〈死後九百年〉資料集
▷アルストロメリア
愛称「アル」「アルス」/一人称「僕」
魔法学の鬼才。
漆黒の髪に端正な顔立ちの青年。享年23歳。平生、紬をゆったりと着ていることが多い。鬼族特有の双角が額に生えていること、左右で色の違う眸をもっていることが特徴。
アルが生まれたのは、大陸共有資源である大森林の近くにある集落です。鬼族のみが固まって暮らす、閉鎖的な村でした。
母親は彼を生んで直後、吾子と離されました。
忌み子と判断されたからでした。
生まれたての胎児には見合わぬほどの強力な魔力を有した体。傷を負ってもすぐに塞がっていく、再生能力の高さ。
そして、血のように真赤な右眸。
鬼族は髪色、肌の色など他の要素に関わらず、みな黒い双眸の持ち主です。それなのに、左右で異なる色の目を持っている。しかも片方の色は、過去に集落を襲った人災を彷彿とさせるような赤である。
災害の予兆か再来か。
同族の鬼たちは恐れ、幼いうちにアルを手に掛けようとしました。しかし、そのたびにアルは無意識に炎を放ち、細胞の再生能力の異常な高さのために生き延びてきました。
5歳になるまでは座敷牢に閉じ込められ、5歳を超えてからは罪人壁に繋がれました。罪人壁というのは、森に面した場所に石壁を設けたものです。魔獣避けの結界といった役割があるそうで、ある程度の魔力を通さない特殊な造りになっています。
手足に枷をつけ、その先は鎖で壁に繋ぎ、放置。
食事は2日に1回。
通りがかったときは、気晴らしに石粒を投げ、蹴り飛ばし、髪を千切り、気の赴くままに暴力を尽くす。
力をつけさせないために。
抵抗してこないようにするために。
いずれ来たる災厄から自分たちを守るために。
おそれというのは怖いもので、自分よりも強いであろう者が反撃してくる前に潰してしまおうとする。押さえつけようとする。縛り付けてしまおうとする。相手が何もしてこない、無害なものとは少しも思わず、ただおそれるあまりに自らが残虐なことをしているのに気付かない。同族の者たちから受けてきた暴力の限りを、アルは痣だらけの身で耐えていました。
化け物。害虫。生まれてきたことが罪だ。間違いだ。幼い子どもにかけるべきでは決してない言葉が、ひたすらに浴びせられていました。折られても引き千切られても血を吐いても壊れそうなくらい痛くても、数日と経たずに傷は治り、体は再生しました。ちなみに、この再生能力の高さは種族的なものではなく、アル特有のもの、それも神から受けた加護です。
10歳のころ、母が亡くなったことを人伝に聞きます。
実母・アルテミシアは勇者一行の一員で、鬼族の集落の内でも外でも非常に名高い女性でした。ディランの王都では、彼女のために葬送祭が執り行われたという話です。
母の死を知り、アルはたった一つの幸せな記憶を手繰り寄せました。
一度だけ、アルテミシアが吾子の寝顔を見に来たことがあります。ほんの瞬きの間だけのことだったけれど、アルはそれを覚えていて、優しい花の香りに包まれたような大切な思い出でした。
どうせなら、母が亡くなった場所で自分も死にたい。
朦朧としながら、そんなことを思いました。
どうせ死ぬならここで死にたくない。
どこか別の場所へ行きたい。
願わくは。
突発的に詠唱を口にし、鎖を炎で焼き切りました。村人たちが火仕事で詠唱するのをよく耳にしていたため、火力の加減は下手なものの意識下の魔法としてそれを使うことができました。自由になった手足をがむしゃらに動かし、森へ飛びこみました。草と葉の間を走り抜け、縺れる足を引きずり、道中で自らの片角を折りながら、死に場所を求める逃亡と放浪の果てに、ディラン北区の街まで辿り着きました。路地裏に倒れこみ、荒い呼吸を繰り返していると、頭上から声が降りかかってきました。
目の前にしゃがみこんでいたのは、長い耳に瓜実顔の綺麗な女性でした。彼女はセレネと名乗り、傷だらけの少年を保護しました。自分の家で休ませ、行く宛てがないなら自分と暮らすかと提案します。
セレネはアルの母・アルテミシアに救われたことがあり、彼女に「もし、セレネがアルスと出会ったら、助けてあげてくれる?」と言われていました。アルが恩人の子だと分かったのはしばらく後のことでしたが、2人はアルテミシアの思い出を共有する数少ない友人として親しくなります。彼はセレネに甘えることにし、2人暮らしが始まりました。
あるとき、セレネが王都の図書館で借りてきた魔法学の本に興味を持ち、アルは読み書きを学び始めます。10歳~11歳の間でどんどん知識を吸収していき、魔力の適切な扱い方も、より高度な詠唱の仕方も理解していきます。
もともと彼は高い魔力を有しており、鬼才とセレネに評されるほどの上達を見せます。魔法による治癒薬の精製ができるようになり、ついには部屋を薬瓶で埋め尽くすほどになります。そこでセレネとともに薬屋を営むことにし、王都に移動しました。そこからさらに魔法学の研究に傾倒するようになります。
主には「死者を蘇らせる」魔法の実現に向けて。
愛称「アル」「アルス」/一人称「僕」
魔法学の鬼才。
漆黒の髪に端正な顔立ちの青年。享年23歳。平生、紬をゆったりと着ていることが多い。鬼族特有の双角が額に生えていること、左右で色の違う眸をもっていることが特徴。
アルが生まれたのは、大陸共有資源である大森林の近くにある集落です。鬼族のみが固まって暮らす、閉鎖的な村でした。
母親は彼を生んで直後、吾子と離されました。
忌み子と判断されたからでした。
生まれたての胎児には見合わぬほどの強力な魔力を有した体。傷を負ってもすぐに塞がっていく、再生能力の高さ。
そして、血のように真赤な右眸。
鬼族は髪色、肌の色など他の要素に関わらず、みな黒い双眸の持ち主です。それなのに、左右で異なる色の目を持っている。しかも片方の色は、過去に集落を襲った人災を彷彿とさせるような赤である。
災害の予兆か再来か。
同族の鬼たちは恐れ、幼いうちにアルを手に掛けようとしました。しかし、そのたびにアルは無意識に炎を放ち、細胞の再生能力の異常な高さのために生き延びてきました。
5歳になるまでは座敷牢に閉じ込められ、5歳を超えてからは罪人壁に繋がれました。罪人壁というのは、森に面した場所に石壁を設けたものです。魔獣避けの結界といった役割があるそうで、ある程度の魔力を通さない特殊な造りになっています。
手足に枷をつけ、その先は鎖で壁に繋ぎ、放置。
食事は2日に1回。
通りがかったときは、気晴らしに石粒を投げ、蹴り飛ばし、髪を千切り、気の赴くままに暴力を尽くす。
力をつけさせないために。
抵抗してこないようにするために。
いずれ来たる災厄から自分たちを守るために。
おそれというのは怖いもので、自分よりも強いであろう者が反撃してくる前に潰してしまおうとする。押さえつけようとする。縛り付けてしまおうとする。相手が何もしてこない、無害なものとは少しも思わず、ただおそれるあまりに自らが残虐なことをしているのに気付かない。同族の者たちから受けてきた暴力の限りを、アルは痣だらけの身で耐えていました。
化け物。害虫。生まれてきたことが罪だ。間違いだ。幼い子どもにかけるべきでは決してない言葉が、ひたすらに浴びせられていました。折られても引き千切られても血を吐いても壊れそうなくらい痛くても、数日と経たずに傷は治り、体は再生しました。ちなみに、この再生能力の高さは種族的なものではなく、アル特有のもの、それも神から受けた加護です。
10歳のころ、母が亡くなったことを人伝に聞きます。
実母・アルテミシアは勇者一行の一員で、鬼族の集落の内でも外でも非常に名高い女性でした。ディランの王都では、彼女のために葬送祭が執り行われたという話です。
母の死を知り、アルはたった一つの幸せな記憶を手繰り寄せました。
一度だけ、アルテミシアが吾子の寝顔を見に来たことがあります。ほんの瞬きの間だけのことだったけれど、アルはそれを覚えていて、優しい花の香りに包まれたような大切な思い出でした。
どうせなら、母が亡くなった場所で自分も死にたい。
朦朧としながら、そんなことを思いました。
どうせ死ぬならここで死にたくない。
どこか別の場所へ行きたい。
願わくは。
突発的に詠唱を口にし、鎖を炎で焼き切りました。村人たちが火仕事で詠唱するのをよく耳にしていたため、火力の加減は下手なものの意識下の魔法としてそれを使うことができました。自由になった手足をがむしゃらに動かし、森へ飛びこみました。草と葉の間を走り抜け、縺れる足を引きずり、道中で自らの片角を折りながら、死に場所を求める逃亡と放浪の果てに、ディラン北区の街まで辿り着きました。路地裏に倒れこみ、荒い呼吸を繰り返していると、頭上から声が降りかかってきました。
目の前にしゃがみこんでいたのは、長い耳に瓜実顔の綺麗な女性でした。彼女はセレネと名乗り、傷だらけの少年を保護しました。自分の家で休ませ、行く宛てがないなら自分と暮らすかと提案します。
セレネはアルの母・アルテミシアに救われたことがあり、彼女に「もし、セレネがアルスと出会ったら、助けてあげてくれる?」と言われていました。アルが恩人の子だと分かったのはしばらく後のことでしたが、2人はアルテミシアの思い出を共有する数少ない友人として親しくなります。彼はセレネに甘えることにし、2人暮らしが始まりました。
あるとき、セレネが王都の図書館で借りてきた魔法学の本に興味を持ち、アルは読み書きを学び始めます。10歳~11歳の間でどんどん知識を吸収していき、魔力の適切な扱い方も、より高度な詠唱の仕方も理解していきます。
もともと彼は高い魔力を有しており、鬼才とセレネに評されるほどの上達を見せます。魔法による治癒薬の精製ができるようになり、ついには部屋を薬瓶で埋め尽くすほどになります。そこでセレネとともに薬屋を営むことにし、王都に移動しました。そこからさらに魔法学の研究に傾倒するようになります。
主には「死者を蘇らせる」魔法の実現に向けて。