3章
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昼の誘いの通り、ジュエリーakiのパーティーに参加した7人は、早速思い思いの場所に繰り出す。早々に女性に声を掛けに行った美童を尻目に、私は悠理とビュッフェを楽しんでいた。
「おいしー!」
「咲季っ!これやばいよ!」
「本当だっ!」
さすが、一流レストランのシェフを招いた料理の数々はどれもおいしい物ばかりだ。二人で食べ物を頬張りながら、あれやこれやと食べ物の感想を口にする
「相変わらずですわね…」
「悠理は知ってたけど…まさか咲季まで…」
「咲季は昔からよく食べてますよ」
「よく太らねーな」
そんな2人を眺めながらドリンクを手に、野梨子と魅録、清四郎は言葉を交わしていた。悠理の食事風景はもはや見慣れたものだが、まさか咲季までもが食事に夢中になるとは知らなかった魅録は驚きを隠せない。
一方、幼馴染2人は幼いころから誰よりも食事が早く量も多かったことを改めて思いだし、半ば呆れながら咲季の様子を見ていた。
高等部に入ってからは食事風景を見てはいなかったが、その食べっぷりは相変わらずで変わったのは女性らしくなった体型だけだ。
「食べている割に身長も低いですしね」
「となるとやっぱり…」
二人の視線は自然と薄ピンクのドレスの胸元に。
「破廉恥ですわ」
「野梨子…!」
「わ、わり」
そんな健全な青少年を戒める和服の少女が、2人を一睨みする。
もちろん、食べることに必死な咲季はそんな話題の中心にされていることなど気付いてはいなかった。
「ちょいとあんた、これ、包んでくれるかい?」
咲季がデザートのケーキを頬張っていると、着物を着た老婆がボーイさんに指示をした。並べられた料理を持ち帰るために詰め直すよう指示する姿が他の参加者の目についたようで、ヒソヒソと囁き声が聞こえる。それはおそらく本人の耳にも入っていると思われるが、それもお構いなしに老婆は指示を出していく。そばにいた中年の女性はかなり居づらそうに老婆を諌めた。
「…すごい…」
「あたいでもあんなことしないぞ!?」
咲季は口にデザートを入れつつ、その騒動を眺めていた。老婆の意外と堂々とした姿に感心さえした咲季は年齢の割にしゃんとした背中を見つめた後、最後の一口を放りこむ。
「はい」
「どうも、……え?」
「さっきからよう食べてるから。これでいい?」
次のケーキを物色しようとデザートが置かれた場所で選んでいると、一人の男の人が皿にケーキを乗せた。
よく見るとボーイさんでもない端正な顔のその人は、ニコッとはにかんで笑った。
「あの、貴方は…」
「やっぱり、近くで見たら可愛いなぁ…。うんうん、歌姫って言われとる理由、わかるわ」
その人は独特のイントネーションで話を続ける。関西弁でマイペースに話す彼に、私はただ何も返すことができなかった。
きょとんとしているとその男はきょろきょろ周りを見渡した後、あまり人の密度が高くないテラスを指さした。
「あっちの方行かん?」
「へ?…あ、ちょっと…」
返事を待たずに皿を持つ腕を優しくつかんでその男は咲季を誘導した。男の人の割に、やけに手入れされた指先が妙に気になるが、咲季はただされるがままにテラスに向かった。
テラスは思ったよりも寒さを感じなかったが、パーティーの喧騒から離れた静けさのせいか、先ほどまでの雰囲気から一気にかけ離れた感覚を受ける。
咲季はなんとなくどうしていいかわからず、男が乗せた皿の上のフルーツケーキにフォークを入れた。
その様子をまじまじと見つめていた男は顔を緩ませながら口を開く。
「咲季、ほんまに可愛いんやなぁ」
「な、何を急に…!」
「遠くからじゃ分からへんかったわ。コンサートホールは広いから」
その言葉に、咲季は動きを止める。まるで、ホールで自分のことを見ていたかのような発言だ。
「…どうして私のことを…」
「高天原 咲季ゆうたらこっちの世界では有名やで?」
彼の言葉に疑問を浮かべていると、彼はまたはにかみながら私の顔を覗き込んだ。
さっきは気が付かなかったが、ずいぶん端正な顔立ちをしている。指先といい、なんともミステリアスだ。ただ、そこに不思議と気味の悪さを感じなかった咲季はそのまま彼のことを見つめ返す。
男は少し黙って咲季を見つめ、今度はハハッと嬉しそうに笑った。
「また、俺んちで歌ってくれへん?」
「はい?」
「明日、招待状送るわ。な?」
そう言って笑うと、男は踵を返してテラスから出ようとする。咲季は咄嗟に男を呼び止めた。
「待って!」
「ん?」
「貴方の名前は?」
「…諒。覚えといてな」
彼はそう答えて人込みに消えていった。“諒”という名前とあの姿に、どこか見覚えがあるのだがはっきりとは思い出せない。人込みの中に消えた影をボーッと目で追うと、向こうから清四郎と野梨子がやってきた。
「咲季、一人でこんなところにいたんですか?」
「ん?……うん、ちょっとね」
「呼んでくだされば一緒にいましたのに…。
曖昧な反応の咲季の両側にやってきた2人と共に、再び会場に戻ったが男の姿は見えなくなっていた。
***
翌日、部実では美童が他の面々にからかわれている声が響いていた。
どうやら私が諒さんと話している間に大変なことになっていたらしい。
「絶対惚れられてるわよ!」
「そんなぁ…」
可憐が得意げに言い放ち、落ち込む美童を面白がる5人。その様子を見ながら、私は口には出さないものの、笑いを含みながら美童を見ていた。
昨日料理を持ち帰っていた老婆はケチで有名なのだが、美童はその彼女の着物を汚してしまったのだ。しかし、美童を見た途端に彼女はそれを咎めることをせず帰って行ったという。
しかも、その彼女から本日美童を家に招待する連絡が入ったのだ。
「皆もついてきてくれるよね!?」
必死に懇願する美童に、皆は面白いものを見つけた子供のように笑いながら頷いた。
考えていることはみんな同じで、美童を助けることが目的なのではなく、授業に比べたら何倍も面白い事件を逃したくないという好奇心が理由である。
早速その目的地に向かおうと中庭に出て7人で歩いていると、その行く先を遮るように目の前に黒塗りのベンツが止まった。運転手が降りてきたかと思うと、後部座席のドアを開けて咲季を向きお辞儀をする。
「高天原様、お迎えにあがりました。」
「…はい?」
その一連の状況に一瞬訳が分からなくなって、咲季は間抜けた声を出してしまった。
「咲季、なんか用事あったのか?」
「え?…ううん」
魅録の問い掛けに対して逡巡するが、私は何もわからないことを皆に伝える。すると、車の中から男が声を出した。誰か乗っていたようだ。
「もう忘れたんかい!」
「…え?」
突如後部座席が開き、中から昨日見た姿が現れた。咲季だけはその姿に見覚えがあったため、「あっ」と声を上げたが、他の6人はハテナマークを浮かべる。
「諒さん!」
「招待状、送るって言ったやろ?」
「あ…そういえば…。って、招待状どころか迎えてきてますけど…」
「はは、良いツッコみやな。ほな、行こか」
昨日のように嬉しそうに笑いながら、諒は咲季の腰を抱いて車に誘導する。その流れるような所作に戸惑いながら皆を見ると、先に目があった悠理と可憐がニヤニヤしながら口を開いた。
嫌な予感しかしない。
「行ってこいよ~!」
「美童のことは、私たちに任せておきなさい!」
「いい友達やなぁ、咲季。大丈夫、真面目な音楽のことやからな」
「は?音楽?」
その言葉を聞いた諒は、満足そうに咲季を見る。慌てて抵抗しようとするも、他のメンバーの戸惑いや好奇心をよそに車に押し込められた。無情にもドアは閉まり、車が動き出す。咲季は諦めて座席に体を預けたが、先ほどの「音楽のこと」という言葉に引っかかっていた。
「あれは…」
「雑誌で見たことがありますわね」
一方、残された6人のうち、清四郎や野梨子は先ほどの男の招待にすぐ気づいていた。彼は昨日のパーティーで室内楽のために招待されたピアニストだ。
あの様子だと咲季は気づいていないようだが、そんなプロの彼に「音楽」と言われてしまえば素人が出る幕ではない。
後で事情を聞くことに、こちらも本来の目的に向かうことにした。
乗り慣れた高級車の中で、咲季は諒に話し掛けた。
しばらく考えながら窓の外を見ていたが、どこに向かっているか皆目見当がつかなかったからだ。
「これは、どういうこと?どこに向かってるの?」
「今から俺んち、行くから」
「…え!?」
驚く咲季はさて置いて、諒はニコニコしながら窓の外を見つめる。有無を言わさない彼の態度に、黙って俯しかなかった。
車に乗らずに嫌でも抵抗すべきだったか?そう自問自答しているうちに車は高速道路に入る。本格的にどこに向かっているかわからなくなり、咲季は不安が募った。
何かを指示されたのかおもむろに運転手が何かを操作すると、車内にゆったりしたピアノの音が流れ出す。
そのなめらかで優しい音色は咲季の高まっていた不安を少しずつほぐしていき、車の微かな揺れと柔らかなシートの感触に、咲季は少しずつ瞼が重くなっていった。
***
優しく揺り起こされて、ゆっくり目を開けると、見慣れない屋敷が見えた。
「着いた」
「………へ?」
「どうぞ。」
どうやら眠っていたらしく、咲季は寝ぼけ頭のまま周りを見渡す。ずいぶん暗くなった空に、かなりの距離を走ったのだと悟る。
手を差し伸べられ、咲季は戸惑いながらもそれに従い、車から降りた。
「よう寝てたなぁ。なんかごめんな、思ったより遅くに着いてしもた」
まだ覚醒していない咲季はその言葉に返事をする余裕もあまりなく、ただ後ろについて見知らぬ土地を歩くことしかできなかった。かなり長い移動距離だったこともあり、咲季は思ったより疲労していた。
大きなお屋敷には彼と、たった一人の使用人だけが暮らしているようで異様に静かだった。
咲季は眠気を引きずりながら寝室に案内され、目に入ったベッドに横になる。一緒にやってきた諒はその様子に申し訳なそうな表情を浮かべた後、「おやすみ」と独特のイントネーションでささやく。
それが何かの呪文であるかのように、咲季は再び眠りについた。
「…?」
ふっと目を開けて、体を起こすとそこは見慣れない部屋だった。
一体ここはどこだろう?そう思いながら呆然と周りを見回していると、状況を判断するに至る前にノックの音が部屋に響いた。咲季は咄嗟に返事をするが、ドアの開く音を聴いてすぐに誰が出てくるかわからない緊張で体がこわばる。
「は、はい…」
「お目覚めですか、諒様がお待ちです」
部屋に入ってきたのは執事服を身にまとった初老の男性だった。穏やかな表情で挨拶をし、恭しく一礼する姿に咲季は拍子抜けして「はい」と小さく返事をする。ではご案内いたします、と男性は返事をし、そのまま両手を前に組んで立っている。
自分を待っているのだと気づいた咲季は急いでベッドから降り、執事の方に駆け寄った。
「はよー」
「あ、おはようございま…」
「もう敬語ええよ?名前も呼び捨てで構へんし」
案内されたリビングはだだっ広く、窓際にあるグランドピアノくらいしか大きな家具は置かれていない。毛並みのいいラグが敷かれており、同じような灰色のソファが置いてあるが、そのソファの上にまで楽譜が積まれているのを見つけて咲季はそこに気を取られた。
そのまま立っていると隣から声がし、顔を向けると諒が立っていた。
ここ数日さんざん聞かされた関西特有のイントネーションにも耳が馴れたが、やはり急な距離感のつめ方に戸惑いを隠せない。しかしそんなこともお構いなしで、諒はニコッと白い歯をちらつかせて笑った。
ほら、と部屋の端のダイニングテーブルを指さし、席に着くよう促された咲季は大人しく勧められた席に着いた。
「まぁ食べよ?」
「う、うん…」
目の前に並べられた朝食は、豪華ではないがとてもおいしそうだった。ハムエッグを一口頬張り、顔を上げると諒が微笑む。
彼の独特のペースにどんどん巻き込まれていると感じつつも、空腹に耐えかねた咲季は朝食を口に運んだ。
「急に連れてきてごめんな」
「いや…」
「どうしても、俺のピアノで咲季に歌ってほしかったからさ…」
「俺のピアノ?」
繰り返すように咲季がそう言うと、諒は手に持っていたフォークを皿に置き、おもむろに席を立った。そして、部屋に入って最初に目についたグランドピアノの方に向かう。
そしてゆっくりとピアノのふたに手をかけたところで、咲季の脳裏にパッと見覚えのある光景が浮かぶ。音楽雑誌で見た、ピアノに手をかける若い男の写真がしっかりと目の前の光景とリンクした。
「あ…!思い出した!」
「お、ほんまに?」
「
正解、と言って綺麗な細くて長い指を鍵盤に乗せる。とたんに、聞き慣れたショパンの幻想即興曲を弾いてくれた。その演奏は本気ではないとしても、かつて学生音楽コンクールで聴いたしなやかで力強い印象を残している。
「そっか、貴方が…」
「どうもどうも」
にこりと笑ってこちらを向く、私はつられて席を立ち、ピアノの前で腰かけている諒の隣に歩み寄った。
「つーか、音楽界で高天原 咲季の名前を知らん奴はおらへんよ」
「そ、そんなこと…」
「そんな“世界の歌姫”と会えたんやから、一緒に音楽やりたいと思うんは当然のことやん」
「やめてよ、そういうの…!」
両腕を組んでうんうん、と頷く諒に、咲季は少し照れ笑いで答える。そこまで率直に褒められたことがないため、恥ずかしくなって否定する。自分だって、と諒のことを話題にしようとしたところで、ポケットに入れていた携帯が鳴りだした。
「電話?」
「え?…あ、悠理だ」
ディスプレイには悠理の名前。私はゆっくりと携帯の通話ボタンを押して電話に出た。
「もしも…<もしもし!?>…は、はい」
答える間もなく悠理の大きな声が耳に入り、咲季は携帯を少し耳から離して返事をする。さすがの声量に一瞬顔をしかめるが、その声は隣にいた諒にも聞こえていたようだ。その証拠に顰めた顔を見てくすくすと笑いだしている。
<咲季どしたんだよー!学校来ないのか?!>
「へ…?……あ!」
<皆心配して…っ!おい、あたいが話してんだぞ!こら!>
「学校…そうだ忘れてた…」
ちらりと諒を見ると、申し訳なさそうな顔で両手を合わせている。そもそも制服のまま眠っていたのにも関わらず、全く頭の中に学校が浮かばなかった自分にも呆れるばかりだが。どうしようかと考えていると、携帯の向こうから新たな声が飛び出す。
<咲季っ!無事ですの!?>
「あ、野梨子?……大丈夫だよ?」
<今の間は……あ、美童、私まだ話が……昨日一日帰って来ないから心配したんだよ?>
「美童…、ありがと」
<ほら、魅録もなんか言いなよ。……あー、咲季?あの…>
携帯電話から次々と流れる声を聴いた咲季はさすがにまずいと思い、諒のほうに向き直る。みなまで言わずとも状況を理解している諒ではあったが、咲季は携帯を握りしめて切り出した。
「諒、学校まで送ってくれる?」
「わかった、無理矢理連れてきてごめんな」
彼のピアノはもちろん魅力的で、音楽の話をもっとしたいと思ったのが本音ではあったが、ここまで心配されていれば帰らないわけにはいかない。諒が合図をすると、すぐに先ほどの執事も支度にかかった。昨日乗った車はすぐに玄関前に用意されたが、その時まで握りしめたままの電話はすでに切れていた。
「…はぁ」
「あ!何で切るんだよ!」
悠理は大声を出しながら魅録に駆け寄る。魅録は茫然として携帯を悠理に投げ返した。なんとなくテンションが下がってしまった魅録の様子に、最初はずいぶん騒がしかった他のメンバーも不思議そうに彼に注目した。
「魅録?どうかしたの?」
「なんでもないー…」
可憐の問いかけにも適当に返事をしながら魅録はソファに倒れこむ。皆は不思議そうにしたが、魅録はそのまま何も喋らなくなってしまった。
諒、ってあの男か…俺の電話は無視で、あの男と話すなんて…。
魅録はクッションに顔を埋め、その疑念を言葉にしないよう唸り声を上げる。
そんな彼の唸り声の内容を感じ取る清四郎もまた、静かにため息をつくのであった。