4章
夢小説設定
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咲季の言葉ははっきり言って意味不明だった。
でも、伝えたいことはわかった。
『だって、…なんでもできるから。………私が思っているよりも、もっとずっと、…清四郎はすごいから。』
あの時、泣きそうな顔でそんなことを言った咲季のことが頭から離れない。
ただ一人、僕にあんなことを言った咲季の様子はどこかおかしかった。
「……。」
家に着き、自室に入ってすぐにベッドに座り込む。
はぁ、と一息ため息をついて、考えるのは咲季のことと剣菱のこと。
あの時、本当は咲季に「嫌だ」と言ってほしかった。
野梨子が助けてくれるとは思っていなかったが。
そのうえ、咲季は僕が剣菱家に婿養子に行くことを止めはしなかった。
むしろ、背中を押してくれた気がする。
「自分の力を試すなら………。」
何度もその言葉を繰り返す。
自分の可能性にかけてみたい。
咲季がそう言ってくれた、自分の力に。
僕は着替えて道場に向かった。
この悩みを発散するには、動くしかない。でも、もう心は決まっているようなものだった。
どうせやるなら、そう、どうせやるなら…………!
次の日。
朝から学校に行く気になれなくて、最初の2限をサボった。
…といっても、いつもサボっているのだから、なんてこともないのだが。
そろそろ休み時間だろう、と裏門から中に入る。
まだ授業をしている静かな校舎内に、自分の足音だけが響いた。
広い校舎の中で、生徒会室までの道の途中でチャイムが鳴り授業が終わった。
休み時間が始まり、少しずつ校舎の中も賑わいだす。
生徒会室のへの階段を上り、ドアノブに手をかける。
清四郎に会いたくないな、と思いながら、ドアを開けた。
パシンッ
「!?」
「見損ないましたわ!!」
「…。」
ドアを開けたと同時に、肌がぶつかる、はじけるような音。
目の前で起こったことに、私はただ立ち尽くすだけだった。
「あ、……の……。」
涙声で話す野梨子に、私の声は聞こえていない。
そのまま部屋を飛び出していった。
とっさに避けたが、私はまだ目の前の出来事に頭が追い付かない。
「っちょ、野梨子!」
あわてて魅録が声をかけるが、そのまま私に気づいて立ったまま。
可憐は驚いたように美童に話しかける。
「あらら、野梨子って清四郎に惚れてんの!?」
「っ!」
可憐の言葉に、また胸が苦しくなる。
昨日から、ずっとこんな調子だ。
魅録が野梨子を追いかけていくころに、少し我に返った私は、残った3人に挨拶をした。
可憐と美童はさっきのことに動揺していたが、いつもと変わらず「おはよう」と返してくれた。
「清四郎…。」
「聞いてたんですか?」
「…………うん…。」
「それで、咲季も、僕を見損ないましたか?」
「…え?」
清四郎は冷たい声でそういうと、私に笑いかけた。
いつもの優しい笑顔じゃない。どこか、私を避けるような、よそよそしい笑顔。
「そんな…、」
「咲季も、僕を叩けば気が済みますか?」
「っ!」
その言葉に、息が詰まる。
ただ、清四郎を見つめることしかできない。
部屋には冷たい空気が流れる。
可憐と美童も、何もしゃべらず私たちのほうを見ていた。
「……。」
何も言えない。叩こうなんて思ってなかった。
清四郎がお金に目がくらんだんじゃないって、わかっている。
理由だって、なんとなくわかる。
わかっているつもりなのに、否定されたことが悲しくて。
「…叩いたりしないよ…。」
「…。」
下手な笑顔で、笑ってみる。
清四郎の眼が、少しだけ揺らいだ気がした。
「清四郎いるかー!!」
大声で悠理が怒鳴りこんできた。
その剣幕に、私の言いかけた言葉も、ひっこんでしまう。
…否、本当は言いたくなかったのかもしれない。
『経営とか、頑張って。悠理のことも、大事にしてよね。』
悠理が突き付けた果たし状は漢字もろくに書けていなくて、清四郎に馬鹿にされる始末。
「昔はあたいのほうが強かったんだからな!」
「…!」
そうだ、そういえば、昔は悠理のほうが強かった…らしい。
それが突然道場に通い始めて、初等部のころには毎日といっていいほど道場に通い詰めていた。
…それで?清四郎はいつの間にか強くなっていて、私は皆から離れていった…。
(何か大事なこと、忘れてない………?)
その日は結局すぐに家に帰った。
帰っても何もする気になれなくて、部屋に入るなり、カバンを放ってベッドに倒れこんだ。
「…本当に、結婚するのかな……。」
あの後、野梨子がどうなったかも知らないし、悠理が何をしてるかも知らない。
結局、誰ともろくに話さないまま帰ってきたのだ。
「どうなっちゃうのかな…。」
それからあっという間に日がたち、突然剣菱家の車が家に来たと思ったら、近くにあるお城のそばの空き地に連れてこられた。
どうやら今日が、決闘の日らしい。
野梨子は機嫌が悪そうに、楽しむ可憐をなだめていた。
「あ、」
幕の裏から出てきたのは、防具に身を包んだ悠理。
手にはヌンチャク。
万作おじさんが卑怯だがやー、と叫んでも、笑い飛ばしていた。
(きっと、清四郎が勝つんだろうな…)
そう思うと、何も楽しくない。
いや、この勝負自体が楽しくない。
道着姿の清四郎を見たのだって、今日が初めてだ。
こんなに私は何も知らないのかと思うと悲しくなってくる。
「初めぇー!!」
太鼓の音が鳴り響く。
私は黙々と出された料理を食べていた。
悠理の叫び声が聞こえる。楽しそうだね。
なんで私はこんな嫌な女になったんだろう。
バシャーン!
水の音がして、勝負は決まった。
清四郎の勝ち。予想どおりじゃないか。
「…。」
「あ…野梨子…。」
野梨子が立ち上がり、走り去っていく。
そんなに清四郎が結婚するのが嫌なの?
その言動一つ一つに悔しさを感じる私は、ほんとに嫌な女だ。
「この後の婚約発表…野梨子は来ないのかな…。」
「…。」
可憐の問いかけに、私は何も答えなかった。
婚約発表はすぐ後に行われる予定だったらしく、すぐに会場に向かった。
剣菱夫人が用意してくれていたおとなしめのドレスに着替えて、会場に入る。
まだ発表の準備が行われていた。
「…。」
ロビーで他のみんなを待っていたが、誰も来ない。
皆、自宅に戻って服を着替えているのだろう。
ボーっと待っていると、剣菱夫人がやってきた。
「咲季ちゃん!ちょっと!」
「…?はい。」
剣菱夫人に案内された部屋には、振袖に着替えているむすっとした表情の悠理がいた。
私の顔を見ると、少し気を遣ったのか、疲れた笑顔を見せた。
「帯を直してほしいのよ~。」
「野梨子は…いないのか?」
「…きてないよ。」
悠理の何気ない一言にも、少し、傷ついた。
そんなに、皆、野梨子がいいの?
「ごめんね。」
「ん?なんで謝るんだよ~。」
悠理がそう言って笑う。
なんでもない、と笑いかけると、そっか、と返してくれた。
帯を直し終わり、部屋を出る。
向かいの扉から、着替えた清四郎が出てきた。
「…!」
「あ…。」
驚いた顔も一瞬で、清四郎は私のほうに一歩歩み寄る。
私は目を合わせられなくて、視線を逸らした。
「…野梨子は、きてないよ。」
「そうですか。」
「…っ…、あの、婚約……、おめでとう。」
うまく笑えないが、精一杯笑顔で言う。
だが、清四郎は少しも嬉しそうな顔をしなかった。
ちっとも笑わない清四郎に、私は気まずくなって笑うのをやめる。
目を伏せて、うつむく。
だめだ、私がちゃんと笑顔じゃないから、怒ったんだ。
「…咲季。」
「え…?」
「咲季は…僕が悠理と結婚することを、どう思ってるんですか?」
「………!」
顔を上げると、この前のような冷たい目じゃなく、真剣な顔で私を見ている。
なんて答えたらいいんだろう。そんなの決まってる。
結婚なんて、してほしくない。
「…。」
「…咲季、僕は…。」
「…私は、」
「!」
でもね、そんなこと言ったら困るよね。
わかってる。
だから、言わないよ。
「私は、祝福してるよ。」
今度こそ、笑って。思えば思うほど。
涙なんて見せたくないよ。笑って、笑え、私。
「どうして…。」
「…。」
「どうして、泣きそうなんですか…?」
清四郎がそう言って、また一歩近づく。
近い。何度も私を守ってくれた腕が伸びる。
私を小突いて、撫でてくれた手が頬に触れた。
「っ!!!」
顔を逸らして、その手から逃れた。
やけに熱い。その熱が頬にしみて、泣きそうになった。
でも、清四郎は私の頬に手を置いた。
やめてよ、泣いてしまうから。
「…すいません。」
謝る清四郎に無言のままで、私は清四郎の顔を見た。とても悲しそうな顔だった。
私は清四郎のネクタイに目をやり、ほんの少しだけまがったネクタイに手を伸ばした。
「せっかくの婚約発表なのに、ネクタイがまがってる。」
「…。」
「………はい、できた。」
ポン、と直したネクタイに掌をおく。
そのまま背を向けた。
「咲季!」
返事もせずに歩く。
頬にまだ残っている清四郎の熱に泣きそうになりながら、ロビーにもどった。
記者会見が始まった。
たくさんの記者の質問や要望に応えながら、記者会見が進んでいく。
私はロビーで合流した魅録たちと共に、後ろのほうで記者会見を見ていた。
淡々と質問に応えていく清四郎は、先ほどとは別人のようで、私は複雑な心境だった。
あの時、「結婚してほしくない」と言えば、なにか変わっていた?
…きっと、何も変わらない。
清四郎は、一度やると決めたら完璧を求める。
昔だって、一度道場に通い始めてからは、一度だって休んだことなかったじゃないか。
「…強くなるって…言ってたもんね…。」
「咲季?」
「…。」
魅録がちら、とこちらを見たが、何も言わない私を見て、何も触れずに黙っていてくれた。
「…。」
自信に充ち溢れた顔が、昔、とても好きだった。
最初は信用ならなかったけれど、いつも有言実行。
完璧主義で、どんなに不可能なことでもやってのけた。
「そう…昔から……………………………あれ…?」
ふいに思い出した、初等部の記憶。
なんだっけ、確か放課後だ。
仕事をやらされて、野梨子もお茶会でいなくて…
(清四郎が、稽古の日だ。)
それで、どうなったんだっけ?
記者会見の中、私はぶつぶつ呟いた。
大切なことを、思い出せそうな気がする。
「僕は、剣菱財閥を、守り、発展させていくつもりでここにいます。」
自信満々の顔でそう言い切る清四郎。
ねえ、悠理のことも、守るの?
『僕は……………守ります………』
そんな表情、前も見たよ?
『強くなって…………を……守ります。』
夕焼けの中で、そう言って、出て行ったよね?
『僕が…を………たら…………一生………さい……約束…。』
「あ………思い出した…。」
「…咲季?…!」
「思い出したよ…清四郎………!」
「ちょ……咲季……!?」
涙が止まらない。
わかったんだ、清四郎。
ずっと、思い出せなかった約束。
果たしてほしかった。
「……っ…。」
泣いてる私を、魅録が隠した。
私も、声を押し殺す。
記者会見をつぶすわけにはいかない。
でも、気づいてしまった。
今まで苦しかった理由。つらかった理由。
全部、一言で片付くじゃないか。
失うのが怖くて、泣きたくなるほど、
『強くなって、咲季を守ります。』
清四郎が、好きだ。
『僕が咲季を守れたら、一生、一緒にいてくださいね?……約束です。』