4章
夢小説設定
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それは、咲季や清四郎、野梨子が初等部4年生のころのことだ。
当時、クラスの学級委員を務めていたのが咲季と清四郎であった。
「じゃあ、よろしくね。」
「はい。」
クラスの人数分のプリントの束を咲季に手渡して、申し訳なさそうに先生がほほ笑んだ。
放課後に先生にクラスアンケートの集計を頼まれ、その日も残って作業をしていた。
よくあることだ。
放課後に残っていつも作業をしている咲季たちにとっては、いつものこと。
「すみません…。」
「なんで野梨子が謝るのよ、お茶会、頑張ってね。」
いつも手伝ってくれる野梨子が、今日はお茶会があるそうで、早々に帰ることになってしまった。
教室に残されたのは、咲季と清四郎。
「……終わるかな?」
「さぁ…。」
結構な分量のアンケートは、一日で集計できる気がしない。
それでもやってしまわないと、先生に提出できないので、やるしかないのだが。
「さっさとやってしまいましょう。」
「絶対一日では終わんないよ?」
「……頑張ってみましょうよ。」
清四郎は苦笑いで咲季のほうに顔を向ける。
頑張ろうか、と咲季が返事をするように笑うと、二人で机上の紙に目をやり、手を動かす。
その後も二人でぼやきながら、作業を続けた。
1時間ほど作業したところで、清四郎が壁にかかっている時計を見上げた。
そして申し訳なさそうに、咲季のほうを見る。
咲季は視線を感じて清四郎のほうに顔を向けた。
「…今日もなの?」
「はい…。」
帰り支度を始める清四郎を見て、咲季はため息をひとつ。
幼稚園のころから通っている道場での稽古があるのだ。
そのために、結局は咲季が作業を終わらせる。
「本当に強くなってるの?」
「!」
小さな疑問。
今日は清四郎が行ってしまったら、自分ひとりになってしまう。
それが嫌で、つい問いかけてしまった。
「もちろん。…昔よりもずっと、強くなりましたよ。」
「ふーん…。」
信じていないわけじゃないけど、と心の中でぼやいた。
教室の中はオレンジ色になっていて、咲季はふと窓の外を見る。
窓の向こうは夕焼け色だ。
茜色の光が咲季たちを照らす。
少しの間の後、もう一度咲季が問いかけた。
「何のために、強くなるの?」
「…それは…、」
咲季の素朴な疑問は前々から気になっていたことだ。
しかし、今度の質問には少し困ってしまったらしく、清四郎は黙り込んでしまった。
「昔、誰かにいじめられたとか?」
「…そんなことは、ないです。」
ムスッとした表情で清四郎は一言そういった。
図星なのか?とも思ったが、何かほかにも理由があるらしく、咲季はその答えを待ってみる。
いつまでたっても、咲季が清四郎の答えを待ち続けているので、清四郎も観念したのか、ゆっくり口を開いた。
どんどん日が落ちて、教室に差し込む茜色も色濃くなる。
自分の目の前にいる清四郎の顔は、夕日に照らされて真っ赤だ。
きっと、自分も同じだろう。
「…見返してやりたいと、思ったんです。」
「へぇ。」
「昔、馬鹿にされたことがあって…その時に決めたんです。いつか、大切な人を守れるくらい、強くなるんだって。」
「……。」
「今はもう、自分を馬鹿にする人はいません。」
「じゃあ…。」
「でも、守りたいと思う人が、いるから。」
ふっと笑って、清四郎は視線を落とした。
色白の肌は夕日のせいで真っ赤になって、長いまつげの影が落ちている。
なんて優しい顔なんだろう、咲季は心からそう思った。
「その人を守ることが、清四郎の夢?」
「…まぁ、そうなりますね。」
困った顔で笑う。今日に大人びて見える清四郎の顔に、少しだけ魅入っていしまった。
すぐにそれを隠すためにふるふると頭を振る。
すると、清四郎は話を変えるように、咲季に話しかける。
「咲季の夢は、歌手、ですか?」
「ん、んっ?…うん!世界中のいろんな人に、自分の歌を聴いてもらうことが私の夢だよ」
「すごいですね。」
自分はなんて大それたことを言ったんだろうとも思ったが、清四郎は真剣に聞いてくれて、共感してくれた。
それがまた、嬉しい。
少し話したところで、はっと時計を見上げると、もう5分くらい経っていた。
「あ…、…じゃあ、その守ってあげたい人のためにも、稽古頑張らなきゃね。」
「ええ、頑張りますよ。」
ふっと微笑んで、帰り支度を始める清四郎を見ながら、咲季はぼんやりする。
いつも一緒にいたのに、いつの間にか清四郎はすごく大人になっていた気がした。
去っていくその背中はなんだか少しだけ頼もしくて、清四郎が守ってあげたい人って、やっぱり野梨子かなぁと少し寂しくなる。
「咲季。」
「ん?」
教室のドアに手をかけて、清四郎が振り返った。
あれ、まだ行かないの?と咲季は首をかしげながら返事をした。
「僕は…。」
「?」
「僕は、必ず咲季を守ります。」
「…………へっ!?」
そう言って、清四郎はしっかりとこちらを見つめる。
突然のことで、間抜けな返事しかできなかったが、今、清四郎はなんて言ったかな?
「もっと強くなって、咲季を守りますから。」
「清四郎…。」
「だから、咲季も夢を叶えてください。」
清四郎の顔が、夕日が眩しくて見えない。
でも、なんだか笑ったような、恥ずかしそうな…読み取れないが、そんな表情で。
しばらく教室の中には何の音も響かなかった。
咲季は恥ずかしさと驚きで何も言えず、清四郎はそんな咲季の反応を待っているようだった。
咲季はしばらく何も言えなかったが、直前まで守りたい人は野梨子だと考えていたことを思い出し、確認するように問いかける。
「……絶対、守ってくれる?」
「!…はい。」
「本当?」
「ええ。」
何度も念を押して、清四郎に聞いてみる。
清四郎はどこから湧き上がるのか分からない自信に満ちた顔でうなずき、返事をする。
その自信は本物なのか、確かめたくて、確信したくて、咲季も何度も尋ねた。
「何があっても、守ってくれるの?」
「もちろんです。…そのために強くなるんですから。」
「…そっか。じゃあ、私も頑張って夢を叶えるよ。」
そう、ストレートに言われるとなかなか恥ずかしい。
でも、純粋に嬉しかった。野梨子じゃなくて、自分を守ってくれる。そう思うだけで、嬉しくなる。
今なら、つらいレッスンも頑張れる気がした。
「その代わり、約束してくれますか?」
「ん?何?」
得意げな表情は変わらない。
清四郎の次の言葉は予想できず、咲季は素直に言葉を待った。
「僕が咲季を守れたら、一生、一緒にいてくださいね?」
「えっ?」
「……約束です。」
そう言って笑った清四郎の顔は、ずっと一緒にいたのに全く見たことのない顔で、思考が停止する。
でも必死に頭を動かして、恥ずかしさを隠すように笑った。
「……わ、わわわ、わかったッ!…じゃあ……、絶対強くなって、守ってよね?!」
急に恥ずかしさがこみ上げてきて、ほら、早く行きなよ!と清四郎を急かす。
まるで、告白のような清四郎のセリフに、顔が熱いのがわかる。
清四郎を追い出して、椅子に座りなおす。
一人になった教室で、黙々と作業をするが、頭の中はさっきの会話でいっぱいだった。
***
それから、何も変化はなかった。
守るも何も、咲季にはそんな危害が加わる場面もなく、いつも清四郎や野梨子と3人で行動を共にするくらいで。
それでも、なんとなく感じていた。
3人で行動していても、どこか、自分と、清四郎と野梨子の2人は切り離されているような気がしたのだ。
確かに自分は声楽の練習であんまり2人といられない時があった。
たまに2人に近づこうとすると、なぜか入りづらく感じてしまう自分がいる。
周りでは、あの二人はお似合いだとか、そんな言葉がささやかれる。
…幼馴染、なんだけどね、私も。
野梨子や清四郎にはそんな気は全然ないって、一緒にいればすぐわかる。
でも、なぜだかそんな噂に苛立つ自分がいるのだ。
そのたびに自己嫌悪になる、悪循環。
頭の中では、自分を守るといった清四郎より、野梨子と一緒にいる清四郎のほうが大きくなってゆく。
野梨子に対する劣等感。
『嫉妬』なんて言葉にするには、まだまだ拙い、幼稚な感情。
そうして咲季は、2人と距離を置くことに決めた。
がむしゃらに歌を習い、コンクールに出た。
毎日レッスンを入れて、皆と会わないように、と考えながら生活をして。
歌を歌うことが自分の夢。
夢を叶えれば、振り向いてくれる?
そして、いつの間にか、あの約束は、私の心の奥に隠しこまれてしまったのだった。