5章
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マンションを出て走っていくと、白鹿邸が少し離れた場所に見えた。
菊正宗病院の敷地の分だけ離れている白鹿邸。
適当に履いてきた靴がスニーカーでよかったと、咲季は心の中で息を吐く。
「はぁ…はぁ…」
荒い息を落ち着かせるように、大きく溜め息を吐き、咲季は白鹿邸の門をくぐった。
「あら、高天原さま!」
玄関で立ち往生していると、白鹿家のお手伝いさんが自分を見つけてくれた。
運がよかったと、咲季は安堵の表情を見せる。
玄関に上がると、ずいぶんたくさんの靴があった。
「さっきまで警察の方もいて、てんてこ舞いだったんです」
「そうなんですか」
奇抜な色の靴に高級そうな靴が2足、無造作におかれていた。
聞こえてくる大声に、懐かしいあの面々の姿が思い浮かぶ。
「今は野梨子様のお友達が見えているんですが…」
「あ…」
お手伝いさんの手のお盆には、空いたコップ。
どうやら本当にさっきまで人がたくさんいたらしい。
「お邪魔してすいません。…どうしても野梨子が心配になって…」
「ありがとうございます。でも…」
「?」
複雑そうな顔をしてお手伝いさんは続けた。
「ずいぶん前…ではないのですが、野梨子様ったら、出かけてしまったんです」
「…ええ!?」
その言葉は予想外だった。
まさか野梨子がいないとは思わなかったので、ここではみんなに顔をあわせるわけにはいかない。
どうしよう、そう考えたが、咲季は目の前に現れた人物に、さらに言葉を失ってしまった。
白鹿邸の長い廊下の向こうに、懐かしい人物の姿があった。
歩いてこちらに向かっているのだろう。
しかし何かを考えているようで、幸いこちらにはまだ気づいていない。
しかし、一歩、また一歩とこちらに歩いてくる。
気づかれるのも時間の問題かもしれない。
落ち着かない足音が聞こえてくる。お手伝いさんも、音の来る方向を向いた。
そこには険しい顔をした清四郎がいた。
「あ…!」
「…」
咲季が小さく上げた声は、どうやら本人には聞こえていないようで、咲季は口を
早くここから離れないと、見つかってしまう。
そんなときに、大きな音が玄関に響き渡った。
「っ?」
「あ!…携帯……!!」
鳴り響いたのは咲季の携帯の着信音。
もちろんその音に清四郎が気づかないわけが無い。
ばっと顔を上げた清四郎の視線の先には、今、日本にいるはずの無い咲季がいた。
「な…!」
咲季の携帯の着信音らしく、彼女はあわてて携帯のボタンを押すと、誰かと話し始めた。
その相手はすぐにわかった。
野梨子だ。
「どこにいるの!?」
<大変なんです!…裕也さんが…!>
「どうしたの!?」
<み、魅録を殴って…!>
「な、なんで??」
<とにかくその…どうすれば…!>
電話の向こうの野梨子が何を言っているのかはわからないが、どうやら何かあったらしい。
だからあれほど言ったのに、と清四郎は苛立ちを覚えた。
それ以上に、ここに咲季がいることも気になるのだが。
「それで、今どこに行ったかわかるの?」
うん、うん、わかった、と相槌を打って、咲季は電話を切った。
お手伝いさんに「すいません、お邪魔しました」と言って、咲季は出て行こうとする。
清四郎は足早に玄関に行き、靴をひっかけて玄関口から名前を呼んだ。
「咲季!!」
「っ!」
突然呼ばれたことにびっくりしたのか、彼女の肩が跳ね上がる。
ちらりとこちらを向いて、小さく口を動かすと、咲季はまた走り出してしまった。
あわてて清四郎は電話をかける。
彼女が向かうところは、おそらく野梨子たちがいるところだろう。
「もしもし、咲季の動向を追ってください。僕もすぐに向かいます。」
それだけ告げて電話を切った。
「ごめん、ですか…」
久しぶりに見た彼女はなんだか少し悲しそうにも見えた。
それは最後に見た姿から、自分の記憶が止まっていたからかもしれない。
申し訳なさそうな瞳と走っていく後姿。
こんな事態の中、不謹慎だが清四郎は少しだけ笑みがこぼれた。
***
呼び止められたときはどうなることかと思ったが、今はそんな場合ではないと無理やり切り抜けた咲季は、野梨子に教えられた新宿のスナックの場所まで走っていった。
どこにあるかはよくわからないが、スナックがある危なそうな通りなど、この街で何年も住んでいたら誰でも知っている。
「この辺…だよね??」
よくわからないが教えられたスナックの名前を探しながら歩く。
うろうろしていると、ピンク色の怪しげなスナックの看板を見つけた。
「スナックみどり…。ここ…?」
入ろうか迷っていると、路地から男の声が聞こえた。
ビール瓶が割れる音。
何かあったのだろうか?
勇気を振り絞って、路地を覗く。
そこにはもう何度か見て覚えた、あの顔。
「裕也さん!!」
「あ?」
気を失っている裕也さんを担がせて、ガラの悪そうな男が振り返った。
「なんだ、お嬢ちゃん。裕也の女か?」
「…!」
怖くて声も出ないとはこのことだ。
意外と臆病なのかも、と思いながらも咲季はキッと男をにらみつけた。
「おお、威勢がいいねぇ…裕也が心配で駆けつけたのか、健気なもんだ。」
「…裕也さんを放して。」
「そんなに裕也と一緒にいたいなら、お嬢ちゃんも連れて行ってやるぜ?」
「なん………っ!」
言い返そうとしたところで、腹に衝撃を感じた。
それは、少し前にも感じた痛み。
そう、ダンス大会で誘拐された時だ。
遠くなる意識の中で、咲季はこれが野梨子じゃなくてよかったと思った。
何も言わずに出て行って、傷ついたであろう彼女への、ささやかな償いとして。
そして何より、自分が危ないときには、きっとあの人が助けてくれる。
根拠のない自信がある。
だからきっと。
そう思いながら意識を手放した。
男たちに担がれて、裕也と咲季は車に乗せられた。
***
冷たく濡らしたハンカチで殴られた跡を冷やす。
見た目は何ともなさそうだが、痛いらしく、魅録は顔を顰(シカ)めた。
「あいつ…気の遣い方雑なんだよ…」
「魅録、平気ですの…?」
「なんとか…」
裕也に殴られた傷よりも、裕也がどうなったのかが気になる。
とりあえず仲間に金剛というヤクザを見張らせてはいるが、連絡はない。
と、そんなことを考えていると携帯電話が鳴る。
梅錦からの電話を聞いていると、まず裕也で間違いないであろう男が殴られ、運ばれていったらしい。
どこに行ったかも尋ねようとしたが、梅錦が思わぬ言葉を吐いた。
「そのまま若い女の子と一緒に、烏森神社の裏の倉庫に運び込まれやした!」
「神社の裏の倉庫な…って、女の子?」
「へい!若い女です!」
その言葉に、魅録は心当たりはないが、誰か女でも連れ込んだのだろうと思った。
すぐに向かうと告げて、電話を切る。
立ちあがって野梨子を見下ろすと、野梨子の顔には困惑の表情が浮かんでいた。
「野梨子?」
「女の子…」
まさか。
まさか咲季ではないだろうか。
そんな不安が頭を過る。
「私も行きます!」
制止する魅録の言葉も無視。
また自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
そう思うだけで心が逸(ハヤ)る。
「魅録!!」
「…。」
野梨子の必死の瞳に、魅録は根負けした。
それほど心配なのだろう。
野梨子の心をこれほど掴んだ裕也は大したものだが、今は彼の安否が気になる。
「…わかったよ。」
愛車にまたがり、裕也が捕われている倉庫へと向かった。
***
薄暗い倉庫の中。
煙が充満しているのは、男たちの煙草だろう。
非常にのどに悪い環境に、咲季は顔をしかめる。
そんなことを考えている余裕はないのだが、うっすらと瞳をあけると、男がたくさんいた。
着ていたはずのコートがない。
これから自分がどんな目に遭うのか、考えたくはないのだが。
目を閉じて意識を取り戻していないふりをしていると、外でうっすらと喧騒が聞える。
誰かが助けに来たのだろうか。
幸いにもここの男たちは気が付いていない。
隣で、この音が聞えたのか、裕也が目を覚ました。
「…ッ…雪月花を…返せよ……!」
「ああ?なんだ?」
頭を思い切り殴られたらしい彼は、その後もここにきて暴行を加えられたらしい。
苦しげに、しかしはっきりと彼らを睨みつけながら言葉を放った。
「返せって言ってんだろ…ッ!!」
「うるせぇんだよこのガキ!!」
思い切り蹴り飛ばされ、そばにいた大柄の男にも暴行される。
このままでは。
そう思った咲季は、目をあけてはっきりと視界を取り戻した。
「や、やめなさいよ…!」
「あ?おお…目が覚めたのか、お嬢ちゃん。」
「ッ…!」
下品な笑みを浮かべる男に、背筋が凍る思いがした。
恐ろしい。
近寄る男たち。
どうしたらいいのだろう。
「そいつは関係ねぇ…!」
「黙って寝てろ!」
かばおうとしたのか、裕也は声を振り絞った。
蹴りを入れられ、せき込む。
「なぁ、お嬢ちゃん。あんたの態度次第で、裕也を助けてやってもいいんだぜ?」
起こされ、顎を掴まれる。
舐めるような視線で上から下へ、視線を動かす男に、体が震えだした。
どうしよう。何か言わなければ。
***
魅録が男を相手にしていた間に、勇気を出して倉庫への道を走る。
恐る恐るドアから中をのぞくと、裕也の声が響いた。
必死で雪月花を取り返そうとしている。
直後に、周りにいる男たちに蹴られ始めた。
「…。」
怖くて震える。
ここに一人で飛び込むなんて、できるだろうか。
自分は悠理のように強くもない。
[やめなさいよ…!]
中から聞えた凛とした声は、聞きなれた声。
そして自分の不安が現実となった。
矛先は彼女に向いたのだ。
男たちが流れる方向に、見慣れた黒い髪が見えた。
「咲季…!!」
息をのむ。
そばにあった鉄パイプを握り締め、震える手を押さえ、意を決して飛び込もうとした。
その時。
「ひっ!」
「そこまでですよ。」
とんとん、と肩をたたかれ、驚いて振り向くとそこには。
「清四郎…。」
続いて悠理、美童、可憐。
どうしてここがわかったのだろう。
「僕なりの情報網がありますから。」
遅れて魅録がやってくる。
「魅録!アタイらにも声かけろよ!」
「…。」
次の言葉を言いかけようと、清四郎が口を開こうとした時。
[やだぁ…!うっ!!!…]
野梨子はドアの端から聞こえた声にハッとする。
こんなことをしている場合ではない。
そして、親友の頼みも裏切るしかない。
ここで彼女を助けられるのは、清四郎しかいないのだから。
暗闇の中で焦り立ちつくしている男たちを順々に蹴散らしていく。
中でも主犯のような男だけは残しておいて。
魅録と悠理が周りの男を倒している間に、清四郎は咲季のところまで駆け寄った。
すぐ近くには主犯である金剛という男が立っている。
気付かれないように近づいて、手足を拘束されて気を失っている咲季を抱きかかえた。
ぐったりして気を失っている咲季を遠ざける。
空気のいい場所に移動させねば、大切な喉が煙草や埃にやられてしまうと思った清四郎は、できるだけ換気されている場所まで咲季を移動させた。
「明かりつけろぉ!」
金剛の声が木霊した。
それを合図に照明をつける。
明るくなった自分の周りには、うめき声をあげて床にくたばっている仲間たち。
「なんだこりゃあ…!?」
狼狽している金剛と、その仲間のサブローの前に、清四郎・悠理・魅録が姿を現した。
「…みろ、く…?」
目を覚ました裕也の前には、立ちはだかる三人。
自分が迷惑をかけまいと殴った彼は、こう言い放った。
「雪月花と裕也、返せよ。…それと、俺たちの大事な仲間も、な。」
呆然としていた金剛に、はっと我に返ったサブローは、慌てて雪月花を抱えて逃げ出した
「…無駄ですよ。」
走り去ろうとするサブローに、一言放ってスライディングをしたのは清四郎。
サブローの足を引っ掛け、倒す。慌てて起き上がった彼に、追い打ちをかけるように飛び出したのは悠理だ。
「観念しろぉ!!」
「う、うわあああああ」
悠理のとび蹴りが見事に決まり、手に持っていた雪月花が宙に舞う。
それを見事に清四郎がキャッチし、残るは金剛のみとなった。
三人が一堂に金剛を睨むと、興奮した様子でナイフを取り出し、横たわっている裕也を抱き起こした。
「おい!」
「っ!?」
息をのむ三人に、続けて金剛は叫ぶ。
「こいつがどうなってもいいのか?!」
「卑怯だぞ!!!」
悠理の叫びはもっともだが、ここで下手に動くわけにもいかない。
「近づくな!!後ろに下がれ!!」
裕也を人質にとっている以上、言うことを聞くしか方法はない。
二、三歩後ろに下がったところで、金剛は裕也を投げ出して走り出した。
「裕也!」
倒れた裕也に、悠理と清四郎が駆け寄る。
追いかけようとした魅録の前で、金剛が「うわあ」と声を上げた。
「待ちな、さいよ…!」
「この、女っ…離せぇ!!!!」
逃げようとする金剛の足を必死でつかんだのは、先ほどまで気を失っていた咲季だった。
全体重をかけて、金剛を捕まえている。
「離せっつってんだろ!!!」
「嫌だ…!!」
足を振り回す金剛だが、咲季の決死の抵抗に、思うように振り払えない。
慌てて清四郎が駆け寄ろうとしたときだった。
「こらぁ!!いい加減に、しろ!」
「っ…!」
「咲季!!」
金剛が手に持っていた短いナイフが、咲季の腕に刺さる。
痛みに声が出なかったのか、咲季は声もあげずに力が抜けた。
さらに咲季の腹に蹴りを入れ、逃げようとする彼の腕が、メリッという音を立てたのはそのすぐ後だった。
「ぐぁあああああ!!」
「………。」
無言で金剛の腕を捻じ曲げたのは清四郎だった。
悠理が裕也の縄を解き、魅録が咲季に駆け寄る。
細い腕にはナイフが刺さったままで、気絶している咲季に、魅録は言葉を失った。
「命が、惜しくないようですね」
「ひ、や…やめ……っ!」
その声にハッと振り向くと、見たこともないほど恐ろしく冷静な顔で、金剛の首を絞める清四郎が、そこにいた。
「やめろ清四郎!」
「止めないでください。こいつは、許されないことをしたんです」
「やめろ!!!」
「こいつは…!こいつは咲季を傷つけた!!」
魅録の制止は彼に全く届かない。
怒りの熱だけが彼の心に膨れ上がり、それとは反比例するように鋭く冷たい瞳は目の前の男だけを捉えていた。
ギリギリと首をつかむ手の握力をかけていく。
「絶対に許しはしません。死んで、償ってもらいます。」