3章
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美童の殺人未遂騒動から2日が経ったが、本当にあれから特に変わったこともなく、誰もが普段通りの生活をしていた。
彼らが逮捕され、襲われることがなくなった美童も今度こそ平和が訪れたと安堵していた。
そんなお昼休み、咲季は食堂で珍しいメニューの一つであるあんまんを食べて生徒会室に向かっていた。廊下を歩き、生徒会室にあがる階段の手前で、美童の金髪を見つける。
ここで会うのも偶然、と思い声を掛けた。
「美童!」
お昼休みには廊下にも人が溢れており、中々に騒がしいこともあってか咲季の声は聞こえてないようだ。その証拠に、こちらの声に振り向くことなく美童は階段を上っていく。
咲季は追いつくために少し早歩きになり、彼の後を追った。
その時だった。
「あ、…え?……えぇ!?」
階段を上がりかけた足が止まる。いやまさか。そんなわけがない。
きっと見間違いだろう。
咲季は階段の途中で、“ある一点”を見つめて階下で立ち尽くした。
「び、美童…?」
震える声で名前を呼ぶも、美童は気づかない。咲季はごしごしと目を擦るが、光景は変わらなかった。頭がくらくらして今にも倒れそうになる。
なんど見直しても美童の髪の一束が、誰かにひっぱられているのかと思うほど一直線にのびていた。
その束は明らかに、寝癖でつくようなものではない。
「えっ?」
歩を進めようにも動けない美童が、その感触に気が付いたのか後ろを振り向く。
髪の束が重力にしたがってはらりと元の位置に戻った。こちらに振り返る美童に声を掛けようと、今度こそ声の震えを抑える。
「美童…?」
なおも強くなる頭の鈍痛を押さえ、咲季は恐る恐る階段を数段上ると、美童は怯えた声を上げた。その声に咲季は驚いて足を止めた。
美童は空中を凝視したかと思うと、膝を砕きながらその場を離れようとする。その尋常ではない姿に咲季が駆け上がろうとすると、地面がぐらぐらと揺れ始めた。
「…ッ!?」
廊下から生徒達の悲鳴が聞こえる。頭の隅で悠理の声も聞こえた気がした。
咲季は立っていられないほど振動する地面の上でバランスを崩さないように壁に手を置いた。そして揺られながら美童の方を見上げると、美童がよろめきながら後退るのが見えた。彼は怯えたように何かから逃げているのだろうか、ずっと一点を見つめていた。
一体何が起こっているのだろうか。
ガシャン!と大きな音を立てながら踊り場にあった花瓶が落ち、咲季のすぐ横に落ちて割れた。
途端に後ろから悲鳴がし、その声に廊下の方を向くと悠理が指を差して目を見開いていた。
「悠理!?あっ咲季!」
悠理と一緒にいた可憐も同じ状況にいるが二人の反応は違っていた。二人を含めた生徒たちの声がガンガン頭に響いて激痛がする。それでも目を凝らすと、悠理はただ指を差して喚いていた。その指の先は美童が見つめる虚空を指している。
「人形!!人形がいる!」
「えぇ!?」
咲季は悠理の声に耳を疑う。人形?そんなもの、どこにも見えない。可憐も同じなようで、地面の揺れに必死で耐えながら悠理の指先に目をやる。
同じくそちらを見つめる美童は追い詰められているのか足元に気を遣わずに後退するばかりだ。
なんとか止めようと必死で声を掛ける。
「美童!美童ってば!」
咲季の声は届いていないのだろうか。美童はどんどん後退して、あと一歩で階段から落ちてしまいそうだ。
そしてついに足を踏み外す。
「危ない!」
「うわぁあぁ!」
美童が悲鳴と共に落ちてきた。真下にいた咲季は美童に押され、一緒に階段から転げ落ちる。
「咲季!美童!」
可憐の声が響いたが、咲季の意識は遠退いた。美童は足を押さえるが、下敷きにしてしまった咲季を見つけて横に避ける。その直後、揺れは収まった。
我に返った可憐が慌てて携帯電話を取り出す。
「ッ、清四郎たちに、連絡!」
悠理はいまだに指を差して固まっていたが、しばらくして我に返り美童と咲季に話し掛ける。咲季は意識がないようだったが、美童は足を押さえてうずくまっていた。
すぐさま清四郎を先頭に、魅録、野梨子がやってくる。
「どうした!」
「大丈夫ですか!?」
階下の様子に一瞬目を見開き、清四郎は何も言わず、咲季を抱きかかえた。魅録も美童を支え、なんとか全員で生徒会室に戻った。
「脳震盪でしょう。…じきに目が覚めるはずです」
清四郎はソファに咲季を寝かせ、上着を掛けた。野梨子が美童の足に包帯を巻いていると、美童が小さく呟く。その顔色は未だに青ざめている。
「人形が…」
「人形?」
「あっ、あたいも見た!」
悠理がマジックハンドを手に声を張る。訝しがる全員に、必死で伝えようと悠理は階段での様子を伝えた。俄かには信じられない内容に他の4人が反応に困っているところで、ソファから小さく声が聞こえた。
「ん…」
「咲季!」
「あ、あれ…?………あっ、び、美童、は?」
「無事…ではないですが、大丈夫ですよ」
咲季は目が覚めるや否や起き上がって美童の姿を探す。どうやら足を怪我したようだが、大事には至らなかったようだ。安心してホッと息をつくと、美童は「ごめんね」と咲季に謝った。うまく笑うこともできていないその様子に、咲季は少しでも元気を出してもらうために「何にも悪いことはしてないじゃん」と笑いかけた。
「…」
「咲季?」
「ん?いや、なんでもない!美童が無事でよかったよ」
なんとなくすっきりしない体を確かめるように意識を配る。頭に靄がかかったようだ。その感触を不気味に思っていると野梨子に名前を呼ばれ、心配させまいと気丈に振舞う。
しかし、やはり頭が痛む。
「とにかく!絶対ばあちゃんだよ!」
「ばあちゃん?」
悠理は神妙な表情で美童を見つめて言った。咲季もその言葉に視線を向ける。
「ばあちゃんが…人形を使って、美童を連れていこうとしてるんだよ…!」
その言葉に全員が息を飲んだ。
とにかく伝手を頼りにしようと、万作おじさんに相談することになり、全員で剣菱家に向かうことにした。
***
「それじゃあ、連絡してみるだ!」
事のいきさつを悠理が説明し、清四郎からも依頼をすると万作はすぐに快諾してくれた。高名な僧侶に来てもらい、キヌさんの家で直接お祓いをすることになったのだ。
万作の言葉を聞いて、美童が安心したように笑顔になる。皆も安堵したように、笑みをこぼした。
明日の計画のために今夜一晩は美童を自分たちが守りきらねばならない。見えない相手から美童を守るというのは、いくら清四郎や悠理がいるからと言っても、こればかりは対処が難しい。
誰もが不安を感じている時、野梨子が意を決したように立ち上がった。
「わっ、私…とても怖いんですが………今日は、美童を一人にしませんわ!」
その宣言につられるように咲季も続ける。
「大丈夫、私も起きてるから!」
「まあ、不可能を可能にするのが、有閑倶楽部ですから」
それぞれの徹夜宣言の後、清四郎の締めの台詞に、皆で笑いあった。
***
夕食も程々に、皆で遊んだりして時間をつぶしたがどうにも暇になってしまった。ロビーのソファーで一人一枚毛布を持って他愛のない会話をしていたが、ついに睡魔が皆を襲う。
「わりぃ…ダメだ、寝る。」
魅録を先頭に、一人、また一人と眠りに就く。なんとも不自然な寝入り方に、美童はおろおろしながら声を掛けるが、結局、咲季だけが残っていた。咲季は恐怖で眠ることが出来ておらず、いまだに眠気も襲ってこない。
自分の恐怖感を拭うためにも、咲季は美童に恐怖を我慢して笑いかけると、美童は嬉しげに咲季のソファーの隣に座った。
「美童…私、起きてるよ」
「ありがとう…」
一人では怖くてたまらないが、二人でなら何とかなりそうだ。そう思い安心していると、突然和らいでいた頭痛が襲ってくる。たまらずこめかみを押さえて目を閉じると、咲季の異変に気が付いた美童は咲季に声を掛ける。
「うっ…」
「どうしたの?」
「いや…、なんでもない…!」
美童が心配そうに肩に手を添えると、激しい頭痛が咲季を襲った。思わず息が詰まる。苦しげな咲季の表情を見て、あわてて美童が清四郎を起こすが、清四郎が覚醒した頃には、咲季はソファーに倒れこんでいた。
「咲季…大丈夫…、かな…?」
「気を失ってます…ね…」
苦痛の表情を浮かべて倒れこむ咲季を介抱したいが、恐ろしいまでの睡魔が清四郎を襲う。これは、もしかしたらキヌさんの力なのかもしれない。そう思いながらもなんとか咲季に毛布を掛け、ソファーの横の床に座り込む。
しかし、そこまでが清四郎の限界だった。
「すいません、美童…」
「へ…?」
「………」
なんとか最後に一言謝罪し、清四郎は眠ってしまう。哀れ美童、一人きりで夜を過ごすことになってしまったのであった。
***
翌朝、皆で長い食卓を囲む。
結局咲季は朝方に目を覚まし、早々に眠ってしまった皆もその後起きた。一方、一睡もできなかったのか美童は若干やつれていて、魅録も顔が青い。
目が覚めると床で何かが燃えた跡があったことも気になったが、皆気味が悪くて何も聞かなくことはなかった。
「ごめんね…」
「いや、咲季はいいんだよ…!」
昨日、せっかく一緒に起きていられると思ったにも関わらず先に寝てしまったことを、手を合わせて謝罪する。咲季の方こそ体調不良を訴えながら倒れたこともあり、美童は気を遣わせないように笑顔で応えた。しかし一晩でやけに美しさが減ったようだ。
咲季はどうしても美童にお詫びがしたいと思い、思い切って今日の2つの計画のうち、美童についていくことを決めた。
「お詫びに私も、美童に付いていく!」
「えっ」
「いいでしょ清四郎」
「…仕方ないですね」
「大丈夫、今度こそ力になるからね」
「ありがとう、咲季」
美童に笑顔を向けて励ますと、美童も微笑んでくれた。しかし、その瞬間頭がズキリと痛む。咲季は先ほど自分が言いだした手前、体調不良を気づかせるわけにはいかなかった。気持ち悪くなり朝食を食べる気力は薄れたが、どの面々も気味悪がって食が進まず、そのお蔭で気が付かれることはなかった。
その後支度を済ませ、野梨子と可憐は僧侶を迎えに行くために駅へ向かい、咲季たちは車でキヌさんの家に向こうことにした。
車を降り、しばらく中庭を歩いたところで一行は一列に並んで、キヌさんの自宅を見上げる。何度か来たことがある美童でさえ、何か不気味な感覚を抱くのか表情は曇っていた。
「できれば遠慮したいけど」
そんな表情を代弁するかのような魅録の言葉に皆が納得する。咲季は黙っている美童をちらりと横目で見た。その表情は寂しげな印象も受ける。
「…咲季、大丈夫ですか?」
「へっ?あ、うん…。」
不意に清四郎が声を掛けた。咲季はそれなりに返事をしたが、実を言うと家の近くに着いたときから、頭痛がひどくなっていた。隣にいた清四郎は咲季の不調に気が付いたのか、気に掛けてくれたが、弱音を吐くと追い返されてしまうかもしれないと思い何も言わずに生返事をした。
その様子に清四郎が口を開こうとした時、突然空の様子が変わり始め、頭上から大量に冷たい雫が落ちてくる。
「…あ、雨?」
「…!うわ!」
突然の大雨に全員が走り出す。咲季もコートを傘にして一番に走り出した悠理の後を追った。雨をしのぐために家に入った途端、地を揺らすほどの雷鳴が響く。最後に咲季が入ったのを確認したかのように、勢いよくドアが閉まった。
そのタイミングの良さが逆に気味悪く、咲季は咄嗟にドアノブに手をかけた。嫌な予感は的中し、どちらに回しても、どんなに押しても引いてもびくともしない。鍵がかけられてしまったのだろうか。
咲季がガチャガチャと ドアノブを動かす様子を見て、異変に気が付いた魅録が振り返る。咲季も焦る心を隠せず声を上げた。
「あ、開かない!」
「えぇ!!」
皆のほうを見ると、困惑の色が並んでいる。しかしそんなことは咲季も同じだ。こういうオカルト系は苦手なのだから。ドアノブの冷たさと頭痛が咲季の心をどんどん怯えさせる。閉じ込められた5人は、顔を見合わせ、そして室内に目をやる。
すると、悠理が何かを見つけたかのように階段の正面を見た。悠理が見つけたのはぽつりと置かれた千姫の頭だった。
「ぎゃぁぁぁあぁああ!」
「うおぁあああ!」
魅録と悠理の悲鳴が響く。清四郎は無意識に咲季をかばい、体の後ろに隠した。それでも隙間から千姫の頭が見え、頭がズキズキ脈打つように痛くなる。もはや立っているのもままならない。それでも迷惑を掛けたくない咲季は力を振り絞って無理矢理に目を凝らすと、大量の人形が並んでいた。
「ひっ!」
途端、ぐらぐらと、あの時のように大地が揺れ始めた。四方を囲む本棚から本がばたばたと落ちてくる。
「危ない!咲季!」
清四郎が私を抱き寄せた。咲季がいた場所には、大きな本棚があり間一髪のところで下敷きにならずに済む。思っていたよりもすぐに地震は止まったが、不思議な光とともに現れたのは、キヌさんだった。
亡くなったはずの彼女が目の前に現れ、5人は呆然とする。
「本物、ですか…!」
「まじで…!?」
半透明の膜のようにも見えるキヌさんが、こちらを見ている。うっすら透けてはいるものの、そこには確かに彼女がいて、エコーのかかった何とも言えない震えを持った声が屋敷内に響き渡った。
[美童さん…あたしは美童さんと一緒にいたいだけなんだよ…]
キヌさんの声が脳内で響く。
痛い。
頭が割れそうに痛い。
[愛しているよぉ…早く…こっちにおいでよ………]
キヌさんの声は聞こえるというより、頭の中で感じているという感覚に近い。咲季はそう思っていたが、他の人はどうなのだろうか。私を腕の中で抱いたままの清四郎をそっと見上げると、彼はキヌさんを見て固まっており、じっとそちらに目を奪われていた。
「おい!」
「!」
そんなとき、突然魅録がキヌさんの言葉を制した。彼女の声が聞こえなくなると、咲季の頭痛は少し和らいだ。その瞬間を逃さないように咲季は息を大きく吐く。
「咲季?」
「あ…、大丈夫だよ…!」
清四郎の心配そうな声に、咲季は出来るだけ平静を装って返事をしたが、どう見ても普通ではない顔色で汗だくの咲季が大丈夫に見えるわけがない。
しかし清四郎も気が動転しているのか、その言葉に一瞬動きを止めて咲季を観察し、すぐにまたキヌさんを見つめていた。
「美童は渡しません!」
謎の気迫と奇妙な状況に黙り込み、完全に飲まれていた5人だったが、その張りつめた空気の中で清四郎が大きく声を張り上げた。その声を聴いたキヌさんはしばし沈黙したのち、その表情を硬く変える。
[あたしの邪魔をするっていうのかい…?]
清四郎たちの言葉に、キヌさんは怒り始めた。その途端に、感情の波のようなものが頭に流れてくる。再び咲季の頭痛がひどくなる。
パリン!とガラスの割れる音がし、それをきっかけに周囲のガラスはどんどん割れていく。揺れる地面にこの家中の家具がこちらを目がけて動き出した。明らかに悪意をもったその動きに、清四郎は私を腕にしまい込んでうずくまる。
悠理と清四郎、そして咲季の頭上からガラスの雨が降った。大きな音とともに魅録は家具に襲われる。
ぽっかり空いた屋根から雨粒が降り込む。全員が身動きが取れなくなるなか、美童だけがその雨粒を受けながら立ち尽くしていた。
「……ろ…」
「美童…?」
「やめろ!やめろ!キヌさんの馬鹿野郎!」
全てを切り裂くように美童の声が響いた。途端、(どうして?)と頭に声が流れる。それは戸惑いを含んだ聞き覚えのある声だった。キヌさんの、声に近い。
美童は体中から声を振り絞ってキヌさんへ捲し立てていた。そのたびに、頭がズキズキと痛む。ダメだ、痛い。耐えられない。その痛みはまるで美童に言葉をぶつけられているキヌさんの心情を表しているかのようだった。
「あ…痛い…」
「咲季…!?」
咲季はあまりの痛みに意識を手放しそうになった。しかし、またもやどこかから誰かの声が咲季を呼ぶ。ぼんやりした意識の中で、だんだんとキヌさんの声だけがはっきりとしていくのを感じた。
[お前さん、恋してるかい?]
「キ、キヌさん!?」
[ふふっ、恋はね、いいよぉ~?好きな人といられるって、素晴らしいことさ!]
「どうして…そんなことを私に…」
脳内に響いてくる彼女の声に反応しようにも、咲季の声はかき消されているのか一方通行の会話になってしまう。咲季が必死に意識を集中させて声に耳を澄ますと、悲しそうにため息をつく音が微かに聞こえた。
[でも……、美童さんに怒られちゃったね…謝らなきゃ……。ちょいと借りるよ。お前さんの身体]
「え?今なんて…」
そのセリフに驚き、まさかと思いながら聞き返したが、咲季の集中はそこで途切れてしまい眠りに落ちるように何も聞こえなくなってしまった。
それとほぼ同時に、階段の一番上で佇んでいた半透明のキヌさんの頭上から光が降り注ぐ。美童はその眩しさに目が眩みながらも、最後のその時まで自分がその姿を焼き付けねばならないという使命感を胸に、じっとキヌさんを見つめていた。
光の粒子が空中に広がったと同時に、雨は上がり地面に残っていた微かな揺れや家じゅうを取り巻く異様な雰囲気は収まっていった。重苦しい空気が段々と軽くなるのに合わせて、魅録や悠理、清四郎も静かに顔をあげて階段の方に視線をやる。
コトン、と音がしたかと思うと、音を立てて千姫の頭は転がり落ちて行った。
静かになった部屋の中でしばし呆然としていた4人だったが、清四郎は腕の中で意識のない咲季に気が付いた。
「っ!?咲季??」
清四郎は瞼を閉じたまま腕の中で動かない咲季の様子を鋭く観察し、頭をできるだけ動かさないように足元に力を入れた。清四郎の焦る声に、他の3人もそちらをに駆け寄り、咲季を覗き込んだ。
無茶をしてしまった、と焦りが広がる清四郎だったが、間もなくして咲季の瞼がピクピクと動いたのを見てもう一度名前を呼んだ。
「咲季…!」
その声に反応するかのように咲季の瞼がゆっくりと開かれ、焦げ茶色の虹彩がのぞく。瞳が清四郎を映したかと思ったすぐ後、咲季は自分を見つめる他の3名の顔を視線だけでゆっくり確認し、最後に目に入った美童のところでその視線を合わせた。
「美童さん………」
その反応に誰もが驚いたが、それでも咲季は愛しそうな眼差しで美童を見つめており、微かに微笑んでいた。咲季は清四郎の腕の中で動かず、ただ、美童を見つめている。
その瞳にだんだんと涙が浮かび、優しい表情の咲季が小さく唇を動かした。
「ごめんね…みんな…美童さん……」
「えっ…?!」
その声は紛れもなく咲季なのに、そのセリフからどこか懐かしいキヌさんの纏う空気を美童たちに感じさせる。自分の腕にかかる重みを確かめながら、清四郎も咲季の動きに注目するほかなかった。
戸惑いを隠せない美童たちに、咲季は尚も言葉を続けた。
見たこともない優しい笑顔で美童を見つめながら、咲季はより一層深く微笑む。
「…愛しているよ…美童さん…」
美童を見ながらそう呟き、笑った咲季の目がゆっくり細められる。「キヌさん」と美童が口にしたところで、瞼は完全に閉じられ咲季の頬を一筋の涙が伝った。
その言葉も、その仕草もすべてがキヌさんを彷彿させるものではなかったが、その様子から、おそらく彼女にはもう二度と会えないということを全員が悟っていた。
突如、ゆっくりと軋んだ音を立てて扉が開き、その音に全員が我に返った。
「い、今の…」
「ぅ……?」
「咲季!」
悠理がしゃべり掛けたとき、咲季が声を発した。
目をゆっくり開けると、目の前には清四郎の顔。
咲季は目を見開いた。
「え!?な、え!…あ!美童……あれ…!?」
「解決しましたよ、すべて。」
清四郎が笑って咲季の頬を伝った涙を拭う。
ふっときぬさんの言葉が浮かぶ。
[好きな人といられるって、素晴らしいことさ!]
咲季はぼーっと微笑む清四郎を見つめた。
悠理が何か言い掛けだが、魅録がそれを制する。
美童も悟って、咲季に無事を伝えた。
きっと、あれはキヌさんだ。
そう確信して、陽が差し込む空を見上げた。
?マークを浮かべる咲季に、清四郎は笑いかけた。
ふらふらの咲季を抱き上げる。
制そうとすると、悠理が恥ずかしがるなよ、と笑った。
「きっと、あれは…」
「美童」
「…うん」
魅録が美童を呼んで、皆で外に出る。
外は晴れていた。笑いながら、皆で家を後にする。
咲季は清四郎の歩みに揺られながら、頭に残っていたきぬさんの声を思い出していた。
***
後日。机に広げた絵は、綺麗な家。
人形の博物館となる彼女の家に、またいつか行ってみたいと思いながら絵を見る。
「もう人形はこりごりだな。」
「えぇ、本当に。」
苦笑いの二人に無傷の野梨子と可憐が笑う。
そんな二人に、悠理と咲季は必死の形相で詰め寄った。
「あたいら、すんげー目にあったんだから!」
「そうだよ!」
苦笑いで謝る野梨子と可憐をからかっているとノックが聞こえた。
大きな箱を手に、入ってきたのは校長達。
ああだこうだと話しながら、机に大きな桐箱をおいた。
校長達の話を無視して、咲季と悠理が勝手に箱を開けると、そこには真っ黒な髪に白い肌、赤色の着物の、日本人形。
「げっ!」
「ひぇっ!」
箱から出てきた千姫そっくりの人形に、悠理と咲季の悲鳴が響いた。
慌てて校長に人形を押し返す美童。
「いいいいい、いりません!」
平穏な生活が、また戻ってきたのだった。