《A lost heart /迷子の心-後編-》







” あなたが行ってしまってから 私はずっと考え込んでる
あなたと出会う前は 孤独の意味なんて理解していなっかた
いつもの風景が 知らない国の風景みたいに感じる
友達に電話して 現実逃避
夢物語を語ってもただ虚しいだけ

あなたはどこに行ってしまったの?
どうして行ってしまったの?
知りたいよ
あなたがどうすれば帰ってきてくれるかも

帰ってきて 帰ってきてよ
あなたが居てくれないと
私は愛なんて感じる事ができない
帰ってきてよ ねぇ、私達ずっと一緒だったよね
お願い 帰ってきて

またキスをして そして私の心を……

あなたは帰ってくる
あなたはきっと私の元に 帰ってきてくれる

私にはあなたが必要なの
今だって あなたとキスがしたい

私はあなたの為に生きている
あなたの為に息をしている
あなたの為にこのおとぎ話を唄っているんだよ

戻ってきて
あなたが居ないと
私の中にある愛を感じるなんて できない

戻ってきて
ねぇ 私達はずっと一緒だったよね

お願い 戻ってきて 戻ってきて…… ”

何ともなしに、歌が口をついて出てきた。

ずっと前、この歌を唄う彼の優しげな声に癒されて、よく聞いていた歌だ。
その時は、歌詞なんて、そんなに深く考えたりしなかったけど、これって、失恋の歌なんだ…。

今、聞くと、何か……?


この歌の世界に引き込まれて出て来れなくなりそうで、
これ以上深く考えるのは止めて、勉強に没頭することにした。



―――――



……………。

………良い…匂いが……する……。

………!…。


突然、人の気配を感じて目が覚めた。

「あ、悪ぃ、起こしちまったか?」

「…おとう…さん?」

どうやら リスニングをしながら眠ってしまったようだ。
イヤホンを外していると、机の上に 小さな紙包みが置いてあるのに気付いた。
何だろうと思いながら手に取ると、お父さんが言った。

「今朝 出掛ける前に、悟天から、兄ちゃんに渡しといてくれって頼まれだんだ。ノックしたんだけど、返事がねぇから、勝手に入っちまった。」

「いえ…。」

不器用だけど 丁寧に包まれた 紙包み。
僕は それを、しばらく見ていた。
そして、そっと開いた。

そこには、帽子の付いた森のどんぐりがひとつ、それと、金木犀の黄色い小さな花が、どんぐりを囲むように入っていた。


そうだ、この匂い、金木犀だ。


「良い匂いだと思ったら、その花の匂いだったんか。今の時期んなると、山のあちこちで、その匂いするもんなぁ。悟天が開けるなって言うから、何だろうと思ったら、その小せぇ花、落とされたくなかったんだな。」

さっき、眠りの中で良い匂いがしたと思ったのは、お父さんがこの紙包みを 机に置いたからだ。

「悟天が、そんな事を?どうして直接渡してくれなかったんだろう…。」

「おめぇの邪魔、したくねぇからだろ?悟天、おめぇの事、大好きだもんな。おめぇと遊びてぇの、我慢してんだ。おめぇが受験勉強で忙しくて、外の様子見れねぇから、そうやって、もう花が咲いてんのとか、どんぐりが落ちてんのとか教えたかったんじゃねぇか?」

悟天が森で、帽子が付いたどんぐりを見つけて喜んでる姿や、髪や服に金木犀の花を付けながら、小さな花を摘んで、大事そうに持って帰って、大事そうに包んでいる姿が目に浮かび、思わず笑みが零れた。

小さな悟天にまで、こんなに気を遣わせているなんて……なんて兄なんだ。
試験が終わったら、悟天と一緒に森を散策しに行こう。

この どんぐりを どこで見つけたのか、金木犀の木が どこにあるのか、教えてもらおう。

秋の色を探しに…。


悟天からの 秋の詰まった贈り物を、元通り 大事に包むと、机の上の目に付く所へ置いた。


悟天のお陰で、頑なな心が、ほどけていくような気がした。




…このままじゃダメだ。

このままじゃ、何もならない。

ピッコロさんも、そう言ったじゃないか。


変えたいんなら、『今』を動かさないと。



『今』が、その時だと。

…僕は、決心した。



「…お父さん、僕と少し、話しをしませんか?」




















「…お父さん、僕と少し、話しをしませんか?」


おかしくなった、この親子関係を元に戻さなきゃ…。

………?

元に、戻す?

今が普通だったんじゃないのか?

前みたいに、父親が高校生の息子に対して、過剰なスキンシップをしてくる方が普通じゃないよ。

でも、今の状態も普通じゃない。

普通って何?

何が普通なんだ?


あぁ…また訳が分からなくなる!

いいんだ、もう考えるのは止めた。
疑問をぶつけるだけだ。
ただ、それだけ。


思いがけなかったのだろう。
お父さんは 僕の言葉に、少し驚いたようだった。

「あ、あぁ…なんだ?」

「そこへ座って下さい。」

机の傍のベッドへ促した。

「…訊きてぇ事が、…あんだな?」

「はい。」

もう、後へは引けない、後は、勇気を振り絞るだけ。


「…どうして、家を出たんですか?」


僕の問いに、お父さんは少し、言い淀んでいるようだったが、考えを整理しているのか、少しして 口を開いた。

「…おめぇも、気付いてるかもしんねぇけど…
オラが生き返ってから…、おめぇに、…普通、しねぇような事、いっぺぇ やってきた。

…おめぇと 一緒に居たくて…おめぇに、…触りたくて…。
おめぇが、嫌がんねぇ事を、いいことに…。

…3ヶ月前の あん時…おめぇに、…あんなとこ 見せちまって…最低だって、自分で思った。

気持ち…悪ぃよな…本当に、すまねぇ。

…おめぇに、イヤな思いばっか させちまって…。
今年は、おめぇが受験で大変な年だって 知ってんのにさ…。

だから、自分のこの気持ちにも、ケジメつけなきゃなんねぇと思ったんだ…。

このままじゃ、おめぇの為になんねぇ…だから、精神を鍛える為に、家を出た。」


少しずつ 少しずつ、お父さんは 自分の気持ちを 言葉として紡ぎ出していく。

“ 自分の気持ちに、ケジメ ”?

「…精神を?…そう言えば、お父さんがどこに居るか分からなくて 心配してた時、界王神様から連絡が来たんですよ。…もしかして、お父さん、界王神界に?」

「…ああ。」

「精神を鍛えるんなら、神殿でも良かったんじゃ?
お父さんは何も言わないで行っちゃうし、いつ帰ってくるかも分からないから、悟天が凄く寂しそうだったんですよ。」

3ヶ月前、お父さんが居なくなった事を知った 悟天の不安や哀しみを思い出すと、辛くなってくる。
もう、戻って来ないのではないかと、小さな躯を震わせていた。
幸いだったのは、お母さんが 出て行った事を知っていて、必ず帰って来るからと、力強く言ってくれた事だ。
お母さんの言葉は、何よりも信頼できる。
悟天は その言葉を信じて、ずっと待っていたんだ。

僕だって、何の前触れもなく 突然 姿を消したお父さんを、どれほど心配したと思ってますか?
気を探っても、いつも感じられなくて、どれだけ不安な思いでいたと思いますか?

界王神様から教えてもらわなければ、不安に押し潰されていたかもしれないんですよ…。

お父さんは、そんな悟天や僕の気持ちを、分かっているのだろうか。
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