序章
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いつもいつも暇を持て余していました。
ついでにいつも代議委員長というポストにも立たせていただきました。
ちなみに代議委員長とは各クラスの委員長の代表のこと。
家に帰ってもメイドや執事しかおらず、父さんも母さんも世界中を駆け回っていて今どこにいるのかもわかりません。
「暇だ…」
無駄に広い部屋にあるソファに座って、何故か校長先生に渡されたファイルを開く。
部屋には誰もいない。パラリとビニールのファイルポケットの音が部屋に響いた。
そこには大きなフォントで“有閑倶楽部対策マニュアル”と書かれている。
…またこの6人か………。
最近校長と教頭はこの6人が目障りらしい。ただ、いつも軽くあしらわれているのが現実だ。
こちらから見れば、じゃれているようにしか見えないほど。
有閑倶楽部の6人といえば、金持ちが集まるこの聖プレジデント学園の中でも特に裕福な人達で、学園中の生徒の人気を集めている。
ときどき6人で中庭を歩いているのを見かけるけど、何一つ悪いようには見えない。
彼らは楽しそうにしているし、それを見ている周りの生徒たちも嬉しそうにしているし。
…というより生徒会のメンバーだから私からは何も言うことはできない。いや、代議委員長も生徒会役員なんですけど。
"生徒会役員=有閑倶楽部"という構図が成り立っているのかもしれないけれども、実際私は生徒会役員だけども彼らの仲間には加わっていない。
彼らと面識がないわけでもない。
特に生徒会長と、文化部部長の二人は幼馴染。
だからこそ、なおさら彼らのやっていることを邪魔するわけにはいかないというか。
それ以前に。
「この6人をどうにかするなんて…」
正直、無理。
***
「おはようございます。」
朝早くに学校に向かい、3年棟の教室の鍵を開ける。
鍵を職員室に返却し、自分の教室に戻ったが早いか、すぐに机の上のファイルを手に、校長室がある方向へ。
廊下を歩きながら窓の外をのぞくと、ちらほらと高級外車が目に付く。
この学園恒例の、通学ラッシュが始まろうとしている。
そういう自分は、徒歩通学なのだが。
校長室の扉の前で軽く深呼吸。ノックをして校長室に入る。
手のひらにかかる重みを確かめ、これから伝えるべきことを頭の中で反すうした。
さっさとこれを返して平和に過ごしたいのだ。
高等部に上がって2年半、あと残りの半年を大切に守るためにも、面倒だがここで断っておかなければ。
「どうぞ~!」と、やたらとテンションの高い校長先生の声がして、ゆっくりと重たいドアを開けた。
前を見ると、今日もタクト(指揮棒)を振りながらいい気分の校長先生。その隣で何故か揺れている教頭先生。
この二人…波長が合うのかしら?
「おおおお!!高天原君!」
「どうも、邪魔をしてすいません。」
「いやいや、気にしなくていいんですよ!」
先生たちはにこにこしながら私を手招きする。どうして私はこの人に気に入られているのだろう。
全くかかわりがないはずなのに。
そう自問自答しながらも、彼らが自分を見つめる瞳の向こう側には自分ではなく両親……いや、両親の会社が映っていることはわかっていた。
この聖プレジデント学園は私立学校であり、寄付金が学校存続に大きく影響するのだ。
誰もが聞いたことがある、とある製薬会社を経営する父は研究職を大切にしており、聖プレジデント学園大学の学生も多く勤めている。
早い話が、私の父とこの学園の関係性が深い、ということである。
莫大な金額が寄付されているとなれば、その娘である私にも、当然そこに比例した態度がとられるというものだ。
馬鹿馬鹿しい、聞こえないくらいの小さな声で悪態を吐いていると、急に校長先生が話し掛けてきた。
「どうです、考えてくれました?…あのファイルの件。」
「あの…率直に申し上げてよいものか…。」
「ん?ん?」
ずずず、と近寄ってくる二人。
私はその歩みと同じように後ろに後ずさる。
そうはいっても、こちらも内申点が大事な学生の身分。
いくらこの大人たちがよくに目がくらんでいるといっても、自分もまた従順な生徒を演じていたいのだ。
しかし、自分の学校生活の平和と内申点を天秤にかけた場合、やはり優先されるのは学校生活である。
口が乾くような感覚を感じながらも、私はゆっくり口を開いた。
「どうにか考えては見ましたけど…。」
「ふむふむ!」
「………無理…ですね。」
「………………なんと!!!」
君でも無理なんですか!?と驚く二人。
仕方なく昨日の夜考えてきた言い訳を彼らに伝えることにした。
「生徒達からの人気もありますし…生徒会メンバーでもあります。」
「むむむ…」
「仮に彼らを退学にしたとしても、彼らを失った他の生徒達が平穏にいられるか…。」
「そうですけど…」
「それに、理事長先生も彼らが気に入っているみたいですし…。」
私がゆっくりそう話すにつれて二人は目を泳がせている。
そう、実際にここのトップである理事長先生は彼らのことを気に入っている。
授業をサボっていても、ある程度までは大目に見ているのか、何も言わない。
そんな後ろ盾のある彼らに、真面目にしろなんていえるわけも無く、ましてやこの学園から追い出すなんて、絶対に無理な話だ。
「そこまで言うなら仕方ないですね…」
仕方ないって。心の中でつっこみを入れる。
そもそも「なんとかして」というのはどういうことだ。
大人しくさせてほしいという意味だろうが、私はできる限り関わりたくないのが正直なところである。
特に反応せずに、話を続きを待った。
「まぁ唯一の救いは、代議委員長である高天原君が有閑倶楽部のメンバーじゃないことですね…」
「はぁ…」
そこまで言われて私は二人の顔を見る。
しみじみと自分の言葉をかみ締めるように、校長先生は教頭先生に同意を求めた。
沈黙が流れ始めたときに、急に思い立ったように教頭が声を上げた。
「そう言えば!!」
「はい?」
「2ヶ月後に神無祭がありますね!」
まったく表情のころころ変わる人だと思う。というより、話題もコロコロ変わる人だ。
急な話題転換に驚きつつも、ひとまず頷いて反応した。
もしかしたら、私の不機嫌な表情が顔に出ていたのかもしれない。
昔から考えていることがすぐに顔に出て、幼馴染たちにも指摘されていた。
平和な学校生活のために今は大人しくているが、昔の自分は興味のままに、感情のままに話をしては、周囲の人間を苦笑させていたのだ。
昔は自分も同じようなことを言われていたのかも知れないが、おそらくきっとここまでではないだろう。
きらきらと目を輝かせながら話し出す校長先生に、私は飽きていることがばれないように相槌を打った。
「あぁ、そうですね。」
「我が校もダンス部が出場するのですが…高天原さんは?」
「え?」
「声楽部門に出ないんですか?」
素晴らしい歌声です、とうっとりした表情の校長先生。
幼少のころから習っており、唯一のとりえともいえる声楽について褒められるのは嫌な気はしない。
そんな先生に、私は苦笑いを浮かべながらその場をやり過ごそうと口を開いたときだった。
『キャーー!!』
女子の黄色い声が中庭に響く。
先生たち、そして私の視線は、一気に窓のほうに集中した。
つんざくような悲鳴がきゃあきゃあと嬉しそうな声色に変化し、中庭をざわつかせている。
『おはよう!僕の可愛い子猫ちゃんたち!』
『美童様ー!』
窓の外から微かに聞こえる、男の子の声と、それに呼応するようにあがる女の子の声。
さながら、某アイドル事務所のコンサートのようだ。
「またあの6人ですか!!」
先ほどまでとはまた打って変わって表情を変えた二人が怒りながら窓に向かう。
全く、二人の方こそ彼らに興味津々ではないか。
私はその隙に一礼して校長室を出た。
「…疲れた。」
校長室を出て真っすぐとのびる廊下を歩く。私は恨めしそうに廊下の窓から差し込む陽射しを見た。
暖かかな秋の陽に、聞こえてくる生徒たちの声。
まったくもって平和な日常である。
そのうえ、いい天気だ。
外から聞こえてくる有閑倶楽部の人たちを追い掛ける生徒達の声。
そこだけが非日常的であるようだが、こうも毎日続けばそれさえも日常である。もちろん、自分が囲まれたいとは思わないが。
そう、今日も聖プレジデント学園は平和で。
私もこの平和な空気に当てられて、残りの半年をすごす。
そう思うと、もう少しの辛抱だ。
私はぼんやりそんなことを考えながら廊下を歩く。
すると、前から見慣れた人影が近づいてきた。
「あ。」
「…咲季じゃないですか。久しぶりですね。」
「清四郎…おはよう。」
彼がなぜこんなところにいるのだろう?
ばったり、この学園の生徒会長である菊正宗清四郎に出会ってしまった。
高校に入ってから、特に会話を交わすこともなくなっていた幼馴染。
特に何かあったわけでもないが、急に話すことが無くなった幼馴染というのは、ばったり出会うと気まずいものである。
私はあーあ、と視線をそらす。すると、彼は私の手を指差した。
「そのファイル、なんですか?」
「え?……………あっ」
指をさされ、指摘されてからコンマ数秒悩んだ私は、自分の右手を見る。
そう、それはあの"有閑倶楽部対策マニュアル"。
彼はきっと生徒会の資料かなにかと思って聞いたのかもしれないが、もちろんこれはそうではない。
先ほどまでの仏頂面から、私の顔は一気に驚きと焦りに染まる。
有閑倶楽部の人間に見つかってどうするんだ。
もちろん、彼もその有閑倶楽部の一員だ。
ファイル返し忘れた!
「咲季?」
「あ、いや、なんでもない!」
「…そうですか。」
何が平和だ、今日は朝から平和とは言えない始まりである。
見られたらとんでもないことになる!!
私はその場にいられなくなって教室へ走った。
「…。」
清四郎の視線を背に受けて、私は廊下を駆けた。
そう、神様はこのままおとなしく残りの半年を過ごさせようとは思っていないのである。
しかし、私がそのことに気づくのはもう少し先のことだった。
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