4章
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美童の人形騒動も一件落着し、いつもの平和で暇な日々が戻った。
各々が好きなことをして過ごすのが、彼らのスタイル…なのだが、きょうは少し様子が違う。
「オクラの名産地~…えへへ…えへ…」
「………スイカじゃないの?」
ソファで横になり、意味不明な歌を歌う魅録の横で、咲季がつぶやく。
「…オクラの…」
「うわあぁぁぁ!!」
「おあぁぁ!!?」
「!?」
そんな魅録の眠りを妨げるように悠理の叫び声が部屋に響いた。
驚いた2人は声のほうを見る。
席に着く野梨子の横で、悠理が肉まん片手にわめいていた。
「だから、悠理には無理って言ったじゃない。」
呆れる可憐と美童のもとに、咲季と魅録が様子を見に行くと、机の上にはジグソーパズルのピース達。
「うわぁ、すごいね、これ。」
「あまりにも暇だったものですから。」
くすり、と笑って手に取ったピースをはめる。
まだ枠の部分しか出来上がってないそれからは、なんの絵なのかわからなかった。
「なぁなぁなぁ、これ、肉まんじゃね?」
「…えっ?」
「違います」
楽しげに話す悠理を一蹴し、野梨子はパズルをはめていく。
悠理の話を信じかけた咲季は少し恥ずかしくなり、一人で「…そうだよね」とつぶやいた。
「もっと色気つけないと、未来の旦那様が気の毒よ~?」
「未来の旦那様ぁ?」
可憐の言葉に顔を歪めて反論しようとする悠理を、聞き覚えのある声が遮った。
「その心配はいりません!!」
「剣菱君は、これからもずーーーーっとこの学園の生徒ですからねっ!」
入ってきたのは校長と教頭。手には巻物のようなものを持っている。
「なななななな、なんでだよ!」
「それは……これですっ!!」
勢いよく机に叩きつけたのは、悲惨な点数の悠理のテスト。
英語に至っては0点である。
「……悠理…。」
つい呆れて咲季も息をのんでしまった。
馬鹿にするように笑う教頭に、なぜだか怒ることもできない。
それほど悲惨なのだ。
「これって…この間の試験の結果?」
「その通り!」
じゃーん、と教頭先生が巻物を広げる。それは試験の順位表だった。
椅子に上って巻物を垂らすと、3学年の順位が一気に開かれた。
こんなもの、ここで広げていいのだろうか?
「あ。」
「…うわ、咲季ってやっぱり頭いいんだ!」
同点2位で咲季の名前と野梨子の名前がある。
それを見た美童が笑って咲季のほうを見た。
「いやいや…うん…まあ…。」
「咲季は昔から、成績は抜群ですわよ。」
「そうです!!高天原君は、成績優秀、高い芸術性、素晴らしい、わが校の生徒の鏡です!」
うんうんとうなずきながら咲季を褒めちぎる校長に、咲季は少し気持ち悪くなった。
今まさに、生徒の鏡である自分が授業をサボっているのだ。
「剣菱君!君は学年最下位です!!!」
「え!?」
「これで卒業できると思ってるんですかぁ!?」
「…………。」
しかめっ面で視線を逸らしていく悠理を可憐がからかうが、彼女もまた同じように怒られる始末。
「みなさん、今の時間は授業中ですよ!?」
「う。」
「このままだったら留年どころか、全員、退学、ですっ!」
決めポーズを決める二人に、7人全員が呆然となる。そのまま2人はさっさと生徒会室から出て行った。
「でも、悠理があそこまでひどいとは思わなかったなぁ…」
「…もともと勉強しても頭に入らないんでしょうね。」
「清四郎…辛辣だね…。」
そうですか?と本を読みながら答える清四郎を見る。
きぬさんの家で負った傷もすっかり治った清四郎の顔は、近くで見ると結構きれいだ。
…って!何考えてるんだ!私は!!
気を取り直そうとジグソーパズルに目をやるが、野梨子は少し飽きてきたようで、帰る支度を始めていた。
「あれ、帰るの?」
「悠理ももう帰りましたし…私も、帰ろうと思いまして…」
「じゃあ、私も帰ろうかな」
「咲季」
立ち上がった咲季を引き留めるように、清四郎が名前を呼んだ。
さっきまで考えていたことも関係して、咲季は鼓動がはねた。
「えっ、な、何?」
「…忘れたんですか?」
「へ?」
「ゴミ当番」
「……………あっ!」
魅録が忘れんなよー、と後ろから声を掛けてきた。
実は午前中に7人でババ抜きをして、咲季は見事に負けてしまったのだ。
そのゲームには、1か月部室のゴミを捨てに行く、という罰ゲームが付いていた。
「…はーい」
そそくさとゴミ箱のほうに向かう。
悠理の食べたお菓子の包装紙や、魅録の出した鉄くずなどなど…思ったよりも量は多い。
咲季はそれをゴミ袋に詰めるが、なかなかの量になった。
「手伝いましょうか?」
「清四郎…ありがとう!」
「今日だけですよ。」
ふっと笑って、鉄くずの多い燃やせないごみの袋を持ってくれた。
そして先に歩きだした清四郎の後ろを急いで付いて歩く。
「………なんだかんだで清四郎って、咲季に優しいわよね。」
「ふふ、当たり前ですわ。」
可憐の呟きに野梨子はそう言って笑う。
え、と可憐が聞き返そうとすると、野梨子はそのまま部屋を出て行ってしまった。
時間はそろそろ清掃の時間になっていた。
といっても、子息令嬢の通う学校。
清掃とは名ばかりで、帰りのHRの前の休み時間といっても過言ではない。
そんな中を、ゴミ袋を持って歩いていれば、もちろん視線を向けられる対象にもなる、ということだ。
「…この時間帯に外に出るのは久しぶりですね……。」
「少しでも外に出たら、すぐにファンに囲まれちゃうもんね。」
「むさくるしいのはごめんですよ…。」
清四郎のファンといえば、ちょっと変わった男子が多い。
しかし、清四郎は知らないのだ。
この学園内に、清四郎のファンの女の子もたくさんいるということを。
さっきから女の子がキャーキャー言っているのがその証拠だ。
「咲季?」
「ん?」
「眉間にしわ」
「へっ?…!」
あいた手で、清四郎が咲季の眉間に触れた。
突然すぎてろくにリアクションも取れないまま、清四郎がまた前方に視線を戻す。
「…それにしても、今日は一段と騒がしいですね」
「確かにね…」
清四郎の言うとおり、今日はいつにも増して女子が騒がしかった。
まるで美童がそこかしこで現れたかのような熱気ぶりだ。
そうこうしているうちに、教会の横にあるゴミ捨て場についた。
さっさとゴミを投げ込んで、帰ろうかというときだった。
「咲季」
「諒!?」
ありがとう、とそばにいた女子生徒に笑いかける諒。
なるほど、あの熱気はこいつのせいか、と納得した。
「どうしてここに?」
「あぁ、ちょっと咲季に話があってな。……菊正宗君、咲季借りてもええかな?」
いつもと違う、張り付けたような笑顔で清四郎に問いかける諒に、清四郎もすこしムッとした様子で答える。
「かまいませんが…わざわざ僕に許可を取らなくても、咲季が決めることですから」
「つれんなぁ」
「すいませんね」
「まぁ、君がそういうなら遠慮なく。咲季、行こか」
二人の間に微妙な壁を感じるが、無理矢理諒に手をひかれ、そのまま連れて行かれる。
どうしていつもこう強制的なのか疑問に思うが、咲季は何も言わず諒についていくことにした。
「咲季。」
「ん?」
「自分、菊正宗君とはどういう関係なん?」
「は!?おっ、幼馴染だよ?」
「ふーん……。」
そうかー、と答えたっきり、諒は何も言わなくなった。
車に乗せられ、家は?と聞かれたのでそのまま自宅に戻った。
話があるんじゃないのかと聞くと、咲季の家で話がしたいというので仕方なく家にあげることにした。
「で、話って?」
「うん…………あのな。」
急に真剣な目で見つめる諒に、咲季も自然と緊張してくる。
咲季は目をそらさずに、諒が話し出すのを待った。
「俺と……コンクールに出てほしい。」
「……………は?」
「もちろん、声楽のコンクールや。その大会に、俺を伴奏者としてつけてほしい。」
「ちょ、…ちょっと待ってよ、」
「向こうに指導してくれる先生もおる………せやから、一緒にオーストリアに来てくれへんか?」
突然の誘いに、咲季は答えることもできなかった。
オーストリア?コンクール?
何もかもが突然すぎて、頭の回転が追い付かない。
「…できれば、1ヶ月以内に返事がほしい。」
「え!?コンクールなんて半年くらい先でしょ?…そんなに前から行かなきゃいけないの?」
突然すぎる話だ。コンクールは4ヶ月以上先だ。
コンクールのある場所に向かうにしても、1ヶ月前ほどに行くのが妥当ではないのか。
「向こうで、コンクールまで一緒に過ごしてほしい。咲季と音楽をするのが俺の夢やった…。それをかなえられるチャンスなんや…。」
「………。」
泣きそうな声で訴える諒に、何も言えなくなった。
確かに、向こうで先生についてもらい、本格的な指導を受けたい。
でも、せっかく楽しくなってきた、学校生活は?有閑倶楽部のみんなは?
「…考えさせて。」
「…わかった。気持ちが決まったら、すぐ連絡して。」
ごめんな、と小さく謝って、諒は部屋を出て行った。
一人残された咲季は、ただ諒の言葉を思い返すだけ。
「…そんなの……急すぎるよ…。」
今離れたら、みんなとはどうなってしまうんだろう。
あの時のように、一人取り残されてしまうのだろうか。
6人の輪に、入ることなくおわってしまうのなら、行きたくない。
はぁ、とため息をついてうつむく。
まだ1ヶ月もあるじゃないか、と自分に言い聞かせた。
次の日。
考え続けてもしょうがない、と自分に言い聞かせて学園の門をくぐった。
ちょうど清四郎にばったり会ったので、一緒に生徒会室に行くことにした。
「昨日は、ごめんね?」
「なんで謝るんですか?」
「いや…なんとなく。」
清四郎の様子に変わったところはなく、むしろ普通だった。
なにも悪いことしてないじゃないですか、と軽く笑って、私の隣を歩く。
「それより、」
「?」
「顔色が悪いですが…なにかあったんですか?」
「!」
清四郎が顔を覗き込んできた。
咲季はとっさに立ち止まる。びっくりして、心臓が止まるかと思うほど一気に鼓動が跳ねた。
「なんでもない!!!」
「…そうですか?」
「うん!」
きっと顔が真っ赤だ、と思いながら大声で返事をして足早に歩く。
それでも清四郎の普段の歩みにはぜんぜん勝てなくて、すぐに追いつかれてしまった。
そうこうしているうちに、生徒会室につく。
昨日の諒の話なんて、すっかり頭から消えていた。
しばらくして皆がやってきた。
そしていつも通りの日常が始まる。
咲季にとって、この時間は暇だが、楽しいのだ。
何をするでもなく弾かれる魅録のギターや、可憐や美童が読み上げる数々のラブレター。
野梨子のパズルの音や、清四郎の本をめくる音。
そして…
「……………悠理は?」
「あら、まだ来てませんわよ?」
パズルのピースを片手に野梨子が答える。
それと同時にバン、と扉が開いた。
「あ、悠理。」
「皆~……助けてよぉ…!」
半分泣きながら話し始める悠理の話を、皆が適当に聞き流す。
しかし、その話の内容に、皆が驚くこととなった。
***
「悠理が結婚!!!?」
「なんとかしてくれよぉ……お前らが頼りなんだよぉ……!」
へにゃ、とその場に座り込む悠理。
よし、と意気込みたいところだが、相手はあの剣菱のおばさまだ。
一筋縄ではいかない。
「なんとかしてやりたいけど…。」
「僕だって、命は惜しいよ。」
魅録と美童がそういうと、皆が口々に悠理に励ましの言葉を贈る。
すると、野梨子が笑顔で悠理に言った。
「でも、まさか悠理が最初に結婚するとは……。」
その言葉に皆が納得し、魅録の結婚行進曲に合わせて祝福。
お前らぁ!!と怒る悠理に同情せざるを得ないが、これはこれで面白い。
いい暇つぶしのような気もする。
「…でも、いくらおばさまでも、さすがに悠理を結婚させたりはしない…よ、うん。」
「そうですわよ。」
咲季のフォローに野梨子が納得。
皆もうんうん、と悠理のほうを見る。
しかし、悠理の顔は晴れない。
「無理だよぉ……母ちゃんはこうと決めたら絶対実行すんだから…。」
「よくおわかりだこと。」
「…おばさま!」
凛とした声で軽い空気を切り裂いたのは当の本人、剣菱百合子。
先生にも話を通しているらしく、反抗しようとした悠理を一喝して、連れ去っていく…ところだったのだが。
生徒会室から連れ出される悠理を見送ろうと付いてきた6人を見て、剣菱夫人が立ち止まった。
「咲季ちゃん、あなたもいらっしゃい。」
「………へっ?」
その言葉に従うかのように、他にもついてきていたメイドに連れて行かれる。
予想外の展開に、他の5人も急いでそのあとを追った。
***
五代の鳴らす銅鑼の音と共に、中年男性たちがずらっとならぶ。
その暑苦しさに圧倒されながら、悠理と咲季はただ立ち尽くしていた。
「悠理、咲季ちゃん。」
「………。」
もう何も言えない。ただ呆然と目の前に並ぶおじさんたちを見るしかなかった。
「おやじしか…いねぇじゃん…。」
魅録の言葉に皆が納得。もちろん、咲季も。
自分は将来、こんな人と結婚する道しかなかったのかと思うと、背筋に悪寒が走った。
「もぉおおおおお!!!」
「!?」
突然悠理が叫んだ。壊れた。そうとしか言えない。
やけくそになったのだ。気持ちは痛いほどわかる。
この空気には耐えられない。
「結婚でもなんでもすりゃいいんだろ!!」
「ゆっ、悠理!!」
「そのかわり!あたいよりも強い男じゃないとやかんな!」
「………。」
考えたな、魅録の呟いた通りだ。
悠理より強い男なんてそうそういない。
そう考えていると、空手経験があるという真ん中の男が名乗りを上げた…が。
悠理のとび蹴りで一発だった。
それを見た周りのおじさんたちは顔面蒼白。
一斉に矛先を変えたのだ…………紛れもない、自分に。
「高天原さん、僕なら、必ずあなたの会社を…」
「いえいえ、私のほうが…」
次々に言い寄ってくるおじさんたちの熱気はすごい。
どうしよう、逃げられない。
そう思った時だった。
「咲季、」
「ひゃっ!」
魅録が後ろから手を引っ張って、自分の後ろに隠した。
一気におじさんたちの熱気から逃れることができ、私は心から魅録に感謝した。
「嫌がってんじゃん。」
「………っ!」
魅録の一睨みに耐えかねて、一斉におじさんたちは退散していく。
「情けないったら!!」
剣菱夫人がそう嘆く。
そんな夫人に後押しするように、野梨子が強めの声で言った。
「いませんわよね、悠理より強くて知性も兼ね備えた方なんて。」
確かに、と皆がうなずく。
いや、待って一人だけ思いつく。
強くて、頭がよくて、剣菱さえ支えられそうな男が、一人だけ。
「ぃやったね!清四郎!」
「っ!?僕ですか!?」
そう、そうだ。
清四郎なら、絶対に悠理より強いし、頭もいい。
美童の名指しに、悠理がいち早く反応する。
「いやだよ!清四郎なんか!!!」
悠理の反論も、ほとんどの耳に届いていない。
剣菱夫人はおろか、万作おじさんまでその気だ。
「……。」
魅録は何も言わない。…野梨子も。
こんな中で、嫌だなんて、思っても言えない。
…思っても?
…嫌だ……清四郎と悠理が結婚なんて……
そんな感情が頭の中に浮かび上がり、咲季は意を決して口を開いた。
「っ、あの!」
「清四郎は駄目ですわ!!」
咲季が声を発するより早く、野梨子の声が響いた。
一気に静かになる部屋に、野梨子の声だけがする。
私は今までの緊張もすべてほどけてしまっていた。
……野梨子も、同じ気持ち、なの?
「婿養子にはいけませんわ!」
野梨子に助けられた、と言わんばかりに、清四郎はそのまま万作おじさんに訴える。
私にはそんな言葉なんて耳に入ってこなかった。
ただ、野梨子の必死の顔と声が頭にこびりついて離れない。
「…失礼します。」
出ていく清四郎の後ろについて、野梨子も出ていく。
その姿もまた、私の胸を締め付けた。
なぜだかわからない。わからないけど、しいて言うなら悔しかった。
私も魅録の後に続く。
足が、歩くのを忘れていたかのように強張っていた。
「さっきは、助かりました。」
笑顔でそう話す清四郎の後ろ姿をちらちら盗み見ながら、うつむいて歩く。
右足、左足、出てくる自分の足を見ながら、前を歩く皆の会話を聞いていた。
可憐の声を聞きながら歩いていると、前を歩く魅録が立ち止まり、背中にぶつかる。
「っ!」
「うおっ」
「ご、ごめん…!」
いいよ、と笑って魅録は前に向き直った。
目の前では、剣菱の婿養子になるとどれだけ大変かという話が繰り広げられていた。
「……………」
一人、また一人と歩きだす。
立ち止っているのは私と清四郎だけになった。後ろ姿しか見えないが、私は怖かった。
清四郎が離れていきそうな気がしたのだ。
「清四郎…」
「っ、なんですか?」
「…私は…清四郎なら、剣菱が継げる気がするよ…」
何を言ってるのだろうか、私は。
思いとは裏腹に、口は勝手に言葉を発していく。
嘘ばっかりだ。何もかも。
「咲季…。」
「だって、…なんでもできるから。………私が思っているよりも、もっとずっと、…清四郎はすごいから。」
支離滅裂な言葉だと、自分でも何となくわかった。
その場にいられなくなって、私は歩を進める。清四郎は歩きださない。
離れいていくと思ったのは、勘違いではないのかも知れない。
「…………咲季…。」
清四郎が小さく私の名前を呼んだことに、私は気付かなかった。
気付く余裕なんて、なかった。
胸が苦しくて、息が詰まるかと思った。
野梨子の声と、清四郎の顔ばっかりが頭に浮かぶ。
この気持ちをなんというのか、今の私にはわからなかったのだ。