お姉さんをオトシたい!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カラン、とグラスに入った氷が艶やかな音を奏でる。
カウンター席に一人、行儀がいいとは言えないが肘をつきながら店内に流れる穏やかな曲に耳を傾けていた。
顔なじみのマスターも毎週決まった曜日に訪れるあたしには目もくれずに、慣れた手つきでグラスを磨いている。白髪交じりの短い髪をワックスできっちりとオールバックに整え、バーテンダーに相応しいワイシャツとベスト姿はいつ見ても見惚れるものがある。年代は50代半ばだろうか。良い年の取り方をしている。たまに来る常連の中にもマスターを口説いている客もいるくらいだ。マスターは手慣れた様子でそれをあしらうが。
そんな素敵なマスターが独自のルートで手に入れているというこのウィスキーを仕事帰りにロックで飲むのがあたしのルーティーン。
既に何杯目か忘れてしまったウィスキーは半分もない。
「ますたぁ…あたしもう仕事辞めたいよ」
「…左様ですか」
酔っぱらいの戯言にマスターは動じない。
だからあたしも気兼ねなく胸の内を晒すことができるのだ。
それにマスターはお客の情報を一切外部に漏らさないという徹底ぶりときた。
あたしのような仕事の人間でもうっかりこうして口を滑らせても問題ないと来た。…滑らせるなって話だけど。
「公安に就職できたのはいいものの、超多忙!上司は聞く耳持たないし今度担当になった子は優秀すぎてあたしの仕事量が増えちゃうしさぁ!!」
「…優秀なのに?」
「そー!!上がもっと仕事回せってさぁ!!でもさ、その子に仕事回すのもあたしが調整しなきゃいけないし、それが上手く回らないとその子が万が一動けなくなったらあたし責任とれないもん!あの子の代わりに働けないしさぁ」
「…」
「あたしも昔は優秀だったつもりなんだけどな…なーんにもできない、大人になるって残酷だよね…」
「…」
「要は飲まなきゃやってらないのよ!」
グラスを思いっきり煽って残りのウィスキーを流し込んだ。
鼻を衝く独特の香りと喉を通る熱い液体が脳を強く刺激する。ぐわんぐわんと強く脳が揺れる感覚が心地よい。
「ますたぁおかあり!」
「今日はそのくらいにしておいたほうが良いですよ。…お迎えも来たことですし」
「おむかえ?」
握りしめていたグラスをひょいっと後ろから取られてしまった。
あたしの至福の時間を邪魔するとは何奴だ。成敗してくれよう!と、思って眉間に皴を寄せながら後ろを振り返った。
「祥子さん、まーたこんなになるまで飲んじゃって」
「あぁん?ほーくすうう!?
「うっわ酒くさっ!?ちょっと飲みすぎですよ…ほら、帰りますよ」
「やあよ!まだのむもん!」
「シラフの時の祥子さんに言われてるんですよ、祥子さん。仕事にならなくなるから止めてくれって」
「しらん!」
「はいはい。あ、チェックお願いします、マスター。支払いはカードで」
「かしこまりました」
ホークスが手早く会計をしているなあとぼんやりと眺めていた。
二人のやり取りが現実味を帯びない。まるでTVでも見ているかのような他人感だ。大分酔いが回ってきているかもしれない。
「立てますか?」
ホークスに言われるも、すぐに反応は出来ない。それを見かねたホークスは少し屈んであたしを背負った。
背中に生える赤い羽根に挟まれて少し心地よかった。まるで布団にくるまれているかのようだ。
そこからの記憶はただぼんやりとしていた。あたしを背負っているホークスは酒が入っていることを考慮していたのか、飛ぶことなく夜の街を歩いて行った。
あたしよりも優秀なこの子はどんなことでも淡々とやり遂げてしまうのだ。難しい任務から、酔いつぶれた自分の担当を家まで送り届けるなんて雑務さえも。
ああ情けない。この子の力になりたいと思いながらも、あたしという大人は社会の組織に逆らうことができずに、この子にまた辛い仕事を押し付けるのだ。
「…ごめんね、ホークス」
「…」
重くなった瞼に逆らうことができずに、そのまま目を伏せた。
1/5ページ