1章
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「ん…!」
気が付くと咲季は薄暗い倉庫のようなところにいた。腹部に鈍痛を感じ、顔を歪ませる。
だんだんと意識がはっきりし、自分の手足が拘束され、口にはガムテープが貼られていることに気が付く。
そうだ、シェリーはどこにいるんだ?
そんな私の気持ちに反応するように、隣からシェリーの声がした。
「んんー!(シェリー!)」
「目、覚めたみたいですねぇ」
どこからともなく男の低い声が聞こえ、咲季の言葉になっていない声に話しかけてくる。
「あなたのお友達には、ちゃんとメールを送っておきましたよ」
「!」
男はゆっくり歩み寄り、身動きの取れない咲季の前に携帯を置いた。
咲季の両手は縛られており、手に取ることができないのをわかってやっていることは明白だ。
私は手足を縛る縄が食い込む痛みと助けがこない淋しさと恐怖で涙が滲んだ眼で男を睨み付けた。
「ははッ、お嬢さんの運が悪かったんだよ」
「…!」
誰に、どんなメールを送ったのだろうか。誰か、助けに来て。
そんなことばかりが頭の中に浮かぶ。
意識を向けた腹部の痛みは相変わらずで、かなり強い力で殴られたことを自覚する。
そばの檻に入れられたシェリーに目をやると、少し震えている。
助けてあげたい気持ちはやまやまだが、今の自分では何もできない。
なんでもいいから早く助けにきて。
そう祈って目を瞑った時、勢い良く倉庫の扉が開き外の眩しい光が部屋中に差し込んだ。
「…!」
逆光でよく見えないが、荒い息で部屋に乗り込んだのは魅録だった。
咲季とシェリーを見つけると驚いたように目を見開いたが、すぐに険しい顔をして男たちに殴りかかる。
最初こそ魅録の拳は一人の男に入ったものの、わらわらと出てくる男たちに、さすがの魅録も歯が立たない。
大人数を前にして、たった一人で立ち向かってもすぐに劣勢になってしまった。
「くそっ…咲季…シェリー…!」
男に組み付され、痛そうな顔をしながら私を見る魅録に、涙がこぼれる。
このままでは魅録までひどい目に遭ってしまう。
早く、誰か助けに来て。
誰か、と言いながら咲季の頭に浮かぶのは自分を守る清四郎の背中。
いつも助けに来てくれたじゃない。
どんなときも、私を後ろにしてかばって、守ってくれた幼馴染。
助けて…清四郎…!
「咲季!」
「!」
心の中で清四郎の名前を叫ぶと、倉庫の扉が勢い良く開いた。
そこには息を切らした清四郎と、野梨子と悠理。
悠理も野梨子も私を見て驚いていた。
清四郎は野梨子にシェリーを任せ、真剣な顔つきで悠理とともに魅録の加勢に入った。
「咲季っ…!」
清四郎と悠理が加勢に入ることでさらに騒がしくなる倉庫の中、野梨子が駆け寄って、私の口を塞ぐガムテープを優しく剥がした。
「私はいいから、シェリーを助けてあげて…!」
「でも…」
「いいから…!」
野梨子は半分泣きそうな顔で咲季の両肩にそっと手を添える。
お腹が痛くて力が入らない。今助けてもらっても、動けないかもしれない。
それならば、自分よりも先にシェリーの安全を確保するほうが大事だ。
野梨子は咲季の言いたいことを理解したのか、申し訳なさそうな顔でシェリーを籠から抱き上げた。
と、その直後、野梨子の背後から高清水の側近の男が近づき、野梨子の肩に手を置いた。
「ひっ…汚らわしいですわッ!」
一瞬、小さく悲鳴を上げたかと思うと、野梨子はすばやく振り返って小さな白い手を振りかざす。
肌がぶつかる大きな音を立てて、男の頬に赤い手形が入った。
当の野梨子はとんでもなく汚い物に手が触れたかのように男を叩いた手を心底いやそうに見つめている。
そしてその手を宙でパタパタと振り、すぐにシェリーを抱えて早希さんが踊る会場まで走っていった。
その様子を確認した悠理は、魅録にもすぐに追いかけるよう伝える。
「魅録!お前も行ってこいよ!」
「サンキュ!」
魅録がそのまま倉庫を出たことを確認し、悠理と清四郎は出てくる男たちをどんどん倒していく。
咲季は邪魔にならないようにひっそりと隠れていたが、やがて最後の一人を気絶させた清四郎がこちらに向かってきた。
悠理は他に隠れている男がいないかを確認し、「じゃあ向こうの様子も見てくる!」と言い残し部屋を走り去っていった。
「咲季!」
「せ、しろ…」
清四郎は急いで手足の縄を解いてくれたが、体中が妙に痛くて満足に動かせない。
安心感もあるのか、力が入らない咲季の様子を見て清四郎は優しく声を掛けた。
「歩けますか?」
「ん…頑張る。」
差し出された手を借り、ゆっくり立ち上がってみるが途端に腹部に痛みが走る。
思わずしゃがみこんでしまった私を見て、清四郎が顔を歪めた。
なんとか顔を上げて彼の顔を覗き込む。
視線が合い、清四郎はそのまま目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。
「守れなくて…すいません…。」
「へ…?」
「こんな目に遭わせてしまって…!」
赤くなった私の手首を優しく手に取り、跡をそっと撫でた。
責任を感じているのだろうか、清四郎は咲季の身体の傷を確認しながら謝るばかりだ。
それに耐えかねた咲季は、清四郎の手を握って笑いかけた。
「大丈夫だよ…」
「ですが…!」
「ちゃんと、助けてくれた」
怖くて名前を呼んだら、ちゃんと来てくれた。男たちを倒して、私を助けだしてくれた。それだけで十分ではないか。
少しでもその気持ちを伝えるために、握った手に力を込める。
「ありがとう…」
「咲季…」
「怖かったけど、清四郎が来てくれたから、平気」
そう言って笑うと、清四郎は私に笑い返してくれた。
そしておもむろに背中を向ける。
「清四郎?」
「まだお腹が痛むでしょうから…おぶっていきますよ」
咲季はさっきまでの笑顔が驚きに変わり、そして恥ずかしさから躊躇する。
背中を向けてしゃがみこむ清四郎の背中に自分から寄りかかると考えただけでも恥ずかしい。
そうして戸惑っていると、外からは歓声が聞こえてきた。
きっと、早希さんが優勝したのだろう。
早く皆と合流する必要がありそうだ。
「じゃあ…、失礼します…」
「はい、どうぞ」
私は清四郎の言葉に甘えて、清四郎の肩に手を掛けた。
恐る恐る体を任せると、清四郎はあまり揺れないように気を遣って立ち上がり、歩きだした。
「まだ痛みますか?」
廊下をゆっくり歩きながら清四郎が話し掛けた。
咲季はあまり体が密着しないように気を遣いながら、落ちないように清四郎の首に腕を回す。
体重がかからないように、息がかからないように、余計なことを色々と考えて姿勢が定まらずにいたが、清四郎が自分を気に掛けて、ゆっくり歩くせいかまだホールには着きそうもない。
「…大分ましだよ」
先ほどの清四郎の質問に少し遅れて返事をした。
その報告に対して清四郎は「よかった」と小さく返事をする。
遠かった歓声や拍手は少しずつ近づいているが、計画はこれだけではない。
咲季が「みんな大丈夫かな」と独り言呟くと、清四郎は「大丈夫でしょう」とのんきに答えた。
清四郎の歩みが振動になって伝わる中、咲季はふと、この状況に懐かしさを感じた。
「なんか、懐かしい感じがする」
「何故ですか?」
漫画や小説、ドラマの中なら、きっとここはお姫様抱っこというやつではないか?
そんな考えが浮かび、自分が清四郎にそうされることを想像したがイメージが浮かばなかった。
むしろ自然に背中を向けられたことが、昔から変わらない幼馴染の関係性をはっきり示しているように思える。
それでも昔と違うのは、清四郎は力持ちになっていて、強くなっていたということだ。
暴漢たちを次々と倒していく姿や、今まさに自分が身を任せている背中の広さは昔とは違う。
「咲季は見かけによらず軽いですね」
「み、見かけ…?!」
「冗談ですよ」
清四郎も同じように昔からの変化を考えていたようだが、発せられた言葉を咲季は聞き洩らさなかった。すぐさま反応すると、清四郎が笑っている様子が後ろからでも分かった。
もうすぐ到着する、というところでパトカーのサイレンの音が聞こえた。
どうやらうまくいったようだ。
間もなくして高清水と側近達は逮捕されたようで、会場のどよめきが聞こえる。
咲季は清四郎の肩をぽんぽん叩き、その背中から降りる。
懐かしい時間から離れ、再び全員が待つ会場に入ると、魅録と早希さんが話しており、その後ろには満足そうに笑う皆がいた。
「あっ!咲季!」
悠理の声に、皆が指差したほうを見る。
私はすでに清四郎から降り、一人で歩けるようにはなっていて、無事を伝えるために小さく手を挙げた。
***
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
事件が一件落着した翌日、生徒会室で可憐が話し掛けてきた。
咲季はそう返事したが、実際のところは昨日の被害もあり疲労は溜まっていた。話しかけてきた可憐でさえ、疲労の色は隠せていない。
その隣で魅録は机に突っ伏している。
野梨子を除いて、皆疲労の色を見せながら席に座っていた。
先程まで草むしりをしていた私たちは、やっと生徒会室に戻ってこられたのだ。
「昨日、いろいろあったから心配したのよ?」
「あ、そこは本当にもう大丈夫だよ」
疲労は仕方ないとしても、怪我のことなども心配してくれているのだろう。
心配させないように咲季は少しでも明るく返事をする。
その声に、皆が安心したように微笑んだ。
「心配してくれてありがとね。あ、あと、魅録はお疲れさま」
「どういうお疲れ?それ…」
咲季は皆にお礼を言って、魅録を慰める。
見事に振られてしまった魅録は、机に突っ伏したまま顔だけを向けて咲季に文句を言った。
昨日の思い出話で盛り上がっていると、突然咲季の携帯が鳴った。
ポケットから携帯を取り出して通話ボタンを押す。
「誰だろ?…もしもし?」
<咲季?久しぶりー>
「お母さん!」
それはオランダにいる母からの電話だった。