序章
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どうしてもすべての授業をサボるわけにもいかず、咲季は2限目からの授業に出席した。
無遅刻無欠席のあの高天原さんが…という声も聞こえたが、苦笑いでその場を切り抜ける。
授業中も、今頃何をしているのだろう、とそわそわしながら50分の授業を終え、また生徒会室へ足を運んだ。
「おかえりー。」
「皆、ほんとに授業いかないんだね…。」
「ぎりぎりよ、ぎりぎり!ふふふっ。」
ウインクを可憐に飛ばされ、そうなんだ、と笑いながらすでに用意されている7人目の席に着いた。
1時間前に出て行ってから、机の上の食べ物はすでになく、遊んでいるものも読まれていたものも一新されている。
この短時間に、この部屋にはいくつの時間を過ごすための道具がおかれているのだろうか。
「あれ、魅録…ギター弾くんだ。」
「おう。」
机の上には機械のガラクタが散乱しているのに、手には洒落たアコースティックギター。
魅録は飴を含みながら小さく返事をすると、ギターのコードを一つ一つ確認するように弾いていく。
音楽をやっているといっても、楽器にはあまり詳しくない。慣れた手つきでチューニングをしながら弾く魅録に感心した。
「もうすぐ昼飯だな…何食おうかなー。」
「まだ食うのかよ。」
魅録のツッコミに悠理が反論しながら、最後に残ったロールケーキを開け始めた。
まだあるのか、とため息をつきながら魅録はまたギターを弄り始める。
美童と可憐は今日の収穫についてお互い自慢を始めた。
「こんな素敵なブレスレッド、もらっていいのかしら…!」
「これ、ブチェラッティじゃないか!素敵なものもらったね、可憐!」
「あんまり好きじゃないのよねぇ…。あれ、何よそれ」
「あぁ…可憐、これはね、美帆ちゃんがくれた…」
全く入れそうにない。やはりここは幼馴染では、と思い、咲季は野梨子と清四郎を見る。
二人は囲碁をしようと碁盤に向かい、今まさに対局だという空気だ。
完全に出遅れた咲季はただみんなを観察するしかなかった。
「咲季は何かすることとか、したいこととかある?」
「へっ?…うーん…」
考えていると、そういえば昨日後輩にプリントの期日の話をされたことを思い出す。
そう、間近に控えている神無祭についてだ。
その予算に関する書類を預かっていたことを思い出した。
「その顔は何かありそうだけど?」
「書類…。」
「…楽しくなさそうねぇ……。」
苦笑する可憐に、私はため息をついた。思い出しただけでも嫌になる集計の書類。
昔から計算だけは嫌いで、いつも最後には同じような書類が残ってしまう。
可憐が小さく声を上げて、咲季を指さす。持ってきたカバンからクリアファイルを取り出していると、可憐が大きな声で言った。
「清四郎に手伝ってもらえば?」
「おお、その手があったか……!」
そういえばここは生徒会室。この書類に関連のある人間視界内ではないか。そう考えた咲季は可憐の言葉によし、と相槌を打って、清四郎のもとへ歩いた。
「清四郎。」
「なんですか?」
清四郎の視線は碁盤に向いたまま。
考えているのだろうか、碁石を打つ手は止まっている。
「書類、手伝ってほしいなー…なんて…。」
「……計算ですか」
「…はい。」
図星をつかれた咲季は素直に返事をする。その声を聞き、仕方ないですね、と行って、清四郎はさっきまで自分が座っていた場所に向かった。
よく見ると皆それぞれのブースでもあるのだろうか、清四郎と野梨子の座る席の前は比較的整理されていた。
まるでそれぞれのスペースでもあるように、それぞれの椅子の前に自分のものが広がっている。
逆に言うと、それ以外の部分には置かれていない。
本が数冊詰まれた横に簡素なペンケースを置いて、カチカチとシャープペンの芯を出す清四郎を見て、私は慌てて集められたアンケートを半分に分けて清四郎の前に提示した。
「私も半分やるから!」
「当たり前ですよ。」
ふぅ、と一つ溜め息を吐いて清四郎が書類をみる。
学年分のアンケートの量は莫大で、これにはさすがに清四郎も真面目に取り組み始めた。
その様子を見届けて、自分も集計を始める。
予想外の多さに、見かねた野梨子も隣の席についてプリントの束を取り去った。
「私も手伝いますわ。」
「あ…ありがと!」
こうして3人でアンケートをまとめている間にも、目まぐるしく話題は変わり、その中で少しずつ彼らのことを知っていった。
魅録のお父さんは、奇抜なポスターで有名な警視総監だとか、美童のお父さんも弟も同じような感じだとか。
可憐は専ら玉の輿が口癖で、いつでも結婚する準備はできているのだとか。
そんな私自身は“暇を待て余す”彼らに、若干ついていけてない。
野梨子や清四郎の柔らかなフォローで参加しているようだった。
それでも不思議と居心地の悪さは感じない。
抵抗があった授業のサボりも慣れてきて、学園内ではついに代議委員長も有閑倶楽部の皆と現れるようになったと囁いていた。
非公式で活動していたファンクラブも堂々とし始めたらしい。どれもこれも美童と可憐から聞いた話で、ことの真意は不明ではあったが。
いつもよりも時間が流れる早さが違った。
そうこうしているうちに私はしっかりこの有閑倶楽部に慣れ、そうして1週間が経ったのだった。
***
分厚いアンケートの束をまとめて、計算を終えたまとめの用紙をその上に置く。
トントン、と揃えて席を立つと、魅録がその様子を見て話しかけてきた。
「どこ行くの。」
「ん?これ出しにいくの。やっと終わったから…」
「そっか、お疲れ。」
最後の仕上げは自分でやるからと言って今日は終始一人で最後の集計をした。
野梨子と清四郎に目でお礼を言うと、野梨子がお疲れ様ですわ、と碁石を置きながら返事をしてくれた。
ほかの皆も私が出ていくのを見送ってくれる。私はそのまま生徒会室を出た。
生徒会室から階段までの短い廊下をゆっくり歩きながら、この1週間についてもう一度思い返す。
この廊下もすっかり歩き慣れた。朝は教室を開けてここに荷物を置きに行き、たまに授業に出ながら皆と過ごした。
秋めく空は綺麗に晴れていて、この前廊下で清四郎にすれ違った時のことをふと思い出した。
「あの時絶対ファイルのことわかってたよねぇ…。」
手に持っていたファイルを清四郎はきっと見逃してはいなかったのだろう。
私を有閑倶楽部に誘う気でいたのだ。でも今はそれを感謝している。
なんだかんだで楽しい生活を送ることができているのだから。
ずしりと重いアンケートには「神無祭についてのアンケート」と書かれている。
もうすぐ神無祭だ。去年もおととしも、声楽での出場の申し出を断ってきた。生徒会役員として会場運営の方で手がいっぱいだったからだ。
今年も同じように運営でもするのだろうか?しかしあの校長たちが有閑倶楽部率いる生徒会に運営をさせるだろうか?
去年までは先輩たちが行っていたのだ。その時も校長たちによって彼らは運営から外されていた。
最も、その方が神無祭を楽しめるということもあって、本人たちは何も気にしていなかったようだが。
そんなことを考えながら落としていた視線を前に戻すと、見慣れた二人組と目が合う。
遠くからでもわかるほど見開かれた目。私はその場で固まってしまった。
これは非常にまずい。
向こうからやってくる見慣れた二人組。紛れもなく校長先生と教頭先生だ。
「高天原くん!!!!」
廊下中に響き渡る、妙に通る校長の声。
授業が行われていないこちらの棟には誰もいないのでさらに響いた。
つかつかと早足でこちらにやってくると、焦ったような困惑したような、複雑な表情の校長たちがまた口を開く。
「今は…授業中、ですよ?高天原くん…なぜ、こんな時間に、そしてなぜ!生徒会室から出てきたのですか!?」
「それは…その…ですね…。」
校長と教頭の顔を行ったり来たりするように目を泳がせる。
ついこの前に対策ファイルを渡したというのに!という声に、私は身をすくめる。
まったくもっておっしゃる通りだ。
ミイラ取りがミイラになった、なんて言う言葉があったなぁと頭がだんだん冷静になってくる。
なんて言おうか。スパイですと誤魔化そうか。それとも正直に言うか。
正直にといっても、誘われてつるむようになったとしか言いようがないが。
どうしようもない状況に、私は誰か来てくれないかと心の中で助けを呼んだ。
***
咲季が出て行った後、魅録がギターのチューニングを終えてポロンと一度音を鳴らす。
と、手を止めてふっと挙げた。皆はそれに気を取られて、魅録の方を黙って見る。
ふと耳に入る微かな声。
皆もそれに気が付いたようで、目を見合わせあう。
魅録は静かにギターを置いてドアのほうに近づいた。皆もそれに合わせてドアの方を見る。
「校長とメガネの声だな…こっちにくんじゃね?」
「げー…」
またサボってるだのと文句を言われるのか、とうんざりした様子の悠理に、野梨子が片づけませんとね、と言いながら片づけを促した。
その言葉に美童が机に広がったラブレターを片づけ始める。
だが魅録はその場から動かない。
「咲季?」
「…咲季がどうかしましたか?」
魅録がぼそりと彼女の名前を言ったために、清四郎はつい聞き返してしまった。
魅録本人はその反応に少し驚いたようだったが、そのまま清四郎の質問に自信なさげに答えた。
「咲季の声も聞こえる気がするんだよね…。」
「………あら、本当ですわね。」
野梨子がすっとドアに耳を寄せると微かに聞きなれた幼馴染の声が聞こえる。
相変わらず校長たちの声が廊下に響いているが。
すると大きな声で「高天原くん、今は授業中なんですよ?!」というセリフが聞こえた。
「もしかして…校長たちにつかまった?」
美童がそう言って扉をこっそり開ける。
細い隙間から様子をうかがうと、咲季の小さな後姿と、身振り手振りしながら必死で咲季に何かを説いている校長と教頭の姿が見えた。
ドアを開けるとますます二人の大声と困り果てた咲季の声が聞こえてきた。
***
いつにもまして強気な二人に、咲季は心底困っていた。
やはり腐っても教育者なのだろうか。
それとも、信頼していた学生がサボっていた、というのは裏切られたような気持ちになるのかもしれない。
「まさか…高天原くんまで、有閑倶楽部の連中と…!」
「いや、あの…、」
「あれほど言いましたよね?あいつらとは関わりを持たないように!と!」
「なっ………」
言葉を返す間もないほど捲し立ててくる二人に、とうとう咲季は何も言えなくなっていた。
抱えたアンケートをさらに強く抱きしめ、下を向く。
叱られたような気分だ。せっかく少しだけでも本気で楽しいと思えたのに。
一度ぐっと眉をしかめて目を閉じると、明るかった視界が暗くなった気がした。
そして向こう側で低く響いた声に、咲季はぱっと目を開けて顔を上げる。
「何やってんの。」
「魅録!」
咲季を庇うように前に立ちはだかり、さっきまでの優しい声とは違う魅録の声がした。
大きな背中で向こう側は見えないが、咲季はそれだけで救われた気持ちになってふぅと息を吐く。
咲季はふと思う。
こんな風に誰かに助けてもらったこと、幼馴染以外ではなかったな、と。
そう思いながらもう一度自分を隠す背中を見ると、なんだか余計に大きく頼もしく見えた気がした。