4章
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翌朝。
清四郎が生徒会室に入ると、すでに5人が待ち構えていた。
「お茶でもお入れしましょうか?…生徒…」
「会長!!」
声を揃えてからかう皆に、清四郎も困ったように視線を逸らす。
席に着いてから、皆の顔を見回した。
「…咲季は?」
「まだ来てないよ。」
「遅れてくるんじゃない?よく2限目から来てるし。」
ああ、と皆が納得して、万作おじさんの話に話題が移る。
少し話をしたところで、魅録が思い出したように野梨子に話しかけた。
「なぁ、野梨子。」
「なんですか?」
「ジグソーパズル、途中まで作り直しておいたから。」
「あ…!」
「それでさ、あれ…。」
皆も2人の話に参加しようと体を乗り出した。
「野梨子のパズルのこと?」
「あ、うん。」
可憐が問いかけると、魅録が返事をした。
悠理も、完成したのか?と嬉しそうに聞き返す。
「魅録…わざわざゴミ箱から拾い集めたんですの?」
「は?」
「…私、パズルを一度、ゴミ箱に捨てたんです。」
つい…と言葉を濁す野梨子に、清四郎がすいませんと謝った。
皆もあらら、と苦い顔をしている中で、魅録だけが納得のいかない顔。
「……野梨子、机の下に捨ててたじゃん。」
「え?」
「へ?……野梨子じゃ、ないの?」
食い違う二人の意見に、皆も?マークを頭に浮かべる。
魅録はその時のことを皆に話す。
自分が生徒会室に入ると、パズルが机の下に散乱していた、という当時のことを話すと、野梨子はそれは自分じゃないと言い張った。
「…じゃあ、誰が?」
「可憐と美童は、違うのか?」
「違うよ。」
悠理と清四郎は学校には来ていなかった。
ということは…
「咲季?」
「しか、いないよね?」
可憐の言葉に、皆が納得。
魅録は、なんであんなことしたんだろうと思いながらも自分が途中まで作ったパズルを机に持ってきた。
「皆で完成させようぜ!」
悠理の言葉に皆で返事をして、6人が、魅録の持ってきた板の周りに集まってきた。
白い布を外すと、半分くらい出来上がったパズル。
清四郎が、パズルの絵を見て笑顔を消した。
「…………魅録。」
「ん?何、清四郎?」
「これ………本当に一度、咲季が作ったんですか…?」
清四郎の発言に、皆が固まる。
はっと野梨子が息をのむ声が聞こえた。
最初は意味のわからなかった皆も、すぐに意味がわかった。
「これって、この前新聞部が撮ってくれた写真…?」
「その時、咲季はオーストリアに…。」
完成しかけのパズルには、笑顔の6人。
咲季がパズルを床に落としていった理由だって、容易に想像できる。
「わっ、…私……なんてことを…!」
野梨子の目からぽろぽろと涙がこぼれる。どんな気持ちでこのパズルを作ったんだろう。
そう思うだけで6人の心が締め付けられるようだった。
「今日…咲季は…?」
「わからない…。」
美童の質問に、魅録が答えた。
清四郎は携帯を見る。あの時の電話は、これが原因だったのか?
だとしたら…僕はなんてことをしてしまったんだろう。
「みなさん!!!!授業をどれだけサボれば気が済むんですかぁ!!!」
「先生!」
「なっ、なんですか、菊正宗君!」
清四郎の真剣な声と表情に、校長先生も一瞬たじろぐ。
「今日、咲季を見ませんでしたか!?」
「咲季?…あぁ、高天原君なら、今頃…成田ですよ。」
「………な、成田?」
予想外の言葉に、皆の思考が停止する。
成田?成田空港のことか?だとしたら、なぜ?
「あれ?皆さん知らないんですか?」
「なにを!?」
「松竹梅君、そんなに食ってかからなくても…。」
迷惑そうな顔で教頭がぼやく。そんなことより、と皆が校長の顔を見た。
「高天原君なら、今日からオーストリアに留学するんですよ。そのまま向こうの大学に通うそうです。」
すばらしいですねぇ、とうっとりする校長とは正反対の顔をした5人。
清四郎だけが、何も言わず生徒会室を飛び出した。
「ちょ…!清四郎!」
慌てて魅録が清四郎を追いかける。
校長先生たちは、どうしたんですか!と残った4人に尋ねたが、みんな一様に失礼しますと言い残して部屋を出た。
険しい表情の美童と可憐。半分泣きそうな顔で自分たちに対して悪態をつく悠理。
涙が止まらない野梨子は、前がもう、ろくに見えない。それでも、走って。
謝りたい。その気持ちだけが胸に詰まって息がとまりそうだ。
1限目の授業が始まっている廊下に、清四郎の足音が木霊した。
「咲季…!僕は、まだ、君に謝っていないんです……!伝えたいことも、あるのに!」
後ろからほかの足音もする。
きっと、皆が自分を追いかけているのだろう。
頭の中に、あの時の泣きそうな咲季の顔が思い浮かぶ。
間に合ってくれ、どうか、と願いながら。
皆で謝らなければならない。
どうして、どうしてもっと早く…
後悔するより、今は走ろう。間に合うかもしれない。そう思いながら、呼び出しておいた車に乗り込んだ。
***
「…咲季?」
「…………へっ?」
「ボーっとして、どしたん?」
成田空港。咲季は今、諒と共に空港内の喫茶店で一息ついていた。
もう少ししたら、ゲートに行かなければならない。
といっても、その中でまた長く過ごさなければならないのだが。
「咲季、昨日寝た?」
「…どうしてそんなこと聞くの?」
「なんか疲れた顔してる。」
「…。」
仕方ないじゃないか。
頭の中は有閑倶楽部の皆のことでいっぱいなんだから。
昨日の夜に来たメール。
清四郎と悠理の婚約の解消。
それがどういうことかわからないけど、きっとみんなは元通りになったんだ。
私だけが、意地を張って…でも、もう戻れない…。
「…行きたくなくなった?」
「っ!…ち、違うよ!!」
諒の言葉に慌てて否定をする。行きたくないわけじゃない、でも。
「ま、…もう戻れんからね」
「っ…。」
追い打ちをかけるように呟いた諒の声はいつもよりトーンが低い。
囁くような声が鼓膜を震わせて、私は息が詰まった。
「もう戻れない」という言葉が、胸の中で鼓動を遮るような、苦しさ。
そのまま黙っていると、諒が自分のコーヒーを飲みほした。
私はふと時計を見る。もうすぐ搭乗口に向かう時間だ。
「そろそろ、かな?」
「せやね、でも、ゆっくり飲んでもええよ。」
さっきとは違う優しい声に、安心した。
ありがと、とほほ笑んで、紅茶を一口飲む。
今頃、皆も紅茶を飲みながら談笑しているんだろうな。
今回も、いい暇つぶしになったって。
考えるだけで苦しくなるので、やめにした。
そのまま一気に紅茶を飲みほして、諒に行こうと呼びかける。
諒は少し驚いた顔で「もうええの?」と言ったけど、私はうんとうなずいて、カバンを手に取った。
大きな荷物はもう預けてある。戻れないのだ、本当に。
勘定をすませて喫茶店を出る。
平日の空港は、スーツで決めた会社員らが多かった。
みな無機質な顔で足早に歩いていく。私も、そのうちの一人だ。
「何番かな…。」
諒が呟いて歩きだす。私もその後ろに着いて行った。
***
「っ…はぁ、はぁ…。」
成田に着き、急いで車を降りて構内を走る。
平日の空港で、制服姿の高校生が走り回る姿は、どう見ても異様だった。
でも、そんなことにかまってられない。
咲季はどこだ、ただそれだけで足を動かしていた。
「ここや。」
「うん。」
ようやく見つけたのはいいが、すでに手荷物検査を待つ乗客たちで列ができていた。
それでも、スムーズに進んでいるらしく、そんなに時間を食うことはない。
カバンを肩からおろし、すぐに検査ができるように準備をする。
そういえば、このカバンはきぬさんの家に行った時のカバンだな、と思い出した。
…きぬさんの言ってたこと、今ならわかる気がする。
ふっ、と自嘲気味に笑う。もうすぐ自分の番だ。
顔を上げると諒が金属探知機をくぐる。
その時、バタバタという足音が聞こえた。
急いでいる人かな?と思う程度で、気に留めず前に進む。
走っていると、遠くのほうに列が見えた。
この時間帯なら、もしかしたら咲季が乗る飛行機の乗客の手荷物検査かもしれない。
わずかな期待を胸に走る。息が上がっていたが、そんなことは気にしない。足が動く限りの早さで走った。
「清四郎早い…!」
一方。
他の5人も空港に到着したが、清四郎の姿はもうない。
野梨子は泣き続けていて目が赤く腫れ、皆の顔も晴れない。
ただ周囲を探し、走り回るしかなかった。
***
ピー。
「え」
「ちょ…」
次は自分、と金属探知機をまたぐと、音が鳴った。
自分が身につけているものではなかったが、カバンのほうに何かが入っていたみたいだ。
「えー…。」
「何入れてたん?」
「何も入れてないし…引っかかりそうなものは出したよ?」
カバンの中身を出して係員がカバンをひっくり返す。
カラン、と音を立てて机に落ちたのは金属片。
「?」
係員と諒が私を見る。私もこれが何か分からない。なんでこんなものがこんなところに?
「えーっと…」
その金属片は少しさびていて、窓のサッシなんかに使われているようなものに近かった。
ふと考えて、気付く。もしかして、きぬさんの家で襲われたときに、破片が中に入った?
「事故の時に破片が入っちゃったのかも」
私の言葉に納得した係員がどうぞ、と先へ進むように促す。その時、足音と共に声が聞えた。
やっと辿り着いたはいいが、列ができているそこに乱入することはできなかった。
咲季らしき姿を見つけたはいいが、どんどん先に進んでしまう。
と、手荷物検査で引っかかったのか、その姿が止まる。隣にいるのは刑部諒だ。
間違いない、あれは、
「咲季!!」
僕の声が空港に響く。列の後ろのほうにいた客が僕を見ていたが、構わない。
「今、清四郎の声聞えなかった!?」
可憐の言葉に美童も「僕も聞こえたよ!」という。
5人は声のするほうに走った。
悠理が野梨子を支えて、走る。
バタバタと足音が響いた。
***
「咲季!」
間違いなく、自分のことだ。
そう気付くのに、多少の時間がかかった。
絶対にもう聞くことはないだろうと思っていた声。
声の主も、わかっている。
でも振り向いたら私はどうなるんだろう。もう戻れないのだ。
「…咲季。」
「わかってる。」
諒が制止するように名前を呼ぶ。
私は答えた。「わかっている」と。
わかっているのだ、頭では。
「っ…咲季!!!」
必死な清四郎の声が耳に入る。頭ではわかっていても、涙が止まらない。
振り向きたい。
今後ろを向けば、清四郎がいる。でも、ダメだ。
「……。」
咲季は黙って止めていた足をまた動かし始めた。
名前を何度呼んでも、咲季は振り向かない。
聞えているはずだ、なのに、なぜ?
すると刑部諒が振り返った。
睨むような目つき。「もうやめてくれ」と言わんばかりだ。
咲季が歩き出した。背中が遠ざかっていく。
「せ…しろ…!……っ…ぅ…。」
「…。」
涙が止まらなくて、足がうまく動かない。今すぐにでも振り返りたい、応えたいのに。
できないことがもどかしくて、涙が止まらない。
「な…んで…。」
なんで?名前を呼んだらいつでも来てくれたよね?
わかってる、来るはずがない。
そうでしょ?
「……しろっ……清、四郎…!!」
「…咲季。」
応える声は、私が望む声じゃない。
背中をさすって、歩くように促す。
私は抵抗せずに歩いた。もうすぐ右に曲がる。もう戻れない、本当に。
私は歩いた。振り返っても、清四郎が見えないところまで。
角を曲がってすぐに、私は振り返る。清四郎の姿なんて、どこにも見えなかった。
***
「清四郎!」
曲がり角を曲がって、咲季が見えなくなった。
僕はただその場に立ち尽くしていた。
仲間たちの声がして、はっと我に帰る。5人とも、息が上がっている。
「…。」
「咲季…は…?!」
「もう、行きました。」
その言葉に、野梨子が泣き崩れた。
僕だって泣きたい、自分の愚かさに腹が立つ。
「…そ、っか…。」
絞り出すように魅録が言った。
そういうしか、言葉がなかった。皆もきっと同じだ。
はぁ、と息をはく。
自分の無力を笑うように。
見えたんだ、角を曲がる直前に、咲季の顔が。
「野梨子、泣かないでください。」
「…っ……でもっ…!」
泣いていた。咲季は泣いていたんだ。
必死に手で顔を拭って、止まらない涙に顔が濡れて。
真っ赤な顔で、泣いていた。
「咲季も、泣いていました」
「っ!」
皆がその言葉に僕を見る。僕はそれだけ言って背を向けて歩き出した。
さっきまで咲季のために動かしていた足が、急に重くなった。
それと同時に、全身を巡る血液が咲季を欲しているようで。
頭の中には咲季との思い出ばかりが巡る。
『清四郎!』
ずっと僕を呼ぶ声が好きだった。彼女の歌が好きだった。笑顔も、何もかも。
守ってあげたくて。そのためだけに稽古に励んでいたころもあって。
約束を交わしたあの日、彼女は言っていたんだ。
『世界中のいろんな人に、自分の歌を聴いてもらうことが私の夢なんだ』
彼女が自分の夢をかなえるために旅立つのなら、僕も強くなろう。
いつか帰ってくるころには僕が彼女を本当に守る。そう伝えて。
***
涙が止まって落ち着いたころには、もう搭乗の時間だった。
搭乗券を手渡して、機内に向かう。
ファーストクラスの席に二人で腰かける。あれから諒は何も言わない。
私は「ごめんね。」と諒に呟いて席に着くなり横を向いた。
私は窓際の席だ。窓の向こうのまだ地上についたままのこの飛行機の翼を見る。
目を閉じた。目が痛い。
しばらくして、動き出す飛行機に、私はきちんと座りなおした。
諒がこちらを見て、口を開いた。
「飲み物頼んどく。つらいなら、休みな?………悪いのは、全部俺や。」
「…ありがとう、ごめんね………」
自分勝手だ。ほんとにそう思った。
私は何でこんなに自分勝手なんだろう。諒が全部悪いなんて、そんなこと、あり得ないのに。
離陸した飛行機はすぐに安定した。
私はシートの背もたれを倒し、横になると、窓のほうに顔を向けた。
泣きすぎて痛む目をかばうように目を閉じる。微妙な飛行機の振動に、すぐに眠りに落ちた。
懐かしい夢を見る。いつのことだったかな。
懐かしい教室に、懐かしい景色。
この夕焼けはあの日の色に似ている、と思った。
次々と映る景色は、見慣れた聖プレジデント学園の初等部だった。
夢の中?それとも思い出?これは…約束をしたあの日のことだ。