1章
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パーティー当日の夜。有閑倶楽部専用のバンの中には7人が集まっていた。
バンの中にはパソコンと、カメラの映像を映すためのモニターがずらりと並んでいた。
そのパソコンの前には清四郎が座っており、会場内のカメラの位置と映像を確認している。
「いつの間にカメラを?」
「カメラは高清水建設のものです。映像に魅録がハッキングしてくれました。」
「なるほど…。」
日本人形のように麗しい振袖を身にまとった野梨子が清四郎に尋ねると、清四郎が淡々と答える。
高清水家の監視カメラの映像ならむしろ隅々までうつっていて好都合だろう。
中々考えたものだと咲季は感心した。
当の魅録は他のメンバーと違ってバーテンダーの格好をしていた。
こうして見比べてみると、有閑倶楽部の人間は個性は強いがそれぞれが違った魅力があるのだと感じる。
そして個性という点では自分もそうなのだろうと咲季はイブニングドレスの裾を直しながら考えていた。
魅力はどうだかわからないが、この6人の中でも自分はまた違った系統であると思う。
「咲季似合ってるわね…」
「え?いやいや!そんなことないよ!可憐には負けるって…」
「そう?ふふふふ」
だって医者や弁護士の息子だって来るんだもの、と付け足す可憐に、咲季は苦笑いを返した。
中々身につけることのない胸元の開いたドレスに恥ずかしさを感じていたが、可憐はそれを見事に着こなしている。
どうやらこのパーティーで御曹司を捜索するつもりのようだ。
「これを。」
「…イヤホンマイク?」
「はい。これを各自、つけてください。こちらから指示を出しますから、できる範囲で動いてください。」
「わかった。」
清四郎から耳元につけるカメラ付きイヤホンマイクを手渡された6人はそれを身につける。
カメラとマイクのチェックを済ませたところで、今日の全体の流れを伝えられる。
魅録と悠理がVIPルームに潜入し、相手の情報を掴むために行動する間、ほかの4人がそれぞれ聞き込みや足止めを行うようだ。
ただ話していてくれればいいという清四郎の言葉に咲季は少しだけほっとして他のメンバーとも頷き合う。
そしてバンから降り、会場に向かった。
***
弦楽器の音楽がゆったりと流れる会場では、すでにたくさんの人が食事や会話を楽しんでいるようだった。
華やかなパーティーは久しぶりで、咲季は周りを見回しながら高清水の姿を探す。
その場できょろきょろしていると、周りにいた皆がさっさと歩きだしていった。
「え、早い…。」
そう呟きながら彼らの行く先を見ると、美童は真っ先に美しい女性たちが談笑する輪に向かっていった。
同じように可憐が育ちのよさそうないかにも御曹司、という男性の集団にそれとなく近づいていくのが見える。
悠理は食事の並ぶテーブルに駆け寄り、野梨子は少しでも人の少ないところに行こうとふらふらとその場を離れてしまった。
「……どうすればいいんだろう…。」
あっという間に一人になってしまった咲季はオレンジジュースを受け取り、グラスを手にホールをうろついた。
どこかで見たことがあるような人もいれば、まったく見たこともない人もいる。
テレビや雑誌で見た人もいるし、と客たちの顔を皆がらジュースを一口飲んだ。
微かな酸味でとても美味しい。喉を潤してまた視線を戻すと、カウンターのところで魅録が準備をしているのを見かけた。
そのまま魅録のところに向かおうと考えたが、魅録にそっくりの服装をした不思議な中年の男に先を越されてしまった。
すこし酔っぱらっているのだろうか?大きな声がこちらにも聞こえてくる。
困り顔の魅録が見えて、咲季はそこに近づくことをやめた。
そうなるとここからどうすればいいのだろうか。無暗に高清水に近づくのも怪しまれるかもしれない。
おそらくホールの真ん中のあたりで談笑している男が高清水だろうが、突然押しかけて話を振るのは少し危険な気もした。
そんな時、耳元から声が聞こえてきた。
電波を通した独特の音声に、咲季は耳を傾ける。
『咲季、大丈夫ですか?』
「あ、っと……ちょっとどうすればいいのかわからなくて…」
『こちらもいろいろと計算違いが…』
清四郎の心配する声に咲季は安心して、これからどうすればよいか尋ねることにした。
しかしイヤホンの向こうからため息が聞こえてきて、清四郎も困っていることがわかる。
どうやら魅録が動き出すまではこちらも動くことができないらしい。
さっきの様子だと魅録はあの妙なおじさんにつかまっているのだろう。
咲季はちらりと様子を見た。何か不思議な色のカクテルを手渡している。
魅録はカクテルの知識もあるのだろうか。そう思いながら見つめていると、清四郎の声が耳に届く。
『高清水が動き出しました!』
その声は私だけではなく、会場にいる6人全員に聞こえたようだ。
おのおのが好きなことをやっていたが、その清四郎の声に全員が一度動きを止め、周囲を見渡していた。
ホールの人だかりの中から側近を連れた高清水が出てくるのが見える。
そのまま二人はホールを出ていき、階段を上って行った。そしてそれに少し遅れる形で魅録が二人の後を追う。
魅録が動き出したのを確認したところで、清四郎から様子を窺うように頼まれる。
咲季はその声に返事をし、階段が見える位置まで移動した。
***
それからしばらくして、高清水と側近の男の二人が階段を下りてきた。
にこやかな表情で、またホールにいる客人たちのもとに戻っていくのを見届けたところで、またイヤホンから声が聞こえてきた。
『パスワードがかかってる』
どうやら魅録が先ほどまで二人がいた部屋に進入し、置かれていたパソコンを開いたようだった。
しかしパスワードを入れなければならないらしく、そのパスワードがわからないという状態のようだ。
イヤホンから聞こえる清四郎と魅録のやり取りを聞きながら咲季は高清水の様子を窺っていた。
『なんか高清水の情報を聞き出して』
『わかりました。』
清四郎の返事の後、電波の音が少しだけ変わる。
どうやら全員のイヤホンに声を通したようだ。いろいろな場所の音が混ざって耳に入ってくる。
その中で一つだけ種類の違う音が混ざる。
怒ったような不機嫌な声が延々と聞こえてきた。
『どいつもこいつもどいつもこいつも…』
その声の主は先ほどまで何人かの男に話しかけられ、そのたびに不機嫌そうな表情を向けていた野梨子だった。
咲季も階段の様子を窺っているときに、野梨子が逃げていくところを見かけている。
その方向を思い出しながら野梨子の姿を探していると、白い壁に向かっている明らかに不審な状態の振袖の少女が見えた。
あれは野梨子に違いない、そう確信した咲季は野梨子の方に向かうことにした。
その間にもイヤホンからは清四郎とほかのみんなのやり取り、清四郎の独り言が聞こえていた。
いつしかマイクの通信人数は減っており、遠くにちらりと見えた悠理や可憐、美童にはつながっていないようだった。
『野梨子、聞いてましたよね?パスワードが必要なんです。』
『嫌ですわ!』
イヤホンから聞こえてくる二人の会話から、野梨子が相当疲れていることが窺える。
清四郎も他の皆とのコンタクトがまともに取れないせいかイライラしているようだった。
咲季はその様子を察して自分がパスワードの手掛かりになることを聞き出す役をしてはどうかと考える。
昨日の皆の励ましと、今危険を冒して侵入している魅録のことを考えると、自分も何かやらなくては。
そんなよくわからない謎の責任感を持って、咲季は壁に向かう野梨子に話しかけようと近づいた。
『野梨子!』
清四郎の声が少しだけ強く響いた。イヤホンマイクのスイッチを切っていないのだろうか。
野梨子に話しかけているのだろうが、咲季の耳にもそれはばっちり聞こえていて、咲季は足が止まった。
パーティーの談笑の中から二人の声を聴きとる。
野梨子は黙っているようだ。
『野梨子だけが頼りなんです!』
「…………。」
そんな声が聞こえて、咲季は足が動かなくなった。
あと数歩で野梨子のところに行けるが、それは無理だろう。
振りかざそうとした不思議な責任感が、小さいながら抱いていた責任感が、さらさらと砂のように崩れていく感覚がした。
その場で立ち尽くしていると、前方にいる野梨子が嫌そうな顔で振り返り、近くを歩くボーイをとらえると飲み物を手に取って歩きだした。
咲季がその姿を目で追っていくと、そこには談笑する高清水社長らがおり、野梨子はグラスを持って歩を進めていった。
直後、ばしゃっという音がして、微かに悲鳴が聞こえた。
野梨子が高清水社長に接触したのだった。
***
その先は野梨子がうまくやっているようだった。
にこやかに高清水に話題を振り、何かと数字の情報を得ているようだった。
まだ清四郎はイヤホンマイクを切っていないようで、咲季の耳には野梨子、清四郎、魅録のやり取りが逐一入ってくる。
咲季は気分が悪くなってきて、早足で化粧室に向かった。
「……はぁ……………」
暖色の明かりで満たされた明るい化粧室には誰もおらず、咲季はそのまま手洗い場に手を付き俯いてため息をついた。
そして耳からカメラとイヤホンマイクを取り払った。
手の中に握られた小さな機械には、裏側に小さなスイッチがあることを教えられていて、問題があれば電源を切るように伝えられていた。
咲季は教えられたとおりに電源を切り、それを持っていたカバンの中にしまう。
正面にある大きな大きな鏡に向かい、自分の顔を見てみると、想像以上に無表情だった。
焦点が定まらない視界の中で、清四郎の言葉が頭の中に浮かんでくる。
そして自分のやろうとした行動の無意味さをかみしめた。
自分でも初めて感じる不安定な気持ちに、咲季は清四郎の言葉への感情よりもそちらの方に困惑していた。
悔しさ、怒り、落胆、色々な感情が入り混じって胸のあたりがもやもやする。
「勝手にいなくなったら、怒られるかな…」
イヤホンを切ったせいで今どんな状況かもわからず、どうしようもなくなってしまった。
人々の声や弦楽器の演奏が遠くの方に聞こえるが、比較的静かな化粧室にしばらくいると咲季は自分が冷静になっていくのがわかる。
それでもまだ心に残る複雑な気持ちを押し込め、咲季はカバンをぎゅっとつかむと化粧室を後にした。
再び明るいホールに出て、さっきまで野梨子たちが話をしていた場所を見ると、高清水と側近の姿はなかった。
野梨子だけが安心した表情で知らない女性と話をしている。
咲季はその様子を見て、他のメンバーもいないか確認するためにホールに向かった。
途中でボーイが水を差しだしてくれたので、咲季はそれを受け取ってきょろきょろしながら歩く。
さっきよりも人が増えたのだろうか、他の皆がうまく見つからない。
焦りながらさらに歩いていくところで声をかけられた。
「あ!咲季!」
「え?…きゃっ!」
「おっと」
悠理に声をかけられて突然立ち止まり振り返ったところで、前方から来る誰かにぶつかってしまった。
不運にも、ぶつかったのはグラスを持つ手で、グラスの中身がぶつかった相手にかかってしまう。
咲季は急いで謝り、鞄からハンカチを取り出すと、ぶつかった相手に差し出した。
「申し訳ありません!よそ見をしていて…」
「おや…君は、高天原さんのところの…」
予想外の返事に咲季が顔を上げると、そこには高清水の姿があった。
そしてその隣で困った表情の側近の男が濡れたスーツを眺めている。どうやら高清水の側近の男に、グラスの中身をかけてしまったようだった。
咲季は慌てて持っていたバッグからハンカチを取り出し側近の男に手渡す。その様子を見ていた高清水がにこやかに声をかけてきた。
咲季はその声かけに戸惑いながら応じる。
「お久しぶりですねぇ…お父様はご一緒ではないのですか?」
「父は今海外におりまして…本当にすみません」
「そうですか、いや、また話をしたいものですなぁ…。今度のパーティーでは是非貴方の歌声も披露していただきたい」
「そんな、恐縮です」
高清水が握手を求めてさっと手を差し出した。咲季は握手に応じながら高清水の言葉に答えていく。
水滴をふき取り終えた側近の男が控えめにお礼を言う声が聞こえたので、手渡されたハンカチを受け取ってもう一度謝った。
高清水がふと視線を横にやるので咲季もそちらを見ると、先ほど自分を呼び止めた悠理が心配そうにこちらを見ていた。
その様子に高清水が「おっと」と声をあげる。
「お友達がお待ちだったんですね…それでは、またどこかで」
笑顔を見せて階段を上っていく高清水と側近の男を見送り、咲季はふっと一息つく。隣で悠理も同じように息をついたので、咲季は悠理の方を向き直り、何の用か尋ねた。
「咲季!どこにいたんだよ!」
「ちょっと化粧室に…」
「カメラとイヤホンは?……清四郎が心配してたんだぞ!」
悠理の言葉で、頭の中にさっきバッグにしまったカメラとイヤホンマイクの存在が浮かび上がる。
突然通信が切れたために清四郎が心配していたようだ。しかし、咲季はどうしてもうまく反応することができなかった。
さっきの清四郎と野梨子の会話が同じように浮かんできて、素直になることを邪魔しているような感覚がした。
咲季は適当に誤魔化し、口先だけで謝罪をした。
悠理の話によると、魅録がデータを入手することができたらしい。咲季そのまま悠理と共に車に戻ることにした。
***
車に戻ってくるとすでに他の5人はそろっており、咲季が戻ってきたのを見て安心の表情を浮かべていた。
咲季たちが座るスペースを作ってくれたのでそこに座り、車に置いておいたストールを肩にかけた。
落ち着いたところで魅録が咲季に頭を下げたので、咲季はその魅録の姿に驚く。
「マジで助かった!」
「え?」
「高清水の足止めだよ。おかげで…ほら。」
何のことかわからないまま、魅録が指さした先にあるノートパソコンの画面を見る。
そこには数々の企業の重役の名前が連なっており、学校名と金額が書かれていた。
それをぼんやり見つめたが、頭に入ってこない。それよりもそのノートパソコンの前に座る清四郎の視線が気になったからだ。
「これ、すごいデータですわね…」
野梨子が呟く声がして、咲季は我に返った。
はぁ、と清四郎がため息をつく声が聞こえて、咲季は身をこわばらせる。
咲季はバッグから電源の切れたカメラとイヤホンを取り出すと、清四郎に差し出した。
「咲季…」
「ごめんね!あの、化粧室に行った時に電源を一度切ったんだけど、付け直す方法がわからなくて、それで、」
「いいですよ。…無事でよかったです」
「…………ごめんなさい」
清四郎の怒ったような声を聞いて焦った咲季は早口でさっきまで考えていた言い訳を伝えた。
言葉に詰まったところで清四郎は少し口調を柔らかくし、ふっと微笑んだ。
その反応に咲季は罪悪感を感じて何も言えなくなってしまう。かろうじて出てきた謝罪の言葉に、清四郎は何も答えなかった。
「まぁまぁ、うまくいったからいいじゃないか!」
いろんな女性の香りを漂わせながら美童が少し大きめの声で言った。
その言葉に救われ、咲季は少しだけ力が抜ける。
それえも拭えない居心地の悪さに、咲季は皆の顔を見ることなく帰り支度を始めた。
「咲季?」
「私、帰るね。……ちょっと疲れちゃったから」
ごめん、と笑うと野梨子が心配そうにこちらを窺い、迎えの車を呼んであるのか尋ねてきた。
咲季は大丈夫だと一言告げ、それじゃ、と会話を遮るようにして車を出た。
秋の夜は肌寒く、長い間外にいるのは辛いだろうな、と考えて少しだけ歩く。
携帯電話を取り出し、迎えに来てもらうように連絡をすると、3分くらいで到着するとのことだった。
どうやら時間を見越して少し前に家を出ていてくれたらしい。
街路灯に照らされた道を歩いていると、少し前までの出来事が頭の中に浮かんできた。
何事もなく過ごしていた高校の2年間では、こんな風にパーティーに出かけることも少なくなっていて、久しぶりに着たイブニングドレスも初めて着たような気持ちになれた。
家を出るときに緊張でどきどきしたこと、初めてつけたイヤホンマイクとカメラ、退屈なパーティーもなんだかいつもよりわくわくした。
自分一人が浮ついていたのかもしれない。調子に乗っていたのかもしれない。
自分がいない2年間の間に、幼馴染たちの間には新しい絆ができていたのだろうか。それとも自分との繋がりが風化していたのだろうか。
野梨子、と呼んだあの声がもう一度頭に響いて、咲季はハッと顔をあげた。
喉がきゅっとする感覚がして、息が苦しくなった。咲季はごくりと唾を飲み込んで大きく息を吐く。
気分がよくないな、と思いながらまた歩き出そうとすると、道路脇に車が止まった。
迎えの車が来たようだ。
咲季は開かれたドアに吸い込まれるように入っていった。
車のシートに身を任せて目を閉じる。
頭に響く清四郎の言葉を忘れるために、咲季は車のエンジンに耳を澄ませた。
それでもまだ息苦しさは消えなかった。