3章
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昨日は眠ってしまい道中がわからなかったが、どうやらかなり遠いところまで来ていたようだった。
道中では様々な音楽関係の話をした。諒の年齢が自分と一つしか違わないというのは知っていたが、彼は音楽の専門学校に通いながら、将来的には海外で研鑽を積むつもりだと夢を語ってくれた。そして、最近ではパーティーでの演奏などのバイトをしながら、レッスン料を稼いでいるという話もしてくれた。雑誌で読んだことはあったが、彼の両親も音楽に関連した職業で、父親はピアノ調律師をしているという。
音楽の話をする彼は本当に真剣かつ楽しそうにも見え、咲季はその姿勢に同じく音楽を志す人間として尊敬の念を抱いた。そして、そんな彼が自分と一緒に演奏したいと言ってくれたのだ。興味を持たないわけがない。
長い道中ですっかり打ち解けたが、結局学校に着いたのは放課後も近いころであった。
到着したと同時に咲季は急いで車から降りた。
「ほんまにごめんな!」
「大丈夫、また連絡するね!」
私はそう諒に告げて早足で校舎に向かう。小走りで中庭を進んでいくと、向こうから見慣れた金髪がやってきた。
「美童?」
あのパーティで見かけた老人、桜川キヌだっただろうか、その女性にひっぱられるようにして歩く美童を見つけ、その光景に足を止めた。なんとなくじっと見つめて良いのかわからないが、なんとも言えないアンバランスな光景に目を離せない。
「咲季!」
「…へ?」
はっと声の方向に向くと、目の前には仲間達が並んでいた。
「やっと帰ってきた!」
「ごめん、悠理…」
「心配しましたのよ?」
「野梨子…」
詰め寄る二人に何も言えず、私は申し訳なさそうに皆を見た。可憐や魅録、そして清四郎は何も言わないが、心配してくれていたのだろう。きちんと謝らなければ、と言葉を選んでいると、突然悠理が楽しそうな顔で私の両肩を掴んだ。
「あっ、そうだ!」
「えっ!何?どうしたの?」
「美童とばあちゃん、付き合ってんだぜ~?」
「へっ…、……えっ?そうなの?」
いきなりそう言われ、咲季は驚いて悠理が指さす後ろを振り返って見た。しかし、2人はその指の先にある門から、学校の外に行ったようだった。
***
「付き合ってるの?」
「違うよっ!違う違う!咲季までそんなこと言うなんて…!」
翌日、咲季が事実確認のつもりで美童に問い掛けると、間髪入れずに否定された。いつにもまして真面目な表情で否定するその姿に、咲季はやや困惑気味に悠理の方を見るとおいおい、と美童に一発ビンタを食らわす。美童が突然の衝撃に体を跳ねさせた。
「いっ!たーいよ~…」
「へんっ!」
「もてる男はつらいね~」
魅録が一言、そう言って美童に笑いかけた。美童は周囲からの笑いを含んだ言葉に、居心地悪そうにうずくまっている。
「でも、よかったじゃない、嫌われるよりはましよ?」
「そうですわよー」
にこっ、と微笑んで頷く野梨子。そんな机に突っ伏す美童を揺り起こすように聞き慣れた声が段々と近づいてきた。
「美童さ~ん」
「!」
「噂をすれば、ですね」
清四郎がにやりと笑い、美童を見る。咲季は2人の様子をもっとしっかり目に焼き付けてやろうと、美童を立ち上がらせ扉の方に押しやった。
観念したように美童はふらふらと歩き出す。
「…はぁ、いってき~…」
「いってら~」
美童を見送った咲季たちは、ゆっくり円卓を囲み席に着いた。野梨子が煎れてくれた紅茶を配り、自分も席に着く。
そして紅茶を片手に、咲季は聞くことが出来なかったキヌさんの昔の恋人の話を聞かせてもらった。
「へぇー…素敵だね!」
「でしょ!」
「いいなぁ…そんな恋ができたらいいのに!」
可憐からキヌさんの昔の話を聞いてそんな恋をしたキヌさんを少し羨ましく思う。そんな咲季の言葉を諌めるように、野梨子がふふっと微笑んだ。
「そんなに焦らなくても咲季ならきっとできますわよ。」
「そうよ!咲季可愛いもの、昨日の人だって…」
可憐がその話をし始めると、野梨子の眉がぴくっと動いた。先ほどの微笑みとは打って変わって、思い出したくなさそうなオーラ全開で野梨子は口を開く。
「そう言えば、昨日の殿方は…」
「世界的に注目を浴びているピアニストですよ」
咲季が説明する前に清四郎が口を開いた。やけに博識ぶった言い方が鼻につき、咲季はわざと諒の個人的な情報をそれ以上付け足すことはしなかった。しかし、その清四郎の発言だけで悠理は納得したように身を乗り出す。
「そーなんだ!じゃあ咲季を迎えに来たのもわかるな!」
「うん、すごくピアノがうまくて…」
咲季は今朝のピアノのことを皆に話し、彼が本当に素敵なピアニストであることだけを説明する。そうして話をしているうちに日も暮れはじめたので、私たちはそれぞれ帰ることにした。
***
「なんで、こんなことに…」
雨が降りそうな曇り空の中でしめやかに行われる葬儀。その天気とは裏腹に、黒い額縁の写真の中には笑顔のキヌさんがいた。
あれから彼女は何日か学校にもやってきて、すっかり美童と二人で過ごす時間が見慣れたものになっていた。
しかし、ある日ベランダから足を踏み外して庭に倒れているところを発見された。
事故、ということになっているが、葬儀に参列する兄弟の姿を見るとそれも信じがたくなってしまう。それほどに、彼女の死は突然で、かつ、受け入れにくいものであった。
そんなすっきりしない気持ちを抱えながら美童が焼香を済ませたあと、美童を先頭に全員でキヌさんの家に向かう。
「…あっ」
「あら、どうしたの?」
キヌさんの自宅に入ろうとしたところで、葬儀で見たキヌさんの兄弟たちと出くわす。美童の姿を見た兄弟たちは一瞬面食らったものの、明らかに敵意を含んだ顔で7人を見た。美童はその様子を感じつつも、せめて、形見分けに“千姫”という人形をもらえないかと依頼する。
頼まれた女性はその提案にほっとしたのか、すぐに表情をほころばせた。その人形はキヌさんが大事にしていたたくさんの人形の中でも、一番の宝物だと話していたものだ。手渡された後、男兄弟たちも溢れる笑みを抑えられないのか満面の笑みで美童の方を見た。
「俺たちはもっといいもんもらうもんなぁ!ガハハハハ!」
そう大声で笑いながら出ていく彼らに、野梨子がおもわず小さく毒づいた。
咲季は初めて見た人ばかりで事情は飲み込めなかったが、美童の悲しそうな顔を見ると何も言えなくなる。あそこまであからさまな悪意を見ることも珍しいだろう。
「美童…、」
「いいんだ、一番大事なものはもらったから」
そんな友人たちの気持ちを感じ取った美童がいつもは見せない真剣な表情で小さく呟いて人形を抱きしめる。そんな彼の姿に、皆も口を開かなかった。
***
あれから数日経過したある日、まともに授業に参加していた咲季だったが、美童が休み、という連絡を聞いて、久々に生徒会室に顔を出した。
足を痛めたという美童の様子に驚いていると、美童は苦笑いで無事を伝えてくれる。
「なんか看板が落ちてきたんだよ」
理由を問うと、魅録が深刻な面持ちで皆に説明をした。
清四郎は小さく「妙ですねぇ」と何かを含んだような言い方をする。その内容は、咲季の頭に微かによぎったことに酷似していて、魅録が小さくつぶやいた言葉に皆が反応する。
「美童が死んだら、あの人たち喜ぶだろうなー…」
この出来事の少し前、キヌさんの兄弟三人が部室に押し掛けてきたことがあった。
どうやらキヌさんは、美童に自分の全財産を譲る、という遺言を残していたそうで、そのことをどうにか撤回するように美童に詰め寄っていたのだ。
それを見ていたこともあり、魅録のその言葉に対してその場にいる誰も違和感を抱かなかった。
「可能性は十分ありますね…」
清四郎はそう言うと、視線を窓の外にやる。皆も、何も発しない。
そうであってもなくても、美童をこれ以上危険な目に遭わせないようにしなければならないことは変わらないからだ。
「大丈夫だった?」
「うん…」
キヌさん宅からの帰り道、清四郎の家の車に乗り、一旦魅録の家に集まった。
何も知らない女性陣は美童の無事を確認して心から安心していた。
あの後、陰謀を暴く目的で兄弟たちに近づくと、案の定美童を殺害しようとする計画が明らかになり、間一髪のところで美童を救出することが出来たのだ。
「何もなくてよかったですよ」
「でも、怖かったよ…」
「ははは」
「笑うな!」
うぅ、と小さくうめく美童を、隣にいる可憐が宥める。清四郎は小さく笑いながら美童を見た。
恐怖に震えて全裸で立ち上がり、風呂の真ん中で大声を出す美童の姿を思い出すと笑いをこらえられないらしい。その姿に美童は拗ねながら悪態をついた。
そんな中、魅録が逮捕された兄弟たちの事情聴取を盗聴しており会話には入らなかったが、一部分を聞き取って間に入ってきた。
「…美童を殺そうとしたのは、今回だけだってさ」
「えっじゃあ看板が落ちてきたのは偶然だった、ってこと?」
「そういうことになる、かな…」
看板の件は偶然だったというのはいささか不気味ではあるが、怪しい人物がすでに逮捕されていることを考えると、そこまで心配しなくともよさそうだ。そんな風に咲季は捉えていたのだが、悠理だけが浮かない顔でうつむいている。
いつも元気のよい彼女が黙っている事だけでも十分おかしいのに、表情の暗さは一層不安感を煽っているようだ。
「悠理?」
「なんか、寒気がする…」
「悠理霊感あるし…もしかしてキヌさんが、美童を呼んでるんじゃねーの?」
「えぇっ!嘘!?」
魅録の付け足した言葉に、咲季は怖くなっておもわず隣にいる清四郎の腕を掴む。
清四郎はそれに驚いて一瞬びくっと跳ねた。
話題が話題だけに、清四郎も予想外の感触に驚いたようだ。
「っ!…咲季ですか…」
「ご、ごめん…、だって怖いんだもん~…」
私はつかんだ手から力は抜けたものの、怖さは抜けず、手を離すことはできなかった。清四郎もそれを振り払うことはせず、ふぅ、と息を整える。その様子を見かねた魅録はすぐに声を掛けた。
「まぁ、気のせいだって」
「そうよ、…美童もそんな顔しないの。きっと大丈夫よ」
「…うん、そうだね」
可憐も同じく励ますが、当の美童が不安げな表情を浮かべているのを見て付け足した。しかしそれは、美童を励ます気持ちと同じだけ、なんとなくすっきりしない結末から感じる一抹の不安を消し去りたい気持ちも表していた。
それとなく話も終わり、それぞれが自宅に帰ろうとしている中、咲季は恐怖心が未だ残っており外に出られなかった。
外はもう真っ暗になっており、先ほど言っていた幽霊の類がいるのでは、と想像するだけで背筋が寒くなる。昔から、咲季は得体のしれないものが苦手だった。お化け屋敷のようなもとから人工物とわかっているものは平気なのだが、出先で不可解な感触に出会うことが昔から多かったこともあり、この手の話題は苦手になってしまったのだ。
霊感がある、とまではいかないが、実際に「でる」と言われるところでは体調を崩しやすいという妙な能力があることも、その要因の一つである。
咲季の異変に気付いた魅録が、いつまでも立ち上がらない咲季に声を掛けた。
「咲季、送ってこうか?」
「魅録!いいの?」
「まあ、それなら私と帰りましょう」
「野梨子、うーん、そうだね。家も近いし…」
割り込むように声を掛けた野梨子の言葉を聞いて、魅録はむっと野梨子の方を見た。一方の野梨子も、魅録の突然の対応と自分に対する反抗的な態度が気に障ったのか、同じく視線を向ける。
なんとなく自分を取り合っているようにも思えるが、咲季は正直どちらでもよかった。それよりも早く帰りたいのだ。
睨み合いながら完全に収拾の付かなそうな二人と、窓の外の暗さを見て、咲季はどうしようか完全に困っていた。一人で帰るには怖いが、二人に声を掛けるのも気が引ける。そんな折、帰り支度を済ませ、少し先の廊下に立っていた清四郎が口を開いた。
「咲季、帰りますよ」
「あ…、うん!」
「!」
困り果てる私にそう呼び掛け、呆れ顔の清四郎は魅録と野梨子に一瞥くれる。咲季はこの状況を打開してくれたことへの感謝を胸に、救われたような気持ちで清四郎に返事をした。これで帰れる!と、いそいそ帰り支度を始めた。
清四郎に視線であしらわれた魅録と野梨子は嬉しそうに駆けていく咲季の後姿を見ながらしばし呆然とする。
「…抜け駆けしやがって」
「私より清四郎ですの…?」
二人の言葉は、咲季の耳に入らなかったが、清四郎には聞こえていたようで、彼は小さく笑いながら、咲季を車に乗せたのだった。