6章
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息を整えて教室を出る。涙を拭いすぎて少しだけ目元がひりひりするが背筋をぐっと伸ばして歩き出す。
誰もいない廊下を歩いていき、校長室に向かった。
ポケットから携帯電話を取り出し、メールを送る。部屋の前で携帯をまた元のところにしまった。
「失礼します」
「あああ、高天原くん!」
ノックをして重いドアを開けると、焦ったように立ち上がった校長先生と教頭先生が詰め寄ってきた。
二人とも咲季の突然の帰国について確認をしていたようで、机の上にはそのページが開かれた生徒名簿がおいてあった。
「急な帰国でご迷惑をおかけしました…。」
「いやいや!お話はご家族の方から聞きましたよ!」
「あ…そうですか。」
ニッコリと笑った教頭先生に、気圧されながらも返事を返す。
どこか裏のありそうな笑顔。あのぉ、と校長先生が話しかけてきた。
「はい?」
「さっそくですが、あなたに頼みたいことがあるのですよ。」
「え…?」
言いにくそうな顔をする校長先生と、キラキラした眼差しで咲季を見つめる教頭先生。
とりあえずこちらに、とソファに誘導され、言われるままに席に着いた。
「キール王国…の話は知っていますか?」
「…ああ、はい。でもそれがどうかしたんですか?」
「その国の現在の状況も、高天原くんならご存知でしょう。」
キール王国では今クーデターの動きがある。そういえば王子が日本に向けて出発し、今日到着するという話を新聞の一面で見た気がした。
だが今、なぜその話がここで上がるのだろうか。
咲季は頷きながら校長の次の言葉を待つ。
「カサル王子は日本での滞在中、国王の旧知の仲である剣菱万作様のうちにおられることになったのですよ…。」
「はぁ…。」
「そしてもちろん、その間に通うことになったのが…」
「この!我が!聖プレジデント学園!!………ということなのです!!!」
二人は息ぴったりの掛け合いで、びしっとセリフを決めた。
だがしかし、これだけ聞いてもまったく話が見えない。カサル王子がこの学校に通うからと言って、そして滞在するのが剣菱家だからと言って、何か関係があるのだろうか。
「あの…それで、私に何か関係が?」
「貴方には、大役を任せます!!」
「何かと不便でしょうからね、この学校にいる間の世話役になっていただきたいのですよ!」
「なるほど………って、え?」
適当に相槌をしたが、校長先生の突飛な提案に咲季は間の抜けた声を出してしまった。
そのまま話を聞いていると、通訳や学校の案内を主に任せたいということだった。
そして暗殺を未然に防ぐために、常に警察が警備に当たるために命は保証するであるとか、カサル王子は日本語が達者だとかそんな話を大げさな抑揚とともに告げられる。
「お願いできますよねぇ?」
「あ、いや…あの、………はい。」
せっかくの申し出だ。いざとなれば警察の人に任せればいい。
それに、世話役という仕事があれば有閑倶楽部の皆と無暗に関わることも減るだろう。
咲季はいろいろ考えた末に、返事を返した。
***
一方の有閑倶楽部の面々も、キール王国のカサル王子の話で盛り上がっていた。
「ケ、ケンブリッジ!?」
悠理の父、剣菱万作がケンブリッジ大学を卒業したという話に一同が驚きを隠せない中、可憐だけが眉間にしわを寄せていた。
はっと気が付いたかと思うと、悠理にカサル王子の所在をもう一度尋ねる。
「ちょっと待ってな…お、メールきてる!」
「なんて!?」
「焦んなよ可憐!………もう少ししたら家につくってよ!」
「ちょっと!時間ないじゃない!すぐ用意して悠理んち行くから!」
悠理が携帯電話をチェックすると母からカサル王子が自宅に向かっているという旨のメールが届いていた。
それを伝えると可憐は自分のカバンを持って急いで部屋を飛び出していく。
これは面白そうとばかりに悠理も同じく家に帰ると言い出した。
お前らも行こうぜ!という悠理の声に、美童と魅録も部屋を出ていった。
「これは…また病気が始まりましたね…。」
「あら、かわいいではありませんか。」
清四郎の呆れ声に、野梨子はクスッと微笑んで答える。
ずいぶん成長したものだと思った。咲季のあの態度に少しでも落ち込んでいるかと思えば、可憐や悠理の言ったように彼女を信じ、自分を信じるいつもの彼に戻ったようだ。
彼女が日本に帰ってきているというだけでも、彼には大きいことなのかもしれない。
「あら…」
「どうかしましたか?」
携帯のランプがちかちかと光っていた。誰かからのメールのようで、中身を確認する。
友人のフォルダに入っている未読メールの送り主はさっきまでこの部屋にいた幼馴染だった。
『今日は急にごめんね。また何か相談するかもしれないけど、二人だけの秘密にしてくれると嬉しいな』
「…誰からですか?」
「ああ……、よくわからない宣伝メールでしたわ。さ、私たちも行きましょう?」
野梨子はそのメールに返事をせず、代わりに保護した。
こうやって頼ってくれるのは素直に嬉しいことだ。彼女にとって自分が心の支えになるといい。
自分本位かもしれないけれど、こうすることで自分が彼女を傷つけてしまったその償いができるような気がしたからだ。
清四郎は野梨子の言葉に頷いて歩き出す。部屋を出て歩いていくと中庭に車が待っていた。用意周到だな、と清四郎が笑ったので野梨子もつられて笑う。
剣菱家までの道のりの間は、二人とも他愛のない話をしながら車に揺られていた。
***
実際に会ってみると、カサル王子は本当に日本語が上手だった。しかし彼の「友達がいない」という境遇は、少なからず可憐にとって衝撃だった。
お金もあるし、頭もいいし、なによりかっこいい。何が何でも彼と一緒に居ようと思った。
それ以上に、自分たちが彼の友人になってあげたいと思う。
***
「よし!」
翌朝、可憐は中庭のベンチに腰かけ、皆を待っていた。昨日は王子のことを考えていて眠れなかった。
そのせいか肌の調子が気になったが、グロスの調子を唇で確かめて、手鏡で入念に化粧をチェックするといつもと変わらない美しい自分の姿が鏡に映っている。
よし、と小さく気合を入れると、自分の名前を呼ぶ聞きなれた声がした。
顔を上げるといつものメンバーが歩いてくる。
しかしそこには悠理と、今日からこの学校に通うというカサル王子の姿がない。
「あれ…」
「ああ、悠理たちまだなんだよ。」
「悠理が寝坊でもしたんじゃないですか?」
何やってんのよ!と心の中で文句を言うと、美童が暗殺がどうのと言い出す。これまた縁起でもない。
注意をすると美童は笑いながら謝ってきた。
ふと耳を傾けると、中庭を歩く登校中の女子生徒たちがカサル王子について話をしているようだった。
「油断していると、他の方に取られてしまいますわよ?」
「!…カサルはだれにも渡さないわよ。」
「ふふっ」
そんな話をしていると、サイレンの音が聞こえる。さっきまでの話題もあり、皆がそちらの方に向くと、中庭に何台ものパトカーが入ってきた。
慌ててそちらに向かうと、挟まれた黒塗りの車から、カサル王子と悠理が出てくる。
気まずそうなカサル王子と、あからさまに不機嫌そうな悠理。その後ろから警視総監の時宗が大きな声でカサル王子の護衛を命じた。
「マジかよ…。」
「これは…。」
驚きでその場から動けずにいる一同をすり抜け、大きな声でその輪に入ってきたのは校長たち。
妙に緊張したその場面に似つかわしくない嬉々とした声に、皆がそちらを向く。
「え…咲季……?」
小さくつぶやいた美童の声に、皆もよくその集団を見てみると、2人の向こう側で、ともに王子たちに近づいていく咲季の姿があった。
手を取り合ってカサル王子に歌いながら近づく校長たちに、一瞬驚いたように目を見開くと、すぐに呆れ顔に戻って歩調をそのままについていく咲季。
近づくものはすべて疑えと命じられた部下たちが一斉に校長たちを止めようとする中、悠理だけが咲季に気が付いた。
「咲季!」
「?」
カサルは悠理が声をかけた少女の方を向く。黒の長い髪の毛をポニーテールにした同い年くらいの少女は、端正な顔立ちをしていた。
彼女も昨日みんなが言っていた“ダチ”なのだろうか?
そう思い、さっきまでの警戒心を少し解いてこちらに向かってくる少女に笑顔を向ける。
「ウェルカム、カサル様…わが聖プレジデント学園にようこそ…!」
「はじめまして、カサル・ガルシアです。」
少女に気を取られていたが、この学校の校長という男のあいさつに我に返り、挨拶をする。
やがて先ほどの彼女もこの二人の男の横に並び、ぺこりと御辞儀をした。
「咲季、なんで校長と一緒に居るんだよ?」
「…。」
呼びかけても問いかけても無視をする咲季に、悠理は少しむっとする。
向こう側にはいつものメンバー。彼らもそこに咲季がいることに少し戸惑っているようで、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「…君は?」
その様子を見ていた時宗が、教頭の隣に立っている咲季に目を向ける。
質問に答えようとする前に、校長が一歩前に出た。
「この聖プレジデント学園で王子のお世話をする、高天原 咲季くんです!」
「えええええ!?」
言うが早いか、大きな声を出したのは可憐だ。それと同じようなリアクションを取る悠理。
ほかの皆もこれはさすがに予想できなかったようだ。
咲季も、いくら剣菱邸に滞在するからといって、もうすでに王子が有閑倶楽部の面々と知り合いになっているとは思わず、この反応には多少驚いていた。
「Nice to meet you. 初めまして、高天原 咲季です。日本語お上手ですね。」
「いえ、あなたも英語がお上手ですね。カサル・ガルシアです。よろしくお願いします。」
「学校での案内や通訳を担当します。こちらこそ、よろしくお願いします。」
つたないがほぼ完璧な日本語で、にこやかに挨拶を返してくれた。手を差し出されたのでそのまま握ると、固く握手をされる。
その様子に満足した校長たちは行きましょうと咲季たちを促した。
「あ…総監、送迎は今日だけにしてください。」
「そうはいきません!」
カサル王子が申し訳なさそうにそういうと、総監はすぐにそれを切り捨てた。
暗殺団がいつどこで王子を狙うかわからない。思っていたよりも事は重大なようだった。しかし悠理は引き下がらない。
「何度も言ってるだろ!カサルはあたい達が守るんだって!」
すかさず見ていた有閑倶楽部のメンバーも二人の間に入る。
昨日の今日で踏ん切りのつかない咲季は視線を逸らした。
言い争いをはじめそうな雰囲気に、カサルは優しく可憐の言葉を止めた。
「可憐、もういいです。皆もありがとう。」
その声に逸らしていた視線を戻した。可憐の言葉はおそらく間違っていないだろう。王族としてではなく、一人の人間として。
きっと本当は自分のような世話役だっていてほしくないはずだ。護衛の警察も、取り巻く生徒たちも。
彼は普通に友達と学校生活を体験することを望んでいるはずなのに。
時宗は校長たちに案内するように言い、自らも警護について歩き始めた。促されて咲季も歩き出す。
カサル王子の横顔が少し寂しそうだが、咲季は何も言いだせずにいた。
同じなのかもしれない。
迷惑をかけたくない、その気持ちはどこかで自分が抱いたもののようだった。
人だかりを見つめながら悠理が眉間にしわを寄せる。
んだよこれ、という悠理の声に皆が心の中で同意した。遠ざかっていく人の集団の真ん中に、校長と教頭の掲げる旗が見える。
頭一つとびぬけたカサル王子の頭と、その肩の高さと同じ位置に咲季の頭も見えた。
ゆらゆらと揺れるポニーテールは陽の光を浴びてつやつやしていた。
なんであの輪の中に彼女が、そして今日の態度はなんだ、考えることは山ほどある。
「とりあえず、行きましょうか。」
「…ああ。」
やけに冷静な野梨子の声を魅録は不審に思いながら返事をする。
すでに怒り心頭な悠理を美童がなだめ、複雑な表情をする可憐に同じように野梨子が声をかけた。
「清四郎?」
「…いえ、いきましょう。」
その場から動かない清四郎に美童が声をかけると、どこか遠くを見ていた視線の焦点がはっきりし、清四郎は歩き出した。
遠ざかって見えなくなった彼女の後姿が脳裏にちらつく。
どうしてこうなってしまったんだろう。
***
「咲季、」
「はい?」
教室にたどり着くと、生徒たちが一気に色めきたった。入ってきた警官が今から身体検査と持ち物検査を行うことを告げ、女性警官たちもやってくる。すでに先ほど検査を済ませた咲季は、カサルと共に教室の隅に座り、校長に言われたとおり、この校舎の地図をカサル王子に見せながら地理を説明していた。
もちろん周りには警察官がずらっと並んで二人を(というよりもカサルを)警護していた。
「咲季は美しいですね。」
「は?…なんですか、急に。」
咲季をじっと見た後に、白い歯をきらりと光らせながら、カサル王子は楽しそうにそういった。
突然のことに驚いたが、これは文化の違いだ、と思い咲季は適当にあしらう。
「カサルと、呼んでください。」
「…わかった。えと、カサル?校舎の中は大体つかめた?」
「咲季のおかげでばっちりです!」
「ふふ。」
笑うとカサルは少しだけ目を見開いた。咲季はカサルの返事が返ってこないことに戸惑い、じっと顔を見つめて来るカサルに気まずくなって何?と声をかける。
今度はカサルが笑う。そうして笑いながら、地図を持つ咲季の手をゆっくり握った。
「ちょ、何…!」
「咲季は、誰か慕っている人はいるのですか?」
「した、慕う??」
突然の質問と状況に、咲季は体をこわばらせた。
握られた手にジワリと汗がにじんでいく。咲季は緊張しながら顔を上げると、真剣な表情のカサルが自分を見つめていた。
「えっと、離して?」
「……質問に答えてくれたら。」
いい子のふりして本当はこんな子だったなんて。そう思いながら冷静にカサルの手を振りほどこうとすると、ぐっと握られた。大きなカサルの手の中に、自分の手がすっぽり収まっていて、やけに緊張する。
慕っているひと、なんておそらく好きな人のことだろう。どうしてこんなことを聞くんだろう。そう思いながらふらふらと視線を泳がせていると、ははっとカサルが笑った。
「咲季は、可愛いですねぇ。周りの男の人が放っておかないでしょう?」
「いやいや…そんなことないよ?」
もやもや考えて何も答えずにいたら、カサルはパッと手を離してそう言った。
答えに困っている自分を気遣ってくれたのだと思うと、咲季はさっきまでの緊張が解けていて、少しずつ距離が縮まるのを感じた。
検査も済んでいつも通りの授業が始まる。集団での授業に、カサルはいろいろと興味を示していて、最初の休み時間は質問攻めだった。二回目は周りの子からの質問。通訳をしながら他愛ない質問を伝えて、その答えを返していく。
警備をされているという異質な環境ではあるが、すでに検査を済ませた人たちであるということと、カサルの希望でクラスの人たちとも話ができ、カサルはずいぶん楽しそうだった。
「へぇー…それじゃ、結婚を申し込むときに歯をあげるの?」
「はい。いつでも持ち歩いてますよ。」
キール王国について質問されたとき、カサルは面白い話をしていた。キール王国の王族は、自分の乳歯を大事に保存しておいて、それを結婚したい相手に渡すらしい。
いつでも運命の人に出会えるように、なんて言いながら、カサルは自分のポケットから乳歯の入った重たそうなペンダントを取り出した。
「へぇ~…これが、カサルの歯?」
「あはは、そうです。これは僕が子供の時の歯です。」
「思ってたよりもきれいだね。」
「咲季、これ、受け取ってくれますか?」
「は?」
これを受け取るということは僕と結婚するということです、とカサルは笑いながら付け足した。
冗談じゃない、カサルにはもっといい人がいるからちゃんと取っときなさい、と言うと、やっぱりだめでしたかと言って周囲に笑いを起こしていた。意外と茶目っ気のある王子である。
「そんなに大事なもの、軽々しく出していいの?」
「…確かに、咲季の言う通りですね。」
「いや、まぁ、いいんだけど…。」
「これで最後ですし、大切にしておきます。」
「そうそう。……って、最後?」
最後、とはどういうことだろうか。これよりも前があるというのか?確かに乳歯は一本ではないが、もしかして。なんて考えていると、聞いていたクラスの男子がその疑問を尋ねていた。
「もしかしてキール王国って一夫多妻制?」
「いっぷた…さ?」
「ああ、えっと…。」
「カサル、polygamyだよ。」
「ああ!はい、そうです!」
英語に直して言いかえるとカサルは納得したように笑顔で返事をした。なるほど一夫多妻か。
でもたくさんの人を愛するなんてカサルは器用だな、と考えているとチャイムが鳴る。
急いで机に戻っていく生徒たちを見ながら咲季も教科書を準備していると、カサルが満足そうにふぅと息を吐いた。
「学校、楽しいですね。」
そうつぶやいた彼の言葉に咲季の手がピタッと止まる。そして頬が緩むのを感じた。
よかった、答えるようにそう呟いて、英語の教科書を出して、先生が来るのを待った。
***
同時刻、生徒会室では机に広がったお菓子をむさぼりながら今朝と同じように眉間にしわを寄せている悠理の姿があった。
朝からずっとこの調子だ。無視をされたことが相当頭に来たらしい。
「なんだよ!なんなんだよ!」
「悠理、そろそろおやめになったら?」
「野梨子はなんも思わねぇのかよ!?」
「…。」
口いっぱいにお菓子を頬張って怒鳴り散らす悠理に、他の皆は咲季への疑念より悠理への呆れの方が出てきた。
野梨子が紅茶を悠理に差し出しながら声をかけると、悠理はそれに対して紅茶を一飲みして食って掛かった。
野梨子自身はあのメールのことが気にかかり、何も答えられない。それを見て悠理は「ほらな!絶対おかしいんだよ!」と言い切りまたお菓子を口に放り込んだ。
悠理の剣幕に押されただけかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
野梨子は悠理の様子にしばらく黙ったものの、小さくため息をつくと自分の席に座った。
いつもはあまり触らない携帯電話を取り出すと、カチカチと少しだけ操作し、じっと見つめてすぐ閉じた。
「…なんですの?」
「いえ。」
やはりこの幼馴染は侮れない。自分の様子がいつもと違うことなんて、とうにお見通しだろう。携帯を片づけながら野梨子は隣で何を考えているかわからない、幼馴染の目敏さに感心した。
そしてもう一人の幼馴染が頭に浮かぶ。彼女は不器用だな、と思いながら、その彼女に怒り心頭な悠理を見る。
「大体悠理、なんでそこまで怒ってんだよ。」
「そうだよ、ここで一番怒るのって可憐だと思うよ?」
「……。」
美童の一言に、皆が可憐の方を向くと、可憐は複雑そうな顔をしていた。
友達が、自分が好きな人のお世話役なんて、彼女にはそんな気がないにしてもつらすぎる。いや、そんな気がないって言い切れるかな、と頭の中でぐるぐると考えている。みんなの視線も、気にならないほど。
「言ってくれなかった。世話役やるって言ってくれたら、カサルも咲季も一緒に遊べると思ったから。」
「ああ…。」
「むかつくっていうか、辛かった。咲季の奴、あたいたちの方いっこも向かなかったんだ。」
「大丈夫ですよ。」
さっきまでの勢いはなくなり、しょんぼりした顔をした悠理を慰めたのは意外にも清四郎だった。
まぁ、と一言言いだし、机に両肘をついて手を組む。
いつものように自信に満ちた声に悠理は少しだけしょぼくれた顔を少しだけ柔らかくして、また手元のシュークリームに手を伸ばす。
「校長たちがいたから下手に動けなかったんでしょう。」
本当に、そうならいいのですけど。心の中で小さくつぶやいて、野梨子はそれを呑み込むように紅茶を一口飲んだ。
その言葉は悠理を慰めるというよりも、自分自身に言い聞かせているようにも取れたが、それもまた言ってはいけないのだろう。
勘がいいのは自分も同じだと思いながらもう一口飲む。ふと夕暮れ時に咲季と話したことを思い出した。
約束、はもう思い出したのかしら。清四郎とは仲直りできたのかしら。
「…子…野梨子!」
「え?」
「お昼ですよ、行きましょう。」
「どこへ?」
「可憐がお弁当を作ったそうですよ。」
「ちゃんとメール返ってきたから大丈夫だと思う!行きましょ!」
可憐が嬉しそうに大きな紙袋を持って出ていく。元気になったその様子に、皆が安心して笑った。
カサルとってことは咲季も一緒だしな、と一言言いながら悠理も出て行った。
野梨子は清四郎と魅録にせかされて、立ち上がる。
飲み干したと思った紅茶は、まだ一口、カップに残っていた。