6章
夢小説設定
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間近で見る観覧車はとてつもなく大きかった。
遊園地なんて小さいころに少し行ったくらいで、大きくなってからは一度も行っていない。
先ほど遠くから見ていたときには思わなかったが、真下から見ているとあまりの大きさに思わず声が出た。
「おっきいな…」
「咲季ちゃん!さ!どれから乗るー?」
どうやらここが毎年の待ち合わせらしく、この遊園地のメリーゴーランドの前で花束を受け取る約束らしい。
なんてロマンチックなんだろう。うきうきしている千秋さんを見ると思わず笑みがこぼれた。
遊園地はとりたてて豪華でもなく、普通の遊園地だが、あまり来たことがないということもあり、少し緊張を感じていた。
千秋さんはそんな自分の手を取って、メリーゴーランドに行こうと誘ってきた。
一緒にメリーゴーランドに乗ったが、子供用に作られているのだろうか、乗ってみると意外と小さく、目まぐるしく変わる景色にも多少クラリとする。
平日の夕方だからか人があまりいないことが救いだった。
***
そうこうしながら遊園地中の乗り物に乗り、メリーゴーランドの前にあるベンチで一息つくと、千秋さんはポップコーンを手に戻ってきた。
「ふぅ。……。」
座り込み、腕時計を見る。遊園地内の時計とそれを見比べ、またふぅ、とため息をついた。
閉館まであと30分だ。
「…千秋さん。」
「大丈夫、時宗ちゃんは、来る。」
もう陽は落ちかけている。もうすぐ閉館ともあり、係員の人たちもうろうろとしている様子だった。
千秋さんから何か聞いているのだろうか、帰るように促しはしないがちらりとこちらを見る視線に居づらさを感じる。
私は何も発言することが出来ず、ただただ千秋さんの隣に座ることしかできなかった。
だんだんと暗くなる空と千秋さんの表情に、自分が何をすればいいのか見当がつかなかったのだ。
「あっ。」
バチン、と大きな音がして、遊園地の遊具の電気が消えた。
途端に遊園地には寂しさが増し、暗がりで見えないが千秋さんの表情も晴れない。
時計を見て、ため息をつきその場で立ち上がる。
「………。」
「あ、あの、」
私はいたたまれなくなり声を掛けた。千秋さんは眉を下げてしょんぼりしているが、私に悲しげな笑みを向けて返事をした。
千秋さんの表情を見ることが出来なくなり、私は止まってしまったメリーゴーランドを見ながらつぶやいた。
「信じることができたら、何か変わると、思うんです。」
「…。」
「それが本当にダメでも、信じていたら、変わるかもしれない。」
「咲季ちゃん…」
そこまで言ったところで、遠くの方から何人かの声がした。
まさかと思い2人で顔を見合わせてそちらの方に目をやると、よろよろしながら歩く時宗さんの姿が見えた。
「えっ…。」
千秋さんは小さく声を上げたが、すぐに目を潤ませた。手にはボロボロの花束。
何があったかは知らないが、よろめきながらも一歩ずつメリーゴーランドへ向かう姿。
「…私、行きますね。」
「咲季ちゃん、ありがとう…。」
その時の千秋さんの笑顔は普段見せるような笑顔ではなかった。心の底から安心したような、幸せを感じているような。
私にはその笑顔があまりにも眩しくて、その場にいられなくなる。
「がんばれおっちゃん!」
「っ!?」
突然耳に入った声に私は現実に引き戻され、反射的に遊園地の中へ走り込み、生垣のベンチに座り込んだ。
「何で、みんなが…?」
***
感動の再開を果たす両親の姿は、いつ聞いたって、いつ見たって、滑稽で仕方ない。
でも俺はそんな姿を見るのが嫌いじゃなかった。
今日は突然母親が帰ってきた。
親父に荷物を届けたつもりが災難な目に遭って、こうしてやっと思い出の遊園地にやってきた。
話では何度も聞いていたが、こんなに大きくなってからここに来るのは久しぶりかもしれない。
「えーっと、電気…。」
おかしな事件のせいで親父の到着が遅れ、遊園地はすでに閉館していた。電気が消え、暗くなった遊園地はロマンチックというよりは寂しさの方が大きい。
そんなところで2人が巡り合うのも味気ない。それなら息子としてやれることをやってやろうじゃないか。
そう思って遊園地の事務所らしきところに向かう。職員はまだ数名残っていたため、事情を説明した。
この松竹梅家(というよりもあの2人)の毎年恒例行事のため、この小さな遊園地が潰れぬよう、母親は尽力していた。
懇意にしているためか、職員たちはこちらの要求を快く引き入れてくれた。
「これだな。」
メリーゴーランドの大きなブレーカーを入れる。窓の外からメリーゴーランドのあたりがぼんやり光っているのが見えた。
俺はそれを確認すると安堵のため息をつき、頭をぼりぼりとかいた。
そしてみんなと合流すべく、事務所を出る。
ぶらぶらと小さな照明と月明かりだけを頼りに暗がりの遊園地の中を歩いていると、生垣にぼんやり立っている人影が見えた。
「え、まさか、幽霊………!?」
ついに俺にも霊感か?そう思って恐る恐る近づいていくと、その人影は女で、しかも聖プレジデント学園の制服を着ていた。
もう少し近づいたところでゆらりとポニーテールが揺らめき、それが咲季だということに気づいた。
「……なんで。」
咲季はまだこちらに気づいておらず、生垣の隙間から何かを寂しげに見つめていた。
視線の先にはメリーゴーランドの光。ワイワイと聞こえる声の中には清四郎の声も聞こえた。
その瞬間に苛立ちを感じて、何も考えずに咲季のところへと歩き出す。
その足音に気づいたのか、咲季がこちらに顔を向け、自分を見て少しだけ驚いた顔をした。
「あ、み、魅録…」
「なんでここにいんの。」
苛立ちを咲季にぶつけても意味がないとわかっていても、おびえたような、寂しそうな彼女の表情を見ると、イライラは消えることなく心に渦を巻く。
咲季はそんな自分の問いかけに対して、千秋さんに誘われたの、と返事をした。
「今日も何かあったんだね。」
「え?」
「時宗さん、よろよろじゃん。」
クスッと笑ってまた視線をそちらに向ける。なんでそっち向くんだよ。そう言いかけて、ぐっと飲み込んだ。
こっちを見ろよ。そうやって言いながらも、清四郎のことばっかり見てんじゃねぇよ。
今にもぶつけてしまいそうで、俺は何も言わなかった。そんな様子に咲季はこちらを見てもすぐに視線を逸らした。
「……。」
何も言わない咲季。笑わない咲季。あいつがいるだけで、咲季は俺を見てくれない。
こんなにそばにいるのに。頼ってほしいのに。手を伸ばしたって、きっと咲季は俺の手を取ってはくれないだろう。
「なぁ。」
「………ん?」
強めの声で咲季に話しかけると、咲季は不安げにこちらを向いた。
そんな顔させたいわけじゃないんだ。でも、でもこれは、咲季だって悪いんだ。
「清四郎怒ってたよ。」
「え……。」
咲季があいつのことを見るのをやめれば、こうはならない。そんな顔させない。
俺が守るのに。いつだってそばにいて、守って、やるのに。
「何度も裏切られて、」
「…。」
俺がいるじゃん。ねぇ。
「もう、疲れたって。」
なんで泣きそうなんだよ。
「咲季と、話したくないってさ。」
もうやめてくれよ。
「そ、か…。」
小さく絞り出した咲季の声に、俺は話すのをやめた。
目の前の彼女の表情は見えない。自分自身も、どんな表情をしているのかわからない。
ただ怒りと、むなしさしか残らなかった。
咲季はそれきり何も言わなくなって、背を向けて歩き出した。
触れただけでも消えそうな背中を見ると、俺は足が動かなかった。守りたい?今傷つけたのは、いったい誰なんだ?
そう思うと悔しくなった。幼稚な気持ちで傷つけた自分に。
どうしようもない俺と、咲季と、清四郎の気持ちに。
「くそっ……」
***
足が勝手に動くって、こういうことなんだなぁ。
他人事のようにそう考えながら、咲季はただひたすらにまっすぐ歩き続けた。
その先に何があるか、どっちに行けば帰れる、なんてことはどうでもよかった。立ち止まったらもうそこから動けなくなりそうで怖かった。
魅録の言葉は胸の奥深くまで突き刺さった。
一言一言が刺さって、もう痛みなんて通り越したような。
声を出したら泣きそうだ。
立ち止まったらいけない。どうしたらいいかわからない。どうしようもない。
そう思っていると、ドン、と誰かにぶつかった。ひゃ、と声を上げたが咄嗟に腕を掴まれる。
「咲季……!?」
「あ…」
腕の感覚でなんとなく気づいてた。そして心のどこかで期待していた。
この止まらない歩みを止めてくれるのは彼だと。
「なんで、ここに?……もう遅いですし、帰りましょう。」
「………」
「何かあったんですか…?」
優しい声で清四郎が喋るたびに、胸の痛みが増す気がした。
何を信じればいいの?私とはもう関わりたくないんでしょう?それなら放っておいてくれればいいのに。
「咲季…?」
どうしてそんなに優しく腕をつかむの?もっと強くしていいんだよ。恨むように、怒りをぶつけるように。
放置して、帰ればいいのに。なんで?私を、困らせるの。
こんなに好きなのに、どうしてなの、清四郎。
「別にいい!!」
「!」
清四郎の手を振り払って、大きな声で拒絶した。その反応に清四郎は驚き、振り解かれた手をそのままに、静かにこちらを見ていた。
私は涙があふれて止まらくなり、肩で息をしながら声を絞り出す。
「…しくっ……っ、しないでよ、」
「……え…?」
「優しく、しないで…っ!うそつき…うそつきうそつき!!」
「咲季…、」
「せい、しろなんて…清四郎なんて……大っ嫌い…!!」
名前を呼ぶと胸が苦しくなった。私はこの気持ちを知っている。これはさっきの痛みじゃない。
貴方の名前を呼ぶと愛おしくなるのよ、清四郎。だから嫌なのよ、清四郎。
清四郎。
「咲季……」
そのあとのことは覚えていない。
清四郎が呆然と立ち尽くし、私は声もなく泣いていた。
少ししてから私はさっきと同じように歩きだし、清四郎が私を追いかけてくることはなかった。
走って走って、心配になった家の使用人が遊園地まで迎えに来ていた。
千秋さんが連絡をくれたのだそうだ。
私の様子に運転手はぎょっとしていたが、何も言わずに扉を開けてくれて、黙ってそこに乗り込んだ。
車に乗り込んでから来た道を見つめても、清四郎の姿は見えなかった。
彼が何を思ったかは誰もわからない。