1章 カンパニュラの祝福


「おっさん、空、飛べたりする?」

 リュウヤは鈍く光るホイッスルを握り、宿屋の男主人に訊ねた。
 ぽかん、と二人の間に無言の時間が流れる。それも恋人同士のように双方の顔を見つめたような、随分と間の抜けた状態である。

「と……え、とッ?」

 数秒後、我に返った店主がすっかり呆れた顔で、鶏のような声を上げた。

「飛べねえよ⁉」

「あ~やっぱだめかぁ」

「逆に俺が空飛べると思うかにいちゃん⁉ 飛行魔法みたいな特殊なの、専門職のやつらが使うもんだろ、こっちゃ一介の平民だぞ! 俺が使えるのはせいぜい岩動かすやつくらいだぞ!」

 そういうものなのか、とリュウヤは冷静に頭の中で整理する。空を飛ぶ方法はあるが、使うのにはレベル又はスキルが足りない。少なくとも今この場で使うのは難しそうだ。別の作戦を考えないといけない。
 むむっと顎に手をやるリュウヤに、店主は表情を引き締める。

「……にいちゃん、何考えてるんだ?」

 立ち尽くしている二人の横を、青ざめた顔の住民たちが走り抜けていく。そのうちの一人、長い栗色の髪を後ろで結い上げた若い男が、宿主の男の肩を叩いた。

「ぼうっとしてる場合じゃないですよ、レヴさんたちも早く教会へ!」

「お、おう。そうだな」

「あっ、ねえ、おにーさんは水出したりとかできる?」

「はぁ⁉」

 リュウヤが男性たちのやりとりに首をつっこむ。レヴと呼ばれた宿屋の主人は面食らってのけぞり、栗色の髪の青年が思いっきり眉をひそめた。

「何だよ急に? そんなこと話してる場合じゃないだろ」

「にいちゃん、本当に何を……まさか、魔獣と戦うつもりじゃないよな」

 リュウヤは唇の端を上げ、ニッと笑ってみせた。ちらりと八重歯が覗く。こめかみから流れた汗が一本の筋を作って、顎先へと流れ落ちた。
 まさかが当たった、とレヴが呻いた。その横に立つ若い男は別の青年に話しかけられ、ひそひそと会話を交わしている。

「策はあるのか? さっきからずっと考えてたみたいだな」

「あるよ。おっさん、力貸してくれる? 働いて返すからさ」

 宿屋の男主人は逡巡するように後頭部をかき、ぐるりと目を回した。やがて一度瞼を下ろす。それから頷くように小さく顎を引いたのち、ハハッと笑い声を零した。

「正気じゃないな」

「うん。正気じゃないよ」

 リュウヤの両目はまっすぐに前方のみを捉えている。眼前の光景を吸いこみ、眼球の奥に興奮と覚悟とを閉じ込め、きらきらと生を主張するかのごとく揺らめいている。
 苦笑を浮かべた厳めしい顔はそのままに、レヴは握り拳を差し出す。

「……ま、男として嬢ちゃん一人に担わせとくわけにもいかねえし、な。微力にしかなんねぇがいいか?」

「いいよ。俺だけじゃできないんだ。手伝ってくれると助かる」

 ホイッスルを持つ手とは反対の方を握り、リュウヤは宿屋の主人のそれに軽くぶつける。ごつん、と勢い余った音が鳴った。

「な、なぁ、」

と、栗色の髪の男が慌てた声音で割り込んだ。そばに青みがかった黒髪の青年が立っている。

魔獣アレ、倒せるの? 作戦がどうやらって言ってたけど?」

「わかんないっす」

 青年の問いかけに、リュウヤは真剣な顔で迷いなく言った。

「分かんないの⁉」

「おいおいおい、にいちゃん⁉」

 男たちが野太い悲鳴を上げる。

「一発で倒せるかはわかんない……けど、おっさんたちが協力してくれたら確実に動きは止められるはず」

 だから、とリュウヤは一度、言葉を切った。すっと息を吸いこみ、一気に吐き出すように次の言を発する。

「おにーさんたちも力、貸してくださいっす。できるだけたくさんの人の力がほしい。おれの作戦はすげえちっちゃいもんだけど、みんなに助けてもらえたら、きっと虎を倒せる」

 そうしたら、独りで戦っている少女に――ほんの少しでも、微力であっても、手助けくらいにはなる。
 リュウヤの思いも行動も実に独り善がりだ。傲慢だ。ただの自己満足だ。「さっさと逃げろ」と二度も言った彼女に反発する形になってしまう。それでも。

(おれは、あの子の助けになりたい)

 恩知らずのまま生き延びてたまるか。
 一直線に見つめてくるリュウヤの視線に、青年二人が顔を見合わせた。黒い髪の男がひそひそと耳打ちし、栗色の髪の青年は頷いて親指を立てる。黒髪が踵を返し、駆け出して行った。
 残った方の若い男がリュウヤに向き直る。

「君の作戦、聞くよ。イール……あ、今走ってったやつのことね、あいつが青年団の人たちを連れてくる。危ないから、とりあえずここを離れよう。こっちへ」

 彼はテキパキと早口で言いながら歩き出した。手招きするので、リュウヤとレヴもそれに続いた。



 ***



 いい加減倒れてくれないだろうか、と思う。
 少女は冷ややかな目つきで、対峙している相手を見やった。

(頑固だね。……こっちが疲れちゃった)

 眼前の虎が咆哮を上げた。先の拘束時よりも太さと強度を付加した蔓草が、それの四肢を地面に縛りつけている。身動きがとれないものの、虎獣の尾がぶんぶんと振られるたびに、建物へ火が燃え移っていく。頭を振る風圧で瓦礫が塵のごとく舞った。
 少女は咳きこんだ。荒い息が体全体を支配する。深く水の中に潜ったときのように、自分の呼吸音が外界の音を打ち消している。頭のどこか深いところで、ポー……ン……という音が鳴っていた。
 肩を小刻みに震わして昂った体を落ち着かせながら、少女はまた詠唱を繰り返した。
 元より体力がそこまでないのだから、持久戦に持ちこまれるとまずい。魔力もかなり消費している。早く終わらせないとこちらが潰れてしまう。
 それなのに、魔獣を仕留める決定打には、あと一つ足りない。
 どうすればいい。
 どうすれば……。
 ふっと自嘲するような息が漏れた。
 義兄ならこんな魔獣、ものともしないだろう。冷静で、判断の的確な彼なら。
 情けないな。
 啖呵切ったくせに。
 街の人たちが逃げる時間を稼ぐと豪語したくせに。
 みっともない。

「――『ラピス・サクスム』‼」

 不意に、自分の喉から発されたものではない声々が耳に入った。反射的に、聞こえてきた方へ顔を向ける。
 少女が今いる位置から瓦礫の残骸を挟んだ向こう側に、四人ほどの男女の姿があった。彼らは一様に、空中へ手をかざしていた。

(なんで)

 そのうちの一人に見覚えがあった。泊まっていた宿屋の主人だ。厳めしい顔立ちに皺を深く刻み、喉が裂けそうなほど必死に野太い声で詠唱を繰り返している。何度も唱えないと、魔法の効果を保てないのだろう。憮然と見ている少女に目をやり、彼はニッと口角を上げてみせた。

「……なんで、」

 逃げてって言ったのに。
 視界に薄暗い黒が差した。仰ぎ見ると、宙に大きな岩塊が浮かんでいる。ちょうど虎の頭より一回りほど大きい。重力を無視したそれは、おそらく、空中に手のひらをかざす彼らの魔力によって生成されたもの。
 瞼に落ちる暗い影に、虎が低い唸り声を上げた。前足を横にザッとスライドさせる。

「落とせッ!」

 男が怒鳴るように叫んだ。腕をぶんと振り下ろす。

「うぉぉぉおおおらああああ‼」

 岩の塊がまっすぐに降下する。
 蔓草で四肢を地に繋がれた虎獣は身をよじるも逃げるすべなく、どしゃり、と背中に衝撃を受けて平伏した。

「にいちゃん! 任せたぞ!」

「うっす‼」

 宿屋の主人が飛ばす激に応えたのは、背後の瓦礫から飛び出してきた一人の青年である。右肩に赤が染みだした白布を巻きつけ、首から笛の繋がった紐を下げている。黒目の小さい目を見開き、青年というよりも少年と呼ぶ方が合っているような童顔をキッと顰めている。
 彼は勢いよく土を蹴り、散らばった瓦礫片を蹴り、猛速で虎の近くへと走り寄った。獣の太い腕と頬髭の間にひょいっと飛び乗る。

「あ、耳、塞いだ方がいいですよ」

 呆気に取られている少女に、後ろから黒い髪の男が素早く声をかけた。両手で自身の耳を塞ぎ、不愛想に言う。

「えっ……」

「『強化』に魔力そそぎすぎちゃったんで。かなりうるさいんで、鼓膜破れるかもしれないです」

 宿屋の男たちの方を見やると、すでに各々、耳を守っている。少女もおずおずと倣う。
 ――その瞬間。
 甲高い笛の音がカンパニュラを貫いた。



 ***



 時は、十数分前に遡る。

 宿屋の男主人は、レヴォルド。
 栗色の髪の若い男は、グウィン。
 青みがかった黒髪の男は、イール。
 リュウヤは彼らの顔を素早く確かめながら、名前を復唱した。短い時間でどれだけ覚えられるかは知らないが、覚えておくに越したことはない。咄嗟の判断を要す際に、その解決方法に適する人物を呼ぶことができるか否かでは、もたらされる結果が大きく違う。

「それで、作戦っていうのはどんなものなんだい?」

 元は小さな商館だったらしい瓦礫の壁の裏に、リュウヤらは集まっていた。虎獣と少女の応酬が繰り広げられている地点から数百メートルほど離れた場所である。時折、ドン、ガシャン、と重いものが落ちたりガラスが割れたりといった音が聞こえてくる。
 イールの呼びかけの元、集まったのは十数名の男女だ。
 この街――「カンパニュラ」という街名らしい――の青年団として、普段から行事の主催や街の運営、ゴミ拾いなどのボランティア活動を行っている集団だという。
 そのうちの一人、暗い茶髪をさっぱりと短く刈った中年の男性が、リュウヤに作戦の内容を話すように催促した。彼はウェルシズと名乗った。
 リュウヤは改めて皆の顔を見回し、すっと息を吸う。

「おれの予想だけど、あの虎、すごく耳がいいと思うんだ」

 鈍色のホイッスルを見たとき、自分が虎獣に引っぱたかれる寸前のことが脳裏を鮮明によぎった。
 あのとき、虎のふさふさとした耳は確かに、砂利を踏みしめる音に反応していた。
 リュウヤは大声を出したわけではない。虎に触れたわけでもない。近寄って来る人間の気配によって本能的に動いたのとも違うように思う。それならもっと早い時点で吹っ飛ばされたはずである。
 おそらくだが、彼の呼吸音やスニーカーの地面を踏む音――聴覚から入った微かな情報が引き金となったのだろう。リュウヤはそう予想する。

「その耳のよさを利用できないかな。耳元でめっちゃでっかい音出したら、ちょっとでも動きが止まるはず。そのための時間を作るのと、その後の攻撃をみんなにやってもらいたい。例えば、」

 リュウヤは、胡坐をかいているレヴォルドへ顔を向けた。

「おっさん、岩動かせるって言ってたよね」

「おう。魔力を込めて岩を生成して、転がしたり落としたりって感じならできるぜ」

「それってどれくらい? おっさんの宿屋の一部屋分の大きさとか、作れる?」

「えぇっと、……あー、ちょっと俺の魔力量じゃ足りねえかな」

 レヴォルドは、すまなそうに眉を下げる。そこへ、ふくよかな身を寝間着に包んだ若い男が手を挙げた。

「あっ、あの! 僕、土の魔法、得意なんで、手伝えますよ!」

「わ、わたしも!」

「俺も。土魔法はそこまで得意じゃないが、魔力量の方で援助できるぞ!」

 つづいて他の二つの手が挙がる。リュウヤはパッと顔を輝かせ、彼ら四人を「チームA」とまとめる。

「じゃ、レヴォルドのおっさんたちで、あの虎の背中にとびっきりでっかい、重い岩を落として。虎が地面に突っ伏すくらいにしてほしいんだ。虎の頭と地面との距離が近ければ近いほど、次が上手くいくよ」

「おう、任せろ!」

 レヴォルドをはじめとした四人はそれぞれ胸を叩き、親指を立てるなど了承の意を示す。
 次にリュウヤは、自らの所持品を顔の横に掲げた。

「そしたら、おれが虎の耳元でこれを思いっきり鳴らす」

 鈍い色の表面に僅かな光を反射するそれは、プール監視員のバイトで使っていたホイッスルである。交通事故に遭ったあの日の朝、カーゴパンツのポケットに突っ込んだものだ。スマホやトートバッグは無いのに、何故かこの笛はリュウヤと一緒に異世界へ来ている。どういう原理でどういう事象なのか分からないが、持っていることに変わりはない。使えるものは使う。

「なるほど。でも、そんなに小さい笛じゃ、あんまり大きな音にならないんじゃないか?」

「うっ……」

 ウェルシズが顎に手をやり、疑問を投げた。
 痛いところを突かれた、とリュウヤは目を泳がせる。刈り上げた茶髪の男が言う通り、リュウヤが持つのは片手で簡単に握りしめてしまえるサイズのホイッスルだ。いくら鼓膜の近くに寄ろうが、最大限の音量で鳴らそうが、魔獣あれを抑えこむには威力が不十分かもしれない。なにしろあの巨躯であり、リュウヤにとっては未知の怪物である。
 すると、黒い髪の青年――イールが不愛想な声を発した。

「それは私がカバーしよう。少しでも音量を上げればいいんだろ? なら、強化魔法をかける」

「いいの? 虎に近づくから、いちばん危ないんだけど」

と、リュウヤはおずおず確認するように訊ねた。
 あれとの距離が近ければ近いほど、その巨躯の十分の一ほどにも満たない人間の生存率は下がるだろう。いちばん危険な役回りは自分だけでいいと思っていたのだが。

「別に、魔獣に近寄る前に強化しておけば――」

 そのとき、イールの声に覆いかぶせるような衝撃音とともに、地面が大きく揺れた。即座に緊張が走り、一同はバッとすぐ立ち上がれる姿勢をとる。

「……のんびり作戦会議しちゃいられねえな。にいちゃん、もう始めてもいいか?」

 レヴォルドが眉間の皺を深くして言った。厳めしい顔の迫力が増す。
 リュウヤがぐっと親指を立てると、チームAの面々はすっと腰を上げた。

「任せたぞ」

「生き延びろよ」

 残った青年団の者たちが口々に激励の言をかける。彼らはそれに手を振り、瓦礫の陰から飛び出していく。レヴォルドの野太い声が呪文を唱え、後を追う声々が熱の篭もった空気を切り裂いた。
 リュウヤは次いで、作戦の続きを話す。残ったのは彼を含めて九人ほどである。

「岩を落とす。耳元でこれを鳴らす。そうしたら、今度はみんなで虎に攻撃して」

 望ましいのは、水を用いた「消火」である。虎獣の尾はゆらゆらと揺らめく炎のような造りであり、街のほぼ半分を覆うのも赤々とした炎だ。大量の水を浴びせて火を鎮静すれば効くのではないか。

「水……」

 グウィンが渋い表情をする。

「僕らが使えるのは、日常で使うレベルの基礎魔法だよ。洗濯とか、皿洗いとか……そういうレベルだ。騎士警備団みたいに鍛えてるわけじゃない。僕ら程度の魔力量で足りるかな?」

「ちょっと、そんな弱音言ってる場合じゃないでしょ⁉」

 不安を隠さず捲くし立てるグウィンに、彼の右隣に座っていた濃い茶髪の女性が眉を吊り上げる。確か、モナと名乗った子だ。そばかすの弾けるような顔を顰め、グウィンの肩をばしばし叩く。

「一人でやるわけじゃないのよ! あたしたち八人分の魔力量なら、何とかなるわよ」

「痛い、痛いって、モナちゃん」

「しかし、グウィン君の言うことも事実だよ」

と、顎をさすっているのは、口周りの髯を長く伸ばした壮年の男性だ。

「我々は魔力の弱い、力のない、いち住民だ。……それに、あの魔獣を倒せるならとっくに倒している。自分たちで街を守れている」

「――なあ、井戸を使うのはどうだろう」

 ウェルシズが律儀に手を挙げて言った。反対側の掌で、じっとりと汗の滲んだ額を撫でる。

「井戸を引いている家がいくつかあるだろう。この近くなら……スウィーズさんとこと、ルジェリアさんとこだな。手分けして、そこから水を持ってくるんだ。魔力がより強い者は、水魔法で魔獣に攻撃する。どうだい?」

「それなら……まあ、多少は何とか」

 グウィンが唇を突き出して、渋々と頷く。再びモナが彼の背中をバシンとはたいた。

「じゃ、任せてもいい?」

 リュウヤはちらりと瓦礫の外を見やりながら、彼らに訊ねた。先に向かっていったレヴォルドたちの背中越しに、大きな岩石が空中に浮かんでいるのが見えた。

「ああ。大したダメージにはならないかもしれないが、やれるだけやる」

「俺らの街だからな。逃げてばっかりでいるわけにもいかん」

「めっちゃ怖いけど頑張るわ。めっちゃ怖いけど」

 青年団の皆が、それぞれに重々しく首を縦に振る。とりあえず「チームB」と心の中で呼び、リュウヤはその場に立ち上がった。

「やばいって思ったら、すぐ退いてね。命大事に。よろ」

 彼ら一人ひとりと順々に目を合わせ、にっかりと笑いかける。
 半月状に開いた唇の隙間からは、健康的な八重歯が覗いていた。



 レヴォルド率いるチームAが、虎の背中へ岩塊を落とした。と同時に、リュウヤは瓦礫の壁の裏から飛び出す。ズキンと強い痛みを主張してくる右肩に童顔を顰め、力強く砂利を蹴った。

「『フォーティス』!」

 横を走るイールが短く叫んだ。彼の黒髪が揺らめくとともに、リュウヤの持つ銀色の笛がぼわりと光を帯びた。

「それの音量を強化した。あんたの耳も強化してある。鼓膜が破れないように気をつけろよ」

「お! ありがと!」

 礼を言い終わる前に、イールは別の方向へ走っていった。仏頂面を崩さないまま、背筋の伸びた流麗な走り方である。

(ありゃ陸上部だな)

 もし俺と同じ高校に通ってたら、と思わず想像してしまう。
 崩壊した家々の間を走り抜け、地面に平伏している虎の顔近くにまで来た。改めて、こうして間近で見ると、毛並みや髭の一本一本に至る光沢、人の何十倍もある巨躯、そして、角の硬くてツルツルしていそうなのがはっきりと解る。走ってきた足の速度そのままに、リュウヤはジャンプして虎獣の耳横に飛び乗った。
 熱の入り混じった空気を肺いっぱいに吸いこむ。
 冷たく硬いホイッスルを唇の隙間にねじこむ。
 虎の黒真珠のような目玉が、ぎろりとこちらを向く。

(くらえ、)

 肺に溜めた空気を一気に、しかしできるだけ長く続くように調節しながら吹き出した。

 ピィィィィィィィイイイイイ…………――
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