、何も言うな。おめぇが、オラを、父親として、好きだって言ってくれただけで…オラ……。」
!!
「!違っ!…僕…もっ…今、分かったっ……ん…です!
僕の、『想い』…は、お父さんの『想い』…と、同じ、なんだっ…て。
…父親…と、して、じゃ、…な…く、…僕、は、あなた…を、愛して、いる…んです!」
「!………。」
「っ…だ、からっ…僕の、為…と、言うのな…ら…
お願い、です……僕と、あなたは、同…じ、気持ち…だって、言って……。僕に、触れて、…抱き…締め、て……。」
言い終わらないうちに、お父さんが僕を抱き締めた。
抱き締めたまま、苦しげに口を開く。
「…悟飯、…もう一度、言ってくれ。っ…オラを、愛してる…って。」
お父さんの背中に腕を回し、服を両手で掴んだ。
お父さんの背中が、震えてる気がした。
「…愛してる…。お、父…さんっ…愛して…ます。」
…お父さんが…泣いてる…。
「!…悟飯…悟飯!っ悟飯!!」
抱き締めた僕の躯に、お父さんは自分の躯を、尚も擦り寄せながら、僕の名を呼んだ。
…何度も…何度も…。
「…オラもだ!オラもっ…愛してっぞ!!」
それは まるで、生きた言葉のように、僕の躯に絡みつき、飢えた心を満たしていった。
お父さんの 心からの想いが、躯中に広がって行く…。
切ない…。胸が、切なさで張り裂けそうだ…。
でも、さっきまでとは違う切なさだ。
「お父、さん…っ…お父さん!」
縋るように、お父さんを抱き締めた。
「悟飯…本当に、良いんだな…。オラ、ぜってぇ離さねぇぞ!ぜってぇ、誰にも、渡さねぇかんな!」
僕の耳元で、熱い吐息混じりに、独占欲を匂わせる言葉を言った。
そのまま …僕の耳朶に触れ、頬に唇を寄せた。
額と額を…。
鼻と鼻を擦る寄せる。
…そして、唇に―。
「兄ちゃーん!お父さーん?ただいまー!」
その声に、僕達は現実の世界に引き戻された。
直ぐ傍まで悟天が来ている。
帰って来たのに全然気付かなかった。
直ぐにドアを開け入ってきそうな悟天の気配に、お父さんは涙を拭い、名残惜し気に僕から離れた。
目は、僕の目を見たまま。手は最後まで離さずに…。
そして、とても満たされた笑顔を残して、部屋を出て行った。