お姉さんをオトシたい!
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その任務の事は、今でも鮮明に思い出せる。
***
任務の内容はとある有名ヒーロー主催のパーティーだった。
ドレスコード必須だったので、いつもと違って堅苦しいスーツに身を包み、生えかけていた髭も全て剃ってきた。
既に俺自身が先に会場に入っており、後程彼女と合流するという手筈だ。
煌びやかに装飾が施されたホールは立食式となっており、周囲を見渡せば見たことのある有名人が何人か見受けられた。
どうやら公安の方でこの主催者のヒーローが秘密裏に行っているパーティーで人身売買を行っているという情報を得たようで、彼女単身で乗り込んで来いというあまりにも無茶すぎる内容だった。
俺はまだ顔はあまり知られていないとはいえ、この年でヒーローとなった今、それなりに知名度はある。
いつものように十分警戒をしつつ、彼女の警護をしながら現場を押さえ、外で待機している俺が単独で呼んでいたヒーロー達に、パーティー参加者全員を捕縛させる。
まだ新人の彼女には他のヒーローに頼るコネクションもなければ、作戦すら思いつかなかっただろう。
「ホークス君、お待たせしました…すみません、少し慣れない格好なので身支度に戸惑ってしまいました」
「いえいえ!全然まって…ませ…ん…」
パーティ会場に訪れた彼女はいつもの眼鏡をはずし、髪を綺麗に束ねて後ろで纏めてある。
そして耳にはダイヤモンドが施されたピアスと、胸元で控えめに光るネックレス。
普段の地味な雰囲気とはかけ離れた真っ赤なマーメイドラインのドレス。
いつもの黒いスーツからは見えないデコルテラインから腕まで露出しており、陶器のような白い素肌に思わずごくりと生唾を飲んでしまった。
控えめなネックレスとは対照的に豊満なその曲線美にも目を取られてしまう。彼女、着やせするタイプだったか。
馬子にも衣装、どころではない。完全に別人ではないのだろうか?
「すみません。私のヘマにホークス君も付き合わせてしまって…」
「いえいえ!気にしないでください。こういうのは俺に任せてください。お姉さんは犯人の証拠を撮ってもらえばいいだけなんで」
「…」
その時、俺はこの新人のお姉さんを完全に舐めきっていたんだ。
俺はただの女の子だとそう認識していたせいで、彼女の瞳の鋭さに気づけずにいた。
その後順調にパーティが進み、事件は急に起きた。
本日のメインである人身売買が行われるためにホールでは準備が行われていたが、突如警備員の黒服の男が会場に入ってくるなり大声で叫んだ。
「ヒーローに囲まれてる!!!!」
バレた!?
なぜ!?
一瞬思考が停止してしまう。ミスだ。いつ?どこから漏れた?
会場中、いくつもの悲鳴が上がり捕まりたくないと騒ぎ出す者が現れ、一斉に皆逃げ出す。
俺とお姉さんにぶつかっても形振り構わず客たちは出口である扉へと向かっていく。
どこから計画が破綻してしまったんだ?外のヒーローに連絡しなければ。
俺が、俺がやらなければ。
お姉さんが消えてしまう。
公安の暗部を知りながらも、こうして失敗前提の任務に送り出すということは任務を成功させない限り公安に戻ってもお姉さんに待ち受けるのは『死』だ。
お姉さんみたいに立てついた人が消されたのを良く知っている。
だから、だから俺はそれを止めたくて―――
だが、このままだとお姉さんが…俺の失敗のせいで―――
「落ち着いて、ホークス君」
微かに震える手をお姉さんはぎゅっと握りしめた。
その温かさが冷たくなっていた手に広がって、徐々に冷静さを取り戻してきた。
「君は外に待機しているヒーロー達に連絡を。私は主催者のヒーローを探します」
「待ってください!お姉さんがそんな危険なことする必要はない!」
「残念ながら外の彼らは私の声では恐らく動いてくれません。ホークス君だから手伝ってきてくれたのでしょう。上司に釘を刺されている可能性があります。今大事なのは、この悪質なパーティーに参加した愚か者を全員捕まえることです。大丈夫、私これでもヒーロー免許持っているので」
お姉さんはにこり、と微笑むとその手を放して会場の奥へと消えていった。
この混乱だ。とにかくお姉さんの言う通りこの場の全員を確保しなければ。
俺はお姉さんとは逆に踵を返して外へ向かった。
*
祥子side
ホークス君と別れた後、主催者のヒーローを見つけるのは案外簡単だった。
このパーティー会場ははこの街のシンボルともいえる高層ビルの40階。
下では他のヒーロー達が包囲しているため、逃げるならば上しかないだろう。
案の定、慌ててエレベーターに乗りこむ主催者であろう人物の姿が見え、私はその後を追うが、エレベーターは閉じてしまう。
40階から41へ、エレベーターの数字が上がっていく。屋上は確か45階だ。
私は躊躇うことなく非常階段へ駆け込むと、大きく深呼吸をし、ドレスを足元から大きく引き裂いて、不慣れなヒールを脱ぎ捨てた。
全力疾走で階段を駆け上がり、息を切らしながら屋上へたどり着くと、そこにはヘリの大きな音共に、夜空へ手を振る主催者の姿が。
やはり逃走手段としてヘリを呼んでいたか。今なら間に合う。
「ヒーロー名、アディ。人身売買の罪で大人しく捕まってください」
「っ!?…なんだ女か!お前に俺が止められるわけないだろ!俺はこのままヘリに乗ってこのまま海外に逃げてやる!そうすれば二度とお前らなんかに捕まらねぇ!!」
「そうですね。私ごとき、ただの一般職員ですし、個性もパッとしません。非力なものです。でも―――」
引き裂かれたドレスの隙間から見える、太ももに取り付けられたホルスターから拳銃を取り出す。
「非力だからこそ身を守るすべは一通り学んでいますので」
「殺すのか!?警察が!?公安が!?ヒーローが!?この俺を!?殺すなら殺せよ!世間が黙っていればなぁ!!!」
パンッ
アディの左肩が大きく揺れる。
私の放った銃弾が肩を貫き、その身に激痛を与える。
「ぐっ…ああああ!!?」
「外したんじゃないんですよ。外してあげたんです。次は心臓を撃ちます。大人しく降伏してくださ―――」
ドッ…
今度は私の体に衝撃が走った。
腹部に酷い鈍痛が走り、お腹に触れてみればぬるりとしたものが手に付着する。暗くて良く分からないが、それの正体は考えずとも理解できる。
私は上空を見上げればヘリの窓からこちらに拳銃のようなものを構えている男の姿が。敵の個性か。
私は震える右手で照準の定まらなくなった拳銃を空に向けて、発砲した。
それを最後に膝から崩れ落ちる。
「がっ、はは…ざまあみろどこ撃ってんだ…クソ女…お前は、ここで、死ね!」
アディは左肩を抑えながらこちらまで近づいてくると、抵抗する力もなくなった私の髪の毛を掴むと、ずるずると屋上の端まで引っ張っていった。
その後に何が起こるなど明確だった。
「じゃあな、クソ女」
その言葉を最後に、私は全身が空中に投げ出されたのだと悟った。
お腹が痛い。気持ち悪くて口からも吐き出したけれど、それは吐瀉物なのか吐血なのか最早分からない。
地面に衝突する前に息絶えてくれれば、落下の衝撃を感じなくて済むのに、なんてまるで他人事のように思っていた。
「お姉さん!!!!!!」
落下していたと思った、が。体が誰かに抱えられ、浮遊感に包まれる。
聞き覚えのある声に思わず安堵した。
「非常時の発砲音が3つ…1つはヴィランでしょうが、間に合わなくてすみません…」
ホークス君、アディが逃げるよ。
そう告げたつもりだったが、既に声を発することはできなかった。
喉に血が溜まって声にすらならなかったのだ。
結局私は勝手に暴れて勝手に自滅して、こうして子供の彼をサポートできずに死んでいくのか。
漫画の主人公ならここでもうひと踏ん張りしてホークス君と一緒にヴィランを捕まえるんだろう。
でも物語の脇役でしかないあたしは何も成すことができないんだ。
重くなる瞼に逆らうことができずに、最後に見たのは泣きそうな、まだ幼く、年齢相応の表情をしたホークス君だった。