4章
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二人の婚約記者会見を途中で抜けた咲季は、魅録が呼んでくれた車に乗って帰宅した。
魅録が泣きだした咲季を隠していたおかげで、清四郎や悠理には事が知れず、可憐や美童にも、「咲季は気分が悪くなって帰った」と誤魔化すことができた。
咲季をロビーの入口まで送っていった間に、記者会見場では大変な騒動が起きており、戻ってきたころには離婚騒動にまで発展していたのだった。
「…大変なことになっちゃったわね。」
「ほんとにね……。」
本当に、可憐と美童の言うとおりだ。
あっという間に7人を取り巻く環境が変わってしまったようだった。
それから、剣菱財閥の実権を清四郎が得て、学校にも顔を出さなくなった。
悠理も学校に現れなくなり、聞いた話では、自宅でみっちり勉強などをやらされているらしい。
生徒会室にはいつもの活気はなくなり、朝の見慣れた風景も少しさみしくなってしまった。
「高天原先輩!」
「…?」
「菊正宗会長と白鹿先輩を最近見ないのですが…。」
「…。」
1週間もの時間が過ぎ、聖プレジデント学園の生徒たちも、生徒会のお馴染のメンバーがそろっていないことを気に掛けだした。
咲季にとってはこの質問が一番嫌で、自分の気持ちに気が付いてからはなおさらだった。
「…あの、」
「知らないわ。」
話しかけてきた後輩には悪いが、態度も自然と悪くなってしまう。
今の咲季は、簡単に笑えるほどの余裕はあまりなかった。
久しぶりに生徒会室に行ってみようと思いたった咲季は、午後の授業をサボって生徒会室への階段を上っていた。
やけに静かだ。いつもなら、悠理の声が聞こえるのに。
生徒会室の豪華なドアを押しあけて、中に入る。
そういえば私、ゴミ当番だったな、と思いながら、誰もいない部屋を見渡した。
「…誰もいないや。来てないのかな?」
独り言を呟いて、部屋の中を歩き回った。
ふと、ゴミ箱が目につく。自分の当番のこともあり、中をのぞいてみると、何も捨てられていない袋の中に、大きめのボードと見覚えのあるピース。
野梨子がやってたジグソーパズルだろうか?
私はゴミ箱の中から板とピースを拾い集め、真ん中にある円卓の上に広げた。
一つ一つ枠から埋めていくと、なんとなく完成図が頭に浮かんできた。
見慣れたカーテン、窓、床。
これは生徒会室だ。
「…。」
どんどん出来上がっていくパズルを見ながら、言いようのない不安に駆られた。
これが、私の想像通りの絵ならどうしよう。
その不安は現実になった。
「っ!!!」
あと残り少しのところで、私はその板を手で机からはじき落とした。
そんなのないよ、野梨子。
このパズルが完成したとき、野梨子はどう思ったのかな?皆は?………清四郎は?
「…6人の写真なんて、いつ撮ったの?……そっか、私がいないとき?」
一人でそう呟いたとたんに、涙があふれてきた。
きっとこのボードには、6人が並んだ素敵な絵が出来上がるんだね。
「…だったら最初から、私のことなんかほっといてくれてたらよかったんだよ…。」
そうだ、最初から、有閑倶楽部になんて入れてくれなきゃよかったんだ。
そしたら野梨子を嫌いになることもないし、清四郎にだって近づかなくて済むし、こんなに傷つかないのに。
咲季は本棚に置いてあった自分の楽譜をカバンに押し込んで、生徒会室を走り去った。
泣きながら廊下を走って、一気に中庭に出る。
そのまま校門を抜けて見慣れた道路を走った。
しばらく走ったところで止まる。息が切れた。涙も止まらなかった。
「…はぁ…はぁ……。」
息を整えていると、自然と頭も冷静になってきた。
頭からすっかり抜け落ちていたオーストリアのことが急に頭の中に現れてきて、携帯を取り出し諒に電話をかけた。
<もしもし?咲季?>
「……諒?」
<おん、どしたん?>
諒は突然の電話に少し驚いているようだったが、咲季の沈んだ声に何かを悟ったのか、優しい声色で返事をしてくれた。
「オーストリアに行くよ…。」
<!………ほんまに?>
「うん…、一緒に頑張ろう。」
<…ほんまにありがとう、俺の我儘叶えてくれて。>
「ううん、世界の舞台に立つのは、私の夢だったから。」
<……………じゃあ早速、明日、飛行機で行こうと思うんやけど。>
「え……!」
諒はしばらく考えるといきなり提案してきた。
いくらなんでも明日は急すぎないだろうか。…いや、でも早いほうがいいかもしれない。
離れ難くなる前に、有閑倶楽部のみんなとは縁を切ったほうが自分のためだ。
そう考えた咲季は、素直に返事をして、明日の朝に出発することを承諾した。
<急やけど、ごめんな。>
「…ううん。大丈夫。」
申し訳なさそうな諒に極力明るい声で返事をして、電話を切った。
詳しいことは夜に連絡すると言われ、また何を考えるでもなくとぼとぼと帰り道を歩いた。
帰り道の途中で、菊正宗総合病院の前を通った。
その隣には白鹿邸がある。もう少し先に、自分の家。
「清四郎………」
握りしめたままの携帯を開き、無意識のうちに電話帳の清四郎の電話番号をディスプレイに映す。
最後に一言だけでも、声が聞きたい。…我儘だとは、わかっているけれど。
勇気を出して、通話ボタンを押す。
呼び出し音が鳴る。
2回聞いたところで我に返り、あわてて電源ボタンを押した。
「…何やってんだろ、私」
忙しいんだから、電話に出てくれるわけがない。
話をしたところで、私の気持ちが伝わるわけがない。
こんな気持ちを、諦められたら、どんなに楽なんだろう。
私は携帯を閉じて、早足で自宅へ帰った。
家に戻って明日の支度をする。
携帯が光った気がしたが、自分の心が揺らぐのが怖くて電源を切った。
「…もう、戻らないかもしれない。」
コンクールは来年以降。
帰ってきても卒業だ。皆には、もう会えない。
そのまま向こうの大学に進学すれば、もう会うことはほとんどないだろう。
それでいい、それでいいんだ。
言い聞かせているとまた涙が出た。
乱暴に手の甲で拭って、カバンに荷物を詰め込み続けた。
***
咲季が生徒会室を出た後、ちょうど入れ違いで魅録が生徒会室を訪れていた。
誰もいない、薄暗い生徒会室の中を歩いて行くと、机の下に散らばっているジグソーパズル。
「んだよ、これ…。」
裏向きになったボードをかえしてみると、ピースが外れて枠しか残っていない。
周りに散らばったピースを集めて、再び作りなおすことにした。
しばらくはめ込んでいくと、それがなんなのかわかってきた。
しかし、なにかがおかしい。何がおかしいのかは分かっているのだが、信じたくない、というのか。
恐る恐る出来上がりかけのパズルを手を止めて見てみる。
おかしい、なにかがおかしい。
「オレンジ!オレンジ!俺んちのオレンジジュースっ!」
「魅録?」
寒いギャグと共に美童がやってきた。その隣には可憐。
魅録はとっさに完成しかけたパズルを隠した。
「…最近、野梨子ここに来ないね。」
「咲季も、見ないね。」
可憐と美童が寂しげに話す。
寂しいと思っていたのは自分だけじゃないということに少し安心して、魅録も二人にうなずいた。
「あら、よかった、今日は3人いるのね。」
「理事長…。」
理事長先生が生徒会室にやってきた。
閑散とした部屋を見回して、寂しいと思ったら…と一言漏らした。
「あなたたち、仲間という大切な宝石を、大切にしなきゃだめよ。」
「…宝石……。」
そう、わかった?と理事長先生が笑った。
そのとき、ふっと3人の頭の中には7人で笑いあった、あの暇な毎日が思い浮かんだ。
「ねぇ、悠理のところに行かない?野梨子も誘って。」
「あー…、俺は、いいや。」
魅録は二人の誘いを断ることにした。
それでも、あいつに聞きたいことがある。咲季の様子も気になる。
気にしてるのは自分だけじゃないはずだ、そう、清四郎だって同じはず。
魅録は出て行った2人にわざと遅れるように部屋を出た。
***
「…咲季?」
会議から剣菱邸へ帰る途中、ポケットに入れた自分の携帯が震えた気がした。
最近はもっぱら会社との連絡用の携帯しか使っていない。
おもむろに携帯を取り出すと、咲季からの着信だった。
取ろうとした瞬間に、切れてしまったが。
そういえば、咲季は最近どうしているんだろう。
他人のことを考えている余裕もない自分は、情けないが、考え出してみると仲間の顔が頭に浮かんでくる。
咲季の泣きそうな顔は今でも忘れない。
試しに折り返して電話してみたが、出てくれず、「どうしたんですか?」とメールを送ってみた。
「……このスケジュール…すごいわね。」
可憐と美童は悠理の好きな肉まんを買って、剣菱邸に来ていた。
元気のない野梨子も無理矢理誘って、4人で久しぶりに集まる。
「気楽な話じゃないですよ。」
美童の浮かれた発言を真っ向から否定するように、清四郎の声が響いた。
向かいの入口から、清四郎が現れる。
ひどく顔色が悪かった。
「清四郎!久しぶりじゃない!……ちょっと痩せた?」
可憐の心配そうな声にも反応を見せず、よそよそしい態度で可憐と美童に接する。
野梨子はただその光景を見ているだけだった。
よく見てみると、魅録と咲季の姿がない。
それは、さっきの電話と関係あるんだろうか。
事情は分からないが、今は休み時間を過ぎても座ったままの悠理のほうが問題だ。
「休憩時間はとっくに終わってるぞ。」
「…!」
悠理にそう告げると、野梨子が申し訳なさそうに会話に割って入った。
「清四郎、…いくらなんでもやりすぎですわ。」
諭すように野梨子が言った言葉が癇に障る。
これはこちらの問題だ、と。
意地を張った子供のような感情が駆け巡って、野梨子を鋭い視線で射抜く。
「これは剣菱家の問題です。口出しは遠慮願いたいですね…。」
「!……よく、わかりましたわ……。」
「…。」
「清四郎を信じた私が、愚かだったということですわね。」
「…。」
いくらなんでも言いすぎだ、可憐も美童もこれには驚き、非難した。
清四郎自身も、言い過ぎたとはわかっているのだが。
もう戻れないと自分に言い聞かせ、リビングを後にする。
悠理の叫ぶ声が聞こえる。どうしてこうなったのか、自分でももうわからない。
「咲季…」
あの時自分の背中を押してくれた人の名前を呼ぶ。
あの場所に咲季がいたらなにか変わっていた?
弱音を吐けた?……いや、きっと無理だろう。
「…はぁ…」
「俺たちと話してる暇なんてないってか…?」
「…魅録」
廊下の先には魅録がいて、追い打ちをかけるように言葉を投げかける。
これで会っていないのは咲季だけだ。
余計なことを考える余裕はない。
自分の限界は感じ始めているのだ。ただ、他人にそれを指摘されるのが嫌なだけで。
「……お前さ、仲間の気持ちより、自分の野心のほうが大事かよ。」
「…。」
その質問は、素直に答えれば、NOだ。
でも、弱音を吐きたくない。
大事な人に泣きそうな顔をさせて、いまさら戻れる?
「剣菱財閥を世界一にするには…………仲間どころじゃありませんよ。」
「…!」
吐き捨てた言葉に、余裕のない顔は説得力がないだろう。
でも、強がってしまう。
こんな自分じゃ、もう咲季のことなんて守れない。
自嘲気味に笑って、魅録に背を向けて歩き出した。
「…咲季が、」
「!」
「咲季が、婚約発表会見の時に泣いたの、お前知ってる?」
思わずまた、魅録のほうに振り返った。
泣いた?咲季が?
何も知らなかった。咲季がここにいないのは、すべて自分のせいなのか?
「…」
「俺は、その理由は知らない。」
自分は何も分からない。でも、あの時あんなに泣いている女の子を初めて見て、何もできなかった。
守ってやりたい、涙を止めてやりたいのに、どうしていいかわからなくて。
「あいつが泣くのを止めれるのは、清四郎だけしかいないんだろうな」
「…」
「でも、俺はそれがすげーむかつくんだよね」
できることなら、自分が。
咲季を笑わせてやりたいのに。
「お前が剣菱財閥を守るなら、もうそれでいい。でも、仲間を…咲季を泣かせるのは止めてくれない?」
「…。」
「俺が、咲季のことを守るから」
「!」
魅録の強い目は、あの時の自分のようだった。
自信に満ちた、輝いた目。
咲季なら、どっちを取る?
***
「…咲季…。」
小さく呟いて、鉢巻をしめる。
もう、清四郎を引き留められる人は貴女しかいない。
でも…不可能を可能にするのが…!
果たし状と得物を手に取り、剣菱邸に向かった。
***
剣菱邸では、悠理のテーブルマナーを清四郎がチェックしている最中だった。
自分を止めようとするメイドを押しのけ、リビングに入る。
「野梨子…!」
「清四郎、勝負ですわ。」
そう、すべては皆の、そして、咲季のため。
剣菱邸の広い庭で、野梨子と清四郎が対峙する。
悠理の制止の声が聞こえるが、野梨子は無視して清四郎を睨んだ。
「やぁ!!」
「っ!」
本当は戦いたくない。清四郎もその気持ちが募り、野梨子の特攻を避けることしかしなかった。
「っ!卑怯ですわよっ、清四郎!正々堂々と戦いなさい!」
「…っ。」
避けて、避けて、ただそれだけのことを何度か繰り返した時、野梨子が勢い余って転んでしまう。
「野梨子!!」
「!?」
「てめぇ…清四郎、いい加減にしろよ!!」
「!」
奥からやってきた魅録、美童、可憐が急いで野梨子に駆け寄る。
魅録が上着を脱ぎ捨て、清四郎と向かい合った。
「…咲季…二人を…止めてください…。」
野梨子の言葉は誰にも届かない。
二人は同時に蹴りを入れ、そこから二人の対決が始まった。
どれくらい殴り合い、蹴りあったのだろうか。
弱っている清四郎は、もはや何のために戦っているのか分からない。
ただ、頭に浮かぶのは、咲季を守る魅録。
考えるだけで虫唾が走る。
「さっさと…、目を、覚ませよ!!」
「ぐっ!!」
バキッと骨と骨がぶつかる音。
頬の内壁を噛んでしまった気がするが、それよりも疲れで立てそうにない。
僕はまだ…咲季を守れるほど、強くないのかも、しれませんね…。
そう思いかけたそのときだった。
「清四郎!!!何してるんですの!頑張りなさい!!」
「!」
「…そんなんじゃ、大切な人も守れませんわよ!」
野梨子の言葉に、皆が2人を応援し始める。
そうだ、まだ諦めたくはない。
咲季にちゃんと謝って、そして伝えよう。
約束のことも、ちゃんと話して…。
そう思った時、清四郎と魅録の拳が止められた。
直後、目の前にいたのは見慣れた雲海和尚。
そのあとのことはあまり覚えていないが、和尚に喝を入れられた清四郎は、吹き飛ばされ、正気を取り戻した。
帰ってきた剣菱夫妻も和尚に喝を入れられ、すべてがまた平穏に戻ったのだった。
「このことを、咲季にも報告しなきゃね。」
「そうですわね。」
剣菱邸に戻り、魅録と清四郎が治療されるのを見ながら、可憐と野梨子が言う。
そうだね、と美童が相槌を打った。
「…咲季と言えば、咲季に何かあったんですか?…僕が言えることじゃないですけど。」
「え?」
急に問われた魅録や悠理は全く分からないという顔で首をかしげる。
逆になんだよそれ、と言わんばかりの顔で、皆が清四郎を見た。
「…いや、知らないんだったら、いいんです。」
「おう。」
治療も済み、皆で剣菱邸を後にする。
明日にはまた、7人が生徒会室に集まるだろうと信じて、全員が帰路についた。