《A lost heart/迷子の心-前編-》
「ありがとう シャプナー君。」
「大丈夫だって。一緒に頑張って、みんなより先に合格もらおうぜ!」
「はい!」
「あ、話、逸れちまったな。お前の訊きたい事ってそれだけ?」
そうだった。他にも幾つか訊きたい事がある。
今日を逃したら、もう 訊くチャンスがないかもしれない。
「いえ、もう少し…」
僕は申し訳なく思った。シャプナー君だって、大学入試の事で忙しいだろうに、面倒くさがりもせず、僕に付き合ってくれる。
シャプナー君は、任せろ と言う表情で僕に言った。
「ソッチ系の話だろ?オレに分かる事なら何でも答えるぜ。」
「はい。えっと…その…躯を触ったり、腰に腕を回したりって、どんな人に対してするんですか?」
意外なんだろな…また、えって顔された。
「どんな人にって…躯の触る場所とか、時にもよるけど、腰に腕を回すってのは、お互い 相当気を許した人か…いや、腰だったら、恋人同士だろ。」
「…と言う事は、好意を持ってる人に対して…ってことですよね?」
「当たり前だろ。嫌いなヤツにそんな事しないだろ…ってか、したいと思わないだろ、普通。」
「…………。」
考え込んでる僕を見てシャプナー君が言った。
「…お前、まさか、また 誰かに…」
去年の学園祭の騒動を思い出しているのか、怪訝そうに見る彼に気付き、僕は慌てて否定の言葉を口にした。
普通を装い、嘘臭く聞こえないように注意しながら。
「違いますよ。僕も少しは恋愛について勉強しないとなって思って。…その、躯のこういう事についても。僕にとっては知らない事が多いんで。」
「受験の年に限って、そう思ったのか?」
「………。」
参った。シャプナー君の言う通りだ。
受験の年に限って こんな事思う方がおかしい。
かえって何かあったと言っているような物だ。
僕が言葉を濁していると、シャプナー君は さして気にとめる様子もなく言った。
「ま、お前が何もないって言うなら 何もないんだろう。」
誰にだって、秘密はある。お前だけじゃないから気にするな…と言っているように聞こえた。
「でもさ…また、なんかあったら、ちゃんと相談してくれよな。友達なんだからさ。」
「シャプナー君…。」
こんなに傍に、こんなに僕を思ってくれてる友達がいたなんて…。
凄く嬉しかった。
「けど、お前の親父さんなら、どんなヤツでも逃げ出しそうだよな。去年の学園祭の時 凄かったもんな。なんて言うんだろ…雰囲気っていうか オーラがさ…あれ、みんなビビるぜ。お袋さんも凄かったけど。」
そう言って笑った。
「止めて下さい。もう、言わないで下さいよ。」
僕は恥ずかしくなった。
「あの両親だから、お前もキレたら 相当怖そうだよな。」
「え…そう、見えますか?」
「見える見える!普段大人しいヤツがキレると 恐ろしいんだぞ!しかも、お前 グレートサイヤマンだし。」
「…………。」
シャプナー君の洞察力に驚いた。
散々 お父さんに言われていた事だ。
僕が黙っているので 気を悪くしたと思ったのか、シャプナー君が謝った。
「悪い。怒ったんなら謝るよ。」
「いえ、別に…」
「あん時思ったけど…お前さ、両親に すげえ愛されてるよな。」
「え…そんなの、どこの家庭もそうでしょう?」
「だけど、お前のとこは【すげえ】が付くんだよ。」
【すげえ】愛されてる…。
そう言われて、お父さんとお母さんの笑った顔が浮かんできた。
胸の奥が じんわりと暖かくなった。
お父さんに会いたい…と思った。
「……高校3年にもなって、ファザコン マザコンかぁ?」
ニヤニヤした顔でシャプナー君が僕を見ていた。
「!なっ何言うんですか!違いますよ!【すげえ愛されてる】って言ったのは、シャプナー君でしょう!今の怒りました!怒りましたよ!」
「ははっ悪かった!悪かったって!だってお前が、余りに幸せそうな顔してたからさ。ちょっとからかいたくなって。本当悪かったって!」
食ってかかる僕に、シャプナー君は笑いながら もう一度謝った。
「お前本っ当、素直で正直だよな。真面目だけど面白いから 弄りたくなるんだよ。」
「もう!小論文の話、なくしますよ?」
「それだけは!ごめん 悟飯。オレが悪かった!
悟飯様!頼みます!許して下さい!」
冗談のやり取りだとお互い分かっていながら、縋りつきそうな勢いのシャプナー君に僕も笑いながら謝った。
「すみません。冗談ですよ。では…最後にもう一つだけ。」
「ああ、オレの小論文がかかってるからな!何でも言ってくれ。」
鬼気迫るようなシャプナー君の様子に 笑いが込み上げてくる。
でも、立場や事情は違うけど、お互い大事な事なのだ。
笑っている場合ではない。
こんな事を、この時期に友達に相談しなくちゃいけなくなるなんて…
僕がどれだけ恋愛事情や それに関した行為に対しての知識が乏しいかを、思い知らされた。
でも 僕だって、全く知らない訳じゃない。
ただ、他の人の意見も聞いてみたかったのだ。
「あの…生殖行為や、自慰について なんですけど…。」
「…生殖……sexな。」
「はい。もし、肉親のそういう場面を見てしまったり、想像してしまった時の精神状態って、嫌悪感で一杯になりますよね?」
「当たり前だろ!考えただけでウゲッ!」
本当に気分が悪そうな様子を見て、それが普通の反応なのだと 納得した。
「ですよね。分かりました。シャプナー君、ありがとう!随分勉強になりました!」
「…お前、本当変わってるよな…ま、悟飯らしいっちゃ、悟飯らしいけどな!」
そう言って笑う。
「またぁ…。」
「いや、オレがお前の力になれたんなら 良かったよ。」
シャプナー君がそう言って時計を見た。
「悟飯、随分遅くなったけど、帰り 大丈夫か?今から帰ったら何時に着くんだよ。何ならオレん家来るか?」
僕の家が随分遠い事を心配して、そう言ってくれた。
「ありがとう シャプナー君。でも大丈夫です。近くに知り合いも居るし。」
僕がそう言うと、シャプナー君は軽く頷いた。
「そうか。じゃ、小論文の件 よろしくな!」
「はい!」
また明日な と笑顔で お互い学校を後にした。
こんな事を同級生に相談するなんて、少し軽率だったかもしれない。
でも僕には、同い年で腹を割って話せる幼なじみなんてひとりもいない。
年上で尊敬する人は沢山居るのに…。
でも今回は、同世代に聞きたかったのだ。
シャプナー君は外見は派手に見えても、根は良い人だと知ってるから相談したんだ。
その証拠に、彼は茶化したりせず、真面目に答えてくれた。
シャプナー君が何か感づいてしまったとしても、彼に相談して良かったと思った。
彼の鋭さと、そして優しい一面も見る事が出来た。
『友達』なんだから、何かあったら相談してくれ とも…。
シャプナー君の その一言が、何より嬉しかった。
その彼の言った事を、繰り返し考えながら、僕は家への道を急いだ。
その日の夜、僕はベッドに入っても、中々寝付けなかった。
シャプナー君の言った事と、お父さんの僕に対する行動を照らし合わせても、やっぱり疑問しか浮かんでこない。
それでも、分かった事もある。
一般的に考えてみたら、お父さんの行動は、好意を持ってる人に対してする行為だと言うこと。
街で見かける、恋人達の愛の行動。
家族愛とは違う【愛】だ。
それを僕にしていたと?
今までのお父さんの行動は、ふざけてやってるんだと、そう思ってた。
お父さんと 、死に別れた あの時、僕はまだ子供だった。
だから お父さんから見たら、僕はまだ【子供】のままで、じゃれたくて、してるんだと。
そうじゃ、なかったのか?
僕が小さい時から、とても愛情を注いでくれてたのは知っていた。
そんなお父さんが、僕も大好きだった…。
その頃とは、違うのか?
あの、7年間の空白の時が、何かを変えてしまったとでも…?
僕自身も、変わってしまったのかもしれない…。
シャプナー君の言う通り、変わってるのかもしれない…。
だって、お父さんに、何をされても、気持ち悪い…なんて、思ったこと一度も無いなんて…。
まして、お父さんの自慰行為を見てしまっても、嫌悪を抱かないなんて…。
どういう事なんだろう…僕は、どこか人と違うのか?おかしいのか?
…分からない…。
いくら考えても堂々巡りだ。
自分の事が分からないんだ、お父さんの事など、分かるはずもない…。
確かめようにも、当の本人がいなくなってしまったのだから、どうしようもない。
「…お父さんの…バカ…。」
そう呟きながら、僕は 眠る事に専念した。