《A lost heart /迷子の心-後編-》
何も変わらない日々。
家が、また賑やかな声に包まれる。
これが、普通なんだって、僕は自分自身に言い聞かせる。
でも、何でだろう…胸のモヤモヤが、前よりも大きくなっている。
疑問をぶつけられないことで、フラストレーションが溜まっているもの確かだ。
普通、これが普通なんだ。
でも、お父さんの行動にイライラが募って行く。
お父さんが帰ってきたその日、肩を優しく叩かれた、あの時を最後に、お父さんは僕に、一切触れなくなった。
それどころか、避けられている気もする。
何で?どうして?
試験がもう直ぐだから 気を遣ってるって事?
そんなの、お父さんらしくない。
それとも、もう 僕の事なんて どうでもいいと思ってるって事?
そう思って、自分で哀しくなった…。
…これじゃあ、訊こうと思ってた事も 訊く事ができない…。
…考えようによっては、これで良かったんだと、そう思いたい。
それなのに、新たな疑問が増えただけだ。
家を離れたこの3ヶ月の間に、お父さんの中で、どんな変化があったんだ…。
―――――
お父さんが帰ってきて、1週間が経った。
お父さんが、料理をしているお母さんにちょっかいをだして、お母さんから怒られている姿を見て、クスッと笑みが零れる。
仲良くしている姿を見て、平和だなぁと思う。
お母さんの腰を抱くお父さんの腕…
仲むつまじい姿を見て、心が暖かくなる。
…その反面、胸の奥がざわつく。
何だろうこれ…。3ヶ月前も、あった気はする。
でも、今の方が、強く感じる。
何……?
『 僕の この胸のモヤモヤを…誰か、どうにかして……。』
…僕の嫌な部分が出てきそうで…
受験勉強にかこつけて、僕は自室に居る事が多くなった。
―――――
「…兄ちゃん、どうしたんだろ…最近、ずっと部屋にいるね。」
「そうだな。…もう直ぐ 大事なテストがあっから、その勉強しなきゃいけねぇんだよ。そのテストが終わったら、兄ちゃんに、いっぺぇ遊んでもらおうな!」
「そうだぞ、受験生は忙しいだ。兄ちゃん、頑張ってんだから、邪魔しちゃなんねえぞ、悟天ちゃん。」
「…うん…でも、もう何日もだよ。今まで、こんなことなかったのに…。」
「悟天、心配すんな。終わったら、兄ちゃんの方から出てくっから。」
「…うん。」
「今日はトランクス達と遊びに行くんだろ?思いっきり楽しんでこい。」
「分かった。…そうだ!お父さん、お留守番のご褒美に、兄ちゃんとこれ食べていいよ!2人で分けて食べるアイスだよ。お父さん、ひとりで食べちゃダメだからね!」
「ははっ分かったよ。兄ちゃんと半分こにして食べたら良いんだな?」
「うん!そうだよ。仲良くね!」
「仲良く?」
「だって…せっかくお父さん帰ってきたのに、お父さんと兄ちゃん、全然 しゃべらないんだもん。」
「……ありがとな、悟天!おめぇは優しいなぁ。」
「へへ…あっ!それと、兄ちゃんに、これ、渡しといてくれる?」
「ん?なんだ?大事そうに紙に包んで…なんか、良い匂いすんな~。」
「あっ!開けちゃダメだよ!兄ちゃんにちゃんと渡してね。」
「? ああ、任しとけ!」
「悟天ちゃん、ブルマさん来たみてえだぞ。さ、行くべ。」
「お~い、ごてーん!」
「あ!トランクス君だ!じゃ、行ってくるね!」
「おう!行ってこい!」
「悟空さ、悟飯ちゃんよろしくな。なんもしなくて良いから、そっと しとくんだぞ。」
「分かってるって。」
「じゃ、行ってくるベ。」
「気ぃつけてな。」
「…はぁ~…静かんなったなぁ…。ん?雨?あ~こりゃ、修行無理かな…。」
―――――
賑やかだった家の中が、急に静かになった。
ああ、悟天、トランクス君と出掛けたんだな。昨日、そんな話してたっけ。
生憎の雨だけど、雨だって楽しむ2人だから、良い時を過ごせるだろう。
お母さん達は大変だろうけど。
心地良い、雨音を聞きながら、僕は本のページを捲った。
気がつくと、もうお昼を回っていた。
家の中はとても静かだ。
この雨の中、お父さんは修行に行ったのだろうか?
下に降りると 台所には、お母さんが用意してくれたお昼が、手つかずのまま 置かれていた。
お父さん、本当に修行に行ったのか…と思ったが、リビングを見ると、どうやら、ソファーに寝っ転がって、そのまま眠ってしまったらしい。
ソファーの肘掛けから、お父さんの手が見えている。
それを見た瞬間、僕は緊張した。
お父さんと二人きりになるのは、あの時以来なのだ。
加えて ここ最近、僕は部屋に籠もりきりで、まともに会話さえしていない。
重苦しい空気が、僕の周りに漂い始めた。
「…お父さん?…お父さん。もう、お昼過ぎてますよ。お母さんが用意してくれたご飯、食べないんですか?」
お父さんが【ご飯】の単語に反応した。
「ん…もう昼なんか?」
「はい、僕、温めてますから、台所に来て下さいね。」
それだけ言うと、僕は そそくさとその場を離れた。
3ヶ月前と同じように、料理を温めながら、箸を置き、ご飯をよそい、お湯を沸かして お茶を淹れた。
粗方 準備が整ったので、お父さんを呼びに行こうと振り向くと、台所の入り口の壁に凭れかかって、お父さんが僕を見ていた。
「!お父さん、居たんですか?もう直ぐ出来ますから 座って待ってて下さい。」
「あぁ、サンキュー。」
そうして いつもの席に座るお父さんに 背を向けた。
驚いた。
気配を消していた訳でもないのに、全然気がつかなかった。
不意打ちのような お父さんの瞳に、心臓が射抜かれた。
不意に見せる、お父さんのあの瞳。
昔から、あの瞳を見せるお父さんに、僕は惹かれた。
普段、見せない、真剣な…目。
…一体 いつから見ていたんだろう…
顔が……耳まで 熱い。
耳鳴りが、する……。
胸の鼓動をかき消すように、最後の料理が温まった事を告げる電子音が鳴った。
お母さんの手料理は、いつも通りでとても美味しい。
普段なら、食卓で会話が弾むのに、今日は不自然な程、静かだった。
「ごちそうさまでした。」
食器を流しへ持って行く。
「もう食わねぇんか?」
「はい。もう、お腹いっぱい。」
「大丈夫か?どっか、具合 悪ぃんじゃねぇのか?」
お父さんが心配そうに聞く。
「いえ。僕はお父さんみたいにエネルギー使わないんで、このぐらいで大丈夫なんです。」
「にしちゃ、食わなさすぎだぞ。躯は使わなくても、頭は使ってっだろ?
おめぇ、それ以上細くなっちまったら、オラと組み手もできねぇぞ。
そんなのオラ、嫌だかんな。」
少し、拗ねたようなその物言いに、僕の胸がキュッとなった。
「…食べたら、お皿、流しに置いといて下さいね。」
そう言って、リビングへ向かった。
ソファーに深く座り、目を閉じた。
台所から聞こえる、お箸がお皿に当たる音が、心なしか、寂しげに聞こえた。
それから、後片付けの為に台所へ行き、お皿を洗っていると、気を遣っているのか お父さんが「手伝うぞ」と言ってくれたのだが、僕はそれを それとなく断った。
後片付けが済んで リビングに行くと、立ったまま 窓の外を見ているお父さんに、勉強の続きをするからと断って、部屋へ向かった。
部屋に入り 机の前に立って、開かれたままの本のページを眺めながら 思った。
僕は何がしたいんだろう?
お父さんの せっかくの好意を断ったりして…
ご飯を食べながらも、何だか いつもと違ってた。
お父さんに、いつもの覇気が無いのは、もしかしたら、僕のせいなのか?
いや、雨のせいで、修行に行けないからかもしれない。
そう思って、おかしくなってフッと笑った。
人はいつだって、何かのせいにしたくなる。
自分のせいだと思いたくないから。
さっき、拗ねた子供のように言ったお父さんの言葉に、胸の奥が締め付けられた。
僕だって嫌ですよ。
普通にしたいのに、出来ない…
何で…?